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神の昼下がり


「君は……?」


 背は低いが、出で立ちとしての年齢は中学生に届くくらいだろうか。カレンドゥラと同じ色の髪、だが瞳の色も髪と同じだ。カレンドゥラは紫をしていた。ダボダボの大きすぎる長袖Tシャツを着て、袖や裾は大きく余り、膝上までが隠れている。ズボンが見えないので、恐らくホットパンツかミニスカートだろう。大きく、あまりやる気を感じないが鋭い目、少しだけぼさついた、軽い癖っ毛。顔色は余り健康そうには見えない上に、何よりその少女は煙草を手に持っていた。それも葉巻ではなく、オレンジと白色の、トーゴの見知った現代的なものだ。


「ミュアレイトだよ。ねぇ、おにーさんホントに新種のオーガを倒したの?」


「あぁ……それが?」


「頼みたい事があるんだぁ。」


 にこりと笑いそう言った顔は、外見年齢に似つかわしく無い艶然とした表情を浮かべていた。



__________

______



 ロベイン・アントラクスの工房を、ティマエラはゲートゲート家メイドのサネッタ・パータレイと共に訪ねていた。そこは森に程近い、最早郊外とも言えない場所だった。サネッタによればこの森に魔物は滅多に出ないらしく、薪や綺麗な水が沢山採れるので個人として鍛冶の活動をするなら合理的だそうだ。ただ東区にあるという『鑪村』とやらでは複数の鍛冶職人が集い、更に効率的な仕事を年間を通して行っていると言う。ロベインがそこに行かないのは、そこが古くからの男社会だかららしい。


「急な訪問失礼する! アントラクスはおるかの?」


 木製の分厚いドアを叩く。十字の金具がはめられている丸窓から、ひょこりと赤髪の人物が覗いた。使い込まれたツナギを着た女を見て、少し目を細めるとドアを開けてくれる。黒く焼けた肌、バサバサとした赤髪を高い位置で一つに括り、丸い鼻に薄らとほうれい線が引かれている。黄土色の瞳を訝しげにこちらに向けた彼女は、黒い丸レンズを嵌めた銅色のゴーグルを革のバンドで額に当てつけている。かなり低い身長に、見た目は四十代程。デニム調のエプロンをティマエラと似た汚し方をしている。


「なんだい? こんな所まで訪ねてきて……仕事の依頼かい?」


「わしを雇ってもらいたい」


「はぁ? ……弟子入りって事かい? 噂は聞いただろう、痛い目見たくなきゃ」


「痛い目なんぞ散々あってきた。頼むっ、わしに今一度鍛冶を叩き込んでくれ!」


「あの、ティマエラさん……まず頼み込む前に交渉を……」


 ティマエラが腰を九十度に折り頼み込む。それを半ば呆れたような目で見やるロベインとサネッタ。なかなか混沌としている。


「……はぁ、あんたゲートゲートのメイドかい?」


「え、えぇ、サネッタ・パータレイと申します」


 サネッタのメイド服には、ゲートゲート家の家紋、クレイモアと葡萄の刺繍が銀糸で描かれている。


「パータレイ、後で説明しておくれよ。そんであんた、ティマエラだったかい?」


「ティマエラ・ブレーメンじゃ」


「んでブレーメン。あんたは何の為に此処で働きたいってんだい。」


「鍛冶は、わしがトーゴにしてやれる唯一の事じゃ。男の為じゃ!」


「ふぅん。んじゃ取り敢えず入んな。」


「お、おう? 随分あっさりじゃのう……噂では確か」


「あたしゃ女だからと馬鹿にする男が嫌いなだけで、男女の愛を否定するつもりなんざないよ、まったく」


 よほどの堅物を思い浮かべていたが、案外に話のわかる人物のようだ。部屋の中に案内される。そこはかつての迷宮の小屋をよりしっかりとさせ、広さを持たせたような空間だった。生活の跡が染み込んだ木造の小屋は不思議と暖かく、出されたコーヒーは少し苦かった。


「そんじゃティマエラ、あんたは金は稼ぎたいのか、誰かに武具を打ってやりたいのか、どっちなんだい?」


「両方じゃ!」


「いいね。鍛冶の経験は?」


「独学で二十年程じゃ。」


「はっ? あんたエルフかい? ……まぁいい、住んでるところからここ迄どれくらいだい?」


「歩きでニ時間程じゃったかの?」


「遠いねぇ……住み込みになるよ?」


「ん、雇ってもらえるのか?」


「断る理由もないしねぇ……今は仕事が忙しいから、あわよくば手伝ってもらおうと思ったのさ。最終的にはパータレイの話す内容次第だけどね」


「では、経緯をお話しますね」


 サネッタは台本を読み上げるようにつらつらと、一度も噛むこともどもることもなくことの経緯、ティマエラの正体やここに至るまでどう暮らしてきたかまでを語った。ロベインだけでなく、まさかそこまで語るとも思っていなかったティマエラまで面食らっている。


「はぁ、神様ねえ……まぁどうでもいいさ、そこは」


「んぉ、案外驚かんのじゃな」


「疲れるだけさ……それよりブレーメン、武器をひとつ打ってみな。何でもいい。」


「ティマエラでいい。今か? うむ、やってやろうぞ」


 木の暖かみが包んでくれる小屋とは打って変わって石の冷たい床を張り巡らせた工房に連れられ、金槌を手に取る。その時点で、既に熱せられ、抽出物を溶け出させたすかすかの金属を炉から取り出す。その時点で、ロベインはピクリと眉を跳ね上げた。ティマエラが手に取ったのは白金。加工に何日もかかるもので、今この場で一本打つには些か荷が勝ちすぎている。

 それを気にせず、ティマエラは熱い金属を金床にて何度も打ち付ける。平たくし、畳み、また平たくする。その動作は確かに手慣れていて、年齢と外見が一致しないことは認めざるを得ないようだった。


 結局二時間ほどで一本のロングソードが完成した。装飾も何も無い、柄も裸のシンプルなもの。


「ほれ、出来たぞ」


「……嘘だろ……あんた自分が何を打ったのかわかってるのかい?」


「白金じゃろ? 確か普通なら一本を打つのに丸三日、名工でも一日かかる」


「……あんた、何者なんだい」


「サネッタの話に一切嘘はない。わしがこれ程の速さで白金の加工を出来たのも、神の力とやらのお陰じゃろう。じゃが、わかるじゃろう? 荒いんじゃ」


 ロベインは眉間にぎゅっと皺を寄せ暫し考え込んだ後、盛大に溜息をついた。


「……はぁーーっ、あぁ確かにね。槌の振り方がなってない。叩いてるうちに冷えちまってるし、姿勢は以ての外。全然ダメだ、速くて雑。安かろう悪かろうならそれで良いんだろうが……あんたは男の為に剣を打つんだろう?」


 ロベインは槌、ロングソード、ティマエラの腰を順に指差し指摘する。


「あぁ。結局はわしの力じゃ無い、便利な何かに頼っとるだけなんじゃ。妥協は、わし自身が許さん」


「……明後日からここに住みな。きちんとその男には説明するんだよ。言っとくけど凄く厳しいし、給料は安いからね。こき使うよ」


「望むところじゃ!」


 ティマエラとロベインが少年漫画のようなやり取りをしている間、サネッタはティマエラの姿に見惚れていた。しなやかについた筋肉が、腕を振るう度にうねる。こっ酷く評価されていた鍛冶作業も、自分の目には美しい職人技にしか見えなかった。恐ろしく長い工程を二時間で済ませたのだから、雑と罵られようが動きは洗練されていた。

 火花の中にある、なお眩しい美しさ。神々しいとさえ思ったのだが、あ、神様だったと一人で突っ込む。


 ともかくそうして、地上でのティマエラの働き口が見つかった。幸い環境としては最高と言えるのだ。迷宮での小屋に似ているから、何となく自然に剣を打てた。いつかトーゴに最高の剣と愛をプレゼントする為――別にトーゴは自分に武器を打って欲しいとは言っていないが――に、ティマエラはここで槌を振るい続けるのだろう。やる気に満ちたティマエラを見て、反対にロベインは難しい顔をしていた。


「……久しぶりに初心を思い出したね、悔しいよ」


「ん、何か言ったかの?」


「いいや、憎たらしいなと思ってね」


「ぬ……す、すまん?」


「あはは、いやすまないね、あたしも頑張らなくっちゃね!」


「う、うむ! 宜しく頼むぞ!」



__________

______




 絶えず鞴と槌の音が聞こえる村、鑪村。木と石で出来た質素だが横に広い二階建ての小屋が多く建ち並び、その横には必ず武器商人が店を構えている。隣接する小屋の職人の打った物が売り出されており、一つとして同じものを売る店はない。だが誰一人として、技術の競売とも言える過酷な生活に取り残される事はなく、皆日々を研鑽に費やし競い合っていた。

 職人とその家族、武器商人の二百人程で構成された小さな村には連日熟練の冒険者や貴族が訪れ、きらびやかな鎧、質実剛健とした剣、威容を見せつけるかの様な盾を買っていく。

 

 その村の一番奥、分厚い硝子水晶のショーウィンドウを誂えた、一際大きく高級な店にトーゴは足を運んでいた。幾つもの武器が持ち主を待っているように並べられ、飾られている。だがその店内に客はいない。 

 この店の商品は、冒険者を食う。ここに置いてある武具を扱えなかった時点で、そいつの技量は知れたものだともっぱら噂されていた。事実、店主のダッカクは使い手をよく見て、それにより売るか売らないか、いくらで売るかを決める。中には本当に文字通り人を選ぶ武器があるらしいが、その真偽は定かではない。


「はい、いらっしゃい。一見さんかい?」


 頭の天辺にのみある白髪を短くポニーテールのようにした、おかしな髪型。面長の皺が目立つ顔。歯はきちんとあり、全て白く眩しい。入れ歯かと思ったがそんな様子もなかった。鞣された革のエプロンを纏うドワーフが、店内奥のカウンターに座っていた。


「あぁ。カレンドゥラの紹介で武器を買いに」


「へぇ、わざわざあいつがかい。ふーむ……どれにいちゃん、どんな武器が欲しい?」


「そうだな、大剣と短剣しか使ったことが無くてな。大剣は見せてもらえるか?」


「あいわかった、んじゃにいちゃん、そこの斧持ってみてくれや。なに、ちょいと力試しだ」


「これか」


 店内入ってすぐの入り口につながる壁に、巨大な両手斧が掛けられていた。アデンバリーのものより横幅は小さいが、長い。ニメートルを超す柄に、更に黒鉄の歪んだ禍々しい斧が取り付けられている。斧というよりはグニャグニャとした刃物状の何かだったが。縦横五十センチ程。両刃である。


 トーゴはそれに手を掛けると、眉根を寄せて直ぐに手を離した。


「こんなもの持たせるなんて、あんたなかなかいい性格してるな?」


「くはは、どうだ、持てんか?」


 その斧はどう考えても200キロ以上はあった。これを常人に持たせれば、みっともなく手こずるのがオチだろう。そこでトーゴはふと思いつく。


「アデンバリーって知ってるか? あいつの斧は何キロだ」


「あん? 何だいきなり……ええと、カニス・ルプスの大男だっけか? 確か187キロだったか、この村の職人のもんだ。俺ぁこの村で出来た武器や鎧の知識は全てこの頭に……な、お、おいおいおい。やるなにいちゃん!」


 アデンバリーでその程度か、なら問題無いだろう。ゆくゆくは神鉄級になろうと思っているので、この図抜けた力を隠したりするつもりは無い。だが余りに桁外れな力を見せびらかせば、それがどう影響するか予測出来ない。その為比較対象が必要だ。アデンバリーに後で礼を言っておこう。


 トーゴは片手でその斧を持ち上げ、ごん、と柄頭を床につけた。ダッカクは面白そうに引き出しから片目用のメガネを取り出し、それを介してトーゴを眺める。レンズの周りが淡く青色に発光していて、トーゴにはそれがなんなのか気になった。


 暫しトーゴを見つめていたダッカクが、徐々に引きつった表情になって行く。


「おいにいちゃん……お前……それ、素か……?」


「素?」


「身体強化の魔術がっ、かかってねぇじゃねぇか!?」


「……あ」


 忘れていた。

 この世界の戦士達はほぼ皆、体を覆う強化魔術によって筋力、膂力を底上げする。それをせずに斧を持ち上げてしまった。「素」とはそういうことか。ならばあの眼鏡は、使っている魔術を見る事ができるのだろうか?


「……生まれつき体が特殊なんだ」


 酷い言い訳だ。だがダッカクは魔術の使えない馬鹿力野郎としてこちらを認識したのだろう、疑わしくも納得した様子であった。


「はっ、バケモンだなあんた。……ふむ、よし。大剣だったな? 幾つか選んで来てやる」


 ダッカクは店内の大剣には触れず、店の外にある倉庫へと歩いていった。見渡せば周りには様々な武器。 

 短剣、ソードブレイカー、クレイモアやツヴァイヘンダー。果ては鎌やクレセントサイズ、円月輪まである。大から小まで、軽から重まで。その数五百は下らなそうだ。鎧は隣の店にあるらしい。男であれば心躍る事は確実であろう店内で、しかしトーゴは暗く俯いていた。


「バケモン、ね……」


 一人、トーゴはその言葉を噛み締めていた。何を思ったか自分でも分からないが、ふと投げかけられたその言葉に、不快な胸のざわめきを燃やし尽くしてしまいたい気持ちで一杯になっていた。


 ダッカクが四本の筒に二本ずつ剣を差し入れ、台車に載せて運んでくる。はっと顔を上げ、人当たりのいい、と言ってもほぼ無表情に近い微笑みを作った。人を不快にさせるような表情など、無くていいものだと感情を殺した。


「この三本がまぁそこそこの値打ちモンだ。つってもこの村ン中では下の方だが、その使い心地は保証するぜ。この四本はかなり高くつくが、この分厚さをしといて、岩をも斬るなんてビーノ……これを打った奴が言っていた。あいつの腕はことでかい武器を作ることに関しちゃこの村一番だな。それで最後の一本なんだが、ちょいと癖がある。」


 最初に指した三本は鋼と白金のだんびらだ。四角い鉄棒を六本の鋲で留めた形状の鍔に、柄は太めで布が巻いてある。三本とも微妙に重さや長さが違うようだ。


 次の四本は冒険者の階級の名にもなっている幻石、つまりオリハルコンを芯に使い、白金とミスリルで刀身を形成した逸品だ。細く長い刀身と横に真っ直ぐ伸びる鍔、鈍銀(どんぎん)の輝きは地球でのツーハンデッドソードによく似ている……というか多分同じものだ。


 そして最後の一本、これが異様だった。長方形に柄がついただけのシルエット、黒く透き通る刀身は黒曜石に似ているが、違う輝きを鈍く放っている。長方形を囲むような刃は白く輝く銀。その銀が刃部分から刀身を侵食するように迷路のごとく伸びている。糸のように細い銀が直角に何度も折れ曲がるそれは幾何学模様の様で、その隙間にある黒い宝石が銀光を反射して蒼くさざめいていた。


 屋外へ出て試し切りをする。「あの」ダッカクの店にずけずけと入っていった人物が、今度は見たこともない剣を振るっている。その様子に、周囲は少しざわめいた。煩わしいので小屋の裏手へ移動する。


 幅十七センチ、厚さ五センチ、刀身一・八メートル、八角形のミスリルの柄が六十センチ。その異様な長さに対して細身の大剣に重さは……無かった。

 いや、あるにはある。振るう時の向心力や、重力を乗せた斬り下ろし。その重さが無いと錯覚させるほど、余りにも手に馴染むのだ。もしかしたら、あの血の大剣と同じ程に。


「これ、幾らだ?」


「……やっとか……三百万だ。」


 何やら感慨深げな呟きが気になるが、その値段にも驚く。


「案外安いんだな」


「馬鹿言うない、元は数億だ、アダマンタイト製だぞ? だが誰も振るうことが出来なかったのさ。そんな剣に価値なんざ無いからな。格安価格だ」


「……何故、そんな剣が?」


「気になるか……そいつを打った奴ァな、魂魄魔術を覚えていたんだよ。病に冒され、もう立つことすら不自由だったのに、剣を打った。人生最後の一振りに、文字通り自分の全てを打ち込んだ。そいつが完成したその瞬間にだ、もう満足だとくたばったのさ、前のめりにな。」


「憧れるな、そんな死に方」


 トーゴは手元の剣に目を落とし、愛おし気にそう言った。


「あぁ、それが()の誇りだ。今日という日が眩しくて仕方ねぇや。なんせその剣を振るう奴が、ついぞ現れたんだ。これで俺もようやっと逝ける……ありがとうな」


「は? 何を……」


 剣を眺めていた顔を上げ、ダッカクが居たと思われる方向を向く。だがそこには誰も居らず、ちいさな風だけがゆっくりと落ち葉を攫っていった。


「……今のは……」


「おい、にーちゃん! あんたうちのモンで勝手に……」


 怒鳴りつつ現れたのは、本物の(・・・)ダッカクと思わしき男。先程の男と同じ鞣された革のエプロンを纏い、だが髪型は逆に頭頂部のみが禿げ上がっている。幾分か若く立派な髭を蓄えた、ドワーフだ。

 その男が驚愕に目を見開き、トーゴと剣を交互に見やる。


「な……あんたその剣……振るえるのか?」


「あぁ、いい剣だ」


 獣の吠える声にも似た風切り音を立て、片手で剣を振るって見せる。


「そう……か……い、いやいや、でもどうやって倉庫に入ったんだ? あそこは……」


「変な、こういう髪型の人物に開けてもらった。」


 トーゴはジェスチャーで、人差し指をぴょこりと立てて髪型を伝える。まさかと更なる驚愕を浮かべ、ダッカクはトーゴに経緯を訪ねてくる。

 病に倒れ伏した男の最後の一振りなんだろう? と尋ねると、ダッカクは泣き崩れた。


「そいつぁ……俺の親父だ……あぁそうか、親父ィッ……」


 魂魄魔術の極地へと、執念で至った男。並の者には自身の最後の一振り、魂の剣を握らせず振らせず、ただ使い手が現れるまでこの地に縛られていた。そこに、やっとトーゴがやって来たのだ。待ち望んだ使い手が。

 「死」に程近いトーゴが、何かに共鳴したのかはわからない。だが確かに分かる事は、やっとダッカクの父親は逝けたのだろう、それも満足に。それだけだ。


「あんた、その剣はただで良いよ。もう二十年は死蔵されてたんだ。それに、親父の事もある」


「いや、親父さんは三百万だと言っていた。それは払おう……大切に使わせてもらうよ、ありがとう」


「あぁ、本当に。ありがとう。こんな事があるなんてなぁ……っ」


 その剣を買い、もう一つ普段使い用にと一番安いだんびら、それに小さな両刃の短剣を買った。相場を知っている冒険者達ならば値切るところだが、トーゴには恐らく格安で譲ってくれた。相場がわからないと伝えてしまったが、それに預かってぼったくられているという事は無いだろう。柄含めて一・八メートルのだんびらが九十万、短剣がそこそこ高級品だったようで二十万だ。手元にはまだ一千万以上資金が残っている。


 ダッカクは支払いの際、剣を背負うためのホルダーまで破格で売ってくれた。ホルダーは長い鉄の棒を支えとして、剣を包むようにU字に畳まれた滑り止めの革を取り付け、先端に袋状の刃先を収める部分がある。それを斜めに背負い、振り上げるように剣を取り出せる形だ。その動作を邪魔しないよう、両脇に二本の鎖や革の肩当て等があり、体にしっかり固定できるようになっている。トーゴは成る程便利だと感心した。

 ダッカクはこれから少し店を閉じて、山奥の墓に行ってくるという。トーゴは二本の剣を鎖と革のホルダーに背負い、村を後にする。いい買い物が出来たが、一つダッカクの父親へと、言っておきたいことがあった。



 「あんたも大概バケモンじゃないか」


 楽しげに笑い意趣返しをする。その声が届くことはないはずだが、あの妙な髪型の男が、遠くで笑う気配がした。

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