14話「今の会話でどうしてそんな発言が出る!」
「おお、タケル君。今日もお手伝いか」
「うん」
「えらいなぁ」
幼少期のタケルは、その怪力でよく噂になっていた。
彼は齢三つにして、一息に水瓶を三つ運び、軽々と野犬を投げ飛ばしたという。
「タケルから、すごい魔力を感じるぞ」
「首都に行って測定したら、すごい結果が出るに違いない」
タケルの魔力値もすさまじく、彼の内包魔力を測った魔術師は全員驚いた。
片田舎であるクラウンビレッジでは調べられないが、貴重なAランクではないかと推測されていた。
「タケルがいれば村は安泰だ」
「将来は騎士になるかもしれんぞ」
村人はその勇猛で力強い子供タケルを、はじめのうちは持て囃した。
タケルが有名な騎士になれば、村おこしにもなる。
幼いころ、タケルは村中に可愛がられていたという。
「……なんだこれは」
そんな彼の扱いが変わったのは、十歳を過ぎたころ。
大雨による土砂崩れで、大事な道が塞がれた時のことだった。
「これを、タケルがやったのか」
「はい」
皆が困っているのを見て、タケルは魔法で『土や樹を吹き飛ばした』。
彼が放った魔法により山は削れ、地が裂け、更地だけが残った。
「こんなもの、人間の所業じゃない」
「あな恐ろしや、道化の怒りだ」
タケルは村人が困っていたから、お手伝いしただけのつもりだった。
だが造作もなく山を吹き飛ばす少年を見て、村人が恐怖を抱くのは無理もなかった。
「な、何か悪いことをしましたか」
「い、いやそんなことはないぞタケル君」
「そう、よかった」
「タケルは勇ましくて、格好いい!」
それでもまだ、村人は表面上はタケルに好意的だった。
彼が行く先では皆がタケルを誉め、称え、崇めた。
「タケル様がいればこの村は安泰でございます」
「どうぞ、良ければ好きな品を持って行ってください」
……だがタケルは、その村人たちの態度に違和感を感じ始めた。
山を吹き飛ばして以降、皆が積極的に話しかけてこなくなった。
タケルが話しかければ、笑顔で応じてくれる。
だけど、その顔には汗と恐怖が渦巻いていた。
「……好きです。僕と交際してください」
「よ、喜んで」
その違和感をタケル自身がしっかり自覚したのは、彼が十四歳の頃だった。
タケルは、近所に住んでいた年上の女性に恋をした。
「わあ、嬉しいな」
タケルは勇気を出して女性に想いを告げ、女性は快くそれに応じた。
恋が叶ったその日の夜、タケルは嬉しくて寝付けなかった。
その気持ちをどうすればいいか分からず、彼はウキウキとした気分で夜の散歩に出かけた。
「怖い、怖い。私はどうしたら」
「耐えてくれ、耐えてくれ。あの化け物の機嫌を損ねたら、村がどうなることか」
そこで、彼は見てしまった。
「あんな化け物と付き合うなんて、考えたくない」
「おお、すまん。娘よ、すまん」
タケルが思いを告げた女性が、大泣きしながら親に泣きついている姿を。
「どうして、私がこんな目に」
「道化の伝説は、本当だったんだ」
その女性は、本当はタケルのことを好きでも何でもなくて。
彼の怪物的な暴力に怯え、その告白を受け入れただけだったと。
「母さん、僕は何なの?」
タケルは次の日、女性と別れた。
怖がらせてゴメンと謝って、二度と話しかけなかった。
「僕は、どうして、こんな力を持っているの?」
「……」
「村人の話す、道化ってなんのこと」
タケルは打ちひしがれて、自らの怪力を呪った。
どうして村人がこうも自分を怖がるのか、知りたくて仕方がなかった。
「そろそろ、知ってもいいかもね」
「母さん……」
「その代わり、これは誰にも話してはいけないよ」
母はそう言うと、タケルの頭を撫でて。
「ここは愚かな道化の眠る街、と言われているの」
タケルはそこで話を切った。
……初恋の相手に怖がられてたのはつらいな。
それでポーリィが、あんな態度で接してきても嬉しがったのか。
「それで、その愚かな道化とは何ですの?」
「……できれば、その。怒らないで聞いて欲しいのですが」
「別に、地方の伝承にいちいち目くじらは立てませんわ」
そう言えばタケルは、騎士団長パウリックを倒した時、嬉しそうな顔をしていなかった。
むしろ「国で最強の男がこれ?」という、打ちのめされたような顔だった。
もしかしたらタケルは、自分より強い人にいて欲しかったのかもしれない。
「リシャリ様は、黒龍討伐の役をご存じですか」
「ええ。百年前、黒龍を英雄スピオ率いるサリパ軍が討伐した戦いですね」
「はい。サリパを襲った龍を、国が総力をあげて退けた戦いです」
タケルは、龍討伐へと話を替えた。
今から百年前に黒龍が飛来して、地方で暴れまわった事件だ。
「……その黒龍を、一人の道化が倒したんです」
「はい?」
黒龍は凄まじい大きさで、尻尾を振り回すだけで百人を殺したと伝わっている。
力も強く鱗も固く、龍が歩いただけで地形が変わる程だったとか。
とても1人で倒せるような存在ではない。
「龍を討伐したのはスピオ卿率いる、千人の討伐部隊と聞いておりますが」
「……そうですね」
その龍を、大軍を率いて討伐したのが『初代スピオ卿』だ。
スピオ卿はその功績を認められ侯爵となり、現在もそのスピオ卿のお孫さんが元帥として国を守っている。
少なくとも、俺はそう教えられた。
「当時のサリパ王は『黒龍を討伐した者はどんな褒美でも取らせる』とお触れを出しました」
「……」
「その数日後、一人の道化が『龍を討伐した』と王宮に参上しました。全身怪我だらけで、肩で息をしながら」
普通に考えて、龍にタイマンで勝つのは不可能だ。
人間と龍は、あまりに生物としての規格が違う。
いかに強い蟻でも、象には決して敵わない。
「道化はその褒美に、重病に犯された妻のための治療薬を求めました」
「……それで、どうなりましたの」
「その治療薬はあまりに高価でした。また、道化は龍を討伐した証拠を何一つ持ってきませんでした。だから、王が真偽を測りかねていました」
だけど、俺は気になった。もし、その道化が『タケルくらい強かったならばどうだ?』と。
タケルの強さは規格外だ。魔力値も身体能力も、常人を遥かに凌駕している。
この男なら、龍の単独討伐も不可能ではないのでは────?
「道化が王宮に来た、その翌日。今度はスピオ卿から『龍を仕留めた』という報が届けられたのです」
「……」
「スピオ卿は龍の死骸を運ばせて、凱旋しました。その報告を受けた国王は、道化を王宮から追い出しました」
「……道化は、何と言いましたか?」
「アレは私が仕留めたのだと、王に訴えたそうです。しかし誰にも、信じてもらえませんでした」
『本当に私が倒したんだ! アイツは私が倒した龍を持ち帰っただけの、嘘っぱちだ!』
『そんなワケがあるか!』
そして龍討伐の戦果は、スピオ卿のものとなりました。
王はスピオ卿を勇者と称え、自ら城門の外に出迎えたそうです。
『違う、あの男は嘘つきなんだ』
『スピオ様が嘘を吐くはずがないだろう』
『お前みたいな平民に龍を倒せるものか』
一方で信じてもらえなかった道化は、怪我の治療すらして貰えず、王宮を追い出されました。
彼は体中を血で濡らし、悔し涙に咽びながら、故郷を目指しました。
しかし道化は龍との戦いで重傷を負っており、血を垂れ流しすぎて動くことも出来なくなり。
『私は間に合ったのに! 妻を助けるために、死ぬ思いで龍を打ち倒したのに!』
故郷への道中。男は最期の瞬間を妻と過ごせなかったことを悔いながら。
すぐばれる嘘で王を騙そうとした愚か者と笑われ、城門の前で石をぶつけられ、やがて息絶えたそうです。
「彼の奥さんは、どうなったのですか」
「そのまま病死してしまったそうです。そして、たった一人の子供が遺されました」
「……その子は?」
「詐欺師の息子として処刑されそうになりました。しかし当時のサリパ王は『家族を思って犯した罪である。どうしてその家族を手にかけられようか』と、子どもの罪は不問にしたようです」
タケルはそこまで言うと、目を閉じて。
「その生き残った子供が、僕の祖父だそうです」
「……!」
龍殺しを自称した『道化』の末裔が、タケルだという。
「僕の故郷では、スピオ卿こそ嘘つきだと信じられています。当時の村人は、『あの男じゃなければ、誰が龍を倒せるんだ』と口を揃えていました」
「それほど、強かったのですか」
「その道化……僕の曽祖父が、村の為に川の流れを変えたり山を削ったりした跡が残ってます。少なくとも、並の術者ではなかったでしょう」
もし、その道化の言っていることが嘘じゃなかったとしたら。
サリパ国はどれだけ、彼に酷い仕打ちをしたことになるだろう。
「……そんな過去もあって、クラウンビレッジには、『いつか道化が蘇って、国に復讐する』と言い伝わっているんです」
「ふ、復讐ですか?」
「僕にそんな気はないんですけどね。……村の人は、僕がその道化の生まれ変わりだと思い込んじゃったみたいで」
きっと、その道化はタケル並に強かったのだろう。
だからこそ、村の人はタケルの力を過剰に恐れたのだ。
────そんな仕打ちを受けた男が、世界を恨まぬはずがない。
「怯えられるのがつらくなって、僕は村を出ました。外の世界に、希望を探したのです」
「……そうでしたの」
「僕なんて、大して強くないと思いたかった。片田舎でだけ通用する、井の中の蛙だって」
タケルは道化の伝承なんて嘘っぱちで、世界にはもっと強い人がいると信じた。
いや、むしろ「強い人がいてくれ」と切望していたのだ。
「それで武術大会に出場したのですけど、……僕はあっさり優勝してしまいました」
「……」
「こんなものかとがっかりしていたら、王宮騎士団長は十年連続で優勝した怪物だって聞いたのです。そして武術大会の優勝者は、騎士団への入団試験が受けられると」
「なるほど」
「王宮騎士になればたくさんお金がもらえて、母への恩返しにもなる。僕は迷わず、王宮騎士団を志望しました」
タケルは、パウリックと戦いたかったのだ。
安っぽい挑発をしてでも、最強の男の実力を知りたかったのだ。
「だけど、パウリックですら貴方に……」
「それは少しだけ残念でした」
しかし、結局パウリックですらタケルの敵ではなくて。
タケルはたった一撃で、国で最強の男を蹴散らしてしまった。
「でも、良いのです」
その直後のタケルの顔は、よく覚えている。そこに勝ち誇るような余裕も、やり返してやったという高揚もない。
タケルは顔を真っ青にして、「やりすぎてしまった」と騎士団長パウリックを見つめていた。
……サリパ王国最強の男ですら、タケルの足元にも及ばなかった。その絶望は、どれほどだろうか。
「……リシャリ様、僕は貴女に教えられました」
「へ? 私、ですか?」
「僕は、自分より強い人を求めていたんじゃない。僕はただ、僕という人を見てくれる人が欲しかった」
タケルは満面の笑みで、頬を上気させそう言った。
彼は今まで、その馬鹿みたいな強さでずっと怯えられてきた。
気付けば人は彼を『化け物』『道化の生まれ変わり』と思いこみ、媚びへつらうよう接した。
「恐怖を覚えず、ただ普通に接してほしかったのです。僕という人間と、まっとうに話してほしかった。だから、リシャリ様のあの言葉で、僕は────」
そこで言葉に詰まったタケルは、瞳が微かに潤んでいた。
────貴殿は、タケルという人間を見ましたか?
そういえば俺は、パウリックをそう諭したんだっけ。
「リシャリ様が、手を握ってくださったあの日。僕は、ずっと欲しかったものに気づけました」
「……タケル」
「ありがとうございます。……貴方のお陰で、僕は今、とても幸せです」
つまり、タケルはずっと寂しかったのだ。
強力すぎる力を持つがゆえ、ずっと孤独だったのだ。
タケルという「個人」を、見てほしくて仕方がなかった。
「リシャリ様が、僕のことを怖がらず見つめてくれて。凄く、嬉しかったです」
「まぁ私からすれば、だいたいの人が強すぎて勝てませんしね」
「あ、あはは」
ただ俺は、タケルの強さを見てもそこまで恐怖を覚えなかった。
何せ俺は虚弱すぎて、周囲の人間のだいたいに勝てないからな。
タケルであろうとその辺のメイドさんであろうと、喧嘩を売ったらボコボコにされるのだ。いちいちビビっていられない。
俺が確実に勝てる相手は、ケツキリムシくらいである。
「そういう意味で、ポーリィみたいな態度も嬉しいのです。彼女は僕を怪物ではなく、『腹立たしい同期』として見てくれてるので」
「え、あれは……」
「女の子に嫌われて、文句を言われるなんて初めて。……なんだか、新鮮な気持ちです」
「い、いえ、そうですわね!」
聞けばまだ、王宮騎士団のメンバーの殆どはタケルに怯えているらしい。
規格外すぎる力を持つタケルを、気味悪がって避けているようだ。
そんな中、怖がらずに口を利いてくれるのは騎士団長のパウリックと……。
────バッカじゃないの! 平民のくせに、調子に乗り過ぎよ!
その娘、ポーリィだけだという。
「あの娘は僕に対する恐怖より、怒りが勝っているみたいで。いつも怒鳴ってくるんですよ」
「まぁ、そうですの」
「僕に怒れるのは、今まで母さんだけでしたから。……ああ、こんな人もいるんだって面白くて」
そこまでいうとタケルは、口元を押さえてクスクスと笑いだした。
ポーリィのことを、思い出し笑いしているようだ。
……あの罵倒も、タケルにとっては貴重なコミュニケーションだったのか。
「では、次からはあまり邪魔をしないように致しますわ」
「お気遣いありがとうございます」
本人たちが納得しているなら、俺から口出しする理由はない。
存分に、タケルにツンツンしてもらおう。
「でも、なるべく怒らせないようにしたいですね」
「そうですわねぇ」
そのうち本当に、タケルのハートを射止めるかもしれないし。
「また手を抜いたわね! バカタケル!」
「……ご、ごめんなさい」
後日。訓練所を覗くと、再びタケルがポーリィに絡まれていた。
カンカンに怒っている少女騎士を、タケルが必死に宥めている。
「さっきの蹴りはどういう了見よ! わざとフワっと蹴ったでしょ!」
「け、怪我をしないように」
「余計な気を回すなぁ! 相手を気遣ってフンワリ蹴る敵がいるか! このバカチン!」
ポーリィは散々な物言いをしているが、タケルの顔に不快感はなくて。
むしろ、構ってもらえて嬉しそうな表情ですらあった。
「何を笑ってるのよ!」
「い、いえ、すみません!」
まるで会話のドッジボールだが、タケルが楽しんでいるならそれでいい。
きっとあれも、ツンデレなりの愛情表現なのだ。
だから俺は邪魔をしないよう、陰に隠れてこそっと見守ることにした。
「その、ポーリィ様は、可愛らしいなと」
「んなぁ!!?」
……それにタケルは、もう少し異性とのコミュニケーションを勉強した方がいいだろう。
ポーリィの発言だけでは分からなかったが、アイツは時々、本当に口説いてやがる。
「今の会話でどうしてそんな発言が出る!」
「ご、ごめんなさ────」
スコーン、と。
顔を真っ赤にした少女騎士が、タケルの顔面を蹴飛ばした。




