表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

第四視点:審問前夜


【記録戦闘ログ04102:観測記録査問・非正規ログ調査】

記録官第六小隊(指揮権:上席・サヴェラ)

対象:観測ログ「Y-VIA.002」




 ──静寂の空気が、密やかな緊張を孕んでいた。

 記録庁本部、第五査問室。サヴェラは上層部からの通信を受けていた。


『再確認だ。準第七層の観測ログに関し、提出済みの記録に"抜け"が存在しないか』


 モニター越しの声音は平板だが、明らかに踏み込みすぎていた。


「……提出記録は、隊員全員の端末から抽出し、私の責任下で精査・提出済みです」


『では問う。Y-VIA.002というコードの存在を知っているか?』

「……そのようなコードは……正式な命名ではありません」


 思わず「知らない」と返答しそうになったサヴェラの眉が僅かに動く。

だが彼女は、ログ名に聞き覚えがあった。

そう──イヴヤが個人で記録したあの現象。彼だけが観測した"彼女"。


(なぜ上層部があのコードを……? あれはまだ提出していないはず)


『最後の確認だ。未提出のログに関して、非正規の記録を把握していないか?』

「……改めて精査します」


『……何かあれば引き続き報告を上げるように。以上だ』


 玉虫色の答えしか返さないサヴェラに、上層部も諦めたのか、通信は切れた。

さすがにサヴェラも疲労した様子で、椅子に背を預けた。


「……どういうこと?」


 彼女は思考する。

 イヴヤが私的に記録したログ、それがなぜ上層部の知るところとなっているのか。


 誰がリークした? それとも──すべてのログは、既に監視されている……?


 * * *


 一方その頃、イヴヤは観測補正室に呼び出されていた。

 対応したのは階級不明、灰色の階級章をつけた官吏だった。


「イヴヤ記録官。提出済みログの再確認を要請する」

「ログの提出は、すべて上席・サヴェラを通して行っております。未提出ログはありません」


「──そのうえで、コード"Y-VIA.002"に関する記録を再提出していただきたい」


 その言葉に、イヴヤの胸に冷たいものが走る。


(なぜ、そのコード名を?)


「……存在を確認したログはありません」

「了解した。なお、拒否あるいは隠蔽が確認された場合、記録審問官の査問対象となることを再認識されたし」


 官吏はそれだけを告げて姿を消した。


 * * *


 サヴェラの私室は、記録庁本部内にあって例外的に"外部接続の制限"を許可された数少ない空間だった。

 厳重な封鎖と干渉遮断結界によって、そこでは端末の自動同期すら発動しない。


 そこには部屋の持ち主であるサヴェラと、目下注目の的……いや、問題児が向かい合っていた。


「……ここなら、第三通信系統は遮断されている。今のところは、ね」


 サヴェラが伏し目がちに小さくため息をつくと、問題児──イヴヤもまた言葉を選びながら口を開いた。


「先ほど、観測補正室に呼び出されました。ユヴィアのログについての再提出を求められたんです」

「……やはり、そちらにも来たのね」


 サヴェラの表情がわずかに曇る。


「あなたの端末に記録されたログは、私が精査する前に引き抜かれていた可能性がある」

「……ということは、僕たちのログは──すべて監視下にあったと」


 イヴヤの声には怒りも怯えもなかった。ただ、静かな確信だけが滲んでいた。


 イヴヤの言葉を聞き、サヴェラは黙り込む。

 そう考えれば全てが腑に落ちる。しかし、どうやって? いつのタイミングで?


 提出前の非同期ログまで上層部が把握していたなら、ログ提出のフローそのものが仕組まれているものだということになる。


 やがてサヴェラが静かに口を開く。


「制度ごと欺かれていたのか、あるいは──最初から欺くために作られた制度なのかもしれないわね」


 口調こそ冷静であったが、彼女の目に浮かぶ迷いは、これまでになく深かった。


「私は、上席として指揮官として、情報を守ってきたつもりだった。でもそれは……"観測できないものを守る"という幻想だったのかもしれない」

「……サヴェラ上席。疑っているわけではないんです。ただ──」

「ええ、いいのよ。私も、君を疑っていたわ」


 サヴェラは口元に小さく笑みを浮かべる。だがその瞳は、戦場で敵の動きを読むときのそれだった。


「それでも、私は君を信じてる。"記録"には残せなくともね」


 イヴヤは、わずかに目を見開く。

「ユヴィアの記録が……不都合だったとしても、僕は――」


「記録官としてではなく、"君自身"として決めなさい」


 その言葉は、命令ではなかった。


「……次に動くのは、きっと私たちではないわ。敵は、既に記録の中に踏み込んできている」

「……記録審問官」

「来るでしょうね。記録審問官は、最後の"否定者"よ。記録を削除するという手段で、世界の齟齬を調整する……冷酷な職務」


 サヴェラは机の上に手を置き、しばらく沈黙したあと、そっと呟いた。


「あなたの記録が、もし真実なら……私たちの"世界"そのものが誤っているということになるのよ」


 イヴヤは、答えなかった。いや、答えられなかった。

 ただ、一歩前に進むように、その場に立っていた。


 * * *


 ──空調の効いた暗い部屋に一人佇む男がいた。

 彼は何を見るでもなく、ぼーっと自身の端末に送られてくる暗号文を解読していた。


『審問官ヒューズ殿』

『対象:観測記録コードY-VIA.002 分類:非許可観測・虚偽記録の可能性あり』

『記録保全の観点から、速やかなる審問および削除措置を実施せよ』


 命を帯びた記録が、静かに世界の理を穿とうとしていた。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ