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落第生と災厄  作者: ミツメ


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9/11

全てを飲み込む災厄の闇

 光だけではない。風も、音も、命も、全てが暗闇に呑み込まれる。その瞬間、全ての鼓動が握られている。

 どくん、どくん、と脈打つ音がしだいに消えていき、自我というものの認識が溶けていく。「私」という輪郭が暗闇によって曖昧にされ――



 絶望を感じた。自分はここで死ぬんだと。


 夢を思い出した。何で私はこんなことと。


 憤りを覚えた。こんな世界おかしいと。


 魔獣は確かに目の前で級友を叩き割った。その瞬間に、戦っていた生徒達全てが自分もああなるのだと確信した。見せつけられた未来の姿。ただ茫然と立ち尽くす者、死を受け入れて奇妙に微笑む者、受け入れられないと逃げる者。

 ワニはついに来てしまったと争うべき未来が喉元まで迫っていることを受け入れた。

 自分の責任だ。と目の前で死んだ一人の同胞をみて思った。償えない罪を自分は負ってしまった。自分ができる唯一の贖いは自らの命を差し出すこと。そんな事が頭をよぎる。


 が、自分が自分を許してくれなかった。


「ダメだ!前線を下げるな!自分が下がるという事は、その後ろで支援する者、負傷して治療している者、そして負傷者を見殺しにするという事だ!自らの責務を果たせ!」


 私はこれ以上罪を負わなければならないのか。自分自身が憎くて仕方なかった。逃げようとする者、運命を受け入れようとする者、彼らの決断を捻じ曲げて、罪悪感と意志を植え付ける。それしかないと知っておきながら、したくはないと善良な私が訴える。

 この言葉だけは吐いてはならぬと決めていたのに。


「仲間を殺す裏切り者に、そうなりたいのなら!どこへでも行くがいい!さっさと死を受け入れて楽になればいい!」


 裏切り者。その言葉に生徒達はハッと意識を吹き返す。つい最近まで話題になっていた腰抜けの裏切り者。そんな裏切り者がどんな扱いを受けて、そしてどんな罵声を浴びていたか。

 人とは案外冷静さを失わない。心のどこかで現実と地続きな意識を持っている。


 互いを、そして自身を監視するように働きかけて、崩れかけた戦況はどうにか踏みとどまった。が、以前状況は良くなっていない。一人失った事で、想定したタイムリミットがだいぶ短くなっていた。

 それならば、強行策に出るしかない。ワニは覚悟を決めた。無理やりつけた灯火もしだいに勢いを失ってしまう。それならば、このタイミングで仕掛けるしかない。


「負傷者も前線へ!治癒術師は守護術師のみを回復する事。支援術師は基本魔法で攻撃術師のサポートに回れ!召喚、攻撃術師は、溜めの攻撃を用意!」


 時間を作っての集中砲火。魔力が僅かに余裕のある今しかできない選択。失敗すればそれは終わりを意味している。


「もう少し!」


 一人、また一人と《守護魔法》の術者達が薙ぎ倒されていく。《治癒魔法》の選択回復が無ければ死者が出ていてもおかしくなかった。


「攻撃のタイミングはワニの掛け声に合わせろ!まだ、まだ、ギリギリまで堪えろ!」


 生徒達は文句も言わず、ワニの判断に全てを委ねている。この場で裏切り者を決められる権利はワニが持っていると無意識のうちに理解しているから。


「今だ!」


 ワニは放たれる攻撃を二点に集中させる。《支援魔法》の高等技術。人にかけるのではなく、魔法に直接作用させる支援術式。レンズで陽光を集めて熱を生むように、火力と威力を底上げした一撃を二頭に。


 グォォォッォォン!!!


 断末魔。魔獣が死を味わった声が鳴り響いた。

 そう思った。

 断末魔であれと、全員が願っていた。


 巻き上がる土煙が収まる前に、怒号のような鳴き声が響く。耳をつんざく、殺意の咆哮。


 これは無理だ。ワニは理解した。初めから勝ち目などなかった。自分たちはこれまで全てごっこ遊びの中に生きていた。天才だと持て囃され、英雄譚の登場人物であると錯覚していたのだ。

 あぁ、なんて無様なんだ。

 土煙が晴れ、魔獣はまず初めにワニを睨みつけた。一番大きな魔力を持っているエサ。

 ワニは目が合った瞬間、天罰が降ると覚悟した。


 けれど、

「まだ、死にたくないっ」

 溢れ出るのは、諦めろと彼らに突きつけた生への執着だった。


 魔獣の腕が振り下ろされる瞬間、時間が無限に引き延ばされているような感覚に陥った。これが走馬灯というやつなのか、と地続きな意識がそう答える。


[麿を前にして膝をつかぬとは、不遜な態度じゃ。]


 暗闇が世界を支配する。


――――――――――――――――――――――――――――――


 キョウガの目には絶望が映っていた。それは死なんかよりもずっと冷たい絶望。

 俺は負けた。あの雑魚に。

 

 意識を取り戻したキョウガは驚異的な回復力の持ち主だと言える。再びあの魔獣に向かおうと立ち上がった瞬間、ロオによって拘束された。

「キョウガ、だめだよ。彼らは負けた。今行っても死ぬだけだ。」


「だまれっ!俺があんな獣ごときに負けたままじゃ、」


「キョウガ、行かせないよ。」


 ロオはいつもとは違う覚悟を決めた目でキョウガを見つめる。片腕を失ってもなお、ロオの水魔法は自在に渦を巻いて漂っていた。


「あいつら、」


 ロオの気迫に思わず気押されたキョウガは、別方向の気配に視線を向けていた。

 そこにいたのはシヴァと、卑怯者の弱者バルト。変な感覚だった。何であいつらあそこに、いや、そんな事どうでもいい。あんな奴らが戦ったって何も変わるはずが、

 そんなふうに考えていた時、何が目覚めた。手が震える。手だけじゃない、肩が、胸が、全身が、ガタガタと震え始める。目を覆いたいと思い、身を隠したいと願う。膝から座りこみ、今が終われとしか考えられない。

 視線の端に映るロオも、その従者達も同じような反応を見せる。

 嗚咽が止まらない。それと同時に音を出すなと自分よ静まれと血が出るほど拳を握りしめる。


[麿を前にして膝をつかぬとは、不遜な態度じゃ。]


 全身を凍らすような声だった。


 闇が濃くなり、光が死んでいく。弾頭台に座らされているような感覚を覚える。

 魔獣の首が捻じ切れたのはその後すぐのことだった。虫を親指で簡単に潰すように、二頭の魔獣は首が爆ぜて死んだ。夢だと思った。そう思いたかった。


 バルトは呼吸を荒くしながら、死、絶望、暗闇、全ての象徴と言葉を交わしていた。何を話していたのか、そんな事考える余裕がないほど、キョウガは初めて感じた恐怖という感情にどうしようもない怒りを感じていた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 熊の魔獣はちょうど腕を振り下ろすところだった。

 無意識だった。エルダーリッチを前にした時よりも衝動的に、あの魔獣を消せ!そんなふうに考えた気がする。


 '彼'は友人かのようにその要求に応えた。

 魔獣の態度に機嫌を悪くし、花弁が閉じるように右手をゆっくりと握ってみせた。

 魔獣は争うこともなく、静かに生涯を終えた。場には静寂が残ったが、'彼'はイタズラっぽくこう言った。


[麿は力ある者にしか見えないのじゃ、だからあそこに呆けてる奴らは熊が眠ったと思うはずじゃな、]


「そんなわけないだろ。」

 自然と思ったことが口からこぼれた。


[そうかのう?ならば少しだけ大仰に見せてやるかの。]


「少し大仰ってどっちだよそれ。」


[其方は細かい男じゃ。だから本など読めば魔力が戻ると阿呆みたいな事をするんじゃ。]


「アホって何だよアホって。しょうがないだろ、それしかやれる事無かったんだから。」


[それもそうじゃな。麿が其方の身体を一時的に依代にしておったからの。記憶もなくて当然じゃ。]


「ちゃんと全部説明しろよ、」


[そうじゃな。では、これくらいして麿はまた眠る。今度は魔力も記憶も異変は起こらんはずじゃ。]


「はずって、いい加減な。」


 スルスルと言葉が出てくる。疑問や思考は介さず、そのまま言葉が出てくるみたいだった。


[今度はもっと強い相手を用意しておくんじゃ。]

 そう言うと、一帯を呑み込んでいた暗闇が跡形もなく消えた。

 その場に残るのは意識を失った多くの生徒と、恍惚とした表情でバルトを見つめるワニだけだった。

読んでいただきありがとうございます。


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