第一視点:イヴヤ~視えない男~
【戦闘ログ 03872:記録削除作戦:準第七層】
実行官:記録官第六小隊(指揮権:上席・サヴェラ)
対象:不正端末保持者(階層認定外・仮名「アインス」)
状況:観測下にて記録干渉を確認。削除措置を進行。
宙に滲むような青白い光が、崩れた都市遺構を淡く照らしていた。
地表はひび割れ、空はデータの断片でできている。見た目は現実のようでいて、どこか欠落した夢のようだった。
その中心で、彼らは「記録」をしている。
「……解析完了。対象の初期記録層を特定した。階層偽装あり、削除コード発動を許可する」
静かな声でそう言い放ったのは、記録官小隊の指揮官、サヴェラ。
彼女の声とともに、小隊がいっせいに魔法を詠唱し、空中の観測スフィアが召喚される。
観測スフィアを召喚・起動させるこの魔法は、記録官のみ使用可能な高等魔法だ。
召喚された観測スフィアが起動すると、ターゲットの存在証明を歪ませていく。
「全員、記録装置を構えろ」
対象の「存在」が、観測によって固定され「記録」の形として確定される。
人としての姿が剥がれていく。真の姿は……リザードマン。この真の姿が確定した瞬間、対象の「削除」が可能になる。
「またしても不正入国か……」
「最近多いですね」
「さっさと片付けるわよ。
いけ! 記録官第六小隊、削除開始!」
次々に記録装置を経由して記録魔法が起動され、対象の周囲に浮かぶ無数の「記録フレーム」が焼け落ちていく。
映像のような断片が砕け、存在そのものが切り落とされていく。
「アインス」と呼ばれる相手も、何かを記録して対抗しているようであるが、記録官小隊は十分に訓練を積んだ精鋭。
敵の記録はすぐさま別の記録で打ち消される。
そんな戦いの様子を、1人だけ立ち尽くして見ている影があった。
──イヴヤ。
彼は、小隊の一員でありながら何もせず──正確には何もできず──ただその様子を目で追うだけだった。
観測スフィアを召喚・起動することはできる。
しかし、観測したものがことごとくエラーログを排出するのだ。
「……また"視え"ないのかよ、イヴヤ」
「お荷物野郎がよ。どうせまたエラーログばっかり蓄積してるんだろ?」
仲間たちの冷たい視線が突き刺さる。
イヴヤの魔法に間違いはないはず。だが、彼には"記録される前のもの"が、どうしても視えない。
観測とは、対象の本質を把握すること。
イヴヤには、その能力が決定的に欠けていた。その結果が大量のエラーログだ。
「……以上、観測終了。各員、集合せよ」
淡々と任務は終わった。
不正端末保持者の存在は、データごと削り取られた。痕跡すら残らない。
「帰投するわ。ログ提出は二時間以内よ」
指揮官サヴェラの声に従い、隊員たちは散開していく。
だが、イヴヤの足取りはひときわ重かった。
何もできなかった。いや「何があったか」すらわからなかった。
記録官として最も基本である観測──それが自分にはできない。
「また空振りかよ……」
ひとり、誰にも気づかれぬよう遺構の裏手に回った。
小隊の隊列からも外れ、ひび割れた空間の裂け目に沿って歩く。
光の滲む断層都市はどこまでも無機質で、だがどこか懐かしさすら感じさせる。
"本当に、ここに誰かがいたのか?"
打ち捨てられた遺構は、確かめようにも、記録はすべて削除されている。
それに観測ができないイヴヤには、その存在を信じる術すらない。
──そのとき、視界に影が差した。
「……君、何をしてるの……?」
背後から不意に、柔らかく響く声が聞こえた。
振り返って見れば、まず長く美しくきらめく銀髪が目に入る。続いて透明感のある肌が見え、まるで幻想的な……もっと端的にいえば、イヴヤのドストライクな少女が立っていた。
よく見れば、白い装束に規定外の記録官の意匠。どこか哀しげな瞳がイヴヤをとらえる。
「誰……だ?」
イヴヤは恐る恐る誰何を問うたが、少女は目線を一切そらさず、イヴヤに言葉を向ける。
「……わからない」
──だが不思議と少女は柔らかく微笑む。
「わからないけど……あなたなら、きっと"見つけてくれる"気がしたの」
その言葉は、どこか遠い記憶の底をくすぐるようだった。
見覚えはない。声も、姿も、知らないけど、知っているよう。
イヴヤはまるで──この瞬間だけは、彼女の存在を「観測」できた気がした。
いや、それは──
「……僕が……君を……?」
イヴヤは記録どころかその前に必要な観測ができない。そんな彼に「見つけてくれる気がした」という彼女に、イヴヤは無駄と思いつつ観測スフィアを召喚、起動させる。
──エラー。対象を観測できません。
イヴヤは思わず「はっ……」と自嘲し、観測スフィアから目を離す。
その自嘲に少女はほんの少し、目を見開いたが、すぐに目を細めて、微笑む。
「あなたは、記録できなかったんでしょう? 何も……」
彼女はそう言いながら、イヴヤの元へと近づく。
思わず後ずさりするイヴヤだが、敵意のない彼女の行動に、その足が止まる。
──トン。
彼女の指がイヴヤの胸元へと触れたとたん──彼の視界に、一瞬だけ世界の構造が裏返るような錯覚が走る。
まるで自分の中に、もうひとつの"記録"があるような。
「私が"誰か"じゃなくても、あなたのなかに"あったこと"は──消えていない」
少女の声は穏やかだ。
しかしその言葉が意味するものは、あまりにも危険だった。
記録官とは"存在した証拠"に基づいて「観測」し「記録」し「削除」する者だ。
だがイヴヤは──観測ができない。
ならば彼は、証拠に基づかない"記憶"を持っているということになる。
それは、記録官の理に反する。
「……君は、何者なんだ?」
少女はその問いには答えず、ただ一歩だけ近づいて、囁くように言った。
「君が観測できなかったものは、本当に"なかった"のかな……?」
その言葉とともに、イヴヤの端末が反応した。
次の瞬間、記録装置のインターフェースが一瞬だけバグったように0と1が流れ、平常に戻る。
そして──
未登録のアクセスログが1件──
【記録再構築コード:Y-VIA.001】
──表示されて、消えた。
「これは!?」
イヴヤが驚いて顔を上げた時、すでに彼女の存在は廃墟の向こうへと消えていた。
気づけば、空に漂っていた観測スフィアの残光も消え、
すべてはただ、仄青い沈黙の中に戻っていた。
「ユヴィア……」
イヴヤの手元には、記録されるはずのない、
"誰かと出会った"という──確かにそこにあったはずの、曖昧な"記憶"だけが残された。




