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三
アレスが入隊してから三日──十二月九日。
完全に冬将軍の到来した京の都は、数日前までの穏やかな晴天が嘘のように、ここ二日ほどは雪が降ったり止んだりを繰り返している。
「寒い……寒いよぅ……!」
ローマは温暖な気候だったのだろうか。一番寒いとされた日でも、こちらほどは冷え込まなかったはずで。
ちなみに私は二日前、雪というものを人生で初めて見た。空から降ってくる美しい白に、ついつい嬉しくなって、庭で一人ずっと夜空を見上げていた──ら、通りすがった土方さんに、とっとと寝ろと怒られた。酷い。
「ま、夜更かししていた私も悪いのだけど……」
私はそう独りごちると、冷たい手を擦り合わせながら、早足で門扉へと向かう。
今日は新撰組にとって、大切な行事の日。
というのも、今日は新撰組に『会津藩預かり』として京の治安維持を任せてくれている、京都守護職の会津藩藩主、松平容保公の御前での、上覧試合を行う日なのだ。
容保公が武芸上覧を好むため、新撰組は度々、その御前にて、上覧試合を披露することがあるようで──。
今日がその日であるため、私も久々に強者と仕合えるかもしれない、とワクワクしていた。
「場所はええと、確か……金戒光明寺、境内にある謁見の間……? うん、誰かについて行こう……」
私は懐から取り出した、開催場所の書かれた紙を見なかったことにして、再びそれを懐へと仕舞い込む。
門へと着くと、予想通り、ぞろぞろと隊士達が出て行っていた。
しれっとその中の一団に目をつけ、その後を付かず離れずで追い、途中で、前を行く違う一団の背後に乗り換える。
これを繰り返しながら、私は迷うことなく、開催場所の金戒光明寺に辿り着けたのだった──。
「わぁー……」
私は辿り着いた、その、物々しくも重厚な寺を外から見上げ、感嘆のため息を漏らす。
「安芸さん、何やってるんですか、まるでお上りさんみたいっスよー」
「うっ……」
寺に駆け込んでいく、自隊の隊士に、通り過ぎざまに冷やかされ、私は渋い顔をした。
──アイツ、確か名は蟻通勘吾だったか。よし、今度の稽古で血反吐吐くまでシバき倒してやろうじゃないか。
そう心に誓い、私は寺の敷地へと足を踏み入れた。
辺りを見回しながら賑やかな方へと足を進めていると、寺の広い境内に辿り着く。
そこには既に半数以上の隊士達が集っていた。
「ん? あの人がもしかして……」
私は建物の濡れ縁に、警備を両端につけて座っている、三十歳には届かないほどの見た目の男を見つけ、遠巻きにじっと見つめてみる。
彼も沖田さんと同じで、何か持病を抱えているのだろうか。少し顔色の悪いその男は、穏やかな表情でザワついている隊士達を眺めていた。
──多分間違いない。座っている場所からしても、彼が松平容保公だろう。
「何か、もっと厳ついおじさんを想像していたのだけど……想像と全然違うな……」
そうボヤいた瞬間だった──。
「おはよう」
そんな声とともに、私は後頭部で一つに纏めて括っている、細い三つ編みを、何者かに掴まれた上に、後方へと引っ張られた。
首がグキリ、と危険な音を立てたのは聞き間違いなどではないだろう。
「……何じゃい沖田さんですか。殺気もなく殺しに掛かって来るとはやりますねぇ」
身体と顔を反らせた状態で、天地が逆転した視界の中に映る沖田さんの顔に、私はジトリとした視線を向ける。
──ああ、何だか今日は調子が良さそうだな。
腹が立つので、ジト目は崩さないが、内心では、良かった、と、本当にそう思った。
「何じゃい……って……キミさぁ、もっと可愛らしい反応とかないの? 入隊したての頃よりも何か、野郎臭さが上がっているような気がするんだけど……」
──そうなの!?
心当たりはないが──
「ま、いいや」
──非常にどうでも良いことだ。
沖田さんは「良くないでしょ」とボヤいていたが、ふいにその視線を、掴んだ私の髪へと落とした。
「そういえば……キミが教えてくれた治療法を試し始めてから、すこぶる調子が良くてね。おかげで今日は、久々に、全力の仕合いが出来そうなんだ──」
そんな沖田さんの声に、私は単純にも、貼り付けていたジト目を崩し、ぱっと顔を輝かせてしまう。
「え!? 本気の沖田さんと仕合い!? それ、私にも権利はありますか!?」
勢い彼の手から、掴まれた己の髪を引き抜き、私は興奮気味に沖田さんへと詰め寄る。
「仕合いましょう! 仕合いましょう! 互いに全力で、どちらかが死ぬまで斬り結び──」「──却下」
冷めた声とともに、額に指弾を当てられた私は、少しだけ怯んだ。
「ケチ……」
「ケチ、じゃないよ全くもう。……今日の仕合いは相手がもう決まってるだろ?」
呆れたような沖田さんの声に、私は目をぱちくりさせる。
──え。もう決まってる?
「アレ? まさか対戦表、もらってない?」
「……はい、初耳ですね」
私の返答に、沖田さんは「おかしいな」とボヤく。
「昨日、アキリアのところに用事があるってアレスくんが言ってたから、対戦表をついでに届けてもらおうと渡したんだけど……」
──間違いない。それは最悪の人選です。
アレスに渡してしまったのなら、対戦表が私の手元になど届くはずがなかった。燃やされる……ならまだ可愛いもの。藁人形に詰められて、五寸釘を打たれていてもおかしくない。真剣にそう思う。
「まあ、いっか。ほらコレ」
沖田さんが懐から取り出した四つ折りの紙を開いた。
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