99話「フフ。まぁ『策』は用意していル」
「ルゥルゥ姉上! ルゥルゥ姉上はいませんか!」
タケルに返事の保留をしてから、俺が真っ先に向かったのは……。
サリパの誇る天才王女、ルゥルゥ姉上の部屋だった。
「相談が! ありましてよ!」
「はいはい、どうしたのリシャリ」
部屋の戸を叩くと、すぐに開けてくれた。
俺が来るのが分かっていたような対応だった。
「~というわけで、タケルに婚約を申し込まれましたの」
「でしょうね」
部屋に入れてもらった俺は、促されるまま席に着き。
国王に言われたことを、そのまま伝えた。
「姉上は気づいていたのですね。私も婚約する流れになると」
「気づかないわけないでしょ」
案の定、姉上は俺が巻き込まれることを見抜いていたらしい。
黙っていたことには、文句を言いたいが……。
今は、それが本題ではない。
「そこで姉上、相談なのですが」
「聞きましょう」
「実は私、タケルのこと……」
ニマニマと、面白そうな顔をする姉上に。
俺は真面目に、思いの丈を打ち明けた。
「びっくりするほど何とも思っていなくて」
「……」
「この状況で婚約を受けるべきか、悩んでいるのですわ」
ルゥルゥ姉上の頬が、怒りでピクついた。
そして俺は、正直な気持ちを姉上に打ち明けた。
タケルの人間性はめっちゃ好き。素直で真面目で、やさしく誠実。
まだ精神的に幼い部分も含めて、好ましく思っている。
「ただ、恋愛感情はないのです。こう、ウオオオって感じの好意ではないのですわ」
「まぁタケル君、子供っぽいもんね。私のストライクゾーンからも外れてはいるけど」
「無論タケルとの婚約に、『私は』まったく不満はないのです」
俺は、タケルが人間として好きだ。大切な臣下であり、仲間であると思っている。
下手をしたら、家族と同じくらい大事に思っているかもしれない。
でもそれが異性愛かと言えば、ノーなのだ。
「不満がないなら、受けてあげなさいよ。アンタのことだから、上手くやるでしょう」
「ええ、上手くやりますとも。だからダメです」
「だから、ダメ?」
婚約を申し込んできたのが他の貴族なら、悩まなかっただろう。
あるいはこの縁談が命令であれば、迷う余地はなかった。
だが縁談の決定権を与えられたとなると……。
「─────タケルに、私なんかと結婚してほしくないですわ!!!」
「……」
「彼はもっと、幸せになるべきでしょう!!」
タケルには、もっといい相手とくっついて欲しい。
自分で言うのも何だが、俺は『結婚相手』として最低最悪だ。
「いや、アンタが幸せにすればいいんじゃないの?」
「……つまりは、こういうことですわ」
相手が割り切って結婚してくれるならそれでいい。
だが『俺が好きだから』結婚するのは、悲劇しか産まない。
きっと俺は決して、国より相手を愛することはできないから。
~五十年後(妄想)~
『リシャリ……』
年老いたタケルは何とも言えない目で、俺を見つめた。
『僕は最期まで、君に振り向いてもらえなかったね』
『そ、そんなことはありませんわ。私はタケルを愛していましたとも』
『やめてくれ、気づいていた。君が僕のことを何とも思っていないことくらい』
直後、ゲホゲホとせき込んで血を吐くタケル。
慌てて近寄るが、タケルは情けない顔で首を振った。
『リシャリは理想の妻だったよ。僕は果報者だ』
『タケル……』
『僕を好きじゃないのに、優しく振るまってくれた。それが情けなくて……』
『ち、ちがいますわ。私は、私は』
そんな彼の言葉を訂正しようとして、ぱくぱくと口を開閉することしかできなかった。
事実、俺はタケルのことを異性としてみていなかったから。
『リシャリ、本当の愛ってなんだったんだろうね?』
『た、タケルー!!』
その言葉を最期に、タケルは病床で血を吐いて帰らぬ人になった─────
「そんなのタケルが可哀そうですわ!!」
「妄想たくましいわね」
そんな未来が現実的に起こりうるのだ。
だから、選べるならタケルとの婚約を受け入れたくない。
「タケルにはもっと、彼を愛する女の子とくっついて幸せになってほしいですの」
「……」
「例えば王宮騎士のポーリィさんとか、ヤイバンのレヴィさんとか。私なんか選ばずとも、相手はいくらでもいますわ」
しかも、彼がもっと幸せになりそうな良縁はそこらに転がっている。
だからこそ、その良縁を蹴散らして俺が正室に居座っていいわけがない。
「じゃ、断ればいいんじゃないの」
「それでいいんですわよね? タケルのことは全くイヤじゃないんですが、だからこそもっと良い人と付き合ってほしいというか」
「めんどうくさい妹ねぇ」
ああ。いっそ、俺がタケルに恋をしてしまえたらどれだけ楽だろう。
俺の恋愛感受性が干からびているのが、悪い方に出てしまった。
「姉上、私はどうしたら」
「そうね、『私ならこうする』って解決法は提示できるけど」
そんな俺の悩みを聞くルゥルゥは、からかう感じではなく。
むしろ、呆れて頭が痛そうな表情であった。
「自分で考えて結論を出しなさいな」
「そんな、殺生な」
「殺生なのはリシャリでしょ、告白の返事を私の指示通りにやる気?」
「う、うぐ」
彼女はそう言った後、すっくと立ちあがり。
俺の服の裾を掴んで、部屋から追い出した。
「自分で考えろ、ばーか」
「ルゥルゥ姉上ぇ……」
姉上の部屋をたたき出されてから、俺は部屋に戻って一人悩んだ。
脳裏に浮かぶのは、真っ赤な顔で照れるタケルと、呆れた顔のルゥルゥ姉上。
「難しい問題ですわ」
タケルには幸せになってもらいたい、それが俺の本心だ。
だが、ここに二つの大きな分かれ道がある。
婚約を受けることが、彼の幸せにつながるのか。
断るほうが、いい結果になるのか。
「要は、死ぬまで私が彼を騙し通せるかどうか」
俺が婚約を受け、死ぬまでタケルを騙しきれればきっとタケルは幸せだろう。
もし婚約を受けるルートであれば、俺は全力でタケルを騙しにかかる。
それが、タケルという男に対する最大の誠意。
「騙し通せるなら、受けるべき……でしょうけど」
でも、本当にそれがタケルにとっていい未来なのか?
本心からタケルを愛している女の子とくっつく方が、良いんじゃないか?
考えれば考えるほど、思考の沼にはまっていく。
そして、
「……メウリーンさんと話をしてから決めよう」
それが、いったん俺の出した結論だった。
まず、この条件で彼女が結婚を受け入れるかが未知数だからだ。
正室の座を俺に奪われ、側室に収まることに納得しない可能性がある。
「そして仮に、彼女が条件を受け入れたとして」
メウリーンさんは本心から、タケルを好きだという。
ならば彼女が俺に代わって、彼の恋愛感情を満たせるかもしれない。
だけど、
「メウリーンさんがタケルと婚約するに足る人なのか、確認せねばなりません」
一方で、俺もまだメウリーンさんのことはよく知らない。
彼女がどんな人物で、どうしてタケルを好きなのか。
そこを面談してから、婚約を受けるかどうか判断することにした。
タケルとの縁談を申し付けられてからおよそ、一か月。
ドラズネスト領から、メウリーンの使節団がサリパ王宮に訪れた。
「メウリーン様が、登城されました。今は、国王に挨拶に向かっているようです」
「後で、リシャリの部屋に来てくださるよう案内してくださいませ」
「御意」
サリパに到着した彼女を見ると、その本気ぶりがうかがえた。
ヤイバン風の美麗な民族衣装に身を包んで、美しい化粧で顔を整えている。
嫁入り前の女が見合いに来た、と一目でわかるいでたちだった。
タケルへの想いは、恐らく本気。
では、メウリーン・ドラズネストという人間を見定めよう。
「ご招待にあズかり、光栄だヨ。リシャリ姫」
「ようこそいらっしゃいました、メウリーン様」
彼女はサリパに来訪して早々、国王の部屋に挨拶に向かった。
そこで数時間ほど会談を行ったらしく、メウリーン・ドラズネストが俺の部屋を訪ねたのは夕方のことだった。
「国王と話は纏まりましたか」
「あア。サリパ国王は、なかなかに理解のある御仁であル。ヤイバン王とは大違いダ」
メウリーンさんからの国王の評価は謎に高かった。
まだあの男のノンデリに気付いてないのかもしれない。
「併合条件も納得できル内容だっタ。タケルとの縁談も、前向きに検討していただいたようで感謝している」
「ええ、その件ですが」
国王から婚約条件を聞いたはずなのに、メウリーンさんは縁談を進める気だった。
……側室でも構わない、ということだろうか。
「……メウリーン様。あの結婚条件に、ご不満はないのですか」
「リシャリ姫を正室として迎えるこトか? 予想していたことダ、だから君に頼み込んだんじゃないカ」
「あ、あぁ~」
そう言われ、メウリーンに挨拶した日を思い出す。
彼女は、別れ際にこう言っていた。
─────私もリシャリ姫とは良い関係でいたいと思っている。
─────では勇者タケルとノ縁繋ぎ、どうかよろしく頼ム。
「この条件を予想してらっしゃったんですの?」
「私に縁談が許される場合なんテ、それくらいしかないだろうに」
もしかしてアレか。
タケルと結婚させられる可能性に気付いていなかったの、マジで俺だけか。
「ドラズネストが、サリパと血縁を求められルのは自明」
「……」
「であれば、私が何もセずともサリパから縁談が来ただロう」
話を続けるメウリーンさんの瞳を見ると。
浮かぶのは、溢れんばかりの知略の輝き。
「民のために縁を繋ぐのは領主の定メ。だが選べるなら、タケル殿と添い遂げたかっタ」
「な、なるほど」
「タケルの想い人が誰かも気付いテいる。その上でリシャリ姫もどうカ……ご高配を求ム」
ああ、全部わかって言ってたんだこの人。
縁故のしがらみも、タケルの恋心も、分かっていて。
「ああ。リシャリ姫の『その心配』は不要ダ」
「え、えっと」
「私ガ、タケルを振り向かセ、幸せにしてみよウ」
そして俺に恋心がないことすらも、見通している。
全部、理解したうえで縁談を申し込んでいた。
「わ、分かりましたわメウリーンさん」
……よし。じゃあ、俺も腹をくくろう。
メウリーンさんの気持ちは本物だし、事情も理解している。
「見合いの席は、ご用意します」
「お、おお!!」
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最初に婚約を申し込んだメウリーンさんが有利になるのは、不平等ではない。
「ただしタケルが貴女を選ぶかどうかは、彼次第ですよ?」
「勿論ダ、そうでなくてハ」
メウリーンさんは、喜色満面に俺の手を握った。
本当にこれで良かったのか、まだ俺には分からないけど……。
「最後に『私がタケルの婚約を受けるか』も、まだ決めていません」
「……む?」
「タケルが貴女を選ぼうと、私が納得できなければ破談です。ご留意をくださいまし」
「アア、それも当然だろウ。リシャリ姫にとっても縁談は、一生の大事ダ」
メウリーンさんに、タケルとくっつくチャンスは与えても良いと思った。
それが、彼女が勇気を出したことに対する報酬だ。
「私がタケルを落とし、リシャリ姫を納得させて見せル。それでいいのだろウ?」
「ええ、まぁ」
同時に俺は、メウリーンさんの評価を改めた。
彼女の、蛮族っぽい見た目に騙されていたが……
「フフ。まぁ『策』は用意していル」
メウリーンさん、知略型の人材だわ。考えてみれば当然か。
龍神暴れる領土で、民衆に不満を抱かせず統治していた人だ。賢くないはずがない。
「ああ、そうだ。タケルと会食の場に、巫女服で出席していいだろうカ」
「え、あの……(露出の多い)巫女服ですか?」
「ドラズネストの正装だからナ。祭事の際に用いる、神聖な服なのだ」
そんであのエロい巫女服、正装だったのか。
露出が多い痴女と思っていてごめんなさい。
「サリパの文化的に、不都合はあるカ?」
「いえ、ありませんわ。ドラズネストの文化を尊重いたします」
そうなると会食の場は、個室の方が良さそうだな。
あの服だと、ちょっと悪目立ちしてしまうだろう。
いっそ王宮の貴賓室を会場にして、シェフを呼ぶ感じに……。
「あリがとう、リシャリ姫。おせっかいカとは思ったが、リシャリ姫の服も用意していル」
「……はい?」
「ドラズネストで最も有名な衣装職人に作ラせた巫女服ダ」
そんな感じに頭の中で、会食のプランを練っていると。
メウリーンさんは真顔で、とんでもないことを言い出した。
「親愛の証としテ、巫女服をリシャリ姫に進呈したイ」
「こ、これはどうもご丁寧に」
メウリーンさんはそう言って、小さな包を手渡してくれた。
その中には、何と……。
「きっと、リシャリ姫によく似あウ」
露出の多い巫女服が、丁寧に畳んで包まれていた。
……え。もしかして、俺も着る流れ?




