13話「愚かな道化」
「リシャリ様。次のご予定はどうしましょうか」
「そうですわね」
ジュウギを見送った後、俺は再び王宮で退屈な日々を送っていた。
「今日は、訓練所を視察したいと思いますの」
「了解いたしました」
ただ、何も変化がない訳ではない。
俺は虫遊びの時間を削り、訓練所を覗くようになった。
既に王宮内の虫は観察しつくしていたので、新しい娯楽が欲しかったのだ。
「最近、よく訓練所に足を運ばれますね」
「タケルの訓練は見ていて面白いですからね」
実際、彼の訓練風景は非現実的すぎて面白い。
騎士団長パウリックとの稽古は、瞬間移動して殴り合っているようにしか見えなかった。
なので俺の中で訓練所は、バトルアニメを見に行く場所になっていた。
「なんで平民なんかに!」
「す、すみませんポーリィ様」
「……おや?」
さらに、俺が訓練所に足を運ぶ理由はもう一つあった。
タケルが苛められていないか、心配だったのだ。
「汚らわしい! 気持ち悪い! おぞましい!」
「……」
「お前みたいな化け物が、王宮を闊歩しているのが信じられない!」
俺が訓練所に出向くと、ちょうどタケルが少女騎士に絡まれていた。
少女騎士は怖い顔で、タケルに剣を突き付けている。
「私はお前ごときに触られていい身分じゃない! 汚れが移ったらどうしてくれるの!」
「ご、ごめんなさい」
……残念なことに、まだ貴族から平民への当たりは強い。
パウリックのように選民意識の強い貴族は、たくさんいる。
「お前のような下賤な者がいるから……っ!」
「……すみ、ません」
しかもタケルは国王の根回しで、騎士団の中でもかなり厚遇されていた。
俺の護衛を優先するため、訓練は自主参加で良い。
また住処は騎士団宿舎ではなく、有事に備え俺の私室近くにある個室を与えている。
父としては『有能な部下は平民でも厚遇するアピール』なのだろうが……、厚遇される側は嫉妬を避けられない。
「きたない、間抜け、愚か者! 死んじゃえ!」
「ごめんなさい」
タケルは俯いて、少女騎士の罵声に平身低頭している。
やれやれ、ここは俺の出番かな。高圧的な選民意識は正していかねばならない。
身分主義者であるなら、王女の俺の言葉は聞き入れてくれるだろう。
そう思って少女騎士に近づこうとしたら、
「お前がいるから、パウリックお父様はあんな辱めを受けたのよ!!」
「そ、それは本当に、気の毒だとは思います」
どうやら彼女の怒りは、俺にも向いてるっぽいと気が付いた。
「タケルが余計なことをしなければ……、あんな罰を受けなかったはず」
「いえ、その、すみません。我が主が本当に申し訳ございません」
見ればその少女騎士、確かに騎士団長パウリックと同じ家紋を付けていた。
ああー……、パウリックの娘さんかぁ。そりゃあ、選民意識強いだろうなぁ。
「お話の途中、失礼しますわ!」
「!?」
だがあの件に関して、タケルは一切悪くない。
あの平民への態度はパウリックの落ち度だし、罰の内容に関しては俺の責任だ。
タケルへの文句は俺に言え!
「あ、貴女は……」
「お話の最中、失礼いたします。サリパ王国第二王女、リシャリと申しますわ」
「……っ! 本日のお日柄もよく、リシャリ様。ポーリィ・グリーディと申します」
俺が話に割って入ると、ポーリィという女の子はキっと俺を睨んだ。
……王族を相手に、一歩も引かないのか。なかなかの気の強い娘だな。
「タケルにお怒りのようでしたが、彼が粗相をしましたか」
「……はい! 私は先ほどこの平民に、体をまさぐられたのです。許しがたい粗相でしょう!」
「それは本当ですか、タケル?」
「は、はい。僕との組手の際、ポーリィ様が転びそうになったので肩を支えました」
なるほど。
タケルの性格的に、女性に悪戯するとは考えにくかったが……。
ただの事故か。
「貴方ごときに支えられなくても、このポーリィは転んだりしなかった! 支えること自体が、侮辱行為よ!」
「ご、ごめんなさい」
「まぁまぁ。転びかけた淑女を手で支えるのは、紳士の行いですわ」
「ですが、こんな平民に────」
しかし平民嫌いのポーリィさんは、タケルに支えられてパニックになったのだろう。
ブチ切れて文句を叫び倒してしまった、というところか。
「それに私は、コイツにいっぱい迷惑をかけられていまして!」
「ほう、タケルがどのような?」
「……聞いてください、リシャリ様!」
俺は興奮するポーリィの言葉を遮らず、ウンウンと真面目に頷くことにした。
怒り狂った相手と言い合いは、お互いに譲れず意固地になって、不毛な話が永遠に続く。
「私は王宮騎士団候補生として、この訓練に参加しているのです。お父様のような立派な騎士を目指して!」
「素晴らしい志ですわ」
「なのに、このタケルは……」
だから一度聞き役に徹して、相手の感情を受け止めてやる方が良い。
そして怒りが収まってきたのを見計らい、話し合いに持っていけばいいのだ。
なお無限に怒り続けるタイプの人とは、基本分かり合えないので距離を取った方が良い。
「私がいくら本気を出せと言っても、手加減して寸止めするんです! 私だって覚悟はあるのに!」
「……あー」
「こないだも受け身を取ったのに、『大丈夫、怪我はないですか』なんて声をかけてきやがりました! あんな屈辱は初めて!」
ポーリィの話を聞くに、訓練でタケルに手加減されたのが気に入らなかったようだ。
だけど、タケルが本気出したら貴女のお父様ですらボロ雑巾になるんだが……。
「それだけじゃないのです。他にも、タケルの粗相はありまして」
「聞きましょう」
「それは私が、タケルに『どうしたらそんな強さを得られるのか』と聞いた時のことです。コイツがどう答えたと思いますか!?」
彼女の怒りは収まらぬようで、プリプリと怒ったまま話を続けた。
もういい、全部聞いてやるから吐き出してしまえ。
「『生まれつき強かったから、よくわからない』なんて言ったのです! 人を馬鹿にしたように!」
「ば、馬鹿にはしてないんじゃないかしら?」
「そこまではまだ良いんです。才能は存在しますし、ギリギリ許容できました。でも!」
少女騎士ポーリィは、顔を真っ赤にして怒鳴り続けていた。
俺もタケルも、困った顔で相槌を打つのみ。
「『僕で良ければ、君が強くなるまでいくらでも付き合うよ』なんて言いやがったんです! 未婚の令嬢である私に!」
「……はあ」
「平民のくせに私を口説いたんですよ!? しかも、そのくせ……!」
いや、それは別に口説いてはなくね?
「私と訓練中でも、リシャリ王女が一声かければすぐに切り上げて行っちゃうし!」
「そ、そりゃ私の護衛ですし」
「好きな女性のタイプを聞いたら、『リシャリ様のようなお方』と断言するし!」
「ちょ、ちょっと! ポーリィ様、その話は内緒にしてって」
「うるさいうるさいうるさい!」
……。
「そのくせ私が転びかけたらすぐ駆けつけるし! 何よ、何なのよ、何がしたいのこの平民は!!」
「すみませんポーリィ様。ですが、その、どうしてそんなに怒ってるので?」
「ムキー!!!」
あー、なるほどね。これはアレだね。完全に理解したわ。
つまりこれは、
「ポーリィさんって、タケルが好きなのですか?」
「はぁあ!? だ、誰がこんなの! 好きになるわけないです!」
「お、そうだな」
「失言です、訂正を求めます! リシャリ様といえど、見過ごすわけにはいきません!」
ただのツンデレさんだ。
「ポーリィ様。そろそろ、リシャリ様もお困りのようですし……」
「誰のせいだと思ってるの!」
「僕への不満でしたら、僕が聞きますから」
俺が呆れていたら、タケルが俺に小さくウインクして間に入ってくれた。
ここは『僕に任せて先に行け』ってことかな?
「タケル! アンタ今、リシャリ様と目で合図したでしょ!」
「し、してませんよ」
「むううぅぅ、何よ。見せつけているの!?」
タケルとのアイコンタクトに嫉妬して、ポーリィはキっと俺を睨みつけた。
あー。俺を睨んでるのは気が強いんじゃなくて、嫉妬かぁ……。
「私にはまだ! リシャリ様と話さないといけないことが……!」
「ほう」
俺はこのポーリィさんと、あまり会話する機会がない。
女騎士は優先的に、ルゥルゥ姉様の護衛に割り当てられるからだ。
だから彼女はこの機会に、俺に言いたいことがあったのだろう。
だが、少し騒ぎが大きくなりすぎてしまったようで……。
「貴様は一介の騎士にすぎん、下賤な身分。そんな者が王女殿下に、なんの陳情やある」
「え、あ……お父様?」
「まさか王女殿下のお時間をいただく理由が、ただの私怨ではあるまいなァ?」
気づけば彼女の後ろに、騎士団長チートおじさんことパウリックが立っていて。
とっても怖い顔で、ポーリィを見下ろしていた。
「タケルとの稽古はどうした。まさかサボっておるのか?」
「ち、違うのです、これは」
「言い訳無用ゥ!!」
そしてパウリックは、ガツーンとポーリィさんに拳骨を落とした。
結構、痛そうな音がしたぞ。
「愚娘が失礼いたしました、リシャリ様。後日、お詫びに伺います」
「い、いえいえ。可愛らしい娘さんと思いますわ」
それからパウリックはその場で膝をつき、恭しく謝った。
気にしていないぞと、苦笑いで手を振っておく。
「おいポーリィ、貴様もリシャリ王女から『罰』を受けてみるかァ?」
「ひぃぃ!?」
そう聞いたポーリィさんの顔が、恐怖に歪み。
首根っこを掴まれたツンデレ騎士は、訓練所の外へ連行されてしまった。
「ポーリィとは、いつもあんな感じなんです」
訓練が終わった後、俺はタケルから話を聞いた。
「彼女は僕と同い年で、団長パウリック様の娘さんです」
「そうみたいですわね」
「入団も僕と同期で、そのせいか対抗心を持たれてしまって」
タケルは苦笑いして、ポーリィのことを説明した。
きっと彼女は、騎士団長の娘として鳴り物入りで入団したのだろう。
だというのに、同期にタケルみたいなのがいたら心中穏やかではいられんわな。
「会うたびに罵倒され、怒鳴られて、嫌味を言われて。どうやら、嫌われてしまったみたいです」
「お、そうですわね。確かに、ちょっと口は悪いですわねぇ」
タケルは完全に、ポーリィから嫌われていると思っている様子。
まぁあの性格じゃ、好意に気付いてもらえるわけないわな。
タケルを落としたければ、もうちょっと素直になろうポーリィ。
「でも、実は……。ああいう態度の方が、僕は嬉しいんです」
「ん?」
「ポーリィさんみたいな人がいて、むしろホっとしました」
だが、意外にもタケルはポーリィのことが嫌いではないようで。
はにかむような顔で、タケルは話を続けた。
「タケルは、その、罵倒されるような方がお好みと?」
「はい」
「……そ、そういう趣味の方もいらっしゃいますわよね。おほほ、私は偏見などございませんわ!」
「趣味? ……何のことですか?」
そっかぁ、タケルは罵倒されて嬉しくなるタイプだったかぁ。
もしかして俺、お二人のプレイの邪魔をしてしまった感じか?
すまんポーリィさん、逆に脈ありだわ。ドンドンタケルを罵倒してやってくれ。
「僕の故郷だと、誰もあんな風に接してくれませんでしたので」
「……?」
「僕に対してみんな遠巻きに、腫物を触るように、頭を下げて機嫌を取るばかり」
タケルはそう言って、少し寂しそうな顔をした。
「村の誰もが僕の力に怯えていました。僕より一回りも年上の大人が、媚びるような目をするんです」
「……タケル」
「だからあんな風に、僕を正面から罵倒してくる人なんて……、ふふっ」
そこまで言うと、ポーリィのことを思い出したのか。
タケルは少し口元を緩め、笑みをこぼした。
「あの、リシャリ様」
「何でしょうか」
「よければ僕の故郷について、聞いてもらえませんか」
その後、タケルは真面目な顔になって。
まっすぐ、俺に頭を下げた。
「もしかしたら、王家にとって不快な話かもしれませんが」
「……良いでしょう。お聞かせ願いますわ!」
「ありがとうございます」
この時のタケルは、大きな決意をしたような顔だった。
だから俺は、襟を正してタケルに向き合った。
「国中から蔑まれた道化が眠る村、クラウンビレッジ。その愚かな道化の伝説を」




