63話「神は死んでいた」
「リシャリ、今月はゆっくりしていていいぞ」
「おお、休日をいただけるのですか」
ヴィジャル王子が帰ったあと、俺は国王から休暇を言い渡された。
ここ最近はラシリア王国への外遊に、人材登用の旅、デケンからの使者と忙しかったからありがたい。
「お前は身体が弱いんだ、よく休め」
「ありがとうございます」
ここからは泥臭い、戦争の準備。姫が出る幕ではないのだろう。
俺は今まで通り家庭教師の授業を受けて、社交界に出席すれば良いそうだ。
……まぁそもそも、姫ってそんなもんよね。
「来月は、出征式で演説をしてもらう。士気が上がりそうな演説でも考えておいてくれ」
「分かりましたわ」
来月は俺の近衛軍が編成された兼ね合いでスピーチがあるそうだ。
それまで英気を養っておこう。
「それとリシャリ、お前はヤイバンに嫁いでもらうかもしれん。向こうの文化の勉強も始めるように」
「はい、父上」
休暇がもらえると言えど、姫の本命の仕事は結婚準備だ。
顔を見たこともない相手に嫁ぐのが、俺の国への奉公。
結婚相手がどんな奴か不安がないワケではないが、覚悟はできている。
少なくとも拉致されたり、敵国に使者に出されたりするよりは百倍マシである。
「当面はお前の縁談を、固めるつもりはないけどな。切り札を焦って切る気はない」
「その辺は、父上にお任せいたしますわ」
「ああ、ありがとう」
なお俺はまだ結婚適齢期の序盤なので、慌てて婚約する必要はない。
どっかの姉上みたいに、二十歳目前まで社交界をサボっていないからな。
サリパの有力貴族と結婚とかでも全然良いし。
「では、しばらく勉強させていただきますわ」
「ああ、よく励めよ」
こうして俺にようやく、日常が戻ってきた─────
─────かに見えたのだが。
「おうよく来たリシャリ。仕事だぞ」
「ジケイ兄上……」
俺がお暇を貰って、一週間後。
俺はヤイバンとの交渉から戻ってきたジケイ兄上に、すぐ呼び出された。
「私はしばらく、ゆっくりしていいと言われたのですが」
「お前を休ませておく気はない。体が壊れるまで働け」
「……では兄上は、私に何をさせようというのでしょう?」
「ヤイバン王の機嫌取りだ」
どうやらジケイ兄上は、俺をコキ使いたがる節があるらしい。
俺、これでも体が弱い姫なのよ。もっと気を使って運用してくれても良いのよ?
「端的に言うと、ドラズネスト領主のメウリーンが独立したがっているんだ」
「独立ですか?」
「メウリーン一族は代々、龍神の世話を押し付けられてきたことが不満だったようでな。サリパの英雄が龍神を討伐したことをきっかけに、『もうヤイバン王には従わない』と」
「は、はぁ……」
「それで向こうは『ドラズネスト返還が同盟条件だ、サリパが説得しろ』と。知らねーよ」
あー……。ドラズネストはヤイバンで扱いが悪かったんだよなぁ。
でもそれって俺らの責任じゃなくない?
「あとデケン帝国の動きがキナ臭くてな」
「動きがキナ臭い、ですか?」
「豪烈火薬に腐食ガスだの、取り返しのつかないもん持ち出してるらしい。洒落にならん」
さらにジケイ兄上は、苦々しい顔でそんなことを教えてくれた。
デケン帝国が、凶悪な殺戮兵器を持ち出したという事実を。
「どんな兵器なのですか?」
「豪烈火薬は街を一つ焦土に出来るし、腐食ガスは撒かれたら十年は草一つ生えなくなる。どちらも設置型兵器で、起動に半日ほどかかる」
「起動に半日も?」
「ああ、要は奇襲用の兵器だ。だからヤイバンと連携して、穴のない哨戒網を形成する必要がある」
「……奇襲で街を滅ぼす兵器、ですか。デケン軍はなりふり構わなくなったのですね」
つまりデケン帝国は、もはや俺たちを『征服』するのではなく。
サリパとヤイバンの民を『殺戮』しようと考えているらしい。
「だからヤイバンと細かい軍事協定が必要なんだよ。奇襲を防ぐには、連携できなきゃ話にならん」
「それで、ジケイ兄上がヤイバンに向かったのですね」
「そうだ。だが、ヤイバン王の反応がいまいちでな」
確かに、それは聞くだけでもマズいと分かる情報だ。
そんな状況ならヤイバンも、手を貸してくれそうなものだが……。
「いまいち、ですか?」
「お前は胡散臭い、信用ならんの一点張り。最終的にはリシャリを出せと言われ、追い返された。国家の一大事に何考えてんだか」
……あー。ジケイ兄上、ヤイバン王と相性が悪かったのか。
あの王はよくも悪くも、真っすぐな人っぽかったもんな。
小細工や交渉が得意なジケイ兄上とは、あんまり合わなかったんだろう。
「そう言う訳で。あの分からず屋のバカを何とか懐柔してくれ」
「事情は分かりましたわ」
そういう事情なら仕方あるまい。
そもそもドラズネスト返還を条件に、ヤイバンと同盟を取り付けたのは俺だ。
俺が出向いて、交渉するのが筋ってものだろう。
「頼んだぞリシャリ」
「お任せあれ! ですわ」
「この協定が結べるかどうかで民の被害は大きく変わるんだ」
ヤイバンまで行って帰ってとなると、来月のスピーチは中止だな。
後で父上に謝りに行くとしよう。
「そう言えば、デケン軍は縄と鉄釘を用意していると聞きましたよ」
「あん、それは確かか? 山岳地帯を突破する準備となると、あのルートか?」
俺はヴィジャル王子から聞いた情報を、ジケイ兄上に伝えておいた。
俺の見る限り、ヴィジャル王子に嘘をついている気配はなかった。
「事実なら、おいしいな。お前のところの軍師にも伝えておこう」
「お願いします」
きっと、無意味な情報ではないだろう。
それが、サリパの国益になることを祈るばかりだ。
「因みにお前、どうやってヤイバン王に気に入られた?」
「真心ですわ。まっすぐぶつかっただけですの」
「……お前が敵国にいなくてよかったよ」
俺の答えを聞いたジケイ兄上は、げんなりした。
短い時間話しただけだが、ヤイバン王は筋も通すし情も深いタイプだ。
いつも通り、真っすぐぶつかっていこう。
「リシャリ様、お召し物をどうぞ」
「ありがとうございますわ、パウリック」
そんな感じに、突然発生したヤイバンへのお使い。
タケルは忙しそうなので、護衛はパウリックに任せることになった。
「これは、確かセルッゾおじ様から頂いた……」
「防寒魔法つきのドレスでございます」
「お洒落で、素晴らしいですわ」
既に肌寒い季節となり、吐く息は白くなっていた。
ヤイバンはさらに寒冷な気候のようで、冬は路上に雪が降りつもるという。
「わあ、温かい」
「大変似合っております、リシャリ様」
そこで、セルッゾおじ様から貰ったドレスはとても重宝した。
さすがはデケンの技術というべきか、ドレスは絹のような肌触りで、薄手なのに腕先までじんわりと温かい。
肩には白色の毛皮があしらわれ、腕は金属細工が微かに輝いていた。
─────なおこの服のせいで、後々とんでもない目にあうことを俺はまだ知らない。
そんな肌寒い風のなか、馬車を進めることおよそ半月。
「……ここがヤイバンですか」
「なかなか趣がありますでしょう」
俺はパウリック率いる護衛団に守られ、ヤイバンの首都へ到着した。
ヤイバンは、デケンとは違う発展を遂げた都だった。
「ヤイバンといえば、辛い料理が有名でしたっけ」
「香辛料の国と言われておりますな」
ヤイバンは大通りを歩くだけで、お腹が空いてくる国だった。
葦で屋根が組まれた屋台のテーブルに、薬草茶の壺が湯気を立てている。
露店からエスニックな包み焼きの香りが漂い、太った店主が声を張り上げて客寄せしていた。
通行人がかぶり付くパン包みから、ピリっとした山椒のような匂いが鼻をくすぐった。
「ヤイバン料理に魅入られたら、二度と国外で暮らせないと言います」
「確かに、美味しそうなものばかりですわ」
別にサリパやデケンの料理がまずい、と言うつもりはない。
ただヤイバン料理には中毒性があり、ハマると他国の料理が物足りなくなるそうだ。
捕虜となった将軍がヤイバン料理に魅入られて、祖国を裏切ったなんて逸話もあるらしい。
「サリパ王国からの使者、リシャリ・サリパールです」
「おお、お待ちしておりました」
大通りを進んでいくとだんだん人気が減って、やがて荘厳な王宮が見えてきた。
その外門の入り口には、完全武装したヤイバン兵が立っていた。
「現在、王宮は滑りやすくなっております。なるべく絨毯の上を進んでください」
「分かりましたわ」
石造りの王宮には微かに霜が降りていて、兵士の言う通り滑りやすかった。
俺は警告に従って、なるべく絨毯の上を歩いて進んだ。
「サリパ人の姫が来たぞ」
「あの娘が例の、王の前で啖呵を切ったという?」
「その割には、覇気を感じないが」
王間に向かう途中で、たくさんのヤイバン貴族とすれ違った。
彼らは俺を値踏みするような目で、ジロジロ見てきた。
サリパ人の姫など、珍しいと思われているのだろう。
「……ちっ」
まだ、サリパに対して悪い感情を持っている人は多いと思う。
だが俺に、悪態をついたり絡んでくる貴族はいなかった。
きっと、パウリックが護衛してくれていたからだろう。
「よく来たな、リシャリ・サリパール」
「お久しぶりでございます、ヤイバン王」
俺が到着すると、ほとんど待たされずヤイバン王との面会は叶った。
どうやらヤイバン王も、俺をずっと待っていてくれたらしい。
「はるばる大儀だったな。怪我はないか」
「はい。レヴィ様のご助力で、デケン軍を追い返せました。彼女はまさに、当世随一の水魔法使いでした」
「そうかそうか、それは良かった」
王の間には、ヤイバンの重臣がずらりと並んで待ち構えていた。
大国の王を相手に、対等に話をするつもりはない。
俺はヤイバン王の正面に傅いて、礼を尽くすことにした。
「レヴィグダード、娘が誉められているぞ」
「リシャリ姫にそう言われれば、レヴィも光栄に思うでしょう」
ヤイバン王の隣には、ツインテールの髭おじさんが佇んでる。
パウリックの好敵手にしてヤイバン最強の騎士、レヴィグダード氏だ。
「して、リシャリ姫。どのようなご用向きか」
「はい、ヤイバン王。私はサリパ国王に代わり、軍事協定の交渉に伺いました」
レヴィグダード氏は、ヤイバン王の護衛なのだろう。
一寸の油断もなく、パウリックを見つめて佇んでいた。
「うむ、その協定の内容は?」
「はい、文書にしてきたモノがございます。では、読み上げますわ────」
パウリックも俺を守るため、油断なく傅いてくれている。
護衛は彼に任せて、俺は交渉に集中するとしよう。
「まず文書をもらおうか」
「え、えーっと。これですわ」
そんなこんなで始まった、ヤイバンとの軍事協定だったが。
「一方が侵攻された場合、他方は軍事協力するとあるが。港の使用権は含まれるか」
「え~っと。はい、港の使用権も提供しますわ」
ジケイ兄上は予め、俺用に譲歩していいラインを書いてくれていた。
そのため、俺でもある程度はまともな交渉が出来た。
「サリパとヤイバンの国境に、新たな砦の建設禁止も盛り込めないか」
「え~っと。はい、分かりました」
本当はジケイ兄上本人が交渉してくれた方が良いのだが……。
ヤイバン王はどうしてもジケイ兄上を、信用できなかったとのこと。
「国境での盗賊は、協力して討伐するとあるが。地方領主に、討伐協議権を与えていいか?」
「はい、こちらもそのようにさせていただきますわ!」
「賊対策に関してもう一つ。両国で国境警備隊を組織して、定期的な巡回を提案したい」
「え~っと」
ヤイバン王から提案があった場合、俺に与えられた権限の中で、受けていいかどうか判断していく。
ただ軍事方面の教育は一切受けていないので、判断に迷うことも多い。
「……」コクリ
「……はい! その提案、お受けいたします」
困った場合は、チラっとパウリックを見て意見を仰ぐことになっていた。
彼が頷く場合は、受けていい条件だ。
「国境警備隊の指揮権はどうする。我らで預かっていいか?」
「え、えっと」
「」フルフル
「だ、だめっぽいですわ!」
パウリックはかつて、サリパ軍の総大将を務めたこともある男。
彼の判断なら間違いはないだろう。
「……だーっははははは!! リシャリ姫は軍務は苦手か」
「え、ええ。恥ずかしながら」
「仕方あるまい。サリパで姫は軍務につかぬものな」
俺の交渉がよほど、拙かったのだろう。
右往左往する俺を見て、ヤイバン王は我慢しきれずに笑いだしてしまった。
「すまんな。貴様の兄がもう少し、誠実ならよかったのだが」
「ジケイ兄上は、そんなに駄目でしたか」
「我々を騙そうという下心を隠せていなかった。アレは政治家には向いているが、外交官には向かんだろう」
ヤイバン王はジケイ兄上を、外交官に向かないと表現した。
まぁ確かに、兄上はなんか胡散臭いもんな。
「仮にも同盟相手に、あんな態度ではいかん。リシャリ姫に、そんな邪な気持ちなどなかろう?」
「ええ。むしろ、変な協定になっていないかと必死ですわ……」
「安心せよ、こちらに貴国を騙そうなどという意思はない。誠実な協定を結ぼうではないか」
ヤイバン人は信用や義理を大切にする。
だからこそ、能力をさておき俺を外交官として呼んだのだろう。
「最後に、以上の内容を神殿の前で読み上げる。リシャリ姫、よろしいな」
「は、はいですわ」
そして俺はヤイバンの流儀に則り、協定内容を神殿で読み上げることになった。
これはヤイバン人にとって、宗教的に大きな意味があるらしい。
神前の誓いを破ると天罰が下るとされるのだとか。
「季節で誓う神は変わってな。冬は、南の神殿で誓ってもらうことになっている」
「なるほど」
そして面白いことに、ヤイバンでは四季によって祈る神様が違うらしい。
東西南北にそれぞれ神殿があり、季節ごとに違う神殿で祈るのだそうだ。
そして冬は、南の神殿を使うのだとか。
「ちなみに南の神殿は、何という神様を祭っているのですか?」
「あー。龍神グルデバッハ様だったのだが……今は協議中だ」
「はあ」
因みに、神は死んでいた。




