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62話「我々には意味のない話ですわ」


 拝啓、サリパ国王殿。 


 こないだ、間違ってサリパを攻めちゃってごめんネ!


 ウチらはジョークのつもりだったんだけど、総大将を任せたジャルファが暴走しちゃってさ。


 そうマジになるなって。ただの冗談じゃん、本気にしちゃってマジ受ける。


 いやー、アイツ、マジないよね。近々処刑する予定でさ、首はサリパに送るから好きに晒して!


 その代わり、これからも仲良くしてね。ウチらの仲じゃん。


 協力してムカつくヤイバンを、一緒にぶっ潰そうZE()


 デケン皇帝より、親愛を込めて。


「という国書が、一昨日デケンから届いた」

「馬鹿にするにもほどがありますわ」


 届けられた国書を要約すると、そう言うことだった。


 その恥知らずな内容に、俺はため息を吐くことしかできなかった。


「タケルのことを『真の勇者』だと褒め称え、特別にデケンの英雄として取り立てても良いと」

「引き抜きではないですか。呆れてものも言えません」


 同盟に応じるならサリパに自治を認め、タケルをデケン軍の将として取り立てるそうだ。


 誰がタケルをお前らにやるか!!


「デケンからの使者は、来週にも到着する」

「そんな無礼な使者、追い返してもいいのでは」


 考えるまでもなく、拒否一択である。


 デケン帝国は信頼を裏切ったのだ。失った信頼は、そう簡単に取り戻せない。


国王(ちちうえ)は、どう対応されるおつもりですか?」

「まずは話を聞き、使者殿の態度で決める」


 そんな使者、門前払いで追い返してもいいと思うんだが。


 国王(ちちうえ)は真面目に応対するつもりのようだ。


「わざわざ、お会いになるのですか」

「当り前だとも」


 俺はそう意見すると、国王はニヤリと笑った。


「その使者殿の話には、百金の価値がある」

「と、おっしゃいますと?」

「デケン帝国の真意が伺えるからな」


 どうやら父上にも、ちゃんとした考えがあるらしい。


 取り合う価値のない交渉の使者に、わざわざ会う意味とは。


「使者が俺を必死に説得するなら、デケン皇帝本人からの命令だ。そうでなければ、敵将の策略だ」

「ああ、確かに」


 確かにその辺は、実際に会わないと分からない。


 交渉に応じる気がなくても、会ってみることは大事なのか。


「それに話が通じない国と思われるのも、困るからな」

「ふむ」


 使者とは、国交の門戸だ。


 話し合いが出来なければ、殺し合うしかなくなる。それは良くない。


「どのような使者でも、対話に応じる姿勢は見せる。その上で飲めぬ要求なら、断ればよい」

「なるほど」


 さすがに父上は冷静だ。話を聞いた上で、断ればいいのだ。


 会いもせず追い返すのは、短慮だった。


 俺の中にどこかで『デケン憎し』という想いがあったのだろう。


「我が国ではデケンを占領することなど出来ない。どこかで、話し合いの場を設ける必要があるしな」

「父上のご慧眼、お見それいたしました」


 どんな使者であろうと、会った方が得なのだ。


 ウチにはパウリックがいるため、暗殺される心配も低いし。


「リシャリ、お前も十五歳だ。外交の仕事を任せる機会も増えるだろう」

「はい、父上」

「であれば、俺からよく学べ。お前の才能ならすぐ俺を超えるだろう」


 国王(ちちうえ)もいつか年を取り、王位を退く日が来る。


 その時には俺も、いっぱしの王族として国に貢献できるようにならねばならん。


「勉強させていただきます!」


 俺はこうして父上と共に使者を出迎え、『外交の流儀』を伝授してもらうことになった。


 ノンデリモードの父上はダメ人間だが、国王モードの父上は尊敬に値する。


 この機会を逃さず、勉強させてもらおう。












「お初にお目にかかる、サリパ国王殿」

「うむ」


 デケンからの使者がサリパに到着したのは、およそ1週間後のことだった。


 ジャルファ王子の時と同じ、黒曜石で彩られた豪華な馬車がサリパの城門を潜った。


「デケン帝国の王子、ヴィジャルだ。よろしく頼む」

「ああ、よろしくヴィジャル殿」


 デケン帝国は使者として、ジャルファとは別の王子を派遣してきた。


 今までであれば、デケンの王子の出迎えには王族全員で外門まで出迎えに行ったものだ。


 しかし国王(ちちうえ)の態度は、堂々としたものだった。


「デケン帝国皇帝陛下からの勅書をお持ちいたした」

「拝見しよう」


 国王は王子を王宮の前で待たせ、ボディチェックを入念に行って入場を許可した。


 そして父はへりくだらず、対等にデケンの使者と会話を始めた。


「ふむ。内容は、先日頂いた書簡と同じか」

「どうだ、サリパ王。再びデケン帝国に与し、栄華を取り戻さないか」

「馬鹿馬鹿しい」


 すなわち、もう『デケンを宗主国とはみなさない』という意思表示だ。


 父上は尊大に振舞うことで、話し合う前からデケンの同盟を断る意思を見せた。


「我々は二度と、デケンを信用しない。用事がこれだけなら、帰るがいい」

「強がるなよ、サリパ国王。内心で怯えているのが分かるぞ」

「怯える? 私が何に怯えているというのだ?」


 そんな父上に対し、ヴィジャル王子は余裕たっぷりに煽り始めた。


 ……あー、なるほどな。これは、確かに。


「この先、その王座を追われるのではないかという不安だ。違うか、王よ」

「どうして私が、王座を追われねばならん」

「デケン帝国と戦って、本気で勝てるとは思っていない。ヤイバンと仕方なく手を取り合っているが、あまり上手くいっていない。その二つが悩みの種だ、違うか?」

「まったく的外れだ」


 これ謀略だわ。デケン皇帝からの勅書を利用した離間策だ。


 ヴィジャル王子はそこそこ腹芸が上手いが、俺の目には一目瞭然だった。


「隠す必要はない。ドラズネストの領有権で揉めていると、話を聞いているぞ」

「その件なら調整済だ、まもなく解決するだろう」

「他にもまだまだ、国境警備などで衝突があると聞くが?」


 本気で国王を説得しようとしていない。同盟国(ヤイバン)に疑念を抱かせるのが真の狙い。


 おそらく同じような使者が、ヤイバンにも行ってるんじゃないか?


「今一度デケンと手を取り、平和を取り戻そうじゃないか。どうだ、サリパ王」

「そろそろ祖国へ帰れ、ヴィジャル。これ以上話をする価値はない」

「本当に良いんだな。デケンは二度と、貴様らに慈悲をかけないぞ」

「くどい」


 国王(ちちうえ)もそれを察したようで、話を切り上げた。


 デケンが謀略を仕掛けてきていることが分かったら十分。後は対策を練ればいい。


 これ以上、彼との会話に意味はない。


「よし、ではデケンとサリパは今を以て完全に断交する。これより我らは敵同士だ」

「元より、敵対していただろうに」

「まあそう言うなサリパ王、形式と確認は大事なのだ」


 ヴィジャル王子は同盟を断られたのに、ヘラヘラと笑っていた。


 そして踵を返し、立ち去るのかと思いきや。


「では、本題だ」

「む?」


 ヴィジャル王子は改めて、国王(ちちうえ)に向き直った後。


 まるで土下座をするように、床に頭を伏せて。


「─────まもなく、俺がデケン皇帝を暗殺する」

「……」

「成功したら、停戦してくれ」


 そう、言ってのけた。




 デケン皇帝を暗殺する。


 その発言に、サリパ王宮は静まり返った。


「どういう意味だ」

「言葉通りの意味だ」

「お前は私に何を求める」

「何も求めない。俺が勝手にデケン皇帝を暗殺し、王位を簒奪するだけだ」


 交渉が決裂した瞬間、明らかにヴィジャル王子の空気が変わった。


 先ほどまでの飄々とした、『嘘つき』の気配が消えた。


「アンタは今まで通りデケンと戦え。愚弟ジャルファと違って、『デケン七英雄筆頭』レジン元帥は強いぞ。注意しろ」

「何が目的だ」

「世界平和だ」


 今まで彼は、ジャルファ王子のように本心を隠し会話をしていた。


 真意を悟らせぬよう、仮面(ペルソナ)をつけて問答に応じていた。


 しかし今は、


「あの老いぼれに、これ以上国を任せておけん」

「……」

「俺が皇帝となった方が、百倍は良い」


 敢えて仮面を脱ぎ捨て、『心の内を晒して』いるように見えた。


「父、デケン皇帝の悲願は『大陸統一』だ。デケンの武威を大陸全土に知らしめるのだと」

「ああ、その野望は私も聞いたことがある」

「だが俺は、大陸統一なんて馬鹿な野望は持っていない」


 ヴィジャルの瞳を、ジっと見つめる。


 世の中を憂いている顔だ。現状に不満を持っている顔だ。


 ─────そしてデケン皇帝への殺意も、本物だ。


「侵略では長く続く平和にはならん。次の戦争の火種を残すだけだ」

「その通りだ」

「この大陸にはいろんな文化、宗教があるだろう。大陸を全てデケンで塗りつぶす必要はない」

「ふむ」

「ただデケンは、世界のリーダーであればいい。いろんな国家を束ね、大きな戦争が起きないよう『調停』する。サリパやヤイバンの多様な価値観を、互いに尊重し合えるように」


 俺の見る限りヴィジャルは、本心からそう言っていた。


 本心から、今のデケンは間違っていると考えているようだった。


「現在のデケン帝国は、皇帝(ちち)に権力が集中している。バカバカしい命令だろうと、逆らえるヤツはいない」

「……」

「だから俺が、皇帝(ちち)を討つ。そして、その権力を簒奪する」


 おそらく国王(ちちうえ)も、俺と同じように感じているだろう。


 ヴィジャルという男の話が、嘘とは思えないのだ。


「父親を殺す覚悟があるのか、ヴィジャル王子」

「……あんな男を親と思ったことはない。それより、弟を守りたいんだ」

「弟?」

「ジャルファのことだ」


 ヴィジャルは頭を伏せたまま、俺たちにそう告げた。


 ジャルファ王子は弟で、彼を守りたいと。


「前回、サリパを侵攻した総大将ジャルファは血を分けた肉親だ」

「ふん、確かに似ている」

「ジャルファは侵攻失敗の責任を問われ処刑されそうになっている。それを、救いたい」


 デケン帝国で、ジャルファ王子は戦犯と扱われているのは聞いていた。


 そして間もなく処刑される、という噂も。


「俺の母は、トゥー族の姫だった。デケンに侵略され、降伏し、戦利品としてデケン皇帝に『贈られた』」

「トゥー族、というと確か北部の」

「ああ。今はデケンに吸収され、国も滅んだ」


 短い間とは言え、ジャルファ王子とは言葉を交わしたこともある。


 完璧な王子の仮面を身に付け、子どものような純粋さを持った王子。


 サリパを侵略した張本人とは言え、まったく同情できないわけではないが……。


「だが母は、あまり体が強くなかったんだ。二人目の王子、ジャルファを産んだ産褥に亡くなったらしい」

「デケンの技術を以ても、子供を産むのは命がけか」

「……そして。母の死を報告された時、デケン皇帝は何と言ったと思う?」



 ─────二人しか子を産めぬとは、使えん女だ。まぁいい、母などおらぬ方が強い子に育つ。



「そう言い、『体の弱い姫を産んだ罪』でトゥー族の長を処刑した」

「……そうか」

「俺はあの男を、親と思ったことはない」


 ヴィジャルの目には、はっきりと憎悪が浮かんでいた。


 彼にとってデケン皇帝は肉親(ジャルファ)を殺そうとする敵で、母親の仇でもある。


 そりゃあ、憎たらしいだろう。


「それにアイツ自身が言っていた。権力とは、力で手に入れるものだと」

「ああ、デケン皇帝の口癖だったな」

「ならば、息子に裏切られ殺されても納得するだろうさ」


 ずいぶんと、悲しい王子もいたものだ。


 しかし、これはどうしてやるべき(・・・・・・・・)だろう。


「要求は一つだけだ。俺が皇帝となったら講和を結んでほしい」

「……」

「俺が失敗したなら、この話は忘れてくれ。デケンに愚かな王子がいたと、(わら)い話にすると良い」


 俺は少しだけ悩んだ。だけど、口を挟まないことに決めた。


 部外者の俺が、ヴィジャル王子の覚悟にケチをつけるのは気が引けた。


「分かった。考えておこう、ヴィジャル王子」

「恩に着る」


 そうこうしている間に、両者の話は終わった。


 ヴィジャルはゆっくり、恭しく礼をして立ち上がった。


「ああ、そうだ。これは、独り言だが」

「……?」

「俺は大陸北部の島国、アイギスランドを攻めるよう命令されている。だが裏で、停戦の口約束を纏めた」


 そして俺たちに背を向けて、ベラベラと呟き始めた。


 ……白々しく、芝居がかった口調で。


「今年の冬、反転してデケンの首都を強襲する。そのタイミングに合わせれば、逆侵攻も容易かろう」

「む」

「それとレジンはサリパ攻略にあたり、『縄と鉄釘』を用意しているらしい。注意をしておけ」


 彼はそこまで言うと、王宮の扉に手をかけた。


 そして後ろ手を振って、クールに退出したのだった。









「─────サリオ、リシャリ。お前たちはあの男を、どう見た?」


 ヴィジャル王子が去った後。


 国王(ちちうえ)は王座に座ったまま、控えていた兄上と俺に話を振った。


「いくらなんでも、我々に都合が良すぎる。デケン皇帝を暗殺してくれれば、それに越したことはないが」

「最高の展開だな」

「敵将レジンは、相当な知恵者だ。吾らを嵌める為の、罠ではないかと疑っている」

「なるほど、サリオはそう思うか」


 兄上はどうも、ヴィジャル王子を半信半疑で見ているようだ。


 実際、彼の言葉はどれも都合が良すぎるし、怪しく思えても仕方ない。


「私は。……私には、ヴィジャル王子が嘘をついているように見えませんでしたわ」

「ほう、リシャリは彼が信用に足ると?」

「『彼の言葉』は信用していいと思います」


 だが、俺には分かった。ヴィジャルはきっと、嘘はついていない。


 彼の母がトゥー族の出身だということも、ジャルファ王子が弟だということも。


 そして彼が語った夢─────デケンが大陸のリーダーとして、調停役になる理想も本心だ。


「もしヴィジャルがデケンの皇帝となったなら、講和を考えていいでしょう」

「なるほど、リシャリはそう思うか」


 ヴィジャルが皇帝の位を簒奪したら、本当に侵攻してこないだろう。


 俺には、その確信があった。


「ですが、その。彼が皇帝になる器かどうかは……」

「……リシャリ?」

「いえ、やめておきましょう。我々には意味のない話ですわ」


 だが、俺には分かる。アイツは、きっと暗殺に失敗する。


 ヴィジャルは、俺と同じく凡人だ。少なくともジャルファ王子より、ずっと平凡な人間。


 そして話を聞く限り、デケン皇帝は侵略を繰り返しデケンを大国にのし上げた化け物。


 ヴィジャル如きが暗殺に成功し、権力を握れるとは思えない。


「いったん彼の話は忘れましょう、父上」

「吾も、あの男の言葉に引っ張られ右往左往するのには反対です、父上」

「それがいいですわ」

「そうか。まぁ、そうだな」


 サリパにとっては都合の良い王子、ヴィジャル。


 奇跡が起き、彼の暗殺が成功してくれれば良いのに。


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― 新着の感想 ―
どうなろうと相手の国力が弱くなり、疑心暗鬼になるから困らん。 困るのは亡命とか、反乱軍に参加して欲しいと来た時だ
ああ、これは成功しちゃうな。彼は失敗するけど。 駄目だよパパ、彼に本気出させちゃ。 兄がここまで弟を想うならきっと……
せっかくだけど、ダメそうなのね…
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