07
ヴェンツェル家の嫡男が婚約を結んだという話は、社交界を嵐のように駆け巡った。
その相手がオーリンズ家の娘だという話も、もちろん共に。
おかげさまで、お茶会の招待状がこれまでとは比べものにならないくらい大量に届き、何なら今までの人生全てを合わせても足りないくらいの量になった。
その中からどうしても断れないものだけに出席し、当然のように振られる婚約話を適当に流す、とても疲れる日々を過ごしていたけれど、婚約を結んでから3ヶ月が経過した今では、さすがにそれも落ち着きを見せ始めている。
かつて王女だった私をお茶会に誘う存在などほとんどおらず、仮に出席したとしても、恐怖の象徴だった王家の娘に対して無礼を働く命知らずの者などいなかった。
だから、私は、自分に遠慮なく言葉をぶつけてくる人への対処法があまり身についていない。
ましてや、自分より上位の存在へ上手く返す方法など、殊更よく分かっていない。
マリアベルとして11年間生きてきたものの、1番親しい友人はミレーヌで、彼女は『貴族』か『平民』かなどという区切りを気にしないような性格である。
私はそんな彼女を好んでいるけれど、まあ、高位貴族の令嬢に好かれる性格とは……正直、言えない。
もちろん、それでも彼女は私よりも友人が多くいたし、私をお茶会?らしき集まりに誘ってくれたこともあるけれど、それに出席していた令嬢は、彼女と同じく子爵家以下の出身であった。
すると当然、伯爵家の私は、身分的に1番上になるわけで、ーーーつまり、そう、何が言いたいかというと。
私は、社交が好きではない。
*
「今、なんとおっしゃいました?」
にこり、と微笑んで首を傾げる。
「…………その、マリアベルに会いたいと言っていて」
微妙に顔色を悪くする彼に、私はどうしてかしら、と傾げる角度を深くする。
そして、絶妙に合わせようとしない碧色を、下から覗き込んで無理やり合わせる。
すると、観念したように一息吐いてから、
「国王陛下と王妃殿下から、3日後に呼び出されている」
覚悟を決めたように私を見た。
私はそんな彼に微笑んだまま、たっぷりと間を取って思考を回す。
正直、色々と言いたいことはある。それはもう、色々と。だが、そのほとんどが今さら口に出してもどうしようもないことであり、それくらいは私だって理解できる。
ただ、これくらいは言ってもいいだろう。
「3日後というのは、いささか早急ではありませんか?」
一般的に考えても、国王からの招集が3日後というのは、信じられないくらい早い。
確かに、前王家は自分たちの都合で当日にだって呼び出していた。それは認める。だが、あれは例外も例外だ。最も見習ってはいけない例である。
ましてや、現国王は賢王と賞賛される人物だ。そんな無理難題な要求を、見知らぬ令嬢である私にするような人ではない……と、私は思っている、が。
「陛下も、大変申し訳ないと言っていた。だが、王妃殿下と共に時間が取れるのがその日しかないということで……申し訳ない」
心なしか肩を縮めて謝る彼に、さらに恨み言を重ねようかと口を開き、けれど現実に音になる前に止める。
だが、雰囲気で察したのだろう。
彼が姿勢を正したことを見てとって、
「言いたいことはあります。が、時間がありませんので、『今は』やめておきましょう。―――ところで、レイラス様は貴族女性の準備をご存知かしら。ましてや、国王陛下へのお会いするときの準備は?生憎、私はこれまでの人生で陛下にお呼びいただいたことはございませんし、その予定もありませんでしたから、準備が全く整っていないのですけれど、その辺りのご相談をしてもよろしいかしら」
私も伯爵家の娘なので、それなりに格式のあるドレスは複数所有している。
しかし、あくまで『それなり』だ。
自分より上位の貴族からお茶会に招かれたとしても、同年代ではせいぜい侯爵家が上限だった。だから、ドレスを仕立てる際も、それ以上の身分の者に会う場合の格式までは求めていなかったのだ。
というのも、話は逸れるが、この国において公爵家は2家しかない。1つは目の前にいるヴェンツェル家、もう1つはダリオット家である。
昔はあと2つほどあったが、まあ、端的にいえば前王家とともに没落した。
そして、ダリオット家には私と年の近い令嬢がいない。令息だけだ。
よって、私がお茶会に招かれることもないと考えていたのだ。
話を戻すと、そういうわけで、私には国王陛下並びに王妃殿下とお会いするに相応しいほど格式高いドレスは持っていない。今から用意するにしても、3日ではとても準備できない。
招待されたことが事実として決まった以上、私がすべきなのは、この目の前の権力と財力を持った人物に、脅し……ではなく、協力を依頼することである。
「それついては、陛下が既に整えてくださっている。マリアベルは、当日我が家に来てさえくれればよい」
彼の話によると、ドレスも装飾具も全て公爵邸に送付済みらしく、当日は公爵家の侍女たちが準備を手伝ってくれるらしい。
それならそうと最初から言ってくれれば良いものを、と思わないでもないが、過去見たことないほど気まずそうな表情に免じて飲み込んで差し上げようと思う。
それに、まあ、令嬢としては身支度が重要視されるとはいえ、国王陛下からのお招きを受けるという事実にもう少し戸惑うと彼も考えていたのだろう。
……もちろん、本音を言うと、国王陛下に会いたいとは言えない。
アンセルスの賢王。
アンセルスの救世主。
かの人を称す名前はいくつかあるけれど、有名なのはこの2つだ。
前王家を倒してくださった我らが英雄。
我らに救いを与えてくださった若き天才。
あなたが彼らに染まらずにくださったお陰で、あなたが彼らを愚かだと示してくださったお陰で、あなたが彼らを滅ぼしてくださったお陰で、あなたが彼らとは異なる治世を敷いてくださったお陰で、あなたが―――。
幼い頃から、何度も何度も聞かされてきた言葉たち。
それらは全くもってその通りで、何も間違っていなくて、だから、同意を求められるたびに「そうね」と笑った。
今でも、別にそれを否定したいわけではない。
だって、否定なんてできるわけがないのだ。自分たちがどれだけ愚かな行動をとり、民の生活を踏み躙っているのかを、私はかつても知っていた。
そう、知っていたのだ。分かっていて、なおも行動を変えなかったのだ。自らを顧みず、家族を諌めず、貴族を助長させた私が、どうして否定などできようか。
そして、それを壊してくれたかの人に、私はどんな顔をして会えば良いのだ。
分かっている。普通の顔をすればいいのだろう。
だって、かの人は私があの愚かな女だとは知らない。
少し緊張したような顔をして、令嬢らしく微かに笑みを浮かべて、この国の民らしく憧憬と感謝を向ければいいのだろう。
けれど、かの人といざ向き合った時、自分がどんな表情をするのか、どんな表情ができるのか分からない。
……とはいえ、それはいくら考えても結論が出ない話である。それに、他者に助言を求めるようなものでもない。
こういうことを自業自得というのだと、苦い言葉が心に落ちた。




