08
オーリンズ家は、4人家族だ。
内訳としては、堅実な性格で堅実な領地運営をする父と、少し天然が入った穏やかな母と、頑張り屋で素直な弟と、そして私である。
そんな、まあそれなりにありふれた、だからこそ得難い我が家であるけれど、ーーー今日は、普段の雰囲気とはまるで異なる空気が漂っていた。
上から下から、右から左から、行ったり来たりを繰り返すメイドたち。先程まで自ら動き回っていた侍女長、通称『ばあや』も、さすがに限界を迎え、今は椅子に座っている。
とはいえ、座ったまま絶え間なく指示を飛ばしているので、気力は有り余っているようだ。
外は近日稀に見る快晴で、ばあや曰く、「天気も祝福してくださっていますよ。お嬢様の喜びを表しているようですね」らしいが、私としては雨でも降ればよかったのにと思わないでもない。
というかむしろ、雨の方が私の気持ちに相応しいのでは?と思う。
もっとも、雨が降ったところで予定が変更になるわけではないのだが。
―――そう、今日は、国王陛下並びに王妃殿下にお会いする日である。
オーリンズ家は長い歴史を有している一方、特に目立った失敗をすることもなければ、目立った功績を挙げることもなかったため、過去を遡ってみても、王族に個人的に呼び出されるということが非常に珍しい。
……もっとはっきりと言えば、余裕で片手で数えられるくらいしかないはずだ。
だから、家の者たちが驚くのは理解できたし、緊張する気持ちも理解できる。そして、出来る限り万全の準備を整えようとすることも。
けれど正直、ここまでだとは考えていなかった。
というかそもそも、家中の者たちが慌ただしく動いてくれているのは有り難いけれど、身支度などの準備自体は公爵家で行うのだから、そんなに我が家で準備することもない気がする……のだが、鬼気迫る様子で動く周囲を見て、余計なことを言うのはやめた。
人はこれを「逃避」と言うのかもしれないが、今回に関しては逃げる方が正しいと私は思う。世の中、逃げた方が良いことだってあるのだ。
全てに立ち向かうなど、精神的にも肉体的にも無理な話なのだから。
そうやって、誰と言わず空間の全てと目を合わせないように遠くを見ていたところ、ふいに袖を控えめに引かれる感覚がして、視線を後ろに向ける。
「あの、姉上。帰ってきたら、お話を聞かせてくださいますか?」
きらきらと期待に溢れた瞳がこちらに向けられているのを見て、私は逃避を一旦止め、頬を緩める。
「もちろんよ」
「ありがとうございます、姉上!」
心底嬉しい、というように喜びを露わにする少年に、私はさらに笑みを深める。
フィリップ・オーリンズ。
私よりも3歳年下の弟で、現在13歳である彼は、どうやら王家に憧れを抱いているらしい。
歴史の授業などで家庭教師から王家に纏わる話を聞いた日は、夕食の時間にきらきらしい笑顔で語ってくれるのだ。
もっとも、フィリップのように王家に憧れを抱く少年少女は少なくない。
何しろ、国王陛下が前王家を滅ぼし、この国を救ったのは、陛下が18歳の時の話である。加えて、当時陛下と共に立ち上がったのもまた、10代の若者ばかりであった。
もちろん、他にも大人の味方はいた。
けれど、陛下を頂点としてその中心にいた者の多くは、年若い者たちだったのである。
そのほとんどが今も国王陛下の側で仕えており、私の婚約者殿もその一人であるわけだが……。
お陰で、彼が私の婚約者になったと弟が知った時は大変だった。あまりにも喜びが大きすぎて、落ち着かせるのも困難なほどであった、とつい最近の過去を思い出す。
でも、それも仕方ないだろう。
今の自分とほとんど変わらなかった年齢の者たちが、全国民の救世主として賞賛を受けたのだ。しかも、その者たちは今なお実在し、賞賛され続けている。憧れるのも当然と言うべきだろう。
「陛下とヴェンツェル卿は、どんな会話をされるんですかね?」
「どうかしらね。フィリップは、どう思う?」
「ええ⁉︎僕ですか?そうですね……」
うーん、と唸り始めた姿を微笑ましい気持ちで眺める。
2人がどんな会話をするのかは、私も気にならないでもないけれど、少なくともフィリップと同じような憧れの心から、というわけではない。
「……思いつきません……」
ガックリと肩を落として言うフィリップに慰めの言葉をかけつつ、
「それなら、私が帰ってくる時のお楽しみね」
「っはい!姉上!」
元気よく返ってきた返事に、やっぱりこの弟は素直で可愛いと、改めて思うのだった。




