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第五視点:記録審問官


【記録戦闘ログ04121:記録審問官・出張査問】

対象:Y-VIA.002(仮観測コード)

執行官:記録審問局・上位審問官ヒューズ




「よし、全員帰投する」

「はいっ!」


 ──任務完了直後のざわめきの中、それは歩いてきた。


 黒いスカーフ。

 それはただの飾りではない。記録審問官、それも"上位"の証。

 風もないのに裾が揺れ、空間が静かに歪んだ。


「……お疲れ様です、記録審問官殿。

記録官第六小隊、任務終了の報告は提出済みです。ログにつきましては後ほど精査の上で──」


「君じゃないよ、サァヴェラ指揮官……」


 氷のようでありながら、ねっとりと背中にへばりつくような声音だった。

 その男、ヒューズは感情の起伏すら記録の対象外とでも言うような、冷徹な目をしていた。


 周囲の隊員が息を呑む。

"プッツンヒューズ"、"ブチギレヒューズ"──すぐに"キ"レることで有名な噂が先行する、冷酷無比の鬼審問官。

 ひとたびログの矛盾を見出せば、命すらログごと「削除」することで知られる。そんな男が任務を終えたばかりの小隊に何の用があるというのか。


「用があるのは──イィヴヤ記録官、君ィだァ……」


 突然名指しされ、冷や汗を流すイヴヤ。爆弾でも見つけたかのように他の隊員がイヴヤから距離をとる。


「サァヴェラ指揮官……? 君たちは先に帰投したまえ……」

「……はっ」


 記録審問官は記録官よりも上席である。サヴェラはイヴヤを心配するようにちらりと見るが、命令には逆らえない。


 ……。


「さてェ……邪魔者はいなくなったことだし、ゆっくりと話そうかァ……」


 ヒューズが一歩前に進み出る。

イヴヤはまるで蛇に睨まれた蛙のように動くことができなかった。

背筋に冷たい汗が流れる。


「この場は君ィにとって、審問の場でもある。だが、安心したまえ。私の記録には、嘘は存在しない」


「……審問されるようなことは何も」

 イヴヤの声は落ち着いていた。だがその瞳の奥に、ごく小さな緊張の波が走った。


「そう緊張するな、少し聞きたいことがあるだけだ……

コードY-VIA.002──この記録に覚えはあるかァァ……?」

「……いいえ。正式なログ命名には存在していないはずですが」


「なら、私の観測が誤っていると?」


 その一言の直後、イヴヤの周囲に記録魔法が発動され、イヴヤを構成する記録フレームを焼いた。


「ぐあっ!」


 イヴヤが痛みに跳び退いた瞬間、その背後で大地が砕け、イヴヤの観測スフィアが破裂する。


「記録の整合性は、記録者の責任だ。──私はその確認をしているにすぎない」


 言葉が終わる前に、第二撃。


 空間が歪み、圧縮された空気が弾け、イヴヤの肩口を掠め、血が舞う。


「これは"尋問"ではありませんよね……っ」


 イヴヤが苦々しく言うと、ヒューズはニヤリと笑って答えた。


「そう。"削除命令"だ。君の記録は、世界の整合性を乱した」


 ヒューズの動きは速かった。魔法詠唱なし、視線一つで"観測対象"を刈り取る技術。

 それは記録官の戦闘技術の粋。記録官として圧倒的に上の存在が、イヴヤという記録を消そうとしてくる。

 それを、あまりに、非情に、無慈悲に、振るってくるのだ。


 第三撃。


 胸元に"記録の杭"が打ち込まれ、視界が反転する。

 その杭は、存在を記録から除外する《削除処理》の前処理だった。


「はぁ……はぁ……」


 ──視えなくなる。自分の存在が、世界のログから"消されていく"。


「ぐっ……!」


 イヴヤの膝が折れる。記録装置が軋む。

記録魔法の詠唱はできない。この記録の杭には魔法の流れを断ち切る処理が加えられているようだ。


 ヒューズが最後の一撃を構える。


「君は、記録の秩序に反した。

秩序は守られなければならない。

そうしなければ母のような悲劇を繰り返す。

──ゆえに、君はここで削除されねばならない」


──嫌だ、消されたくない。まだ、何も成していないのに……! ユヴィア……っ!


空気が止まる。何も聞こえない。何も見えない。完全なる無が覆いかぶさってくる。

 これが、存在の削除──。


 だがその瞬間。


 イヴヤの記録装置が脈動した。

 赤い閃光が走り、全観測機能にノイズが走る。


 【コードY-VIA.003──起動】

 【観測干渉:再構築中】


 視界の中心に、少女が立っていた。


 白銀の髪、透き通る瞳。

 存在しないはずの、誰よりも確かな"気配"。


 記録装置が警告を鳴らす。

 現実との齟齬、観測不能、識別不明──。


 それでも彼女は、そこにいた。


 「……ユヴィア……!」


 イヴヤが名を呼ぶと、彼女は静かに微笑んだ。


 「遅くなって、ごめんね」


 その声は、たしかに届いた。

 否定されかけた存在を、救うために。

 誰よりも優しく、誰よりも確かに。


 記録がざわめき、世界が反応する。


 ──ああ、ユヴィアだ。


 ここにいる。

 君は確かに、"ここに"。


 


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