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第118話 何が起こるか

 闘技場が閑散としてきて、ルルとイリスは医務室を後にした。

 闘技場の裏口に向かう道すがら、このあとどうするか二人は相談する。


「……まっすぐ帰るか?」


 ルルのその言葉は、イリスのことを気遣ってのものだ。

 限界まで体と魔力を酷使した彼女には、しばらくの安寧が必要であろうと思い、ルルはそう言った。

 けれどイリスは首を振って答える。


「いえ……気遣っていただいてありがたく思いますけれど、私の体は大丈夫です。お義兄にい様は今日最も称えられるべきお人なのですから、まっすぐ帰る、などということをさせては、私がののしられてしまいます。ここは、そのような選択をせずに……"時代の探求者エラム・クピードル”の酒場に向かうのが肝要だと。皆様は、ここでお義兄にい様が帰られても怒ったりはしないでしょうが、それでも寂しく思うはずです。私のために、皆様の気持ちを踏みにじるわけにはいきませんもの……」


 優勝したら、氏族クラン"時代の探求者エラム・クピードル"の酒場で飲み明かそう、とは氏族クランメンバーやこの王都で知り合った者たち、みんなとの約束だった。

 それを一方的に破るのはよくないことだが、ルルがイリスを大事に思っていることは、みんな何となく分かっているため、今日の試合の結果を見れば二人が来ない可能性があることも分かっているだろう。

 だから、行かなくても問題はない。


 けれど、やはり、その場合はイリスの言うとおり、みんな寂しく思うかも知れない。

 主役を祝ってやろうというのに、その張本人が来ないのだから。

 ルルの優勝を口実に飲めるならそれでいいかという者もいるかもしれないが、それはともかくとして。

 出来ることならいきたい、というのが本音だった。

 

 そして帰宅した方がいい、と考えられる理由であるイリス本人が、大丈夫だ、と言っているのだから、取るべき選択肢は一つしかない。

 これがやせ我慢であるとか、無理をして言っているというのならともかく、ルルの目から見て、イリスの体の傷は全て消えており、また魔力の循環も正常なものに戻っている。

 あとは精神的な疲労がどうか、という話になるが、考えてみればイリスは過去、あの戦争でひたすらに戦い抜いた強者である。

 深手を負って回復し、再度活動し始める、などということはざらだったあの戦を生き抜いた彼女にとって、今回の戦いによる精神的ダメージというのはそれほど大きくないのかも知れない。


 実際、道を歩きながらイリスはいつもより機嫌が良さそうで、その理由を聞いてみれば、


「お義兄にいさまに側近として認めてもらいましたから。とても気分が良いのです。今なら空も飛べそうですわ」


 などと言っている。

 魔術を使えばもちろんイリスは飛行することも可能なのだが、そういう意味ではなく慣用句として言っているのだろう。

 それだけ気分がいい、とそういう意味で。


 そして、これくらいに元気そうなら大丈夫だろう、と判断したルルは、イリスと連れだって氏族クラン"時代の探求者エラム・クピードル"の酒場へ向かった。

 いったい誰が酒代を出すのかはわからないが……。

 まさか主役が支払わされることはないだろうと期待して歩き出す。


 イリスは酒場に向かう途中、ずっと楽しそうで、浮かれている感じがしたが、長く感じた闘技大会がルルの優勝とイリスの準優勝で終わったのだ。

 その気持ちも分かろうと言うものだった。


 ◇◆◇◆◇


 闘技大会も残るは明日の表彰・閉会式のみとなったその日の夜。

 王宮における国王の執務室では未だ眠らぬ国王が書類と格闘しながらその責務を全うしていた。

 闘技大会があろうとなかろうと、国王の仕事が減るわけではない。

 後回しに出来る仕事が無いわけではなかったが、平常通りにこなさなければ支障を来すものも少なくない以上、文句は言っていられなかった。


 そんな忙しい国王の執務室の扉が、静かに叩かれる。

 国王は書類から顔を上げて、


「……誰だ?」


 そう尋ねると、扉の向こうから声が聞こえた。


「陛下。ロメオでございます。いくつかお耳に入れておかなければならない報告がございまして……」


 それでその用事が闘技大会関連のものだとわかり、国王はロメオを部屋に招いた。

 闘技大会以外についての報告であれば王宮に詰めている文官が伝えに来るところだが、闘技大会に関してはロメオに一任していた。

 本来ならそちらも文官の仕事なのだが、ロメオ本人が強く望んだためにそういう分担となっている。

 ロメオは仕事熱心ではあるが、戦いのことになると少しばかり性格の変わるところがあり、闘技大会関連の国王の執務について、護衛と重ねて補助を申し出たのはそういうところに理由があることは明らかだった。

 ただ、だからといってその申し出を却下しなかったのは、ロメオが武官としてのみならず、文官としても非常に優秀な手腕を誇っており、誰か他の文官に任せるよりは彼に任せた方が実際に効率がよく、さらに本来割かなければならなかった仕事からはずせることにより、他の業務に回せるという現実的な利点もある。

 ほとんどいいわけに近いメリットだが、事実であるためにロメオを使うことに問題はなかった。


 そんなロメオは神妙な顔で国王に近づき、剣の届かない程度の距離に立って礼をすると、手に持った書類を国王の執務机に近づいて置き、それから再度下がってその内容について説明を始めた。

 このまますぐに下がらせてもよかったのだが、国王も少し疲れていて、少しばかり目を休めようとロメオの話を聞くことにする。


「それで、なにがあった?」


 国王の質問に、はっ、と頷いてロメオは話し始めた。


「明日の表彰式・閉会式ですが、賓客のうち幾人かが欠席を申し出ております。中にはすでに自国にお帰りになられた方もおります……」


 その報告は、特に不思議な話ではなかった。

 古族エルフの絶対障壁の予想外の崩壊により、本来の予定よりも闘技大会の期間が延びてしまったため、自国に帰らざるを得ない賓客たちは幾人か発生していて、それぞれが丁重な挨拶文と詫びの品とともに帰って行った事例はすでにいくつもあったからだ。

 国王としても無理に引き留めるわけにもいかず、試合の延期が決まった時点ですでに賓客たちにはそれぞれ帰還せざるを得ない場合は自由にしてもらってかまわない旨、告げており、したがってそのことに問題はないはずである。

 当然、今更あらためて報告するようなことでもないはずなのだが……。


 不思議そうな顔になった国王に、ロメオは説明する。

 そして国王はその言葉に、ロメオの懸念を理解した。


「自国にお帰りになる方々の中に、聖神教の聖女殿がいらっしゃいます。今日中に王都をお出になるとのことです」


 今大会における最重要の要注意人物である聖女。

 その彼女が、閉会式を待たずに帰ると言うのである。

 何らかの目的をもってやってきただろうということはもはや明らかだが、帰ると言うことはその目的をすでに達成した、ということだろうか。

 あの冒険者や騎士たちを連れ去ったと思われる事件のみで満足した?

 いや、それならばあの時点で帰ればよかったはずだ。

 今日までわざわざいて、そして明日を待たずに帰らなければならない理由は……。


 そして、考えてみて、一つ思い当たることがあった。


「やはり、闘技場の裏に忍び込んだのはあの聖女か?」


 闘技大会が終わり、古族エルフたちの様子を見に行ったロットスからすでに報告を受けていることだが、なぜか闘技場の裏、正確にはそう呼ばれている闘技場地下部分に向かう通路にかかっていた魔術罠が全て解除されていたと言うのだ。

 その中には、彼らが今回持ってきた絶対障壁とはまた異なる攻撃的な罠や結界もいくつかあり、それを解除したというのであれば相当な手練れであるということになる。

 しかもそれだけではなく、何の痕跡も残っていないというのだから恐ろしい。

 古族エルフの秘匿技術の警備については、彼らのプライドや、罠自体の性質の問題があって、王国から人は出していないが、それでも一度、宮廷魔術師を伴って見学した折りには、その片鱗ですら相当な防護であると宮廷魔術師から説明を受けていた。

 それを破った者が聖女であるとするならば……。


 しかし、証拠はない。

 しかも、ロットスや他の古族エルフたちが言うには、盗まれた物は何もないと言うことであり、また聖女に出くわした者もいないという。

 いったい何のために忍び込んだのかわからない賊だが、しかし本当に何もしていないということはないだろう。

 よくよく注意しなければならないと思っていた矢先に、聖女の帰還の報告である。

 きな臭いにもほどがあった。


「……何か仕込んだのか? 表彰式に、何かが起こるか……」


 独り言のような国王のつぶやきに、ロメオは表情を固くして言う。


「やはり、陛下もそう思われますか……」


「お前もそう考えて、報告を持ってきたのだろう? その推測に間違いはないと儂も考える……しかし、聖女を引き留めたり、逮捕しようとするには……」


「証拠が、ございませんな……」


 苦々しそうにロメオが先を継いでそう言った。

 思いは国王も同じである。

 出来ることなら聖女を拘束し、拷問にでも何にもかけるなりして、さらわれた騎士と冒険者の行方を聞き、さらに一体何を企んでこの時期に帰るなどと言っているのかと揺すって尋ねたいくらいの気持ちだ。


 だが、現実問題、聖女はアルカ聖国において、英雄とも言うべき扱いを受けていて、さらに聖神教の高位神官なのである。

 そのようなことを何の裏付けも証拠もなく行えば、国際的にどのような非難を受けるのか、想像に難くない。


「全て計算済みでことを運んでいるのだとしたら……いや、全て計算済みなのだろうな。恐ろしい女よ……とはいえ、全て奴の思い通りに運ばせる訳にも行くまい。ロメオ。あの女が国を出るまで、よくよく見張っておくのだ」


 顎髭に触れながらそう言った国王にロメオは頷いて答える。


「はっ。すでに影をつけております」


「で、あるか……さすがに仕事が早い。それと明日の表彰式だが……」


「それにつきましては、私とアイアスを筆頭として、近衛騎士でも腕利きの者を警護に当たらせる予定です。また、特級冒険者たちにもそれとなく警戒するように伝えておりますれば……」


「ふむ……それだけの準備があれば、問題なく表彰式は終えることが出来る、か……いや……」


 レナード王国の近衛騎士たちでも手練れ数十人、それに特級冒険者が複数、さらにそれぞれが率いる者たちも含めれば、その戦力は小国であれば落とされかねないほどの過剰戦力と言ってもいいようなレベルにある。

 これだけの戦力を集めて警備に当たらせれば、たとえどのような事態が起こっても対処可能であると言っても良い、と大概の者は言うのだろうが、国王には未だ取れないつっかえのようなものが胸に感じられる。


 なぜ、そのような気持ちになるのかは理解できなかったが、しかし明日何かが起こると言うことだけ間違いないだろうと彼は信じていた。

 こう言ったときに感じる第六感的なものは、案外馬鹿に出来ないと言うことを、彼は今までの人生でよく理解していたからだ。

 ロメオもまた、そのようなものが戦場での生死を分けることがあることを知っていたから、国王の割り切れなさそうな表情に幾ばくかの不安を感じる。


「何か、ご懸念でも……?」


 ロメオがそう尋ねると、国王は答えた。


「……胸騒ぎがする、というところだな……甚だ馬鹿らしい話だが……」


 そうは言っているものの、その口調はとてもではないが冗談を語るようなものではない。

 しかし国王はゆっくりと首を振ってそんな表情を振り払い、それから話を変えた。


「これ以上の対応が考えられない以上、この話はここで終わりだな。後はロメオ、お前を含めた近衛騎士たちの働きに期待するとしよう。……それで、明日の表彰式のことだが……」


 そう言って国王が話し始めたのは、ルルのことだった。

 優勝者には特殊な商品として、国王陛下と直に言葉を交わすことが出来、さらにその際、お願いを一つ聞いてもらえるというものがある。

 ルルが何を望むか、予想できるか、と国王はロメオに聞いた。


 ロメオは変わった話に少し面食らったようだが、少し考えて答えた。


「……爵位などは……いえ、カディスノーラ卿を継ぐつもりの見えないあの少年がそう言ったものを望むとは考えにくいですね……これは、意外と難しい問題です」


 ほとほと困り果てたような顔でそう答えたロメオに国王は満足そうな顔をして言った。


「だろう? 儂もしばらく考えているのだが、想像がつかん……明日、何が起こるか、それを考えるのはいい意味でも悪い意味でも楽しくある……全く。困ったものだ」


 皮肉げな口調でそう言った国王に、ここは笑うところだぞ、と言われたロメオはひきつった笑みを浮かべて、結果、国王に笑われたのだった。

 器の大きさの違い、というものがロメオには理解できた気がした。

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