64話「婿探しに苦労しそうだな」
とくに何も祭っていない、南の神殿での宣誓が終わった後。
「これにて、軍事協定は成った」
「では、誓の血判を」
俺とヤイバン王は、今日の会談で決まったことを二枚の書面に残し。
お互いに血判を押して、それぞれ持ち帰ることとなった。
こうしてサリパ・ヤイバンの同盟は、口約束から正式なものになった。
「我らヤイバンは、これから貴国を盟友と扱うことを誓おう。貴国が裏切らぬ限り、な」
「我らサリパも、ヤイバンに偽りなき友好を誓いますわ。今後も、両国の発展があらんことを」
無事に同盟を締結出来て、一安心である。
ヤイバン王にその気がないのは分かっていたが、臣下からは殺意が向けられていたので怖かったのだ。
「にしても、信じがたい光景であるな」
誓いを終えて、ヤイバン王宮に帰る道すがら。
ヤイバン王はふと、思い出したようにそう呟いた。
「ヤイバン王?」
「あのパウリックとレヴィグダードが、共に歩む日が来るとは思わなんだ」
ヤイバン王は、パウリックとレヴィグダードを見てそう笑った。
確かに、この二人が戦場以外で会うことなどなかっただろう。
「リシャリ姫、今夜の食事にパウリック殿も同卓してもらえないか」
「パウリックもですか」
「ああ、レヴィグダードと対談させてみたいのだ」
レヴィグダードとパウリックのライバル関係は、国外にも有名だ。
その二人がどんな話をするのか、気になるのだろう。
「ええ、構いませんわ。ですよね、パウリック」
「リシャリ様がおっしゃるのであれば」
パウリックの方を見てみるが、嫌がる様子はない。
レヴィグダードは仏頂面だが、拒否するそぶりは見せなかった。
「では今日は宿敵同士で、過去の戦を振り返ってもらおう」
「おおお」
こうして、歴史に名を残す二人の男の対談が実現した。
かつては戦場で剣を向け、殺し合った二人。今、彼らは何を思うのか。
「凄いことになったぞ……」
「伝説の騎士同士が、ついに」
この対談にヤイバン軍の重臣たちは、興奮した顔をしていた。
かくいう俺も、本音を言うと少しワクワクしている。
パウリックは今、長年の宿敵を相手に何を思っているのか。
「協定の話は退屈だったけど、我慢して良かった」
「あの姫様はどうでもいいが、この対談は見逃せない」
「へへ……、楽しみ過ぎて動悸がしてきたぜ」
なお、俺が頑張って結んだ軍事協定が前座扱いされていた。
まぁ確かに、面白くない話だったと思うけどさぁ。
「何であんなオッサンを連れてきたんだい、リシャリ姫殿下」
ヤイバンの宴席は、立食パーティであった。
テーブルの上に豪勢なヤイバン料理が並べられ、ビュッフェ形式でとっていく形だった。
「おやレヴィさん、お久しぶりですわ」
「ええ、お久しぶりです。で、タケルはどこなんです!?」
俺は頬を緩めて、豪華絢爛なヤイバン料理を楽しんでいたら、
水色のドレスを着た貴族令嬢が、ヌっと目の前に割り込んできた。
「タケルはどうしたの、タケル。殿下の護衛はタケルだろう!」
「あー」
タケル大好きっ娘のレヴィだ。
俺がパウリックを護衛にしたことが、ご不満らしい。
「リシャリ殿下が来るというから、タケルも来ると思ってたのに」
「それは申し訳ありませんでしたわ」
レヴィは戦場の時と違って、可愛らしいローブ風のドレスを着ていた。
水色を基調とした、フリルとリボンのあしらわれた可愛い服だった。
おそらく、社交パーティ用の服なのだろう。
「まさかリシャリ殿下、タケルをボクに取られないために……?」
「邪推ですわ、私は他人の恋路を邪魔するほど野暮ではありませんわ」
実際、邪推である。タケルが来なかったのは、軍の編成上の都合だ。
そう告げると、レヴィは不満げに唇を尖らせた。
「パウリックを連れてきたせいで、おじさんたちが盛り上がっちゃったじゃないか」
「えー、良いではないですか」
「良くないよ、父様をチヤホヤしたらまた調子に乗っちゃう」
レヴィは自らの父、レヴィグダードを見ながらそう呟いた。
真面目そうな性格に見えるけど、意外に調子乗りなのか?
「あの人、酔っぱらうといつも武勇伝を語りだすんだ」
「まぁそれは、武人ならしょうがないのでは?」
「パウリックとの対決の話なんか、もう耳にタコができるほど聞いたよ」
だが身内の語る武勇伝が面倒くさい、という気持ちはわかる。
国王の『俺は昔モテたんだぞ』という謎自慢と一緒だ。
はぁそうですか、割とどうでもいいというのが娘の本音である。
「でも、パウリックを交えての対談は面白そうじゃないですか?」
「しょうもない言い合いになって、恥をかかないといいけど。父様、心が狭いんだ」
「そうなのですか」
レヴィさんは、このイベントはあまり楽しくないらしい。
俺は愛想笑いで笑みを浮かべ、彼女の愚痴に適当に相槌を打った。
「あ、パウリックが壇上に呼ばれましたね。いよいよ始まりますわ」
「くだらないショーだよ」
「では、行ってまいりますわ。失礼遊ばせ」
俺は護衛の関係上、パウリックから離れられない。
彼と一緒に壇上に登り、聞き役に徹することになっていた。
「ごめんなさいね、パウリック。大仰なことになってしまって」
「いえ。私もあの男と、話をしてみたかったですゆえ」
急遽、宴席の主役になってしまったパウリック。だが、緊張している素振りはない。
俺は彼の手を引き、ヤイバンの重臣たちが見守る壇上へとエスコートした。
そして始まる、対談の時。
二人の伝説の騎士が語った、そのトークの内容は────
「娘がやばくて自信を失った」
「弟子の強さがおかしいのである」
予想外の方向に飛んでいった。
「あの、パウリック? レヴィグダード様?」
「この年になって、井の中の蛙を突きつけられるのはキツいものがある」
「悔しい、悔しいが才能の差はいかんともしがたい!」
対談の最初は、二人の簡単な自己紹介から始まった。
ヤイバン王が司会、俺が聞き手という布陣でお互いの戦歴を紹介して。
「タケルは強い。理解が追い付かぬほどに!」
「パウリック、我が好敵手。お前も苦労していたか……っ!」
「いかにも!!」
いよいよ「お互い、今はどちらが強いか」という話題を振ってみたら……。
「今はもう娘のが強い」
「恥ずかしながら、タケルのほうが上であろう」
と、悔しながらに次世代の名前を上げたのである。
そこから、二人の語気は徐々にヒートアップしていった。
「今はまだ未熟ゆえ、隙を突くことはできるが」
「数年もしたら、手が付けなくなるだろう」
タケルやレヴィが規格外すぎて、彼らの自尊心は粉々のようだった。
俺が口を挟めない勢いで、二人は悔しそうに愚痴り続けた。
「悔しいのだ! タケルに手も足も出ない、自分のふがいなさが!」
「レヴィは龍神と一日中戦って無傷だった! どうかしている!」
実はレヴィも、かつて龍神グルデバッハに挑んでいたらしい。
十歳だった彼女はこっそり(悪戯目的で)、ただ一人で龍神の寝床に向かっていった。
そして一日ほど戦い通したが、互いに硬すぎて決定打がなく引き分け。
夜になるとレヴィは眠くなったようで、戦闘中の龍神の背に乗って爆睡したという。
レヴィグダードは戦々恐々としながら、グゥグゥ眠る娘を回収したそうだ。
「「人間じゃないだろう!!」」
ヤイバン産の酒が進み、二人の愚痴はエスカレートしていく。
パウリックは普段、厳しくタケルを指導しているよう見えたが……。
内心では、そんな思いを抱えていたのか。
「レヴィグダードよ、我が友よ。私の一撃で山が吹き飛び、大地が割けたことはあったか?」
「パウリックよ、我が友よ。そのような一撃を、無傷で受けきれると思うか?」
オッサン騎士は二人、盃を交わして嗚咽をこぼす。
あの二人が規格外なのはその通りなので、何もフォローできん。
「ところでパウリック、タケルという男の弱点についてだが」
「……気づいていたか」
「ああ。攻撃を放つ前、わずかに隙ができるな?」
とはいえ、レヴィグダードもさすがに百戦錬磨のようで。
パウリックが指摘していたタケルの弱点にも、気が付いていた。
「あの精神性も大きな弱点だろう。パウリック、貴様どんな教育をしていた?」
「タケルは仕官して数か月しかたっていない。今から鍛えるさ」
「げ、それは聞きたくなかった。そうか、あの強さでまだ新人か……」
つまり、レヴィグダードがなりふり構わなければタケルを殺せるってことだ。
……タケルに早く弱点を克服するよう、手紙を送っておこう。
「ちなみにレヴィグダードよ、貴様の娘レヴィに弱点はないのか」
「貴様も気付いているだろう。水魔法使いの宿命だが、火力に乏しい」
「それ以外の弱点だ。タケルの弱みだけ公開するなど、不公平だろう」
「うーむ、そういわれてもな」
そのままパウリックは、さりげなくレヴィの弱点を探ろうとした。
酔っているふりをして、意外にしたたかというべきか。
だがレヴィグダードもさるもので、
「レヴィは字が汚なくてな。手紙を書かせたら、誰も読めない」
「そういう弱点ではない、と言っているだろう」
「あと面倒くさがりなのも弱点か。水も浴びず下着も変えず、数日は平気で過ごしおる」
「はぁ。婿探しに苦労しそうだな」
最終兵器たるレヴィの弱点を、簡単に漏らしたりはしなかった。
オッサンはお互いに睨み、くっくっとくぐもった笑い声をあげる。
「まぁなんだ。他に娘の弱点に気づいたら、教えてくれパウリック」
「ああ、機会があれば」
レヴィグダードの飄々とした受け答えに、パウリックは苦笑いだ。
そして二人は、その場で握手を交わし────
「……父様? 何で言わなくていいこと言うのカナ?」
「ぐぇぇぇぇぇ……」
公衆の面前で、醜聞を垂れ流されたレヴィは激怒して。
光のない目で父親の胸ぐらを掴み上げ、首を締めた。
※レヴィは水魔法で、服を着たまま身体や衣類を洗浄できます。




