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第156話 謝罪

 ゾエに色々話したところで、今度はゾエについて、なぜこんなところで眠っていたのか、そしてルルが魔王として死んだあと、どうなったのかについて尋ねたくなった。

 その前に、ゾエも気になったのだろう。

 ルルに、未だぎこちないが、頑張って敬語を外した口調で尋ねてきた。


「あの……ルル、くん、は……なぜ生きているの? 陛下は……確かにあのとき、勇者に討たれて、身罷られたと聞いたのだけれど……」


 そう言えばその点について説明していなかったか、とルルは思い出して答える。


「厳密なことは俺にも分からない。ただ……確かに俺はあのとき死んだが、気づいたら人族ヒューマンとして生を受けていたんだ。魔王だった時の記憶を持ったまま。俺はこれが、輪廻というものなのだと納得した。だから、たぶんそういうことなんじゃないかと思っているんだが……」


 限りなく色々端折った説明だが、かいつまんで説明するとルルの理解はそう言う事だ。

 この説明に、ゾエは目を見開いていたが、しかし輪廻と言う考え方自体、古代魔族にとっては極めて身近な思想、信仰である。

 だからゾエは頷いて言った。


「まさか、本当にそんなことがあるとは、ね……私たち前線にいた下級兵士たちは一番、輪廻について強い信仰を抱いていたけれど、それ・・は仮に起こったとしても、決して意識できないことだと思っていた。いずれ来世での再会を誓い合って敵に突っ込んでいっても、きっと覚えていない、再会を自覚できないことに、少しの切なさを想っていたわ。けれど……陛下は……全て覚えて蘇られた……」


 口調は非常に淡々としていて、事実をただ飲み込もうとする意思のみが感じられるようだった。

 けれど、どことなくその声は自分に言い聞かせるような雰囲気がして、語るうち、ゾエの瞳にはさきほど見た狂信の光のようなものが見え始めた。

 ゾエはぶつぶつと続ける。


「あの戦いは……無駄ではなかった。陛下が、こうやって生きておられるのならば! 本当に……本当に、良かった……」


 徐々にその目の端には涙の粒が出来始める。

 ルルは、自分の生存に、輪廻に、ゾエが心から喜びを感じているのだという事が分かった。

 けれど、それだけに、非常に申し訳ないような気分になる。

 なにせ、ルルは結局なにも守れなかったのだ。

 出来たのは、せいぜいが少しの間、人族ヒューマンを抑え込んだくらいのもので、他には何も……。

 だから、ルルは言った。


「ゾエ……遅くなったが、これだけは言っておかなければならない。……本当に、済まなかった」


 そうして、頭を下げるルル。

 ゾエはそれを見て後ずさり、これ以上無いくらいに目を見開き、慌てだしておろおろし始める。


「陛下! な、何を私などのようなものに……! 陛下がそんなことをなさる理由などどこにもございません!」


「いや……俺は、結局守れなかった。国も人々も。俺は何も出来なかったんだ……だから、俺は謝らなければならない。お前にも。受け取ってくれ……精一杯の謝罪だ」


「そんな……そんなことはありません……。陛下は、陛下がいらっしゃったからこそ、私たちは戦えたのです。貴方様がおられなかったら、魔族はずっと早くに滅び、人族ヒューマンの奴隷と化していたはず。陛下が謝罪されるようなことなど、本当にどこにもないのです……」


 ゾエは、ほとんど泣きながらそんな風に言って、低く下げられたルルの頭を上げようと肩に手をやった。

 本当なら、ずっと何時間でもこうやって頭を下げ続けたいところだが、そんなことをしてもゾエは喜ばなさそうである。

 ルルは仕方なく頭を上げ、言う。


「……そう言ってもらえると、心が軽くなる。イリスにも謝ったんだが、やっぱり許してくれてな。俺は……良い臣下に恵まれていたんだな」


 今はもう、対等であり、臣下などではない。

 そういうつもりで過去形で言ったのだが、ゾエも、そしてイリスも首を振ってそれを否定する。


「いえ、陛下。私は先ほども申しあげましたが、いつでも陛下にこの命を捧げる覚悟にございます。昔も、そして今も変わらぬ忠誠を捧げます。どうか、臣下ではない、などとおっしゃられませぬよう……」


「お義兄にいさま。私もゾエさんと同じ気持ちですわ。義理の妹でもありますが、同時に私はお義兄にいさまに側近として認めて頂いたのです。当然、今でも、臣下であるつもりですわ」


 そう言って跪く。

 別にいいと言っているのに、頑固者たちだな、と思う反面、もはやルルには何もないのにそう言ってくれることに嬉しく思った。

 ルルは仕方なく頷いて、


「分かった……分かったよ。だが、ゾエ。口調は直せよ。元に戻っているからな。それにイリス……は、もともとそういう口調だからいいか。しかしバッカスが草葉の陰からなんて言うか……」


 ふと、かつての親友のことを思い出して想像してみる。

 自分の娘がルルの側近に、また義理の妹になってどんな風に感じるのか考えてみるが……。


「いえ、父は大雑把でしたから。よくやったとか、面白いからいい、とか、そう言ったことを言われると思いますわ」


 とイリスが言った。

 実際、その通りの性格だったので、否定できない。

 ゾエもそれには頷いていて、


「幾度かバッカス様にはお会いしたことがあるけれど……とても気持ちのいい方だったのを覚えているわ。私のような下級兵士にも何くれとなく気にかけてくれて、前線ではそう言った者たちと一緒に食事をしたりしていたくらい。けれどまさかあの方が聖人扱いだなんて、あの頃の人族ヒューマンの教会連中が見たら鼻で笑うでしょうね」


 と、言った。

 やはり、目覚めて十年ほど現代で活動していただけあって、そういうことにも詳しいらしい。

 これは色々知っているのではないか、と期待が膨らむ。


 イリスも同様で、色々尋ねたそうにしていたが、


「ちょっと、そろそろいいかい。私も仲間外れは寂しくなってきたよ。出来れば私にも説明が欲しいんだが……」


 とソランジュが言ったので、三人ではっとした。

 ゾエは、


「ごめんね、だいぶ長く放っておいてしまって……そうね、話すのは、一旦やめて遺跡を出ましょうか。家は……まだ?」


 ゾエの言う"家"はつまりかつて立てたソランジュとゾエの家、今のソランジュの小屋の事だろう。

 ソランジュは頷いて、


「ええ、ありますよ……母さま。何度となく修理やら改築やらをしてきたから、あの頃とはずいぶん見た目が変わってしまっていますけれど……」


 そう言いながら、少し首を傾げたので、ルルがソランジュに尋ねた。


「なんだ、何か変なところでもあったのか?」


 ルルの質問に、ソランジュはふっと笑い、それから答えた。


「いや……大したことじゃあないんだが」


「ないんだが?」


「こんな老婆が、母さまに敬語で話しかけて、"母さま"なんて言っているのは……少し不自然に見えないか、と突然冷静に思ってしまってね」


「あぁ……」


 言われてみると、確かにそうかもしれない。

 しかし寿命の違う種族同士で義理の親族関係を結ぶと、そういうことはよくあることだ。

 たとえば古族エルフ人族ヒューマンなんていうのはその典型だろう。

 そう言うと、ソランジュは、


「まぁ、古族エルフ人族ヒューマンならそうなんだろうけどね。それに、母さまのような古代魔族と私のような人族ヒューマンでも客観的にそうなるのはおかしくはないんだろうが……少なくとも、現代の人間は、そうは思わないからね。外では……この言葉遣いはやめておいた方がいいだろう、と思ったんだ」


 現代において、古代魔族の外見的特徴は伝わっていない。

 ソランジュがそれを知っていたのは、聞いてはいないがおそらくはゾエが話したからだろう。

 つまり、現代において、ソランジュとゾエは人族ヒューマン同士に見えるはずだ。

 それなのに、年を取った方が若い方を母と呼んでいるのは、おかしいと言いたいのだろう。

 確かにそれは事実である。


「別に私は構わないのだけど? 人前で昔みたいに"母さま"って呼んでくれても」


 ゾエはその辺についてあまりこだわってはいないようだが、年の功か、ソランジュは首を振って説明した。


「いや、やめた方がよろしいでしょう。母さま。今は――母さまが起きておられた頃よりも色々な情勢が変わっております。下手に注目されることをしますと、途端におかしなのが寄って来ますからね……」


 それを聞いて、ゾエは不思議そうに尋ねた。


「そうなの?」


 ソランジュは言う。


「ええ。国際情勢もそうですが、宗教や文化の問題について、今、かなり多くの地域で噴火直前まで来ていますから……。思えば、母さまと一緒に過ごしたあの頃は、意外と平和な時期でしたね。それでも、私のような内乱に巻き込まれるような者はおりましたが、今と比べれば些細な出来事でした。ついこの間も、この国では色々騒ぎがあったようですしね」


 それはおそらくあの闘技大会で起こった色々なことを言っているのだろうと思われた。

 村まではまだ伝わっていないはずの情報なのだが、ソランジュには独自の情報網があるのだろう。

 はっきりと聞いたわけではないが、ソランジュは冒険者になれとゾエに言われたと言っていたのだから、冒険者として働いた経験があるはずだ。

 いや、もしかしたら今も冒険者組合ギルドに籍はあるのかもしれない。

 そうである以上、ルルたちの遥か先輩であり、情報収集にかけては遥か上を行くと考えても間違いではないだろう。


 ゾエは、


「せっかく良く眠ってすっきりしたと思ったのに、世の中は私に優しくなさそうね……」


 とため息を吐いていった。

 イリスが、


「盛大な二度寝をしていらっしゃったのです。眠った分、働くのが健康な生活と言うものでしょう」


 ともっともらしく一般論を言った。

 その言い方がゾエのツボに入ったのか、彼女はぷっ、と吹き出し、


「やだ、イリスちゃんって結構面白い娘なのね? バッカス様のご息女って言うから、てっきり箱入りお嬢様かと……あぁ、そう言えば陛下がいなくなって以来、大分荒れて、いくつもの人族ヒューマンの部隊を叩き潰して回ってたって……」


 イリスがかつて自分でも言っていた"荒れていた時期"について思い出したらしいゾエがそう言うと、イリスは慌ててゾエの口を塞いで、


「そ、それは内緒でお願いいたしますわ。あれは……私の黒歴史なのです……」


 そう言って頬を赤くしたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 一通り、話をして他の話をソランジュの家で、ということになったのだが、古代魔族の施設から出ようという段になって、ゾエが頭が冷えて来たのか、未だにその辺を飛んで食事に夢中の物体にやっと気づいた。


「……あれは、小竜リガ・ドラゴン?」


 そう言いながら、リガドラに近づいたゾエは、説明する間もなくリガドラを抱きしめて撫ではじめた。

 さらに、


「可愛いわね……この子! 私の騎竜になる? なる?」


 と、高い高いをしながら聞き始めた。

 ルルとイリスは、それは無理なんじゃないだろうかリガドラの正体を知っている身として思ったのだが、リガドラ本竜は、


「きゅい! きゅい!」


 と万歳しているのでかなり乗り気なように見える。

 そんな大きさと体形で人ひとり載せるなんて出来るか、と突っ込もうかとルルは思ったのだが、楽しそうなのでやめておいた。

 それから、ゾエは、リガドラをよく観察し始める。


「へぇ……水晶作りの角なのね……綺麗。それに目も綺麗な琥珀色……。滅多にいないわ、こんな小竜リガ・ドラゴンは……」


 しかしくるくるとリガドラを手慣れたようすで回して色々な部分を観察していく中で、竜騎士として何かぴんとくるものがあったらしい。

 突然、気づいたかのように目を少しはっとさせ、それからルルの方にぎぎぎ、と首を動かして、


「……この子……小竜リガ・ドラゴンじゃ、ない、わよね……」


 と鋭いことを言った。

 ルルが何も言わないで苦笑していると、彼女は続ける。


「昔……竜騎士隊の仲間内で、語られていた噂があるんだけど……。小竜リガ・ドラゴンの群れの中には、一匹、古代竜エンシェントドラゴンの幼体が隠れているって。それは、輝く様な水晶の角と、永遠を宿した琥珀色の瞳を持ち、絹のような手触りの鱗と、透き通った魔力をその身に湛えていると……」


「そんな話は初めて聞いたな」


 ルルが驚いてそう尋ねると、ゾエは笑って言った。


「あくまで、噂話、迷信の類だったのよ……。でも、この子はまさにその噂通りの……え、本当に?」


 ゾエがルルに尋ねる。

 だから、ルルはゾエに言った。


「本人に尋ねれば答えるんじゃないか?」


 言われて、ゾエはリガドラに向き直って言う。


「……あなた、実は古代竜エンシェントドラゴン?」


 すると、リガドラは頷いて、


「きゅいー!」


 と鳴いたのだった。

 あまりにもあっさりと頷くので、こいつ本当に分かっているのか、という気分になってくるが、ルルもイリスも真実を知っている。

 ゾエはそれから、リガドラの反応が真実を告げているのかどうかしばらく考えて唸っていたが、リガドラがそんなゾエを心配そうに覗きこむので、その可愛らしさに、


「……まぁ、どうでもいっか。かわいいし」


 と最後に納得してしまったのだった。

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