76話「龍鎧五芒星(ペンタグラム)」
「ハンネ様、デケン軍が再び前進してきました」
「そうか」
前回の襲撃から三日ほど経って。
意外にもデケン軍は、再びアイギスランドへ侵攻してきた。
「フロリネフ様を釘付けにするためなら、無理に侵攻しなくても良いはずですが」
「案外、ジャルファ王子は本気で勝ちに来ているのかもな」
ぞろぞろと土煙を上げて、デケン軍が攻めてくる。
その様子を遠目に見て、ハンネは呆れた顔をしていた。
「まったく、懲りない連中だ。……フロリネフ!」
「御意。また焼き尽くして参ります」
「ああ、頼りにしている」
ハンネの号令を受け、フロリネフは意気揚々と立ち上がった。
誓約姫フロリネフ、アイギスランドの守護者。
「全軍出陣、私と魔法陣の防備に付け!」
彼女は深紅の甲冑を着て、荒野の丘の上に仁王立ちする。
その周囲を、アイギスランド兵が守護るように取り囲んだ。
「フロリネフ様、デケン軍が国境を越えてきました」
「よし、だがもう少し引き付けるぞ。おびき寄せてから焼き払うのだ」
フロリネフは、攻め込んで来たデケン軍を見下ろして笑っていた。
周囲には、離れていても肌がビリビリするほど凄まじい魔力が渦巻いていた。
「デケンのウジ虫どもを、カリカリに焼き上げてやる!」
俺は両手を合わせて、フロリネフの勇姿を拝んでいた。
お前の力で、今日で戦いを終わらせてくれ。どうか俺を、サリパの救援に行かせてくれ。
そんな願いを、胸に抱いて。
「爆ぜよ。爆ぜよ。爆ぜよ」
再び、詠唱が始まった。
フロリネフが両腕を開くと、再び焔が渦巻いた。
煉獄の炎が、顕現する。雪に包まれた大地が、灼熱の溶岩へと変貌する。
このような火炎地獄の中を、進んでこられるものはいない。これが、誓約姫フロリネフの実力。
「さすがはフロリネフだ」
「いつ見ても、恐ろしい」
俺はアイギスランドに聳え立つ監視塔から、炎獄に包まれる大地を見下ろした。
あまりの熱量に、大地がオレンジ色に変色し、グツグツと泡を立てている。
彼女がサリパに救援に向かってくれれば話は簡単なのに。
この力があれば、サリパを救えるのに。
……いや、焦るな。信じよう。
タケルの強さは本物だ。ベルカがブユルデストを何年も守り続けたのも事実だ。
二人の能力が噛み合いさえすれば、勝てない相手など存在しない。
いまはレジン元帥に読み負けているようだが、そのうち逆転の一手を打ってくれる。
それに、天才発明家のジュウギもいる。彼がまた、とんでも兵器を発明してくれるかもしれない。
俺は何もできない、無能な姫だ。だからこそ、自分の臣下を信じるだけ。
大丈夫、きっと大丈夫─────
「……あれ? 地面が、せり上がっていませんか」
ポツリ、と。俺は戦場を見て、そんなことを呟いた。
見ればフロリネフの放った炎の大地に、モグラが進んだような隆起が出来ていた。
「モゴモゴと動いていますわ」
「ほうほう、そう来たか」
その隆起は少しずつ、俺たちの方へと進んできているようだった。
……その隆起を見て、俺はその意図を察した。
「デケン軍はおそらく、穴を掘って進んできているのだろう」
「大丈夫なのですか」
「心配はいらん、想定内だ」
デケン軍はフロリネフの炎を防ぐため、穴を掘って前進してきたらしい。
土魔法で炎を防ぎながら進まれるのヤバくね? と焦ったが、ハンネ女王は涼しい顔だった。
「その程度で突破できるような炎なら、フロリネフは最強と呼ばれていない」
「と言うと?」
「彼女の炎は、近づけば近づくほど熱くなる。至近距離だと、岩をも溶かす」
聞けばフロリネフの炎は、大地すら溶かすという。
つまり、今はまだ遠いから穴を掘れているだけで……
「掘り進んだところで、いつか蒸し焼きになるだけだ」
「なるほど」
フロリネフの前には、土中を進むことすらできないようだ。
ジャルファ王子も工夫しているようだが、怪物を打倒するには足りないらしい。
「小細工でフロリネフは倒せない」
やはりフロリネフは最強だ。彼女さえいれば、アイギスランドは負けない。
そう楽観しかけてしまうほど、フロリネフは強かった。
彼女の炎魔法はそれほどに鮮烈で、美しく、力強かった。
しかし、どうして忘れていたのだろう。
デケン帝国で『皇帝の後継者』と期待されたジャルファ王子の特性を。
「おー、おー。聞きしに勝る豪火だ」
彼は、用意周到な男だった。敵の実力を軽視せず、万が一のことも考える。
そして臆病と罵られても、確実に勝つ準備を怠らない。
以前のサリパ侵攻で失敗したのは、相手が悪すぎたから。
情報になかった怪物と化物と鬼才が一度にポップしたので、対応しきれなかっただけ。
むしろその状況で被害を最小限に撤退したことが、ジャルファ王子の才覚を証明しているだろう。
「準備は良いか、お前ら」
「いつでも行けます」
そんな彼が、フロリネフを前に対策を立てないだろうか?
今まで何度も『デケン軍を追い返し続けてきた』フロリネフに、なす術もなく負けるだろうか。
そんなはずはない。ジャルファ王子は俺と違って、『凡人』ではないのだから。
「「我ら五人がそろえば、破れぬ陣はなし!」」
その時。戦場に一筋の風が吹いた。
掘り進められた土の隆起から、五つの星が飛び散った。
「む、あれは?」
「な、なんだ?」
突如、沸き起こったその疾風は、綺麗に五つに分散して。
まっすぐ、炎魔術師を突き刺すように進み始めた。
「何か、突っ込んできてないか?」
まもなくデケン軍が布陣する空に、真っ赤な五芒星が浮かび上がる。
ソレはフロリネフの獄炎を反射して、揺らめくように真っ赤に輝いていた。
「アイギスランドの女将軍よ、この世で最も炎に強い生き物を知ってるか」
そんな男の問いかけが、戦場に響いたかと思うと。
その五芒星は獄炎の中、ゆっくりと回転を始めた。
「ありとあらゆる炎を浴びて、火傷一つ負わない装備があるのを知ってるか!」
紅く輝く五芒星は、やがてハリケーンのような暴風を巻き起こし。
掃除機が塵を吸うように、フロリネフの炎を包み込んでいく。
「見るがいい、デケンの誇る龍の奥義を」
やがてドリルのように、高速で回転を始めたソレは。
銃弾のように、フロリネフに向かって真っすぐ『射出された』。
「あらゆる衝撃、熱量、魔法、そのすべてを耐えきる至高の技を!」
─────まもなくその一撃は、炎を巻き込んで戦場を吹き抜けた。
「なんだ、アレは!?」
ハンネが焦った声を出す。
信じがたいことに、デケン軍の繰り出したソレはフロリネフの炎をものともせず直進してきていたからだ。
「フ、フロリネフ様!」
「爆ぜよ!! 爆ぜよ、爆ぜよ!!」
フロリネフの叫びが、戦場に木霊した。
同時に沸き上がる、いくつもの紅蓮の炎柱。
それは初めて聞く……彼女の『焦った声』だった。
「小さな、龍?」
戦場を突き進むその五星は、まるで炎の龍のようだ。
フロリネフの炎魔法が直撃しても、ソレは何事もなかったように進み続ける。
「まさか、あれはデケンの七英雄の……!!」
「あ、あの人は」
やがて真っ赤な風が炎を渦巻き、フロリネフに近づく。
岩が溶けるほどの高温を纏って、一直線に疾走してくる。
「「我らこそ、デケン最強の五人衆!!」」
彼の目的は、アイギスランド軍の足止めではない。
ジャルファ王子は、ちゃんとフロリネフの『対策』を用意していたのだ。
「龍殺し、アガロン!! ここに推参!!」
それはデケン軍七英雄の一柱、龍殺しのアガロンであった。
龍鱗で出来た鎧を纏った彼は、仲間と共にフロリネフに肉薄し、獄炎を掻き分けて進む。
「「受けてみよ! 必殺の龍鎧五芒星!」」
やがて彼の真っ赤な槍は、獄炎の中心に到達して。
鍛えられたフロリネフの体躯に、アガロンの槍が鈍い音を立てて突き立った。
「ぐ、ぐぁああああ!!」
「フロリネフっ!!」
フロリネフは悲鳴を上げて、幾重の爆炎が包み込む。
閃光弾のようにチカチカと、激しい爆発が繰り返される。
「フロリネフ!? 無事かフロリネフっ!!」
「あれは……!」
まもなくフロリネフの周囲に、漆黒の鎧を纏った戦士たちが立っていた。
龍鱗で出来た装備を身に付けているせいか、殆ど火傷の痕もない。
「……龍鎧五芒星は龍の加護を受けた突撃技法だ」
「この技を妨げられるモノなど、この世に存在しない」
それは、デケン軍の切り札。龍を無傷で打倒したという、最強の戦士アガロンの仲間。
すなわち、龍殺しの五人であった。
「やりましたか、アガロン様?」
「いや、手応えが薄かった」
ポタ、ポタと血が滴る。
爆炎が晴れれば、そこには苦しそうに腹を押さえる女将軍がいた。
「まだ生きてる」
彼女の深紅の甲冑にはヒビが入り、腹部から赤黒い血が滴って。
息も絶え絶えになりながら、フロリネフは何とか立っていた。
「貴様ら、どうやって。私の、炎を、なぜ!」
「悪いね、炎魔術師」
目の前が、真っ白になる。まるで、現実感がない。
あれだけ強かったフロリネフが、重傷を負って死にかけているのだ。
「何事にも、相性ってのがあるんだ。龍ってのは、炎にとことん強いのさ」
七英雄、アガロン。デケン軍で最強と噂される『龍殺し』。
タケルに一瞬で吹っ飛ばされたから、俺は彼を過小評価していた。
「待ってろ。すぐ楽にしてやる」
「……」
アガロンもまたデケンの英雄、フロリネフを殺せる『怪物』だった。
そのあまりの存在感、威圧感に周囲の兵士の足がすくむ。
「ま、待って!」
「落ち着いて下さい、ハンネ様!」
ハンネは駆け出そうとして、周囲の護衛に引き留められた。
今、彼女が戦場に駆けて行っても何の意味もない。
「フロリネフ! 退け、逃げろっ!」
「ハンネ様……」
アガロンに、炎は効かない。
生半可な魔法は、全て龍鱗に弾かれしまう。
それはフロリネフにとって、最悪の敵。
「年貢の納め時だ、炎魔術師」
その瞳には、一切の油断もない。
アガロンの槍は、まっすぐフロリネフを捉えていた。




