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68話「フロリネフ、大地に立つ」


「お婿さんってことは、結婚しますの?」

「ああ。余は成人すれば、フロリネフと(つが)う」

「は、はあ」


 ハンネ女王は無機質な目で、淡々と話を続けた。


 え、それは一体。


「お二人とも女性ですわよね?」

「ああ」

「じゃあ子供は、お世継ぎはどうしますの?」


 別に、同性婚にケチをつけるつもりはないけど。


 王に子供が生まれないのは、結構な大問題では。


「問題ない。アイギスランドは一夫多妻が認められている」

「おお、なるほど」


 あ、あぁ。なるほど、ハンネ女王が男とも結婚すればいいだけか。


 一夫一妻制じゃないなら、同性婚をしても問題はないな。


「では、ハンネ女王は殿方もお娶りになるのですね」

「いや、フロリネフが娶る。そして彼女の子が、次の王となる」

「……ん?」

「言っただろう、フロリネフが『婿』だと」


 しかしどうやら、俺はまだ考え違いをしていたらしい。


 どうやら一夫多妻の『夫』とはフロリネフを指すようだ。


「で、では王位はどうなるのですか」

「フロリネフの一族のものとなる」

「ハンネ女王は、それでよろしいのですか」

「ああ」


 そんなのは王位の簒奪だ、許されるはずがない。


 しかし、ハンネ女王はそれを受け入れているようで、


「それが、彼女が余に従う条件だからだ」

「……」


 ハンネはゆっくりと、その事情を語り始めた。


「まずフロリネフは、焔族(ホムリアン)と言われる部族の出身だ」

焔族(ホムリアン)とは、何ですの?」

「アイギスランドでは『炎魔法の適性者』を、そう呼んでいる」


 どうやら焔族(ホムリアン)とは、炎魔法の適性を持った人のことだそうだ。


 なぜ炎属性の人間をわざわざそう呼ぶのかと言えば、


焔族(ホムリアン)は、長い間差別の対象だった」


 アイギスランドでは太古から、焔族(ホムリアン)は差別されていたらしい。


 親子であっても、魔法属性が炎だとわかると捨てられることも多かったという。


「どうして差別されていましたの?」

「雪精が、炎魔法使いを避けるからだな」

「あーなるほど」


 その理由は、雪精が炎魔法の適性者に近づかないから。


 雪精はアイギスランド人にとって、寒さを防ぐためのパートナーだ。


 だから雪精に避けられる焔族(ホムリアン)を嫌悪した。


 アイギスランド人は焔族に、「街中に近づくな」と追い払った。


 やがて焔族(ホムリアン)は、離れ島に追いやられた。


「だが雪精は別に焔族(ホムリアン)を嫌っているわけではない。体が溶けるから近づかないだけで、『赤い人たちともいつかおしゃべり出来たらな』と言ってた」

「なるほど」


 しかし雪精と話せるハンネ女王は、焔族(ホムリアン)が嫌われていないことを知っていた。


 それを周囲に伝え、焔族(ホムリアン)だからといって遠ざける必要はないと意見を述べた。


 だが……。


「余がどれだけ言っても、差別はなくならなかった」

「どうしてでしょうか」

「信じてもらえなかった。余の意見を『夢見がちな子供の戯言』と切って捨てた」


 残念なことに、雪精と話せる王族はハンネだけだった。


 幼い姫の言葉だけで、差別はなくならなかったのだ。


 焔族(ホムリアン)は人にあらず。ハンネ女王が即位する前のアイギスランドには、そんな差別意識が強く根付いていた。


 前の王─────彼女の父親ですら、そのように考えている節があったらしい。


「当時の焔族(ホムリアン)は、苦労をしただろう」

「今もまだ、焔族は……差別されているのですか?」

「もうなくなった。今、この国にフロリネフを馬鹿にする民はいない」

「おお、素晴らしいですわ。いったい何をなさったんですの?」


 しかし今はもう、その差別はなくなったのだという。


 それは、実にすごいことだ。根付いた差別をなくすことがどれほど難しいか、俺はよく知っている。


「余は何もしていない」

「そんな、謙遜ですわ。人々についたイメージを払しょくするなど、容易なことでは……」

「本当に、何もしていないのだ」


 すごいなハンネ、どうやったんだ。そう、ハンネ女王に聞いてみると。


 彼女の瞳が、暗く濁った。


「─────戦争が始まっただけだ」


 それは、今から十年前のこと。


 デケン帝国は、雪精を防寒装備の素材として注目していた。


 そのためデケン皇帝はアイギスランドに従属を迫り、『年に数千匹の雪精を引き渡す』ことを要求した。


 しかし当然、アイギスランド側はこれを拒否。


 するとデケン軍は、待ってましたとばかりにアイギスランドへ侵攻を開始。


 アイギスランドは歯が立たず、デケンの侵略で大陸の領土を失った。



「占領された土地で、たくさん罪のない雪精が殺された」

「……」

「父は激怒して、徹底抗戦の方針を取った」


 当時、指揮を執っていたのは前王……ハンネの父親だった。


 彼は大陸領土の大半を失ってなお徹底抗戦を主張し、臣下や国民もそれに従った。


 しかし旗色は悪い。抵抗を続けても、アイギスランドは連戦連敗。


 そして。


「七年前、父は一か八かの賭けに出た。兵力を集め、敵の本陣を強襲する策に出た」

「……」

「しかしあの『読心術師』レジンに読まれていた。父は敵陣深くに誘い込まれ、捕まり、処刑された」


 七年前の戦いで、アイギスランドの敗北は決定的なものとなった。


 デケン軍は対峙するアイギスランド兵に見せつけるように、捕らえた王族の処刑を行った。


「王族で、生き残ったのは余だけだった」


 当時七歳、唯一戦場に出ていなかった姫─────ハンネの目の前で火炙りにされた。


 それは焔を侮蔑するアイギスランド人にとって、最も屈辱的な処刑方法だった。


「……殺される間際。みんなが余に後を頼むと、絶叫していた」


 父も、兄も、メイドも、執事も、騎士も、親友だった雪精も、ハンネの目の前で無惨に殺された。


 ハンネはそんな辛い話を、眉一つ動かさず淡々と語った。


「その後、余らは離れ島へと落ち延びることになった」

「離れ島って」

「そう。元々『焔族(ホムリアン)』が追いやられていた土地だ」


 生き残った国民が逃げる先は、離れ島しかなかった。


 ハンネも生き残りと一緒に船に乗って、島に落ち延びることになった。


「みんな、目が死んでいた。デケン軍が島まで追ってきたらどうしよう、と」


 アイギスランドの離島は未開発で、資源も乏しい。


 こんな領地しかない状況では、デケンに勝ち目はない。父や兄姉の仇を取ることは出来ない。


 しかし、ハンネの受難はそれだけではなかった。


「我々が島に逃げ込もうとした矢先、焔族からも剣を向けられた」


 ハンネ達が島に逃げ込もうとした矢先、焔族が反乱を起こしたのだ。


 今まで自分を差別してきた大陸の人間を、なぜ助けねばならないのかと。


 ここで見捨てられたらハンネたちは嬲り殺しにされてしまう。


 家臣が船を沖に停泊させ、焔族と話し合おうとしていたところ……。


 ────デケン軍の追撃部隊が追い付いてきてしまった。


「幼いながら、余は死ぬんだろうなと思った」


 その時ハンネは死を悟ったという。味方が乗っているのはボロい輸送船だ。


 デケン海軍の猛攻を耐えることなど出来ない。


 ……しかし。

 

「しかしデケン軍は、我らを無視して島に上陸してしまった」


 デケン軍は沖に停泊した船を無視して、『上陸』を優先した。


 まさか王族であるハンネが、海で放置されているとは思わなかったのだ。


 乗っているのは、奴隷か貧民と判断されたのだろう。


「そこで余は見た。最強の炎魔術師、フロリネフを」


 まもなく、沿岸で大きな焔が渦巻いて。


 黒焦げになったデケン兵が、ポイっと海に捨てられた。


 ものの数分で、フロリネフは上陸したデケン兵を始末してしまったのだ。


「その後、焔族は話し合いに応じてくれた。こうしてデケンを敵に回した以上、協力は必須だと」

「なるほど」


 家臣は必死に、焔族に協力を呼び掛けた。


 デケン兵を殺した以上、戦争は避けられない。


 ならば強力な軍船は必要不可欠だ。


 大陸の人間と協力すれば、強力な軍船を製造できる。


 そう説得し、上陸を許可してもらった。


「だが我々を迎え入れた焔族(ホムリアン)の反応は、冷たいものだった」

「……そうでしょうね」


 上陸したアイギスランド民を、焔族(ホムリアン)は冷めた目で見ていた。


 自分たちを差別し、離れ島に追いやった連中だ。


 そんな奴らが窮地に陥って、逃げ込んできたのである。


「余が王族だと聞くや否や、殴りかかって来る者もいた」

「……」

「今までよくも馬鹿にしてくれたな、と」


 フロリネフは、そんな焔族(ホムリアン)の王だった。


 彼女は上陸した直後のハンネの胸ぐらを掴んで、怒鳴り散らした。


 今まで差別してきたくせに、窮地に陥ったら助けを乞うとは情けねぇと。


「それで、どうしたんですの」

「どうもしていない」


 しかしハンネは、フロリネフに一切動じなかった。


 いや、動じることができなかった。


「ただ、フロリネフと話をした」

「話?」

「その赤い髪の毛は、触ると熱いのかなと。殺された雪精(トモダチ)が前に聞きたがっていたのでな」


 目の前で家族を処刑されたハンネは、感情の一切を失っていた。


 ハンネはぼんやりと、焔族(ホムリアン)フロリネフの頬に触れた。


「彼女の髪は熱くなんてなくて、じんわり温かかった」

「……」

「それで、触らせてくれてありがとうって言った。それだけ」


 それがハンネとフロリネフの出会いだった。


 その時フロリネフは唇を噛み、何とも言えぬ表情をしていたという。


「焔族は、大陸の人間を見下した。ひ弱で脆弱で、情けない連中だと」

「……」

「一方で大陸の人間も、内心では焔族を『下等な人種』だと見下していた」


 しかし、いざ上陸したところで、簡単に心の軋轢は埋まらない。


 そもそも両者の、デケン軍への感情は大きく異なっていた。


 デケンからの侵攻など、雪精に近づかれない焔族からすれば対岸の火事である。


 焔族は、デケン軍が攻め込んでこない限り交戦する必要はないのだ。


 そのため、ハンネ姫を殺してデケンに降伏しようという意見まで出てきた。


「そんな折。フロリネフは余に聞いた」






『なあ、お前。ハンネ姫といったか』


 ────デケンへの復讐を誓う、アイギスランドの民。


 ハンネを殺して降伏することすら考えている、焔族(ホムリアン)


 両者の意見は平行線だった。


『─────わたし?』

『ああ』


 しかしハンネは、そんな諍いを前に無反応だった。


 身内同士で殺し合いをしようが、知ったことではなかった。


『お前、降伏の手土産としてデケンに差し出されても良いのか?』

『わからない』

『全てを失う代わりに、デケンに復讐をできるとしたらどっちを選ぶ』

『それは』


 フロリネフにそう問われた瞬間。


 ハンネに昏く冷たい『憎悪』が沸き上がり、微かに揺らいだ。


『もちろん、復讐』

『よし』 


 その言葉を聞いたフロリネフは、にっこりと笑って頷き。


 激突寸前の両者の前で、高らかに宣言をした。


『みんな聞け。私が、この姫を娶る!!』

『ファッ!?』







「フロリネフは焔族(ホムリアン)でもっとも強い。彼女に逆らう焔族はいない」


 フロリネフは反対を封殺し、ハンネを女王に即位させた。


 その代わりに、ハンネを自分の『婚約者』として全員に認めさせた。


「アイギスランドでは、王族を娶ると王位継承権が生まれる」

「……はぁ」

「つまり余がフロリネフに嫁げば、彼女は王になれる」


 それは焔族(ホムリアン)フロリネフによる、アイギスランド王位の簒奪だった。


 しかし実際のところ、それが最も場を収めるのに適した手段だった。


 ハンネを女王とすることでアイギスランド人の顔を立てつつ、焔族から王が出るため差別はなくなる。


 両者にとって、良い折り合いとなった。


「それから我々は協力して、デケン軍と海戦を繰り広げた」


 アイギスランド軍はフロリネフという強力な味方を得て、再び大陸領の奪還を目論んだ。


 ハンネを女王と立てた以上、デケンとの戦争は継続することとなったのだ。


 さらに大陸の技術で作った船にフロリネフが乗るわけで、とても有利に戦える……と言いたかったが、


「戦線は拮抗した。フロリネフの力をもってしても、大陸領の奪還はかなわなかった」

「……フロリネフ様でも、侵攻は難しかったと」

「炎魔術師であるという特性上、海戦で真価を発揮できないからな」


 その炎魔術師フロリネフは、海戦とトコトン相性が悪かった。


 この世界の軍船といえば木造だ、まだ蒸気船など存在しない(※サリパを除きます)。


 彼女が魔術をふるえば、自分が乗っている船が燃える。


 そしていかにフロリネフといえど、海流に攫われたら溺れるし、死ぬ。


 海戦では、最強の魔術師を上手く活かせなかったのである。


 その一方でアイギスランドの離島を守る天然の要塞もうまく機能した。


 世界最強のデケン海軍も、アイギスランドの離れ小島という天然の要塞を攻めきれなかったのだ。


 そして万が一、デケン軍に上陸されてもフロリネフが焼き払った。


 ……こうして七年間、アイギスランドは滅亡することなく抵抗を続けた。


「しかし数か月前、デケン海軍の大半がどこかへ移動した」

「……サリパへの侵攻をするためですわね」

「そのようだな。我々はその隙を見逃さなかった」


 その拮抗が崩れた要因は、サリパ侵攻のためのデケン海軍の大移動だった。


 デケン軍指揮官ジャルファの号令で、二百隻もの軍船がアイギスランド戦線を去ったのだ。


 その情報をキャッチしたフロリネフたちは、決死の特攻を仕掛けた。


 アイギスランド領沿岸を、奪還するために。


「そこで、勝ったんですわね」

「ああ。勇敢な兵士たちが、最新式の戦艦『炎獄』を操ってフロリネフを大陸領に届けた」


 アイギスランド軍の決死の作戦は功を奏した。


 国家予算の五分の三を投資して作った戦艦─────俺が乗っているこの『炎獄』に乗って、デケン海軍の哨戒網を突破したのだ。


 数多の犠牲を払い、船がボロボロになりながらも、炎獄は大陸に着岸した。


 そしてついに、フロリネフが大地に立った。

 

「地上でフロリネフに勝てる人間はいない。そこからは、彼女の独壇場だ」


 誓約姫フロリネフの実力は本物だった。


 デケン軍が支配していた大地は、瞬く間に煉獄の炎に包まれた。


 その炎は大地を覆い、何もかもを焼き尽くしたという。


「沿岸部を奪還してからは、破竹の勢いだった。フロリネフは次々にデケン軍を攻め滅ぼし、アイギスランド領を復活させていった」

「すごい。……まさに、大英雄ですわね」


 そこからフロリネフ無双が始まり、アイギスランドは次々と領土を奪還していった。


 フロリネフさえいれば勝つ、そんな戦闘が続いた。


 そして先日、ヤイバンの隣接領地を獲得した際。


『ヤイバンはデケンに抵抗を続ける勇士。見所がありそうだから、仲間にしてもいいかもしれない』

『ふむ』

『同盟が成立すれば、より楽に暴れられる。不成立なら、フロリネフ様が攻め滅ぼせばよろしい』

『確かに』


 ならばと納得したフロリネフが、同盟交渉に向かった。


 その結果、俺という特大の地雷を発見したのでぶっ殺そうとなったようだ。


 ……そっかー、フロリネフが国の全権を握ってるのね。


 それで『国王の権限を全て移譲すると誓約された』誓約姫なんて仰々しい肩書を持っていたのか。


 そりゃ、あれだけ好き勝手をしても許されるわけだ。


「つまりこの国を統治する実権は、余にはない。フロリネフにある」

「……事情は分かりましたわ」


 つまりハンネはお飾りで、事実上の支配者はフロリネフですよと。


 で、そのフロリネフが俺を殺す気マンマンと。


 結構、詰んでないかソレ。


「状況は理解したか」

「ええ。貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」


 いや、まだ諦めるのは早い。


 ハンネ女王が俺に協力的なのが分かったのは、大きな収穫だ。


「何か余に頼みたいことはないか。戦争を止めるため、多少の協力はする」

「では裁判の前に、フロリネフさんとお話しする機会を貰えませんか」


 あとは俺が、フロリネフという女と話をして。


 彼女の望みがどこにあるのかを、理解すればいい。


「ほんの少しの時間で良いのです。よろしくお願いいたします」

「うむ、そのくらいなら」


 今の状況はぶっちゃけ、ベルカに拐われた時よりずっとマシだ。


 敵とも話し合えるのが、俺のただ一つの特技なのだから。


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― 新着の感想 ―
今回の話を読んで、おや? と感じたのが、フロリネフ自身は雪精に対して愛着が無い可能性がある、ということ。ハンネ経由でしか繋がりが持てないわけですから。 更に言えば、長年焔族が差別されてきた原因でもある…
蛮族に戦争を仕掛けられた蛮族が別の蛮族を取り込んだだけだったのか…まさに蟲毒だ、すごいな、それは武力はすごいはずだわ 武力は
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