70話「君の言葉はまさに正論だな、リシャリ姫」
「~と、言うわけでして。フロリネフ様は陛下のために私を処刑したがっているようです」
「……なるほど」
フロリネフにそう宣言をしたあと、しばらく経って。
夜、再びハンネ女王が俺の檻を訪ねてくれた。
「余はデケンが憎い。その気持ちを、偽るつもりはない」
「はい」
「だが君を処刑したところで、余は何も嬉しくない。射幸心も、興奮もない」
そこで彼女がどうして俺を処刑したがっていたのか、その理由を説明すると。
ハンネ女王は無表情のまま、そう言葉を続けた。
「余は父や兄を処刑されたその日から、笑えなくなった。何かを面白いと感じることもなくなった」
「あまりに辛いことがあると、人は心が死ぬと聞きますわ」
「では、余もそうなのかもしれん」
氷の国、アイギスランドの女王ハンネ。
彼女の心もまた、国土のように凍てついているらしい。
「フロリネフが君を殺したがっているのは、余が喜ぶと思ったからなのだな」
「そのようです」
「では、それは無意味であると彼女に告げておこう」
ハンネ女王はいわば、感情を出せない『機械仕掛けの王』。
だからフロリネフが暴走し、俺が誘拐されたのだ。
「そうして頂ければ、サリパには私から取りなしますわ」
「礼を言う、リシャリ姫。無用な争いを避けることができそうだ」
よし。とりあえずこれで、俺が処刑されることはない。
ただこれだけだと、問題が解決したとは言い難い。
サリパとの友好のため、俺には彼女に告げるべき言葉がある。
「それとハンネ女王。恐れながら、一つ諫言をさせて頂きたく思います」
「諫言だと? ……分かった、聞こう」
彼女の『機械的な王』としての在り方は、間違っているとは思わない。
王が議長の役割に徹し、議会の意見を取りまとめるのはむしろ前世の日本のようで未来的だ。
だけど、それは民主主義だから成り立つ政治形態。
「臣下の言いなりになることは、王の役割ではありません」
「……」
今、俺たちが生きるこの時代においては。
前世の日本のような議会が、成立することはない。
「王とは、その国で最も権力を持つ者。すなわち、権力争いとは無縁の存在」
「何が言いたい」
「だから私欲に囚われず、俯瞰的に物事を見られるのですわ」
民主主義では議会に参加する全員が、『国のため』を考えているのが前提。
だが悲しいかな、今の俺たちの時代に生きる貴族の殆どは我が身が可愛いわけで。
「全ての貴族が、国のために滅私奉公などしません」
「……」
「そんな貴族を国のために働かせる、それが王の役割だと私は考えます」
であれば王が、貴族を国のために働くよう舵を取るべきだ。
開墾を命じ税収を増やす、賊を討伐させて官位を与えるなど。
「ハンネ女王も気付いているはずです。フロリネフ様は、民を統べるのは不向きでしょう」
「それは……」
「貴方は受け継いだ『アイギスランド』という国を、無茶苦茶にされてもよろしいのですか」
俺はそうやって、国を立て直してきた国王を見てきた。
だから俺は、俺より若く『王』になってしまったハンネ女王に伝えてやりたい。
「王は重い責任が伴います。判断を間違えれば、たくさんの民が傷つき迷います」
「だが、余にそのような判断など」
「私を殺しても、アイギスランドに何の国益もありません。戦争になって、多くの民が死んでしまうだけですわ」
俺がそう言うと、ハンネ女王は黙り込んでしまった。
彼女もフロリネフが、王の器とは思っていないのだろう。
「ハンネ様が意思を示していたなら、簡単に止められたことです」
「……」
「不幸があろうと、若かろうと、即位してしまったからには貴女が王です。その責任を、他人に押し付けてはいけませんわ」
だからこそ俺は、突き放すようにハンネにそう言った。
今の彼女に、生半可な言葉では届いてくれない。
「ハンネ様は今、先代のアイギスランド王……貴女のお父様が大事にしていたものを壊しかけているのです」
「……っ」
ハンネ女王が心を閉ざすのも、無理はないと思う。
彼女はまだ十代の前半、中学生ほどの年頃の女の子なのだ。
それなのに家族と国を同時に失い、王の重責に耐えている。
正気を保てという方が難しい。
「リシャリ姫。君に何が分かる」
「……ハンネ様」
だが、そんな彼女が唯一失っていない感情。
それはデケンなど憎い存在に対する『敵意』や『憎悪』。
「国を背負ったこともない、かつての余と同じ『籠の鳥』にすぎない姫に何が分かる」
俺が彼女と『ちゃんと』話をするために。
殺されることも覚悟の上で、ハンネ女王を怒らせる必要があった。
「君の言葉はまさに正論だな、リシャリ姫。ああ、正論だろうさ」
「ハンネ様?」
「だが理想論だ。現実を知らぬ小娘の、机上の正論でしかない」
ハンネ女王は、彼女なりに頑張ってきたのだと思う。
家族を失ってすぐ、王位の簒奪ともとれるフロリネフと婚約を受け入れた。
「臣下の言いなりになるのが王の役割ではない。ああそうだろう、父は言いなりの王などではなかった」
「……では、なぜ」
「逆に君は、どうしてこう考えなかった?」
だからこそ、俺の無神経な一言にカチンと来ただろう。
俺に言い返す彼女の声色にはまぎれもなく、
「─────余に従ってくれる貴族が、おらぬだけだと」
怒りに震えていた。
「余は、大陸領から逃げるときからお荷物だった。王の血を引いているというだけの小娘だ」
「……」
「焔族との交渉も、軍の編成も、みんな父の時代からの家臣が代行した」
島に逃げ込んだハンネは、あまりにも幼かった。
王としての責務などこなせず、家臣に全てを丸投げしていた。
「余は、ずっと王の椅子に座っていただけだ!」
王として何も教えられないまま、フロリネフにより『お飾りの王』にされて。
そんなハンネが、どうして『本当の王』のようにふるまえるだろうか。
「君は勘違いしているんだ、リシャリ姫。余は言いなりになることを選んだのではない」
「……」
「言いなりにしかなれないのだ」
なので彼女は、機械仕掛けの王になった。
私情を挟まず、ただ王としての役割を遂行する機械であろうとした。
「余には『血筋』しか価値がない。アイギスランドを統べてきた一族の末裔であるという点だけが、余の王位を保証している。そんな王に従う貴族がどこにいる」
それが唯一の、彼女にできる王としての責任の果たし方だった。
国の方針は、家臣たちが決める。ハンネは平等に、その採決を取るだけ。
前王を支えた大人たちによる、王の皮をかぶった操り人形。
それが、今のハンネなのだ。
「きっと、山ほどおりますわ」
「何?」
そして、その『思い込み』こそが。
彼女を苦しめている何よりの原因だ。
「ハンネ女王。『血筋』の価値とは、王家が積み重ねてきた信用です」
「……信用?」
「ええ。偉大な王になるという、信用」
国家において、血筋を重視して権力を継承することは多い。
前の王の子供が、次の王となる。それは世界中で見られる価値観だ。
血を引いてさえいれば、幼児が王位を継ぐケースすらある。
「親は子に似るもの。ハンネ様はきっと、お父様に似ていることでしょう」
「……目元と、髪の色は、よく似ていると言われた」
「中身も、きっとそう。王にふさわしい素質が、ハンネ様に眠っているはず」
冷静に考えると幼児より、大人の方がずっと王にふさわしい。
なのになぜ、人はこれほどまでに血筋を重視するのか。それは、
「ハンネ様の一族が築き上げてきた信用が、貴女を王にしたのです」
王という仕事は、凡人に務まるものではない。様々な能力を求められる。
だから、王としての職務をこなせた人間の血縁が、王に選ばれるのだ。
「ハンネ様。どうか御身に流れる血筋を卑下されることのなきよう」
「余の、血筋」
「血筋とは今まで、ハンネ様のご先祖が積み上げた功績です」
それが世界中で、王位の血縁継承が多い理由だと俺は思っている。
まぁ後継者争いが起きにくいとか、貴族社会と相性がいいとか、他にも色んな要因があるとは思うけど。
「断言しますわ。ハンネ様が何かを決断されましたら、きっと多くの臣下が従うでしょう」
「……」
「それが、御父君がハンネ様に遺した『遺産』ですわ」
少なくともアイギスランド貴族は彼女を守り、王に据えて今も尽くしている。
ハンネが『何かを決断した』ならば、従う貴族は少なくないはずだ。
「本当に? 本当に、余の命令に従ってくれる家臣が、いるのか?」
「ええ、もちろん」
「いや、そんなことはない。だって、余のなすことに常に反対する貴族もおってだな」
無論、真っ向から反対する貴族もいるだろう。
だけど、
「ええ、当たり前です。どんな王でも、全ての臣下が従ってくれはしません」
「……」
「王として信頼を勝ち得ること、それもまた王の責務です」
自分に従ってくれる臣下を増やすことも、王としての資質だ。
父のように気さくで一生懸命であれば、サリオ兄上のように真っすぐで努力家であれば、皆ついて行きたくなる。
「せっかく御父君から受け継がれた宝物。どうか、大切になさってください」
「リシャリ姫……」
「少なくともフロリネフ様。彼女がハンネ様に従っているのは、まぎれもなく貴女のお力ですわ」
そして既に、ハンネ女王に従ってくれる臣下は存在する。
今のアイギスランドの屋台骨であり、国を守る英雄フロリネフだ。
「貴方が立派な王様になったなら、きっと亡き前王もお喜びになるでしょう」
「……」
彼女は、ハンネの凛とした雰囲気に惚れたのだと言っていた。
もしかしたらハンネに、王の器を見出していたのではないだろうか。
「フロリネフ様の忠誠に報いるためにも、アイギスランドの民のためにも、立ち上がってください」
「どうして。どうして無関係な君がそんなことを」
「だってハンネ様がしっかりされていれば、私は攫われませんでしたし」
俺がそうきっぱり言ってのけると、ハンネ女王は呆然と口を開いた。
実際、ハンネ女王がしっかりフロリネフを制御してれば俺は攫われなかっただろう。
「まったく、君は何と言うか」
「それにアイギスランドと無関係な姫だからこそ、言えることもあるのですわ」
「それも、そうだな」
俺がそう告げた時のハンネ女王の表情は、苦笑だった。
……初めて、彼女が俺の前で笑みを見せた。
「それでもし余が、間違いを犯したらどうする」
「臣下に相談なさいませ。王が万能である必要はありません、家臣の意見をよく聞いて採択できれば良いのです」
「家臣が間違える時はどうする」
「王であるあなたが、正しき道を示してください。道を示すのもまた、王の役目です」
ハンネが無感情なのは、家族を失ったトラウマが原因ではない。
普段から感情を殺して生きてきた、その結果だった。
「ハンネ女王、貴方はもう子供ではありません」
「……」
「今まで家臣に押し付けてきた『王の責任』、背負ってはいかがでしょうか」
だが、感情を殺していては『人の心』は理解できない。
人の心を理解する王になるために、ハンネは立ち上がらねばならない。
「国の王を相手に、厳しいことを言う虜囚がいたもんだ」
ハンネは呆れたようにそう言うと、顔に手を当てて。
困ったような声で、こう答えた。
「リシャリ姫、君の諫言は確かに聞き受けた。以後、余は振る舞いを見直そう」
「ご英断ですわ、ハンネ様」
「そしてありがとう。父から受け継いだ大事なものを、壊してしまうところだった」
先ほどまでの彼女とは違い、瞳に感情が籠っていた。
様々なことを考え、迷い、決断する覚悟を背負っていた。
「余はアイギスランドの女王、ハンネ。父から国を受け継ぎ、そしてこれから国を統べる者」
「はい」
ハンネ女王は機械仕掛けの王をやめ、血の通った王となったのだ。
そう断言するハンネには、俺の目にも今までまったく感じなかった……
「余の最大の敵はデケン帝国。サリパと無意味な争いを、している場合ではない」
『王の器』が、宿っているように見えた。




