66話「もう終わりだよこの交渉」
「ほら、乗れ」
「ぐぇ」
フロリネフに攫われた俺は、そのまま沿岸に停泊していた巨大な軍船に運び込まれた。
おそらく、アイギスランドの誇る軍艦だろう。
「おやめなさい! わ、私を誘拐などしてただで済むと思って────」
「助けなど期待するなよ。ヤイバンの軍船では、この最新型戦艦『炎獄』に追い付けない」
「この『炎獄』には国家予算の五分の三を注ぎこんだ」
アイギスランドは、デケン帝国と渡り合える規模の海軍を有している。
確かに彼の言う通り、ヤイバンの船では追い付くのは難しいはずだ。
「出発の準備は出来ているか」
「もちろんです。ヤー、ヤー、ヤー」
「出港だ、ヤー、ヤー、ヤー」
彼ら自慢の木造軍船『炎獄』は、古傷は目立つが頑丈そうだった。
舵輪の前に座る舵手は白髭を蓄え、船員の動きも機敏。
確かに、デケン海軍とも渡り合える練度なのだろう。
「この女は倉庫にある、囚人用の檻に入れておけ」
「分かりました、フロリネフ様」
俺は甲板の開き戸から降ろされ、昏い倉庫に連行された。
その後、両腕に枷を嵌められ、四畳ほどの檻に閉じ込められることになった。
「オラ、抵抗するな」
「痛いですわ! もっと丁寧に……」
「やかましい!」
アイギスランド兵は威圧的な態度で、俺を檻の中に放り投げた。
そして冷たい目で見降ろして、開き戸を閉めた。
……さて。
「なんでさ」
何が目的で、どういう理由で俺が攫われたのか。
まったくもって、さっぱり分からん!
ヤイバン王との交渉が決裂したから、人質にするため?
だったら普通、ヤイバンの関係者を攫わない?
誓約姫フロリネフの行動が、意味不明過ぎて怖い。
「意図が読めませんわ~」
俺は会話中に、相手の意図を察するのが得意な方だ。
ベルカに攫われた時も、ある程度は向こうの意図が予測できた。
口調や態度から、王族に恨みを持ってるんだろうなとか。
「私何か悪いことしました?」
だけど今回は、唐突過ぎて意図が読み取れなかった。
まったくもって意味不明だ。冷静にあの場で起きたことを振り返っても、
『アイギスとの同盟は得がないのでお断りだ』
『何だと! 許さん……。殺してやる、殺してやるぞリシャリ姫』
『ファッ!?』
これくらい意味不明だった。
というか普通、こんな直近で二回も攫われる?
いや、まぁ姫ってそんなもんか? 攫われるのが仕事みたいなとこもあるか。
よし、これ以上フロリネフの行動にあーだこうだ言うのはやめよう。
単にあの女がヤバい奴だったというだけの可能性もある。
攫われちまったものは仕方ねえ。これからどう振舞うべきか、考えておかないと。
まず、俺はどういう意図で誘拐されたのかだ。
────この女はもっと念入りに、残酷に、処刑してやるとしよう。
フロリネフは、俺の手を引きながら確かにそう言った。
言葉通りに受け取るなら、処刑目的の誘拐である。
敵国の王族を処刑すること自体は、珍しい話ではない。
兵士の士気を高めるデモンストレーションとして、よく行われる。
実際ヤイバンの王子も、わざわざ見えるように処刑されたという。
「でもサリパはアイギスランドと敵対などしていませんわ……」
だけど、俺を処刑する理由が分からない。
サリパとアイギスランドの間に確執はない。
むしろヤイバンの同盟国という立ち位置である以上、サリパとも友好的に接するべきだ。
外交の席で威圧的に振舞って、サリパの姫を誘拐して処刑するなど愚の骨頂。
アイギスランドとしても、不利益しかない行動だ。
「交渉の切り口はありますわね」
サリパとヤイバン、そしてアイギスランド。
この三国の『デケン帝国を倒す』という目的は一致している。
サリパも戦力になることをアピールし、誘拐は水に流すので仲良くしましょうという方向にもっていく。
……パウリックを焼かれたのは業腹だが、サリパが譲らないとまともな交渉にならなさそうだ。
最悪なパターンが『フロリネフがここまでやったなら、もう戦うしかない』と、アイギスランドとまで戦争状態になってしまうこと。
俺が殺されてしまったら、そうなる可能性は高い。それだけは避けねばならない。
大丈夫、ベルカに誘拐された時とは違う。俺の武器は塞がれていない。
なんとか口先三寸で、この窮地を切り抜けねば。
「オロロロロッロロッロロロ」
「……」
半日後。俺は船酔いで死にかけていた。
だめだ、気分が悪い。ずっと波に揺られるのって、こんなにしんどいのか。
「チッ」
「ずみばせん、でずわ……オロロロロッロ」
檻の中が吐物まみれとなっていて、巡視に来た兵士に睨みつけられた。
その後、兵士はブツブツ言いながら掃除をしてくれた。
掃除させたのはめっちゃ申し訳ない。だけど誘拐したのはお前らやん。
「……ゴフッ」
俺は船に慣れるまで、会話をすることすらできなかった。
交渉で道を切り開かないといけないのに、そもそも話をする元気がない。
俺は時折やってくる、機嫌の悪い巡視兵に睨まれながら船旅を続ける羽目となった。
船旅、三日目。
この頃になると俺も、ようやく船の揺れに適応でき始めた。
だが、まだまだ環境としては最悪だ。
倉庫にはネズミらしき小動物がいるらしく、寝ている俺の身体をまさぐるように走った。
追い払おうと手で払うと、毛深いゴワっとした感触で泣きそうになった。
「……メシだ」
「どうも、ですわ」
さらに与えられる食事の質もひどい。
今出されたものは、泥水とカビの生えたパンだった。
しかも水を入れたコップには、謎の沈殿物が底にたまっている。
「ご、ごちそうさま、ですわ」
「チッ」
さすがにこれを飲み食いする気にはなれない。
俺の虚弱体質なら、間違いなく腹を下して死ぬ。
俺はパンに口をつけず、魔法で飲み水だけは清潔なものに入れ替えた。
「あ、あのー。良ければ少し、お話を」
「……」
巡視兵は俺から食器をひったくると、無言で立ち去った。
なんか、兵士からの当たりもキツイな。
何か、サリパが嫌われるようなことをしたんだろうか。
勉強してきたはずだけど、教えられた範囲にアイギスランドとの確執はなかったのに。
俺はグゥグゥ鳴るおなかをさすり、ため息を吐いた。
「……サリパの姫を攫ってきたのか、フロリネフ」
「我ながら、短慮であったと恥じております」
そんなこんなで船旅が始まって、七日目。
狭い檻の中に閉じ込められて、憔悴してきたころ。
ようやく、俺が話をする機会がやってきた。
「過ぎたことは仕方ない。して、どうするつもりだ」
「ヤツの処刑を行い、我らの威を世界に示そうかと」
「そうか」
1週間も満足な食事がとれず、腕も痩せてきていて。
檻の中で三角座りをし、蹲っていた俺に話しかけてきたのは、
「初めまして、リシャリ姫。このような場所で、失礼する」
厚いコートを身に纏った、線の細い白髪赤眼の少女。
そしてこの少女こそ、
「余はアイギスランド国王、ハンネ・ヴィ・リトリオーラ」
「は……初めまして、ですわ」
「初めまして」
現在のアイギスランドの最高権力者。
若く真っ白なアイギスランドの女王ハンネだった。
「ずいぶん衰弱しているな。食べ物は与えていたのか、フロリネフ?」
「はい、陛下。奴隷と同じものを」
「それでは処刑前に死んでしまう。一般の食事に変更しておけ」
「……了解しました」
久しぶりの会話に、いまいち頭が回ってくれない。
だがこの瞬間が、状況を打開する好機だ。
「こ、このような姿で謁見する無礼、を、お許しください。発言の、許可を、お願いいたしますわ」
「貴様、誰に向かって話しかけている」
「いや許可する、サリパの姫」
顔を上げて、女王ハンネの顔を見る。彼女はどんな人物で、何を考えてここにいるのか。
背丈は俺と同じくらいで、顔にまだ幼さが残っていた。年齢は恐らく、十代の前半だろう。
真っ白な肌、白銀の髪。まさに、イメージ通りの『雪国のお姫様』だ。
民族の関係だろうか? 彼女の緋色の瞳は、フロリネフとよく似ていた。
「余にどんな要件か、リシャリ姫」
「理由を、知りたいのです。何故、このような仕打ちを? サリパは何か、貴国を怒らせてしまいましたでしょうか」
観察する。幼くあどけない、アイギスランドの少女王ハンネを。
瞳を覗き、感情を察し、その意図を察する。
俺の持つ、たった一つの武器。社交界で身に付けた、コミュニケーション能力。
それらをフル活用し、ハンネの真意を探ってみた。
「貴方に何の感情も抱いていない。誘拐したのはフロリネフだ、彼女に聞くといい」
「私は、サリパの姫です。それを誘拐するとなれば国家の問題として……」
無感情。彼女は俺を見ても、何も感じていなかった。
それはジャルファ王子の閉心技術とは違う。
下心を隠し、感情を見せない技術ではない。
彼女は、少女王ハンネ・ヴィ・リトリオーラは、
「そこも、問題はない。要件はそれだけか、サリパの姫」
「え、いや……」
感情を失った機械のように、瞳孔の開いた瞳で俺を見つめていた。
ガラス玉のように輝く、無機質な目だった。
「フロリネフ、今後の予定はどうなっている?」
「兵たちの前で盛大に処刑し、大いに士気を高める予定です」
アカン。着々と俺の処刑の話が進んでいる。
せめて教えて! 理由を! 議論にならないからさぁ!!
「ハンネ様、どうか、お考え直しを。サリパと、戦端を開く、理由はございませんでしょう」
「その意見には肯定する、敵は増やしたくない」
「どの口が!」
フロリネフは、殺気立った顔で俺を見つめていた。
彼女の周囲を囲む兵士からも、確かな殺意を感じる。
女王ハンネだけが、凍り付いた瞳で俺を見つめていた。
「その、どうか、教えて、くれませんか。どうして、アイギスランドが、サリパをそのように、敵視なさるのか」
「別にサリパなどどうでもよい。問題は貴様だ」
誓約姫フロリネフに向き直り、俺は懇願するように問うた。
理由が知りたい。それが分からないと、交渉のスタート地点に立てない。
「わ、私を、ですか」
「貴様の着ている服を見たら、誰だって怒る」
俺の質問に対し、フロリネフは唇を噛みそう答えた。
服? ……服って、それだけ?
もしかして、アイギスランド的に無礼な服装をしていたとか、そう言う話?
「貴様、雪精を知っているか?」
「雪精ですか。えっと、北に住んでいる精霊の一種ですよね?」
「ああ。アイギスランド人は、雪精を友人として共に暮らしている」
確かに俺は、遠い北国アイギスランドの文化など勉強したことなかった。
このドレスは、ラシリア姉上とセルッゾおじ様から頂いた防寒機能付きのドレスだ。
それが温かく、可愛らしいデザインだから身に付けていただけで。
「雪精にも、意思はある。心を通わせれば、会話だってできる」
「そ、そうなのですね」
「身体こそ小さいけれど、人間と何も変わらん。笑うし、怒るし、泣くし、悲しむ」
このドレスの何が悪いのかを、聞きたいのだが。
フロリネフは怒りをこらえるように、『雪精』の話を始めた。
それはちょっと、生物好きな俺にとってかなり興味がある話だけど。
出来ればどうして皆怒っているのか、という話に────
「────そんな雪精たちを、虐殺したのがデケン帝国だ」
「へ?」
「防寒装備の素材として、狩りつくした」
……。
……はい?
「雪精はフワフワとした、真っ白で温かい毛を生やしている」
「……」
「その繊維は寒さを防ぎ、じんわりと温かみを持つ」
俺の額に、脂汗が浮かぶ。
そのままゆっくり、自分が着ていたドレスに視線を落とした。
その肩にはお洒落なデザインで、美しく白い毛があしらわれていて。
「では、改めて聞こうか」
ああ、そういうことか。つまり俺は。
「貴様、何でできた服を着ている?」
「ぁ─────」
ちょっとマナー違反をやらかした、みたいな話ではなく。
アイギスランド人の地雷を、綺麗に踏み抜いていたのか。
「ようやく、自らの罪を自覚したか。サリパの姫」
「……」
顔が真っ青になる。そんな俺をキっと睨みつける、周囲の兵士。
俺は、彼らの大切な雪精をぶっ殺して、ドレスに加工して着てたわけだ。
「デケンもサリパも、敵だ。絶対に、滅ぼしてくれる」
……そりゃなるわ。そりゃ、俺をぶっ殺してやるってなるわ!
ここから挽回とか無理だよ。もう終わりだよこの交渉。




