15話「ホギャアアアアアアアァァァァァァァ!!!」
「初めましてリシャリ様。自分は、ロウガ・スピオと申しマッスル」
「は、はじめましてですわー」
本日は月に一度の、王宮社交パーティの日。
華やかな衣装をきた貴族令嬢が、王宮に集う日だ。
「ひ、久しいわねロウガ・スピオ。元気にしていたかしら?」
「おおルゥルゥ様……、お久しぶりです! この通り、ロウガは元気モリモリでございます!」
大広間には色とりどりの花が飾られ、テーブルには小料理が並んでおり。
会場の窓からは、王宮自慢の華美な庭園が一望できた。
「え、ええ、ならよかったわロウガ。なかなか会えなくて、ごめんなさいね……?」
「気にしていません! ここ最近、ルゥルゥ様はお体の調子を崩していたと聞いておりましたし!」
その社交パーティで、俺たち姉妹の目の前でほがらかに巨漢が笑っていた。
ルゥルゥ姉上の婚約者である、ロウガ・スピオさん(25)だ。
「元気が一番! なのでございます!」
俺もロウガさんと会うのは初めてだったが……。
彼は顔の彫りが深い、筋肉質なゴリマッチョさんだった。
「いやぁ! 今日もルゥルゥ様は実にお美しい!!」
「……」
「その麗しさ、まるで湖に浮かぶ水蓮のようだ」
以前から姉上は、このロウガ・スピオを毛嫌いしていた。
姉上とはノリというか、テンションが違い過ぎて疲れるらしい。
とはいえこの人は、軍の最高権力者スピオ元帥の跡取り息子さんだ。
性格は真面目で、部下からも慕われている快男児。
そして何より、彼はルゥルゥ姉上にゾッコンであった。
「う、うぅぅぅ」
「ど、どうしたのロウガ。いきなり泣き出して」
「この半年、ルゥルゥ様に再び相まみえる日をずっと待ち望んでいました。それが叶って、嬉しくて」
ルゥルゥ姉上は、婚約者をジュウギに変更できないか父上に交渉したそうだが……。
白い目で「まず今の婚約者に話を通せ」と一刀両断された。
……この婚約は、国家と軍との結びつきを強めるという意味がある。好みじゃないというだけで破棄できるほど、軽い婚約ではない。
それにロウガさんからすれば、三回もドタキャンされた挙句、婚約破棄される形になる。
普通は納得できないだろう。
「は、半年も会えなくて、ごめんね? 私のこと、嫌いにならなかった?」
「会えない時間が愛をはぐくむと言います。このロウガ、何も不満はありません!」
「あ、ありがと」
「今、ルゥルゥ様の元気な顔が見れて、満足マッスル! です!」
幸か不幸か、ロウガさんはまだ姉上との婚約に乗り気だった。
三回もドタキャンされたのに、会えたのが嬉しくて仕方がないという満面の笑顔を見せていた。
……この人に「好みじゃないから」と婚約破棄を告げるのは、なかなか辛いだろう。
「なかなか個性的な語尾ですわね、ロウガ様は」
「ええ、『マッスル』は我が軍の標語なのです!」
「標語?」
「戦場では筋肉こそが正義、マッスルあるものが生き残る! なので指揮官である自分が、積極的に発信しているのです」
そもそも王女は、自由恋愛で結婚できる立場じゃない。
相手がヤベーやつならともかく、問題がない男なら婚約破棄は難しいと思う。
「兵の力は軍の力。愛しきルゥルゥ様を守るため、このロウガは努力を惜しみません!」
「あ、ありがとう?」
「安心してください、ルゥルゥ様。自分が一生お守りしますぞ!」
仮にロウガさんが『ルゥルゥ様には付き合いきれない!』と不満をぶちまけているなら、婚約破棄も可能だろうが……。
こんなに好意を押し出されているのに、どの口が婚約破棄を切り出せようか。
「よければルゥルゥ様も、我が軍で少しトレーニングして行きますか? すぐにマッスルになれますよ!」
「……あははー」
────しいて気になる点があるとすれば、彼がスピオ元帥の一族という点だ。
タケルの『愚かな道化』伝説を信じるなら、初代のスピオ卿はウソつきの可能性がある。
今となっては確かめようもないが、初代スピオ卿の孫である今のスピオ元帥も油断ならない……かもしれない。
「運動は健康に良いのです。自分はルゥルゥ様にはいつまでも健やかに、長生きしてほしいのです!」
「は、はぁ」
「将来、ルゥルゥ様と暮らすお屋敷には、トレーニング器具を完備する予定ですぞ!」
ただロウガさんと会ってみた感じ、決して悪い人ではなさそうだ。
ちょっと個性的で、脳みそがマッスルなだけで。
「…………リシャリィ」
ふと見れば姉上が、涙を浮かべて俺に何かアピールしていた。
助けてくれ、勘弁してくれ、そんな彼女の声が目に浮かぶようだ。
ロウガさんは、姉上の好みの真逆だろうなぁ。
「私がでしゃばるのはこの辺にしておきましょうか。ではロウガ様、ルゥルゥ姉上、私はこの辺で」
「おお。気を遣わせてしまったようで、悪いですなリシャリ様!」
「ちょっ……」
そんな姉上の訴えを無視し、俺はニッコリ笑ってその場を去った。
そして通り過ぎざまに、
「わかっていますわね? 姉上」
「────!」
そう、しっかり釘を刺しておいた。
ロウガさんは確かに圧が強いし、暑苦しいし、好みじゃないのは分かる。
でも勝手な理由で三回もドタキャンしたのはよくない。
ちゃんと姉上自身で、彼と向き合うべきだ。
「では、少し話をしましょう。実は先日、面白い兵士が居ましてな……」
「そ、そう……?」
ロウガさんが生理的に無理なのは仕方ないが、通すべき筋は通せ。
ルゥルゥのワガママで、逃げ続けてはいけないのだ。
「タケル、ちょっと傍で控えていてくださる? 挨拶回りに行きますので、護衛をお願いしますわ」
「分かりましたリシャリ様!」
そんな感じに姉上とロウガさんのキューピッドをしたあと。
俺はタケルに声をかけて、会場に来た貴族へ挨拶に回った。
「リシャリ様! 少しお声を掛けてもよろしいですか」
「ええ、もちろん」
「何たる光栄。いや、本日もリシャリ様はお可愛らしいですな」
「ありがとうございますわー」
社交パーティにおいて、人と会うときは絶対に護衛を控えさせておかねばならない。
王族誘拐を狙うなら、この社交パーティが恰好の機会だからだ。
王族は普段、王宮に引きこもって滅多に街を歩かない。
外部の人間が王族に会えるとすれば、基本的にこの社交パーティの場だけなのだ。
「お久しぶりですじゃ、リシャリ様」
「おお、お久しぶりですわ」
「リシャリ様と結婚できる果報者が、うらやましい。儂がもう少し若ければ」
「いやですわ、侯爵様」
さらに社交パーティ場は、奥まで外部の人間に入られるとマズいので、入り口に近い場所にある。
しかも王宮の外から直接入れるような入り口まで設置されていた。
つまりこの会場は、王宮内で最も侵入しやすい建物なのだ。
だから国王から「社交会場は外だと思って、警戒を怠るな」と重々申し付けられていた。
「リシャリ王女殿下、本日もご機嫌うるわしゅう」
「どうもですわ」
……まぁ仮に賊が侵入したとして、俺を狙う意味なんてないと思われるが。
俺は王位継承位も最下位だし、政治の実権もない。王族四兄妹の中で一番いらない子まである。
ラシリア王女誘拐の時のような、興味本位のアホ貴族くらいだろう。
「リシャリ様。この私の一輪のバラ、受け取って頂きたく」
「あら素敵ですわー」
とはいえこの社交パーティは大事な仕事なので、参加は必須だ。
この社交パーティは、貴族にとって婚約者探しや顔合わせの場となっている。
王族の権威の前で交渉や婚約などが行える意義は大きいのだ。
「先日は息子がご迷惑をおかけしました。キツく叱っておきましたので」
「いえいえ、こちらこそ虫遊びに付き合わせてしまって」
また時折、揉め事を持ち込んでくるヤツもいる。
小さいころ、『お前との婚約は破棄する!』と宣言する貴族を見たことがあった。
痴話喧嘩だったそうだが、当時の俺は『こういうの本当にあるんだ!』とワクワクした。
「この度は、息子がお世話になったようで」
「これはこれは、ウェット侯爵様! ジュウギ様には期待しておりますわ」
そんな風に社交パーティはトラブルが多いので、ちゃんとルールが敷かれている。
例えば、参加者は誰かれ構わず声をかけていい訳ではない。
挨拶するだけなら問題ないが、ご令嬢を口説く場合は家に根回しが必須だ。
また身分差がありすぎる場合も、口説くべきではない。身分が低い側が、断りにくいからだ。
「リシャリ様は本物の天女であると、ジュウギが褒め称えておりました」
「言い過ぎですわー」
あと女性側から話しかけず、声を掛けられるのを待つべきとされている。
淑女として魅力があるなら、男から話しかけてくるだろうという文化だ。
令嬢が自分からガツガツ男に声をかけて回ると『なんだアイツ……』と思われる。
逆に暇そうにしている令嬢が居たら、声をかけるのが男側のマナーとされているらしい。
「では、またお会いしましょう」
「楽しみにしておりますわウェット様」
とまぁ、それなりに制約が多いパーティである。
姉上が「息が詰まる」と敬遠する気持ちも分からなくはない。
「いやあ! 今日もリシャリ様はお可愛らしい!」
「あらどうもー」
ただ幸いにして、今日のパーティは穏やかだ。
俺は声をかけてきた貴族に相槌を返し、オホホホと笑ってほどほどで別れる。
みんな空気を読んでくれるので、気楽なもんである。
「……リシャリ様。あちらを」
「おや?」
宴もたけなわ、俺も一通りの挨拶回りが終わった頃。
もうお開きかなというタイミングで、タケルが俺に部屋の隅を指さした。
「なぁ、ちょっとだけいいだろ?」
「すみません。不愉快なのですが」
見れば大広間の隅っこの方で、令嬢が迷惑そうな絡まれ方をしていた。
若くて浅薄そうな男が、貴族令嬢に壁ドンして迫っているのだ。
「あのご令嬢、お困りのようですが」
「そうですわね。助けに行きましょうか」
この社交パーティは、王族の主催だ。
つまりこのパーティで不快なことが起きれば、王族の責任。
参加者同士のもめ事に対応するのも、俺の大事な仕事なのだ。
「今、特定の相手はいないんだろう? オレと少し、遊ばないか」
「やめてください。私はそんなに安い女ではございません」
女側はかなり嫌そうな声で、明確に拒否をしていた。
誘うこと自体は黙認されてるが、あれは男側がマナー悪いな~。
「……ちょっとだけ、ちょっとだけ、な?」
「……っ」
女側も抑えているが、そろそろ我慢の限界という感じだった。
俺はタケルに目配せして、助けるようお願いした。
「タケル、割って入ってもらえますか」
「御意」
あのご令嬢は手間暇をかけてメイクして、わざわざ王宮まで出向いてきてくれたのだ。
せっかくのパーティーを台無しにしてはいけない。
王族として、助けに行かねば────
「悪い気分にはさせないさ。オレを信じてくれ」
「いい加減にして、誰がアンタなんかにっ」
そう思ってタケルを先に向かわせ、悠々と声をかける準備をしたあと。
……よく見たら、その娘に見覚えがあるなと気が付いた。
「そこまでです」
誰だったけなぁー、と首をかしげている間に。
ナンパ男の手をタケルが掴み、グイと押しのけていた。
「なんだ、お前?」
「見かねて声を掛けさせていただきました」
タケルに腕を掴まれた貴族は、困惑してタケルを見つめている。
貴族令嬢の方も、ポカンとタケルを見て放心していた。
「お嬢様が嫌がっているでしょう? そろそろ、しつこいのでは」
「おいおい、護衛ごときが邪魔するんじゃねぇよ」
「護衛ですので、来訪者の安全を守るのも勤めです」
あわあわ、と令嬢の口が震えている、
その表情の変化を見て、俺はようやくご令嬢が誰か思い出した。
今日は騎士団の服着てないから、遠目では気付かなかったけど……。
「な、な、なななな」
「お嬢様、ご安心を。これ以上の狼藉は許しません」
「た、たたたタケルがなんで」
あの娘、タケル大好きツンデレ女騎士のポーリィさんじゃん。
……そっか。パウリックの娘さんなら、貴族令嬢として社交パーティに参加してもおかしくないわ。
「な、ななな何でアンタが私を……!?」
「……? お嬢様、後は私にお任せを」
タケルは、そのご令嬢がポーリィだって気付いてるのか?
いや気付いてないな、アレ。余所行きの営業スマイルしてるもん。
「貴女の肌に、傷一つ付けさせはしません」
「ひゃあああ!?」
タケルのキザなセリフを聞いて、ツンデレ令嬢の顔が真っ赤に茹で上がる。
……アイツ、わざとやってるのかね。
「ふーん? なかなかデカい口を利くじゃん」
「……」
「ちょっとばかし、痛い目を見てもらおうかナー?」
ポーリィは顔を真っ赤にして、その場でぱくぱくと口を開け閉めしていて。
ナンパの邪魔をされた男は、イライラとした顔でタケルを睨みつけている。
喧嘩に発展しそうだな。そろそろ俺も声をかけ、仲裁に入るか。
「────愚か者ォォォ!!」
「ぶべらっ!」
そう思って一歩、前へ出ようとしたら。
ものすごい筋肉が突っ込んできて、ナンパ男を持ち上げ叩き伏せた。
「ちょっと! アンタ、いきなり突っ込んで何してるのよ!」
「自分はロウガ・スピオである! 無粋な男は見逃がせマッスル!」
「あーもう!」
続けてルゥルゥ姉上が、ロウガさんと一緒に乱入してきた。
……姉上も、仲裁に来たみたいだ。
「ルゥルゥ様、この一件は自分にお任せください。この男は、我が部下でして! 監督不行き届き、伏してお詫び申し上げます」
「げぇっ! ロウガ卿!?」
「貴様ぁ! 嫌がる女に無粋な誘い、誠に情けなぁい! 心に筋肉が足りん!」
どうやらナンパ貴族は、ロウガさんのお知り合いだったようで。
彼は筋肉を怒らせ、ムキムキとナンパ男を睨みつけていた。
「……」
ロウガさんの知り合いなら、任せちゃうとするか。
姉上が仲裁するなら、上手く収めてくれるだろうし。
それに、
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「あ、う、う。な、ないわ」
……あそこでラブコメしてる二人を邪魔したくないし。
「そうですか。よかった」
「あ、あうー」
せっかく、なんか凄い良い雰囲気なんだ。
俺が乱入したら、ポーリィさんがまた暴走するかもしれん。
ここは空気を読んで、ちょっと二人きりにしてやろう。
そう考えて、俺はニヤニヤしながらその場から離れた。
護衛を付けずに。
「────我は、陰に生きる蜘蛛」
「はい?」
クールに去った俺は、そんな誰かの声を聞いたあと。
「御免」
ふらり、と眩暈がして俺は意識を失った。
「────う、あ」
「ああ、気が付いたかお姫様」
ハッ、と目を覚ますと、青空の下だった。
俺は謎の男に担がれて、見たことのない場所を進んでいた。
「あの護衛、随分と手練れだったな。なかなか隙を見せなかった」
「姫様がフラっと離れてくれて助かったぜ」
俺の口には、猿轡が巻かれていて。
両手足が縛られ、謎の袋に入れられて、運ばれていた。
「あ、あ、え?」
「悪いが、ちょっとばかし付き合ってもらうぜ」
……この人たち、どう見ても国軍じゃないよなぁ。
俺は見たこともない場所を、見たこともない連中と共に、移動しているワケだ。
これは、つまり。
「ホギャアアアアアアアァァァァァァァ!!!」
俺、攫われとる!!!




