Sigillo
しばらくしてフィレンツェの郊外に位置する、ある施設へとたどり着いた。
郊外に位置しているせいか、辺りには建物はほとんど見当たらない。
車は施設の正門の前で止まり、門の近くにいた警備員が車に近づいてきた。
「・・お名前と身分証明書を提示願います。」
「ああ・・・“スピーア”に所属しているルキアーノ・トルナトーレとアリエーテ・フィリーチェだ。」
ルキアーノはそう言って、自分の身分証を警備員に広げて見せた。
「・・・はい、確かに確認しました。お入りください。」
警備員は身分証を確認し終えると、丁寧にお辞儀して開門した。
車は入り口から少し入ったところで止まった。
「・・・・・ったく、毎回毎回めんどくせぇチェックだぜ。」
「しょうがないでしょ?・・・こうでもしなきゃ、入りたい放題じゃない。」
アリエーテは呆れた口調で答えた。
「んなこたぁ、わぁーってるよ。それはそうとして・・・・・・・・アリエーテ。」
ルキアーノはバックミラー越しのアリエーテに視線を向けた。
「・・・なに?」
アリエーテはミラーに移るルキアーノのほうに視線を向けながら聞き返した。
「俺がブルーノ局長に任務の詳細を報告してくるから、悪いんだがアルバートをエリオットと一緒に寮に送ってやってくれないか?」
「・・・・そうね・・・・・・わかった。それじゃあ、頼むわよ。・・・後ほど、その詳細を私にも聞かせてね。」
「ああ・・わかった。・・・アルバート。」
「なんですか?ルキアーノさん。」
「アリエーテの指示に従って、まっすぐ帰るんだぞ?」
「わかってますよ。・・・子供じゃないんですから。」
アルバートはエリオットの方にチラッと視線を向けた。
「あっ!今、僕のこと見ただろ!?見ただろ!?ムカつく〜!僕だってちゃんと任務こなしてるんだから子ども扱いしないでよね!!」
「誰もお前を子供だなんて言ってない。・・・そんなに必死になって否定しなくていい。」
「〜〜!!ムカつくーーー!」
「こら、エリオット。車の中で騒ぐのはやめなさい。」
アリエーテが言う。
「だってさぁ・・アリエーテさ〜ん、コイツ、僕のこと子供扱いするんだよー!」
「まったく、おめぇらは・・・。」
その様子を見ていたルキアーノは深い溜息をついた。
「それで・・・なんの話だったんですか?ルキアーノさん?」
アルバートはルキアーノに問いかける。
「おおっとそうだった。・・・・・・しばらくお前には休暇をやるからゆっくり体を休めろ。」
「・・・・特に疲れはたまってはいませんよ?・・・いいんですか?」
「・・・ああ。だが・・・・今のお前には休暇が必要だと俺は思う。・・・・お前のコンディション調整も教官である俺の務めだ。」
「・・・・・わかりました。」
「よし、じゃあ俺は局長に報告してくる。・・・今日はお疲れさん。」
ルキアーノは車を降りると、三人に軽く右を振った。
そして、ゆっくりと中央の一番大きな建物のほうへと歩いていった。
「・・・・・さ、私たちも帰るわよ。」
アリエーテは助手席から運転席に乗り換えると、ハンドルを握り再び車を発進させた。
敷地内には中世を思わせる石造りの建物がいたるところにあり、ポツポツと灯りがともっている。
―――――――――――――ここは、“スピーア”と呼ばれる政府認定の諜報機関の敷地内だ。
―――――――――――――“スピーア”は元々、他国の軍事情報を盗み出すことを目的として設立された組織だった。
―――――――――――――しかし、最近は勢力を大きくのばした政治的テロ組織や一般犯罪組織など、法律の行使だけでは対処しきれない者達に対抗するための実力行使の手段として活躍することが多くなった。
―――――――――――――イタリアにはそうした犯罪組織の問題を多く抱えている。
―――――――――――――例えば、政治的テロ組織を例に挙げてみると、それらの組織はその行動の傾向から“左”“右”分けられる。
―――――――――――――特に“左派”に属する「赤い旅団」は政府要人の襲撃などでテロ組織として名高い。
――――――――――そして一般犯罪組織であれば、世間的な名称ではマフィアがそれに相当する。
―――――――――――――有名な組織は「コーザ・ノストラ」「カモッラ」などだろう。
―――――――――――――そうしたマフィアに殺された著名人も多い。
―――――――――――――1992年5月23日に殺された検事長“ジョバンニ・ファルコーネ”もその被害者の一人だ。
―――――――――――――だからこそ、こうした犯罪組織に対抗するには法律の行使などと生易しいことだけでは到底不可能なことなのだ。
しばらく建物の敷地内を走ると、また建物が姿を現した。
車はその建物の前でエンジンを止めた。
その建物は他の建物とは様子はさして変わらず、全体的に白っぽい色をしていて中世の建造物をモデルにしたようなつくりになっている。
ガチャ・・・・。
三人はドアを開け、車の外に出た。
辺りは日が落ちてしばらく経っていたので、建物周囲はほとんど真っ暗だ。
唯一石造りの回廊にはうっすらと灯りが灯っている。
「ふわぁ〜・・・・・眠い〜。」
エリオットはもう限界と言わんばかりに大きくあくびをする。
「・・・お前、自分の教官の前でよくそんな態度とれるな。」
アルバートは半ば呆れた様子で言う。
「だって眠いんだもん、仕方ないじゃん。・・・それに、アリエーテさんは確かに僕の教官だけど、お母さんみたいなものだし〜。」
「・・・母親・・・ね。」
アルバートはそう呟くきながらアリエーテの方にチラッと視線を向けたが、すぐに元に戻した。
「ほら、二人とも早くケース取りに来なさい。」
アリエーテが車のトランクの前で催促した。
「あ、忘れてた。・・・今行きまーす。」
エリオットはトランクの方へ駆け寄った。
「・・・・。」
アルバートは続くようにゆっくりとトランクの近くに歩み寄った。
アルバートとエリオットは自分達用のアタッシュケースをトランクから取り出し、アリエーテの前で横に並んだ。
「ふぅ・・・それじゃあ、二人ともここでいいわね。」
アリエーテは二人にそう告げた。
「はい、お疲れ様でした。・・・それじゃ、俺は先に行きます。」
アルバートは軽く会釈をすると建物の内部へと続く回廊を歩き出し、奥へと入っていった。
「・・・・・・・・。」
アリエーテは首をかしげた。
「・・・・どうしたの?アリエーテさん」
「ねぇエリオット。・・・・今日のアルバート様子がおかしくない?・・・前はあんなに素っ気無い感じだったかしら?」
「う〜ん・・・確かに僕もそう思うけど・・・どうかな?・・・最近任務が続いているから、さすがのアルバートも疲れてるんじゃないのかな?」
「・・・そう。・・・・そうね、そうかもしれないわね。・・・・・それじゃあ、私はもう行くわ。あんまり夜更かししないで早く寝なさいね。」
「うん、アリエーテさんもお疲れ様。それじゃあ、おやすみなさい。」
「ええ・・・おやすみ、エリオット。」
アリエーテは少しかがんで、エリオットの背丈に合わせると優しく微笑んだ。
「・・・・・っへへ。」
エリオットは嬉しそうに手を振ると、アルバートを追うように回廊の奥へと駆けていった。
「・・・・・。」
アリエーテは走り去るエリオットの後姿をただ黙って見つめていた。
―――――――――――――そのころ、ある一室の扉の前にたどり着いたルキアーノは、扉の前で服装を整えていた。
「・・・よし・・・こんなもんか。」
ルキアーノそう言うと、ドアを軽くノックした。
コン・・コン・・コンッ・・・。
「・・・・入れ。」
中から少ししわがれた低い声がそう答えた。
「失礼します。」
ガチャ・・・・・。
部屋の奥に50代前後の中年の男性が椅子に深く腰をかけて座っていた。
部屋には数え切れないほどの本が棚に収納され、中央には額縁に絵まで飾られている。
「・・・・・。」
ルキアーノはゆっくりと男の近くに歩み寄り、その場で立ち止まった。
「今回の作戦、成功したようだな・・ご苦労だった・・・ルキアーノ。」
「はい。・・・とはいっても今回私の出番はありませんでしたけどね。・・アルバートの奴がよく働いてくれました。」
「・・・そうか。・・・・さすが君の手解きを受けた“アルマ”・・・というわけか。」
「っはは・・・“アルマ”ってのはよしてください。・・・アルバートも人間ですからね。」
「・・ああ、そうだな。・・・もちろん、私もそういう意味を込めて彼らをそう呼んでる訳ではない。」
「わかってますよ。」
「それにしても今回はご苦労だった。・・・・・・これで、しばらく北部の政治家たちの中で、テロリストとの内通を目論む輩の数も減るだろう。」
しわがれた声の中年の男性は、皮製の椅子に深く腰掛けたままそう言った。
「はい、ありがとうございます。」
ルキアーノはゆっくりと丁寧に答えた。
「それと・・・今回、任務で特に変わったことはなかったか?」
「・・ええ、これといって問題はありませんでした。」
「そうか・・・・・・最近のアルバートとエリオットの様子はどうだ?」
「・・エリオットのほうはともかく、アルバートは最近任務に参加させすぎじゃないでしょうか・・?さすがのアルバートも少し疲労しているように見受けられました。」
「・・・それは仕方ないことだ。・・・アルバートは彼らの中でも優秀な人材だ。・・・なるべく早くチームとしての戦闘に慣れさせてさらに活躍してもらいたいと思っている。」
「・・・しかしブルーノ局長、最近アルバートは集中力が低下しているようにも見えます。・・アルバートにはしばらく休暇が必要です。」
「・・・・そうか。教官の君がそう言うんだ・・真理なのだろう。わかった・・・確かに酷使しすぎて使えなくなってしまっては意味がない。・・・二週間ほどアルバートに休暇を与える。・・・その間にしっかりとコンディションを調整させておいてくれ。」
「わかりました。・・・では、隠蔽班の報告書をここに置いておきます。」
「ああ・・・わかった。」
「それでは、失礼します。」
「ああ。」
・・・・バタン。
「・・・・・・・・・。」
ブルーノはしばらく、デスクに広げられた書類を見つめていた。
――――――――――――その頃アルバートとエリオットは自分達の部屋の前にたどり着いていた。
「・・・それじゃあ、僕はもう自分の部屋に戻るから。・・・アルバートはどうするの?」
「・・・一服したら、武器の整備をして寝るつもりだ。」
「一服って・・・任務終わったときに吸ってたじゃん。・・・最近なんか、本数増えてない?」
「そうか?・・・まぁ・・・そうかもしれないな。・・・・吸いたくなるんだ・・・仕方ないさ。」
「・・・ま、いっか。・・・ほいじゃあ、いくね。お疲れさん。・・・・あ〜やっと寝れる〜♪」
エリオットは鼻歌交じりでさっさと部屋の中へと入っていった。
「・・・ああ・・・お疲れ。」
アルバートはエリオットが部屋に入るのを確認すると、自分も部屋の中へと足を踏み入れた。
バタン・・・。
アルバートは特に物らしいものもない閑散とした自分の部屋の中に入ると、一回深呼吸をした。
そして、自分の机の上に歩み寄った。
「・・・さてと・・・。」
アルバートはアタッシュケースを机の上に置くとポケットから取り出したタバコを取り出し火をつけた。
アルバートは灯りをつけないまま、部屋の窓際に立ってタバコをくわえている。
窓からはうっすらと月の光が差し込みアルバートを照らした。
「・・・・・・・。」
アルバートは黙ったまま、窓の近くにたったまま月を見つめ今日の出来事を振り返った。
(それにしても一体・・・・・・あれは・・・・・なんだったんだ・・・あの声は・・・一体・・。)
頭の中でそう呟くとアルバートはしばらく月を眺めていた。
そして、時間が流れアルバートは武器の整備を終えて、ベッドの上に座り込んだ。
「・・・・寝るか。」
部屋の窓からは月の光がぼんやりと差込み、暗い部屋の中をわずかに照らした。
「・・・・。」
――――――――――――こうしてまた一日が終わった。
そして、次の日の朝。
――――――――――――チチッ・・・チチチッ。
辺りから、起床の時間を告げるように鳥のさえずりが聞こえてくる。
「ん・・・・・・・。」
アルバートはその音に気づき、うっすらと目を開く。
まだ日が昇りきっていないためか、部屋の中はまだ薄暗く、わずかに窓から日光が差しこんでいる程度だった。
「・・・・・・朝・・・か。」
アルバートはベッドからムクりと起き上がり、部屋の中を見渡した。
「・・・・・着替えて、散歩でもするか。」
アルバートはそう言って、ベッドから降りて身支度をし始めた。
――――――――――――ここは“スピーア”いう特殊諜報機関だ。
――――――――――――詳しいことはよくわからないが、俺はここに所属する特殊構成員の一人だ。
――――――――――――実際は誰かにとって邪魔な人間を排除するために暗殺を請け負うのがオレたちの仕事。
――――――――――――テロリストだろうが、政治家だろうが関係ない。俺たちに相手を選ぶ権利などない。
――――――――――――ただ、決められた相手に向かって引き金を引くだけ。
――――――――――――そう。
――――――――――――そんな単純な作業の繰り返しだ。
アルバートは着替えを済ませると、窓の近くに立って外の様子を窺った。
小さな木々が建物を取り囲むように規則正しく配置されたその敷地内には辺りに人影も無く、閑散としている。
「・・・・・・しばらく休暇だったな。・・・・・・とはいったものの・・・大して疲れがたまってるわけじゃないしな・・。・・・・射撃場で訓練でもするか・・・・な。」
そう呟くとアルバートは机の前で立ち止まった。
「・・・・射撃場は今日は・・・誰が訓練してるんだっけ・・?まぁ・・・行けばわかるな。」
アルバートはそう言って机のうえにあったアタッシュケースを手に取り、部屋を後にした。
コツ・・・・コツ・・・・コツ・・・。
石畳の床を革靴が叩き、規則正しいリズムの音が回廊に響き渡る。
「・・・・・・。」
アルバートは黙々と誰もいない回廊をしばらく歩いた。
しばらく進むと宿舎の外に出て、そこからいくらかもしないうちに、だだっ広い土のグラウンドに到着した。
グラウンドの周りには木々が生い茂っており、外から中の様子を見られないように設計されているようにも見える。
パーーンッ!・・・・・パパパーンッ!・・・・パンッ!・・・・・・・・・。
銃声が施設内に響き渡る。
「・・・やっぱり、誰か訓練してるのか・・。」
アルバートは銃声がするほうへと足を進めた。
ザッ・・・ザッ・・・・ザッ・・。
アルバートは少し歩くと射撃場で黙々と訓練する人影を見つけた。
「・・・あいつは・・・。」
アルバートはゆっくりとその人物の方へと歩み寄る。
すると、自分に近づいてくる足音に気づいたらしく、アルバートの方を振り向いた。
「あれ?・・・アルバートじゃない。どうしたの?しばらく休暇だって聞いたけど。」
銃声の主は女性だった。
丁度アルバートと同年齢ぐらいの女の子だ。
見た目には17〜18歳くらいに見える。
髪はセミロングで色は黒と茶色の中間、アルバートと同じくグレーの瞳をしている。
「・・・やっぱりマリーだったか。」
「こんなところで拳銃ぶっ放してる女の子なんて数えるほどしかいないと思うけど?・・・ところで私に何か用?」
構えていた拳銃を下げ、マリーはアルバートにそう問いかけた。
「いや・・・そういうわけじゃない。・・ただ暇だから射撃訓練でもしようと思ったんだ。」
「ふ〜ん、なーんだ。」
「・・・不満そうだな。」
「・・・別に〜。だって、あんたの方から私のところに出向いてくるなんてあんまりないんだもん。なにか相談事でもあるのかと思って、期待しちゃったじゃない。」
「・・・さっきも言ったが俺は射撃の訓練をしに来たんだ。別に相談をしにきたわけじゃない。」
「・・・あっそ。」
マリーは深い溜息をついた。
「・・・?」
アルバートは不思議そうに首をかしげた。
「そういえばどう?最近の調子は?」
「ああ・・・あんまり、いい感じじゃないかな。・・・なんていうか、なにか落ち着かない感じがして・・・な。」
「へぇ〜・・・、アルバートでもそんなことあるんだ。」
マリーはそういってアルバートの顔をまじまじと見つめた。
「なんだ?・・・そんなに珍しいことでもないだろ?」
「珍しいわよ。いつも冷静沈着なあんたがそういう事で悩んでるの始めて見るもん。」
「そういうマリーこそ調子はどうなんだよ。」
「私?私はこのとーり元気があり余ってるわよ〜。」
「そうだな・・聞くまでもなかったか。」
「・・・な〜んか、無性に腹が立つ言い方ね。」
「気にするなって。」
「・・・にしても休暇中にまで訓練なんて、あんた、もうちょっと他に趣味でも探したらどうなの?」
「しょうがないだろ。俺はお前みたいに何でも食いつくようなタイプじゃないんだらさ。」
「失礼ね!私はそんな軽い女じゃありません!」
マリーはそう言って舌を出した。
「・・・はいはい。悪かったよ。・・・趣味・・・か・・・・・・俺はそういうの当分見つかりそうもないな。」
アルバートは苦笑しながら言った。
「なら私がアルバートの興味が湧くような趣味を一緒に探してあげようか?」
「・・・遠慮しておくよ。」
「む〜・・・・・・せーっかく人が誘ってるのに・・・。」
マリーは頬を膨らませた。
「・・・・・・。」
「・・な、何?・・・顔になんかついてる?」
「いや・・・・・マリーは明るくていいな。・・・うらやましいよ。」
「っふっふっふ・・・な〜んてったって弾けんばかりのティーンズスピリッツが私の取り柄だもんね。」
マリーは誇らしげにそう言った。
「弾けすぎて時々やかましいけどな。」
「それは余計っ!!」
「っいて!・・・殴ることでもないだろ・・・。」
「ふ〜んだ。」
「まったく・・・。」
そんなやり取りが二人の間でしばらく続いた。
会話が一段落したアルバートは持っていたアタッシュケースの中から銃のパーツを取り出し、組み立て始めた。
「本当に訓練するんだ・・・・・真面目君だね〜。」
呆れた様子でマリーは言った。
「当然だ。・・・一日でも訓練を怠れば、腕が鈍る。」
銃を組み立て終えたアルバートはマガジンに弾を装填すると、右手で銃を構えた。
ドンッ!
アルバートの放った銃弾は見事に的の中心を的確に捉えた。
「お〜・・・・・・・・。」
マリーは思わず声をあげる。
「・・・・。」
アルバートは今度は左手に銃を持ち替え、ろくに狙いもつけずに引き金に手をかけた。
ドンッ・・・ドンッドンッ・・・・・ドンッドンッドンッドンッ!!
銃弾はまるで吸い寄せられるかのように的の中心に全弾命中した。
「すっごーい・・・・・さすが、射撃の成績“特A”の実力は伊達じゃないわね〜・・・。」
感心した様子でマリーは言う。
「・・・まだまださ。・・・・実戦では的は止まっていてはくれない。」
「でも、すごいわよ。・・・私なんか成績“B+”だったもの。」
「“B+”から“特A”まで上げるのにそこまで時間はかからないさ。」
「・・そりゃあんたならそうかもしれないけど、私にとっちゃ相当な難問なのよ。第一、“特A”の合格条件って120ヤード必中じゃなかったっけ?そんなの、ホイホイ合格できるわけないじゃない。」
「ちなみに、的は通常の半分の面積だけどな。」
「ウソッ!?はぁ・・・余計無理じゃない・・・・。あ〜私のウキウキ優等生作戦に早速黄色信号が・・・。」
マリーはがっくりと肩を落とした。
「なんだ・・・そのウキウキなんたらって・・・。」
「あ、こっちの話。」
「・・・そうか。・・・まぁ頑張れよ。それにマリーだって他の科目で特Aあっただろ?」
「・・・もしかして、“マーシャルアーツ”のこと言ってんの?こんな普通の女の子が“マーシャルアーツ”で特Aなんて逆に引くって。それに私はか弱い女の子を演じたいのっ!・・・第一、あんたもAでしょ?あんま変わんないじゃない。・・・てか、あんたいくつ特A持ってんのよ?」
「五つ。」
「五つぅ!?・・・はぁ・・・・聞くんじゃなかったわ・・。」
「まぁ・・マリーもその内それぐらいの成績は取れるから、心配すんなよ。」
「もう・・適当なんだから。頑張ってなんとかなるんならこんな苦労しないわよ。・・・ねぇ〜、今度射撃のコツ教えてよ〜。」
「・・・・俺は教えるのは得意じゃないんだ。」
「ケチ!・・・・ちょっとくらい教えてくれったっていいじゃない。ねぇ〜お願い!このとお〜り!!」
マリーはそう言って両手を合わせた。
「・・・・わかったよ・・・今度教える。」
「本当!?やた!約束よ?」
「・・・・ああ・・・約束するよ。」
射撃の訓練をしながら、途切れ途切れだがそんな何気ない会話が二人の間で続いていた。
ザッ・・・ザッ・・・・ザッ・・。
「・・・?」
しばらくして、マリーはこちらに近づいてくる少女に気がついた。
「あれ?カテリーナちゃんじゃない!外に出てくるなんて珍しいわね。」
「・・・・・・。」
その少女は黙ったままマリーたちの方へさらに足を進める。
マリーに近づいてきた少女はまだ幼い感じで、黒髪で三つ編みをしていて見た目は中学一年生くらいにしか見えない。
「・・・・ルキアーノさんからアルバートに連絡・・・・。」
少女は静かに告げた。
「ガーンッ!マリーちゃん、だーいショック!!・・・・・・カテリーナちゃんは私に会いに来てくれたんじゃないのねー。」
マリーはあからさまにガッカリして見せた。
「・・・・ルキアーノさんはなんて?」
マリーをよそにアルバートはカテリーナに言った。
「って・・・あんたもあんたで、リアクションのひとつでもとれっての・・・・・もう・・・。」
マリーは溜息をついた。
「・・・“今日から休暇だというのに、すまないが任務を頼みたい。今回の任務は重要な役割を持っていてお前の力がどうしても必要なんだ。お前の部屋で待ってるから詳しい説明はお前の部屋の前ですることにする”・・・・だって。」
カテリーナはまるで、機械のように用件をそのままアルバートに伝えた。
「・・・わかった。」
アルバートはそう言うと、アタッシュケースに武器をしまい始めた。
「ちぇ・・・もう行っちゃうんだ。あ〜あ〜・・・ゆーとーせーは引っ張りだこで羨ましいかぎりですこと。」
マリーはそういいながらグラウンドの土を蹴り上げた。
「・・・怒るなって。・・・ちゃんと約束は守るからさ。」
「本当?忘れないでよね!」
「ああ・・・わかってるよ。」
「カテリーナちゃんはこれからどうするの?」
「・・・私も帰る。」
「えぇ〜!・・・私また一人か〜・・・。つまんないの。」
マリーはそういって軽く溜息をついた。
「それじゃあ、俺は行くぞ。・・・またな。」
アルバートはそういって歩き出した。
「・・・。」
カテリーナもアルバートを追うように歩き出した。
「・・・ほーいほい、じゃあね〜。」
マリーは後ろ姿の二人に手を振った。
ザッ・・・ザッ・・・・ザッ・・。
アルバートとカテリーナは黙々と歩き続けていた。
「カテリーナ・・・・・最近調子はどうだ?」
「・・・・・別に。」
カテリーナは素っ気無い感じで返した。
「・・・・・・・・・・。」
アルバートはしばらくカテリーナの様子を伺いながら歩いた。
彼らはこの施設では特別な構成員で通称“アルマ”と呼ばれている。
“アルマ”とはイタリア語は“武器”を意味する。
大体は、何らかの不慮の事故によって身寄りがなくなり自らも瀕死の重傷を負ったもの者や、身内に見捨てられ流れ着いた者がほとんどだ。
この施設は、イタリアの医療技術発展・新薬の開発などを二次的な目的としている研究施設でもある。
だが、新薬の開発などにはどうしてもリスクが付きまとう。
動物実験だけでは、安全性が十分に補償できないのが現実だ。
だからこそ、彼らのような「普通なら死んでいるはずの人間」を使って、劇薬に近いような新薬の研究を進めている。
当然ながら、彼らもこの施設に来る前は普通の人間だった。
そして、彼らは誰一人として例外なく悲惨な人生を歩みここに流れ着いた。
彼らはこの施設の試験体となる代わりに、過去の悲惨な記憶を清算し生まれ変わることを許される。
彼らが手にするのは、人間離れした身体能力・回復力とわずかな自由である。
彼らはその身体能力をうまく活用させるために、さまざまな薬品を投与される。
そうすることによって、殺人による人間なら誰しも一瞬は抱く“罪悪感”をごまかすことが出来るのだ。
「・・・・・カテリーナ。お前はいつもそうやって誰とも話さないでつまらなくないのか?」
「・・・・別に・・退屈はしないよ。」
「・・・・そうか。」
何度か短い会話はあったものの、寡黙な二人の会話は長くは持たなかった。
俺たち“アルマ”には一人につき一人の教官がつき、任務では常に最低二人一組で行動を共にする。
だからこそ、俺たちにとって教官は特別な存在である場合が多い。
ある奴は自分の両親のように慕い。
ある奴は親友のように接する。
中には自分の教官を神のように崇拝している奴もいる。
・・・俺はそういうやつらに比べると、そこまで強い感情を持っているわけではないみたいだ。
強いて言うなら、“師弟”の関係。
・・それが妥当な表現だろう。
だけど、それも決して俺たちの中で異常な光景ではない。
そして、薬に影響されて生まれる感情も存在し、薬の浸透度によって個々に差がある。
中には十五歳に満たない素体を使ったアルマ達もいる。
彼らが受ける薬による作用は人一倍強い。
だから、まだ年齢的に幼いアルマは教官を守るためなら命すら投げ出す輩も珍しくない。
俺との接触が多いエリオットもそれに近いものがあり。
もちろん、いま俺の隣にいるカテリーナも例外ではない。
だが。
カテリーナには。
教官がいない。
ある事件で。
カテリーナは教官を喪った。
自分の過去を知らない俺にはよくわからない感情だが。
同情はできる。
カテリーナはここに来て、また身を引き裂くような過去を背負うことになってしまったのだから。
その事件をきっかけに。
カテリーナは自己を堅く閉じ込めるようになった。
しばらく歩くと、アルバートの部屋に通じる回廊の入り口に男の姿が見えた。
それはアルバートに指示を出しにきたルキアーノの姿だった。
「おぅ、アルバート。・・・悪いな今日休暇をもらったばっかだってのに。」
「いえ・・・。俺は別に疲れているわけじゃないので、気にしていません。」
「そうか。・・・・カテリーナもご苦労さん。」
「・・・・・・・。」
カテリーナは黙って会釈した。
「・・・・ところで・・・重要な任務ってなんなんですか?」
「ああ・・・そうだな、説明しておこう。・・・お前、“赤い旅団”って知ってるか?」
「・・・確か1978年にモロ首相の誘拐殺人事件を起こした組織のことですよね?“赤い旅団”っていったら極左の代表的な反政府組織じゃないですか。・・・バカにしないでください。」
「ワリィワリィ。一応確認のためにな。」
「・・・それで、“赤い旅団”が今回の任務とどういう関係があるんですか?」
「ああ・・・、奴らの幹部の一人が最近至る所で異常なほどの量の武器・爆薬の収集を行っていることがわかってな。・・・そいつが不穏な動きを見せているらしい。
おそらく、今度ローマで行われるサミットにあわせて何か行動を起こすつもりだろう。・・・確率はかなり高い。
・・・・・イタリアでもし、サミット中に要人暗殺事件でも起きてみろ、・・・他国から信用を失うことになりかねない。・・・だからこそ、奴らが行動を起こす前に叩いておく必要があるんだ。」
「なるほど・・・それで俺たちの出番って訳ですか。」
「・・そうだ。その計画の主犯格がどうやら“赤い旅団”の幹部の一人である“カルロ・ルートビッヒ”ってやつらしいんだ。・・・もともとコイツは、度々過激な行動に走ることで有名なやつで、ブラックリストにも載っている。」
「だから・・・今回も事件を起こしかねない。・・・・・その前に消すってわけですか。」
「・・その通り。今回は失敗は許されない。・・・確実に、カルロの息の根を止めるには・・・アルバート、お前の力が必要だ。」
「・・・それだったら別に俺じゃなくてもマリーとかがいるじゃないですか。」
「バカ言え。マリーは対多人数用の構成員だ。・・・あいつの戦闘スタイルじゃ目立ちすぎる。」
「・・・・・・それもそうですね。」
「ああ。・・・無理を言ってるのはわかっている。」
「無理って訳ではないし別にいいですよ。・・・わかりました。で・・・任務はいつ実行する予定なんですか?」
「明日の朝4時に作戦を開始することになっている。場所はローマの南側に位置する郊外“フラスカーティ”にある奴らのアジトだ。・・・・・・急で悪いな。」
「いいえ。・・・準備は大して時間はかかりませんから。・・それで、作戦会議はいつ行うんですか?」
「丁度いまから、二時間後に局長室で行う予定だ。」
「・・・俺も参加しても構わないんですよね?」
「ああ当然だ。ぜひ参加してくれ。」
「それで・・・今回の敵のアジトの見取り図とかはあるんですか?出来れば、作戦前にイメージトレーニングを行いたいんですが・・。」
「そうだな。・・・見取り図が手に入っているのなら、作戦会議で渡されるはずだ。・・・すまないがその時まで待ってくれないか?」
「わかりました。・・・・・それじゃあ、会議が始まるまで武器の整備をしておきます。」
そういってアルバートは歩き出そうとした。
「あっ!まて、アルバート。」
「・・・どうしたんですか?」
「そうそう、すっかり忘れてた。・・今日の昼ごろ、監視カメラに不審な人物の姿が映っていたのを警備のやつが見つけたらしい。
・・・まぁ、こんなお粗末な侵入の仕方をしてるくらいだからおそらくテロリストの類ではないだろう。・・・・たぶん、窃盗目的のこそ泥だとは思う。
・・・この施設は外部に怪しまれないよう、あえてセキュリティは甘くしてあるから侵入は容易に出来るしな。でも・・」
「用心に越したことはない。・・・ですか?」
「・・ああ、その通り。・・・もし、見つけたら殺さずに拘束してくれ。」
「・・・わかりました。・・・・それじゃあ俺はカテリーナを送ってから部屋に戻ります。」
「おおっと、カテリーナがいたな。・・・そうだな、それじゃあ頼む。」
「はい。・・・・カテリーナ、・・・行こう。」
アルバートはそう言ってカテリーナに手招きした。
「・・・・・・。」
カテリーナはアルバートのほうへと歩き出した。
しばらく、アルバートとカテリーナの間には会話はなかった。
寡黙な二人は黙々と回廊に沿って歩き続けた。
「・・・なあ、さっきの話聞いてたか?」
アルバートはカテリーナのほうに視線を向け、確認するように聞いた。
「・・・・・・聞いてた。」
「そうか。それじゃあ・・・。」
「・・・不審者を見つけたら用心しろ・・・でしょ?」
「・・・わかっているならいいんだ。」
アルバートは視線を前に戻した。
しばらくして、二人は回廊が二手に分かれている場所にたどり着いた。
「それじゃあ、もうここからはいいよな?・・・いずれにせよ、こっから先は女子寮だから、俺は入れないけどな。」
「・・・・・・・・・。」
カテリーナは少しだけアルバートの方を向いたがすぐにまた歩き出し、女子寮のほうへといってしまった。
「・・・・・。」
アルバートはカテリーナの後姿を眺めていた。
「・・・・・さて・・・そろそろ部屋に戻るかな。」
カテリーナの姿が見えなくなったのを確認すると、アルバートは歩き出そうとした時だった。
「・・・・ん?」
アルバートはふと足を止めた。
「・・・これは・・・・。」
アルバートは不思議そうに地面にあるなにかを眺めていた。
コツ・・・・コツ・・・・コツ・・・・。
その頃、カテリーナはひたすら自分の部屋へを歩いていた。
しばらく歩き、回廊の角を曲がった辺りの扉の前でカテリーナは足を止めた。
「・・・・・・・。」
カテリーナはポケットから、鍵を取り出し扉の鍵穴にそれを差し込んだ。
「・・・・・・?」
カテリーナは鍵を差し込んだ瞬間、異変に気がついた。
「鍵が・・・・開いてる。」
カテリーナは音がしないよう静かに鍵を抜き取りポケットに戻すと、そっと扉の隙間から中の様子をのぞいた。
ガサッ・・・ゴソッガサッ・・・・。
隙間から、部屋の中をブツブツと呟きながら物色する見知らぬ男の姿が見えた。
「・・・ったく・・・金になるようなもん、なーんにもねぇじゃねぇか・・・。こんなデッカイ建物なんだから少しはなんかあると思ったんだけどな〜。」
男の姿は窓から漏れる日の光に照らされて、はっきり見えている。
「・・・・・・・。」
カテリーナは黙って男の様子を見ていた。
「なんかねぇか〜・・・・お?」
すると、男の動きが止まった。
「・・・これ結構金になるんじゃねぇのか?」
そう言って男が取り出したのは、銀製の腕時計だった。
「・・・・・!!」
カテリーナの表情が一瞬にして変わる。
「・・・・ん?なんか名前書いてあんな・・・なになに・・・・“カテリーナ・マリウス”・・・?なんだこれ女の時計か?」
そう言いながら、男が腕時計を眺めていたときだった。
「返して。」
不意に、扉のほうから声がした。
「おわっ!だ、誰だっ!?」
男は突然声がして慌てて、ドアの方を振り向く。
男が振り向くと、そこには自分と伸長差50cmはあるだろう小さな女の子が立っていた。
「それ、返して・・・!」
カテリーナはさっきより強い口調で男に言う。
「・・・な、なんだ・・・ただのガキか。脅かしやがって・・・おい・・これ、嬢ちゃんのかい?」
男が腕時計を見せた。
「・・・・。」
カテリーナは大きく首を縦に振った。
「そうかい・・・悪いな。残念だが・・・もうこれは俺のだ。そこをどきな・・・嬢ちゃん。」
男はなめきった口調でカテリーナに言う。
「それ・・返して。」
カテリーナは男の言葉を無視して繰り返す。
「・・・嬢ちゃん。・・・どけ、って言ってるの聞こえないのかい?」
「・・・返して。」
カテリーナは再度繰り返した。
「・・・嬢ちゃん。俺はそんな手荒な真似はしたくねぇんだ・・・頼む、そこをどいてくれないかい?」
男はニッコリ笑いながら言った。
「・・・返して。」
カテリーナはそれでもなお繰り返した。
「・・・おい、クソガキ。・・・あんま調子乗ってると、酷い目に遭うぜ?」
男の表情は一瞬にして変わり、その男は懐から拳銃を取り出してカテリーナに向けた。
「・・・返して。」
カテリーナは銃口を向けられても表情一つ変えず繰り返す。
「しつけぇな・・・これは俺のもんだって言ってんだろ・・・クソガキ。」
男の顔から笑顔は消えていた。
「・・・返して。」
「・・・てめぇ・・・いい加減にしろっ!!」
男は怒鳴り散らした。
「・・・・どうしても・・・返してもらえないの?」
カテリーナはまっすぐ男の目を見ながら、ゆっくりと問いかける。
「何度も言ってんだろっ!これはもう俺のもんだっ!・・・さっさとそこをどけっ!!」
男はそう怒鳴った。
「・・・そう。じゃあしょうがないよね・・・・・。」
カテリーナはそう言って深呼吸すると、ゆっくりと目を閉じた。
「・・あ?・・・何の真似だ、クソガキ。」
男が首をかしげながらいった。
「・・・・・・・さよなら。」
「・・・なんだ?・・・まじないかなんかか・・・?」
―――――――――――――「エリミ・・・」
カテリーナはそう口にしようとした瞬間だった。
ガッシャーーーンッッ!!!!
突然男の後ろの窓ガラスが粉々に吹きとんだ。
「!!!」
カテリーナは突然の音に目を見開いた。
窓の外からガラスを破って人が飛び込んできたのだ。
「おぅわぁあっ!!」
男は突然の奇襲に思わず叫び声を上げた。
ヒュオッ!!
その男性は目にも留まらぬすばやい動きであっという間に男の背後に回り、男の腕を締め上げながら床に押さえ込んだ。
「ぐぅわぁああっ!!!」
男は突然の奇襲になすすべもなく、床にたたきつけられた。
「大丈夫か、カテリーナ!?」
男をしっかりと押さえ込んでのは、先ほど別れたはずのアルバートだった。
「・・・・・大丈夫。」
カテリーナは男が近くに落とした自分の腕時計を拾いながら言った。
「そうか、ならいいんだ。」
「イデデデデッ!!なんだテメェは!?」
男は信じられないほどの力で自分の腕を締め上げるアルバートに叫んだ。
「お前に名乗る義理はない・・。それより・・・・カテリーナ。」
アルバートは片腕で男の腕を押さえつけたまま、カテリーナの方に視線を向けた。
「・・・・・何?」
「・・・・お前・・・まさか“あれ”を使おうとしてたんじゃないだろうな?」
アルバートは、険しい表情でカテリーナを見つめた。
「・・・・・だったら?」
カテリーナはふてくされた表情で言う。
「“あれ”はそんな簡単に使っていいものじゃない。・・・・いまの行動は軽率だったぞ。」
アルバートは厳しい口調で告げた。
「しょうがないじゃない・・・・・・・ついカッとなっちゃったんだから。」
カテリーナは視線を逸らしながら言った。
「・・・・・・とにかく、“あれ”はそんなに簡単に使っていいものじゃないんだ。・・・・次から気をつけろよ?」
「・・・・・・。」
カテリーナは返事をしなかった。
「ぐぅ!・・・・て、てめぇら一体・・・。くそっ・・・なんてバカ力だ・・・。」
男は必死に抵抗するが、アルバートの右腕はしっかりと男の腕を押さえ込んでいてビクともしない。
「・・・命拾いしたな、お前。・・・俺がいなかったら今頃死んでる。」
「・・・ぐっ・・知ったことか!・・・離せ・・・く、くそ・・・。」
「・・・ルキアーノさんに連絡するか。」
そう言ってアルバートはポケットから携帯電話を取り出し、ダイヤルした。
「・・・・もしもし?・・・ルキアーノさんですか?・・・さっき言っていた例の不審者の身柄を拘束しました。・・・・・はい。・・・・・はい、わかりました。・・・それじゃあ、その人達に身柄を引き渡せばいいんですね?・・・・はい。・・・それじゃあ、また会議で。」
アルバートはそう言って、電話を切った。
アルバートが男の身柄を拘束してから数分後に施設の人間がやってきて、男の身柄を引き取った。
残されたカテリーナとアルバートは散らかってしまった部屋の後片付けを始めた。
「・・・悪いな、派手にガラス割っちゃって。」
「・・・・いいの。・・・あの状況では窓からの奇襲が最も効果的だったし。」
「・・・そうか。さっき、見慣れない足跡があったから気になって足跡を追って言ったらこの通りだったんだ。・・・・・・・カテリーナ。」
「・・・・なに?」
「・・・そんなに大事な時計なのか?」
「・・・・大事。・・・・だってこれは・・・教官が・・・・レナートさんが私にくれた大切な贈り物だから。」
「・・・・・そうか。・・・・さっきは悪かったな。・・・俺も強く言い過ぎた。」
「・・・・別にいいよ。・・・・ありがとう、アルバート。」
カテリーナはうっすらと笑みを浮かべながら言った。
「そっちのほうがずっといい。・・・その表情を大切にな。」
「えっ・・・・・あ、うん。」
カテリーナは視線をそらし恥ずかしそうに言った。
「・・・それじゃあ、片付けは大体済んだから俺はそろそろ局長室に行くよ。」
アルバートがそう言ってドアノブに手を掛けた時だった。
「ア、アルバート・・・。」
カテリーナはアルバートを呼び止めた。
「・・・どうした?」
「あの・・・また今度マリー達と一緒におしゃべりとか・・・するの?」
「?・・・ああ。・・・そのうちそういうこともあると思うけど。・・・どうした?」
「・・・・あの・・・その・・・・。」
カテリーナはなかなか視線を合わせようとせず、アルバートはそれを見てピンときた。
「・・・・・歓迎するよ。・・マリーのやつも喜ぶよ、きっと。・・・いつでもおいで。」
「本当?」
「ああ、本当さ。約束するよ。」
「・・・・・うん。」
そう言ってカテリーナは笑みを浮かべた。
約束。
そう・・・確かに約束した。
その後、アルバートは局長室で会議に参加して作戦の詳細を確認し、アジトの見取り図をもらい自分の部屋へと戻った。
ガチャ・・・バタン。
アルバートは部屋に戻ると、早速アタッシュケースの中にある武器の整備を始めた。
「・・・・・。」
辺りはすっかり暗くなり風で木々の葉が擦れる音が聞こえてくる。
うっすらと窓から照らし出す月明かりが金属光沢のある拳銃をより一層不気味に照らし出している。
「・・・・・。」
アルバートはしばらく黙々と武器の整備を続けていた。
しばらく時間が経ち、武器の整備を終えたアルバートはアジトの見取り図を参考に最後のイメージトレーニングに取り掛かっていた。
「・・・・・・。」
アルバートは椅子に座り、目を瞑ったままイメージすることに精神を集中させた。
・・・トントン。
その時、ふとドアを叩く音がした。
「・・・・誰だ。」
アルバートはドアに向かって静かに言う。
「私、私。」
その声には聞き覚えがあった。
「・・・マリーか。・・・どうぞ。」
ガチャ・・・。
アルバートの声に答えるようにドアがゆっくりと開いた。
「やっほ〜、元気?」
「やっほ〜・・じゃないだろ・・・・どうしたんだ?こんな夜に。・・・ここ男子寮だぞ?」
アルバートは不思議そうにマリーに問いかけた。
「しぃ〜!声が大きい!・・・警備の人がいなかったからちょっと来てみたの。」
「・・・・・・。」
アルバートは呆れたように溜息をつく。
「・・聞いたわよ、カテリーナちゃんから。あんた、お手柄らしいじゃない。」
「・・・ああ、まあな。」
「ねぇ・・・カテリーナちゃんが・・・使おうとしたのって本当?」
「ああ・・・本当だ。・・・確かにあの様子は“あれ”を使おうとしていた。」
「・・・・・。」
マリーは黙ってうつむいた。
「まったく・・・、あれじゃアリを殺すのにバズーカ砲を使うようなもんだ。・・・どうも、カテリーナは感情的になりすぎるところがあるな。」
「そうね・・・でも、あんな事件があった後だし・・・無理もないよ。」
「そうか。・・・・・・・それもそうだな。」
「ねぇ・・・アルバート。」
マリーはうつむいていた顔を起こして言う。
「・・・なんだ?」
「アルバートは・・・・“あれ”・・・そんな簡単に使ったりしないわよね?」
「・・・当たり前だろ?相当のことがない限り使わないつもりだ。」
「そう・・・。ならいいんだけど。」
「・・・・どうした?別にお前がどうにかなるわけじゃないんだから、そんな顔する必要ないだろ?」
「・・・・・そうね。」
マリーは視線を落として言った。
「・・・そろそろ俺、寝ないといけない時間だから寝るな。」
「あっ、そっか・・・明日早いんだったわよね。ごめんね、邪魔しちゃって。」
「いや、別にいいんだ。」
「それじゃあ私、行くね?」
「ああ、またな。」
「うん。」
マリーはそう言ってドアノブに手をかけた。
「あっ、そうだ・・・・アルバート。」
「ん?まだなんかあるのか?」
「・・・・・・・・おやすみ。」
「・・・?・・・ああ・・・おやすみ。」
マリーは笑みを浮かべると、ドアをゆっくりとドアを閉めた。
「・・・なんだ・・・?あいつ・・・・。」
アルバートは不思議そうに首をかしげた。
「・・・・・寝るか。」
アルバートはそう言ってベッドに横になり目を閉じた。
大して時間も経たないうちにアルバートは眠りについた。