コミカライズ第五巻発売記念ショートストーリー『酔っ払いベルナール』
庭を美しく彩るパープル・コーンフラワーは、庭師であるドミニクが植えたものだ。
ただそれは目で楽しむだけの花ではない。
ハーブティーにすれば、風邪の緩和、傷の治りをよくする薬効が期待できる。
アニエスは花や茎、葉を摘んでかごに入れる。
摘んだばかりのパープル・コーンフラワーは日陰に干したあと、切り刻んで茶葉として保存するのだ。
他にも、庭にはたくさんの草花が植えられている。
胃痛を緩和させるリコリス、栄養豊富で新陳代謝を促すマルベリー、痛みを和らげるメリッサ、皮膚の炎症を鎮めるカモミールなどなど、体の不調に効果があるものばかりだ。
それらはすべて病院及び薬嫌いなベルナールのために育てられている。
体にいいと言うと拒絶反応を示すため、黙って飲ませたり、食べさせたりするのがコツだという。それらはジジルからアニエスへ伝授されたものだった。
今日、ベルナールは新しく入ってきた教師の歓迎会を行うという。
帰ってくるのも遅くなる。
アニエスはベルナールのために、酔い醒ましの薬草水をせっせと作っていた。
ベルナールが戻ってきたのは、日付が変わるような時間帯。
すでに乗り合いの馬車はなく、個人で送り迎えをしてくれる馬車で戻ってきたらしい。
「アニエス~~~、ただいま~~~」
「おかえりなさいませ」
ベルナールは珍しく、べろべろに酔っ払っていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「おお! 大丈夫、大丈夫!」
アニエスの目にはまったく大丈夫に見えなかった。
普段は酒をあまり飲まないのだが、今日は若い教師の話を聞いているうちに、どんどん酒が進んでしまったらしい。
楽しそうにしていたものの、急に真顔になる。
「アニエス、お前」
「は、はい、なんでしょう?」
いったい何を言われるのか、アニエスは背筋を伸ばして待つ。
「かっわいいなあ~。本当にかわいい。日に日にかわいさを増している」
「……はい?」
「いや、毎日思っているんだけれど、なかなか言えなくて」
ベルナールの思いがけない発言に、アニエスは赤面してしまう。
「いつもかわいくしてくれて、ありがとうな!」
「い、いえ……」
普段、アニエスは少しでもベルナールの目によく映ってほしいと努力していた。
けれどもそれは気付いてもらいたいというより、自己満足だと考えていたのだ。
まさか気付いていたなんて、とアニエスは驚く。
「もっとお前がかわいくできるように、ドレスとか、リボンとか、買ってやれたらいいのにな……」
「い、いえ、そんなことは欠片も思っていません! ベルナール様がいるからこそ、わたくしは、その、かわいく! なれると思うのです」
ベルナールの言ったかわいいを無駄にしたくないアニエスは、生まれて初めて自分自身にかわいいという言葉を使った。
恥ずかしくてたまらなかったが、ベルナールが幸せそうに微笑んだのでよかったと思う。
その後、ベルナールはアニエスが作った酔い醒まし水を飲み干し、ぐっすり眠る。
翌日――ベルナールは「うわ!!」と悲鳴をあげて飛び起きた。
「あの、どうかなさったのですか?」
「いや、昨日の飲み会、途中から記憶がなくて。俺、どうやって帰ってきたんだ?」
「馬車を借りて、お帰りになりましたよ」
「なんだよそれ。借りる馬車は高いのによお」
どうやらそれが理由で、酒をあまり飲まずに帰ってきていたらしい。
たまにはいいのではないか、とアニエスは思う。
「夢、夢もなんかすごくて……」
「どんな夢だったのですか?」
「いや、なんかすっごい酔っ払って、お前に普段言えないようなことばっか言って……」
それは夢ではなく、実際にあったことが記憶に残っていたのだろう。
アニエスは「ふふ」と笑うと、大変だったと言ってベルナールを励ます。
普段のベルナールはかっこいいが、酔っ払ったベルナールはかわいくて、どこか子どもっぽかった。
たまにはああいうベルナールもいいものだ、とこっそり思うアニエスだった。
本日、コミカライズ版『没落令嬢、貧乏騎士のメイドになります』第五巻が発売しました。
黒幕に挑むベルナールの奮闘編です。最高にかっこいいベルナールの頑張りを、見守っていただけたらなと思います!




