55話「あの女は舐められている方がヤバイ」
「楽しい時間は、過ぎるのが早いな」
生き別れた父と娘が、和解した後。
父上はラシリアと三日間もの間、楽しく穏やかな時間を過ごした。
失った空白を取り戻すような、家族の交わりだった。
「もっとラシリアと過ごしていたいが、そろそろ国に戻らねばならん」
「ああ。国王」
しかし楽しい時間は永遠に続かない。デケン帝国の脅威が迫ってきている。
二人はいつまでも『父娘』でいられない。国王に戻らねばならない。
「ラシリア王国元首、ラシリア殿。今後もサリパと変わらぬ友好を期待する」
「承った。我らは今後、サリパの盟友として在り続けよう」
父と娘は、王と王に。
対等な立場として握手を交わし、俺たちの会談は終了した。
「セルッゾおじ様、お世話になりましたわ」
「次はもっと、ゆっくりしてくだされ」
ラシリア王国を離れる際、俺はセルッゾおじ様と抱擁を交わした。
おじ様は俺と娘を重ねているのか、頭を撫でるのが好きなようだ。
「どうかこの中年に、また元気な姿を見せてくだされ」
「ええ、また来ますわ」
セルッゾおじ様は煙草の匂いと加齢臭の混じった、オジサンの香りだった。
しかしなぜか嫌悪感は湧かず、むしろ落ち着く気がした。
「……抱きつくのはやり過ぎではないか、リシャリ」
「へ? 他意はありませんことよ」
むしろラシリア姉上に冷たい目を向けられる方が落ち着かなかった。
取ったりするつもりはないから安心してくれ、親戚のおじさんくらいの関係だ。
「そうだリシャリ姫、これを持っていってくだされ」
「これは……結構なものを」
「デケン製の、最新式防寒ドレスです」
セルッゾおじ様は、俺に手土産を用意してくれていた。
これは美味しいだとか、これは俺に似合いそうだとか、満面の笑みで説明してくれた。
ほら、完全に親戚の子を可愛がるノリだ。
「また遊びに来い。私が王でいる間は、歓迎してやる」
「はいですわ、ラシリア姉上」
去り際の姉上は、雰囲気が変わった。
張りつめていた緊張感は消え、表情が柔らかくなった。
国王やサリオ兄上の持っている『王の器』も、微かに感じた。
「セルッゾおじ様もお元気で!」
「おお、おお。そちらもお元気で、リシャリ殿下」
今回も何とか、ラシリア王国と良い信頼関係は築けただろう。
セルッゾおじ様も、相変わらず俺の味方みたいだ。
「ではまた、いつの日か!」
俺はラシリア姉上とセルッゾおじ様に、満面の笑みで手を振った。
またいつか外遊する時に、たくさんお土産話を持っていこう。
そう、心に決めて。
「……と、いうのがラシリア王国での出来事でしたわ」
「ふむ。上々だリシャリ」
長旅を終えて、サリパ王国の王宮に戻ると。
俺はジケイ兄上から、話があるから部屋に来いと呼ばれた。
「お疲れさん、期待通りだ。今夜はゆっくり休め」
「光栄ですわ、兄上」
ラシリア王国での報告を聞いて、ジケイ兄上はご満悦だった。
どうやら、兄上の期待に応えられたようである。
「ラシリアが味方になってくれて良かった。恨みを拗らせていたら、争いの火種になりかねなかった」
「ジケイ兄上も、そうお考えになっていたのですね」
「そうじゃなかったら、お前を遣わせないよ。実は俺、女の子の恨みを宥めるのだけは苦手なんだよね」
「最低ですわ」
「適材適所と言ってくれ」
ラシリア姉上の身の上を知れば、サリパを恨んでいることも容易に想像がついた。
ただジケイ兄上は、拗ねた女の面倒を見るのは嫌いだそうで。
そこで彼女のご機嫌取りという役割を、俺に押し付けやがったらしい。
「私に働かせている間、ジケイ兄上は何をしていたんですか。まさか女の子とサボってたり」
「そんなわけないだろ。……サボる暇がないほど働かされた」
「あれま、そうでしたか」
これで兄上がサボって女遊びしていたら、国王にチクってやるところだったが。
ジケイ兄上の『サボっていない』という言葉に、嘘の気配はなかった。
「書類、書類、視察、視察、会議、会議、書類、書類……そりゃあもう、地獄のような忙しさだった。女の子と遊ぶ余裕すらなかったよ」
「良いことではないですか」
「父さんはどうやって、あんな仕事量を平然とこなしてんだ?」
ジケイ兄上は俺がラシリアを訪ねている間、ずっと働いていたらしい。
褒賞や復興、臨時税や特別法などの整備で飯を食う暇もなかったそうだ。
よく見れば兄上の目の下に隈が出来ていた。
……後で、何かを差し入れしてあげようかな。
「それで、兄上。次は私は何をすればいいんですの?」
「お、どうしてそんなことを聞く」
「ジケイ兄上は用もなく、私を呼び出さないでしょう」
「酷ぇな、せっかく妹をねぎらってやろうと思ったのに」
そんな疲れているジケイ兄上が、わざわざ俺を呼び出したということは。
ただ報告を聞くためだけではなく、何か用事があると見た。
「リシャリ。頑張っているお前に、『プレゼント』をやろうと思ってな」
「プレゼントですか?」
「ああ。俺もちょうど、お前くらいの年齢で与えられたものだ」
また厄介ごとかなぁと、と内心でため息をついていたら。
ジケイ兄上はニコニコと胡散臭い笑みで、俺にそう告げた。
「なんですの、良いものですか?」
「ああ、とても良いものだ。お前の成果に対するご褒美だな」
「わぁ! 素敵ですわ」
ふむ。ジケイ兄上が俺の機嫌を取るとは思わなかった。
珍しいこともあるものだ、一体何だろう。
「それで、何をくれるんですか」
「ああ、それだが」
ジケイ兄上は女好きだ。つまり、女性の機嫌を取るのは上手いはず。
美味しいお菓子とか、珍しいアクセサリとか、綺麗なドレスとか?
そう思って、期待して見上げると────
「軍隊だ」
「ふぁっ!?」
兄上から人生初めてのプレゼントは、軍隊だった。
来たる本日。
サリパ王国に、リシャリ近衛軍団────通称リシャリ軍が編成されることが決定された。
俺を軍団長とした直轄部隊、おおよそ総勢二千人規模の近衛軍。
ついに俺も、一軍の主となったのだ。
「え、要らないです。困ります」
「まあそう言うな」
意味不明である。姫に軍なんかいらん。
というか、王位継承者に私軍を持たせるな。
その気はないけど、内紛の種にされたらどうする。
「良いじゃないか、軍を持つくらいさ。俺も兄さんも持ってるぜ」
「兄上たちは王子でしょう。姫が軍を持つなんて聞いたことありませんわ!」
「まあまあ」
そもそも貧弱もやしの俺を軍団の長にして、どうしようというのだ。
俺の可愛さを利用して、軍をまとめようって魂胆?
まさかビキニアーマーとか着せられて、『姫将軍リシャリ』として戦場に駆り出される感じ?
「イヤー! 敵に取っつかまったら、すんごい目に遭わされてしまいますわ!」
「何を言ってるんだ?」
「私が鎧なんて着たら、重さでぶっ倒れますの! 兄上のおたんこなす!」
「お前を戦場に立たせるわけないだろ、アホか」
兄上だって俺の貧弱さを知ってるだろ。虫一匹殺せる自信がないぞ。
そんな風に文句を言いかけたのだが、
「お前は名前を貸すだけ。実際に軍を率いるのはタケルだ」
「え? じゃあ、タケル軍で良くないですか」
「それだと、平民嫌いな連中が快く従わないだろ。だから、お前が名前を貸すんだよ」
「……おお!」
どうやら話の発端は、タケルに軍を率いさせるという話らしい。
しかしタケルがいくら龍殺しと言えど、平民なので軍団長にするには『格』が足りない。
そこで俺が名前を貸し、リシャリ近衛軍にするという話だった。
「それなら話は分かりますが、タケルはまだ仕官した直後ですわ。いくら強くとも、軍を率いるノウハウなんて持っていないのでは」
「それも大丈夫だ。前の戦、ブユルデストでエグい戦果を挙げた指揮官がいただろ?」
「あー、ベルカさんですわね」
「ソイツを参謀としてつける。軍の運営、実務はそいつに任せる」
ジケイ兄上の話を聞いて、俺はようやく得心がいった。
おお、つまり総大将がタケルで参謀がベルカになるのか。
なるほど。そりゃ、確かにリシャリ軍だわ。
「そういうことなら納得ですわ! それで私の名前を使うのですね」
「ああ、タケルもベルカもお前が見付けただろ」
「ええ、とても頼もしい仲間ですわ」
軍団長に王族が名前だけ貸し、実務は武官に任せるのはよくあることだ。
その場合、実際の指揮官に関係が近い王族が名前を貸すことが多い。
タケルとベルカの軍なら、リシャリ軍とするのが妥当だろう。
「二人に軍の立ち上げを打診したら、『お前の近衛軍なら』と納得してくれた」
「あー……、そういう流れですのね」
「良かったな。十五歳の姫が近衛軍を編成するなんて、サリパの歴史上で初めてらしい。武闘派姫として歴史に名前が残るな」
ジケイはそう言って、ニヤニヤと面白がっている。
おそらく、サリパ史上最弱の姫なのですがそれは。
「それよりなんだ、あのベルカという男は。あれほど優秀な男が、どうして地方に眠っていた。良く見つけたリシャリ」
「見つけたというか、攫われたというか」
「お前には、間違いなく人を見る目がある。今後も、そういう活躍を期待する」
兄上はベルカのことを、たいそう気に入っているようだった。
確かに、アイツと兄上は相性が良さそうだな。
ジケイ兄上はそもそも、ルゥルゥ姉上みたいに有能な人が好きだし。
「そこで、だ。リシャリ」
「はい」
「その二人は有能だが、サリパにはまだまだ人材が必要だ」
そこまで言うと、兄上はニヤ付いた顔のまま。
俺を見て、含みのありそうな顔をした。
「人材ですか?」
「そうだ。お前の近衛軍の主要人物が二人では、物足りないだろう?」
「はあ」
「身分は問わん。そう、『平民』であっても問題ないんだが……」
……ジケイ兄上はじーっと、俺を見つめて話を続けた。
ふむ。なるほど、だんだんと読めてきたぞ。
「もう少し優秀な人間がいてもいいと思わないか?」
今まで、軍の重要役職は『貴族』が務めるのが一般的だった。
しかしタケルが率いる部隊なら、平民を重要役職にしても不満はでまい。
「つまり次の任務は、在野の人材探しですか?」
「お前の軍だから、お前が人材を集めるのが筋だろう」
「おっしゃる通りで」
今後もデケンとの戦争は続く。
タケルやレヴィのような怪物が、デケンにいないとも限らない。
強力な味方は、一人でも多い方がいい。その人材集めが、次の俺の仕事か。
「優秀そうな人材の噂を、まとめた資料を用意してある。お前が会いに行って、使えると判断したらスカウトしろ」
「最初からそのつもりで、私の近衛軍を作りましたわね?」
「お前の人を見る目を信用してのことだ。……頼むぞ」
何だ、ご褒美と言いながら俺に仕事を振っただけじゃないか。相変わらず狡賢い。
だが他人を見て判断することは、それなりに得意な分野と思う。
期待されてしまったからには、頑張ってみるとしよう。
「ああ、そうだ。タケルもベルカも城にいるから、今の話を通しておけ」
「話を通す、ですか?」
「その二人の軍なんだ、相談すべきだろ」
「確かにそうですわね」
確かに、スカウトには二人の意見も反映すべきだな。
それにタケルは、護衛として来てもらわねばならんし。
「では二人の居場所を教えてくれますか」
「兵舎の貴賓室に泊まっているはずだ」
「ありがとうございます、兄上!」
怪力無双、最強の男タケル。
策略無双、無敗の指揮官ベルカ。
この二人が組むなら、きっと史上最強だ。
「では、さっそく会いに行ってきますわ!」
「ああ」
サリパはまだまだ弱小国だ。
デケンという強大な国と戦うには、彼らのような優秀な人材が必須。
俺たちで、優秀な人物を見つけ出すんだ。
「どうしてベルカは、リシャリ様に敬語を使わないのですか」
「まぁ、そういう出会いだったからな。以後、改めよう」
そんなこんなで、ウキウキしながら兵舎に向かったら。
「俺とリシャリ殿下の出会いを聞くか、タケル将軍殿」
「出会いがどうだからって関係ないでしょう」
「白昼堂々、王宮から攫えてしまったのが出会いだ。さぞ無能な護衛だったのだろう」
「……」
貴賓室から聞こえてきたのは、緊迫感漂うタケルとベルカの会話だった。
バチバチと、火花が散ってそうな。
「そうですね。リシャリ殿下の護衛が無能だったせいで、質の悪いチンピラに攫われました。僕の不徳の致すところです」
「ああ、反省せよ。……あの姫様、ただの王族の末っ子じゃない。サリパの核だぞ」
「分かっていますとも。貴方よりも、僕の方が長い付き合いなんです」
あれ。そういや、あの二人が会話しているとこ、見たことなかったけど。
もしかして、あの二人……。
「今、話したいのはそこじゃありません。ベルカさん、貴方がこれ以上リシャリ様に無礼な口を利くのであれば」
「分かっているさ。部下に軽く話しかけられる王女なんて、舐められるしな」
「ええ、リシャリ様の沽券にかかわる問題です」
「ま、あの女は舐められてる方がヤバいんだがね」
「あ?」
めっちゃ、相性悪かったりする……?




