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歳の差夫婦が整えて、生きる食卓〜〜料理とものづくりで紡ぐ、異世界スローライフ〜  作者: 望月 小鳥
転生編

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歳の差夫婦はこうして死んだ



 私たちは、二十歳も離れた歳の差夫婦だった。

そして――私は、瑛太(えいた)さんを看取った。


 出会ったきっかけは、モンスターを狩るオンラインゲームだった。

当時の私は二十歳で、瑛太さんは四十歳。

夜になると同じゲームへログインし、パーティを組んで、ボイスチャット越しに他愛のない会話を交わしていた。


 狩りの効率や、次のアップデートについて話すこともあった。

けれど、いつの間にか私たちは、日常の愚痴まで言い合うようになっていた。


 仕事で嫌なことがあった。

上司が理不尽だった。

家族と喧嘩した。

そんな、ただ誰かに聞いてほしいだけの言葉を、私たちは気軽に吐き出せた。


 瑛太さんの声は落ち着いていて、少し低かった。

笑うと、ふっと息が漏れるような癖がある。

私は、その声が好きだった。

恋愛感情ではなく、聞いていると心が落ち着くような、不思議な安心感に近かった。


 やがて、私たちはゲームの外でも連絡を取るようになった。

メッセージアプリで短いやり取りを交わし、ときどき電話もした。


 けれど、以前のような関係は長く続かなかった。

私の生活が変わったからだ。


 彼氏ができ、その人と結婚した。

そうして私は、家庭という現実に飲み込まれていった。

ゲームを起動する時間が減り、瑛太さんとの連絡も、年末年始の挨拶や数年に一度の近況報告だけになった。


 それでも、完全に関係が途切れることはなかった。

互いの本名も住所も知っていて、お歳暮を贈り合った年もある。

一度も会ったことはないのに、瑛太さんの存在は、私の生活の片隅に残り続けていた。


 細々と続いていた関係が大きく変わったのは、私が離婚したときだった。


 元旦那は、同じ職場の女性と不倫していた。

その事実が職場で大きな問題となり、会社を辞めさせられたのだという。

けれど、私は何も知らされていなかった。


 帰宅した元旦那が投げつけるように口にした言葉を、今でも覚えている。


「もう仕事辞めた。無理だった」


 無理だった。

いったい、何が。


 私が問い詰め、責め立てた末に明かされたのは、信じたくもない事実だった。

相手は、私も一度会って挨拶をしたことがある職場の女性だった。


 怒りは、すぐに絶望へ変わった。

私は泣き叫び、元旦那を罵り、近くにあったものを投げた。

最後には慰謝料をもぎ取るようにして、離婚届に判を押した。


 その後、私は壊れた。


 誰も信じられなくなり、仕事も辞めた。

外へ出ることさえ怖くなった。

誰かとすれ違うだけで、その視線が自分へ突き刺さるように感じる。

街のざわめきも、私を嘲笑する声に聞こえた。


 だから、私は家へ引きこもった。


 ゲームだけが、外の世界と私をつなぐ細い糸だった。

朝からゲームにログインし、クエストをクリアして、流れていくチャット欄の文字を眺める。

より強い装備を集めることだけを考えていれば、現実を見なくて済んだ。


 そんなある日、手元に置いていたスマートフォンが震えた。

画面に表示された名前は、瑛太さんだった。


『久しぶりだな。三年ぶりか。最近どうしてる。今、少し話せるか』


 画面を見たまま、指が止まった。

胸の奥が、じわりと熱くなる。

私は急いで返信を打った。


『瑛太さん、久しぶり。最近は引きこもってゲームばかりしてるから、時間ならいくらでもあるよ』


 このとき、私は三十六歳。

瑛太さんは五十六歳だった。


 そのまま、久しぶりに電話で話すことになった。

瑛太さんの声を聞いた瞬間、涙が出そうになった。

昔と変わらない落ち着いた声だったが、以前よりも少しだけ疲れが滲んでいた。


 私は、抑えていたものを一気に吐き出した。

元旦那に不倫されたこと。

離婚したこと。

仕事を辞めたこと。

人と会うのが怖くなったこと。

情けない自分の姿を、恥も外聞もなく瑛太さんへぶちまけた。


 瑛太さんは、何も言わずに聞いてくれた。

途中で遮ることも、私を否定することもない。

静かに相槌を打ちながら、ときどき「そうか」と短く返してくれた。


 それだけで、救われるような気がした。


真由(まゆ)さん。一度、会って話さないか。外に出るきっかけにもなる」


 私は驚いた。


 会う。

今まで一度も顔を合わせたことのない、二十歳も年上の男性と。


 怖くなかったわけではない。

けれど、それと同時に、このままでは駄目だとも思った。

私は少し迷った末に、その誘いを受け入れた。


 数日後、私は片道七時間をかけて、瑛太さんの暮らす街へ向かった。

電車の窓から流れていく景色を眺めながら、何度も待ち合わせの場所と時間を確かめる。

目的地が近づくほど、心臓の音がうるさくなった。


 待ち合わせ場所に現れた瑛太さんは、想像していたよりも普通の中年男性だった。

目元には深い笑い皺があり、お腹も少し出ている。

それでも背筋は真っすぐで、私を見る目は優しかった。


「真由さん?」


 その声を聞いた瞬間、ゲームをしていた頃の記憶と、目の前に立つ瑛太さんの姿が重なった。

緊張していたはずなのに、私は思わず笑ってしまった。


「本当に瑛太さんだ」


 その日、私たちは喫茶店で何時間も話した。

昔遊んでいたゲームのこと。

会わなかった間に起きたこと。

互いが過ごしてきた日々と、人生の中で失ったもの。


 話しているうちに、瑛太さんがぽつりと漏らした。


「俺も、それなりにきつかった」


 浮かべた苦笑いの奥に、深い疲労が見えた。


 瑛太さんは母親を癌で亡くしていた。

さらに父親は、妻を失った頃から認知症の症状が現れたという。

デイサービスや介護施設の手配、役所での手続き。

仕事を続けながら父親を介護する日々は、少しずつ瑛太さんの心をすり減らしていった。


 そして、瑛太さんが限界を迎えようとしていた頃、父親も亡くなった。


「両親がいなくなって、姉も家を出た。家が広すぎて、一人でいると落ち着かない」


 瑛太さんは、喫茶店の窓の外を眺めながら言った。


「食卓も同じだ。ああいう場所で一人なのは、慣れない」


 その言葉を聞いたとき、私の頭に浮かんだのは料理の味ではなく、誰かと過ごす時間だった。


 同じ食卓を囲み、同じものを食べる。

たったそれだけのことが、どれほど大きな意味を持っていたのか。

あのときの私は、まだ理解しきれていなかった。


 私の孤独と、瑛太さんの孤独。

形は違っていても、どこか似ていた。

それに気づいてから、私たちは互いに空いた穴を埋めるように寄り添っていった。


「真由さん、一緒に暮らさないか」


 瑛太さんからそう言われたとき、素直に嬉しかった。

何もかも失ったと思っていた私にとって、必要としてくれるその言葉は救いだった。


 こうして私たちは一緒に暮らし始め、やがて結婚した。


 慣れない土地での生活。

知らない人ばかりの近所付き合い。

瑛太さんの生活リズム。

二十歳という年齢差から生まれる、価値観の違い。

戸惑うことは多かったが、それでも、毎日同じ食卓でご飯を食べられることが嬉しかった。


 特別な料理でなくてもいい。

温かいご飯と、食べ慣れたいつもの味があれば、それでよかった。


 瑛太さんは優しかった。

怒鳴ることも、私を急かすこともない。

私が泣いたときは、そばに座って『大丈夫だ』と言ってくれた。


 そうして、時間は流れていった。


 十年。

二十年。

三十年。


 春が来て、夏が過ぎ、秋の匂いが漂い始める。

やがて冬が訪れ、雪が静かに降り積もる。

そんな季節の繰り返しの中で、私は瑛太さんが老いていく姿を見つめ続けた。


 初めて会ったときから、瑛太さんの目元には笑い皺があった。

少し丸みのあった身体は、年を重ねるごとに筋肉が落ち、細く小さくなっていった。

十センチほどあった身長差も、いつの間にか縮まり、気づけば同じ高さで目が合うようになった。


 食べられる量が減り、歩く速度も遅くなる。

手の甲には血管が浮き、皮膚も薄くなっていった。

老いるとは、こういうことなのだと、瑛太さんを見ながら知った。


 いつか、その日が来る。

二十歳も年が離れているのだから、私が残される可能性が高い。

頭では分かっていた。


 それでも私は、少しでも長く瑛太さんと一緒にいたかった。


 けれど、時間は無情だった。


 ある年の春、瑛太さんが突然倒れた。

医師から告げられたのは、心筋梗塞だった。


 瑛太さんが、家へ帰ってくることはなかった。


 享年八十六歳。


 葬儀の間、私は泣けなかった。

瑛太さんが死んだという現実を、涙が出るほど理解できていなかった。


 葬儀を終えて家へ戻り、いつもの食卓の椅子に座った。

そこで初めて、隣の席が空いていることに気づいた。


 何も聞こえない。

皿を置く音も、箸が触れ合う音も、瑛太さんの声もない。

静まり返った部屋に、時計の針が進む音だけが響いていた。


 私は、ようやく泣いた。

嗚咽が止まらず、息を吸うことさえできない。

胸を内側から引き裂かれているようだった。


 二十歳差とは、こういうことなのだ。

ずっと前から分かっていたはずなのに、残された現実を受け入れることはできなかった。


 その年の冬、私は体調を崩した。

それまで一度も感染したことのなかった水疱瘡にかかり、さらに肺炎を併発した。


 病院のベッドに横たわり、白い天井を見つめる。

点滴の液が一滴ずつ落ちる音だけが、静かに耳へ届いた。


 もう、生きる気力が残っていなかった。


 瑛太さんのいない世界は、色を失っていた。

年が明ける前に、私は静かに息を引き取った。


 享年六十六歳。


 こうして、私たち歳の差夫婦の人生は幕を閉じた。


 ――二人で囲んだ食卓だけを、残して。


もし少しでも楽しんでいただけたら、

続きも読んでいただけると嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
Xの企画から来ました。 オンラインゲームでの出会いから看取りまでを静かに描き切っていて、読み終えて胸に重いものが残りました。「隣の席が、空だった」と気づく場面で涙腺が…。派手な出来事より、同じ食卓で食…
日常が壊された喪失感や、取り戻していく過程。とても共感できました。 転生して、どのような生活になるのか楽しみです。
ゆっくりと進んでいき、ゆっくりと終わっていくストーリーが、とても読みやすく引き込まれました。主人公の孤独を感じるシーンは思わず感嘆してしまいました。
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