2-2-9
「お金がなくって、暗殺で稼いでいたのですが、先程ばったり出会ったアキリアが、新撰組に入隊したと聞きまして、僕もお仲間に入れて頂きたく、こうして参りましたー」
礼をやめ、頭を上げたアレスは、仏頂面をしている私をびっと指差す。
「そこの女が使えるのなら、僕だって使えますよー。どうか雇ってくださいー」
そんなアレスの発言に、近藤さんは目に見えて慌てた。
だが──。
「あ、近藤さん。心配要りません。お二方にはバレました!」
私は彼を安心させるように、満面の笑みを浮かべながら、手を打ち合わせた。
ちなみに『何のことについて』か明言しなかったのは、アレスに弱みを握られるのを回避するためである。
近藤さんは私の言葉に「ああ……」と頭を抱え、土方さんは──、
「安芸。てめえホントに分かってんのか? お前の不手際一つで俺達がどうなるのか、分かってんのか──?」
と、私へと鬼の形相で詰め寄ってきた。
せっかくの美丈夫が、般若顔のせいで台無しである。
──この般若の顔が、鬼の副長と呼ばれる所以かなー。
凶悪なまでの視線を受け流し、私は「不可抗力でした」と、さらりと宣う。
だって、本当にどうしようもなかったのだから、仕方がない。
「歳三もういい。左之助と平助であれば、おいそれと他言したり吹聴したりはしないだろうからな。平助、先程丁度、一も戻って来ていてな。悪いのだが、一と総司を呼んできてもらえないか。ろうまの者のことだからな……彼らの意見も取り入れたいんだ」
そんな近藤さんの声に、藤堂さんはひょいと立ち上がると、局長室を出て行った。
そして、しばらくの沈黙の後──。
「あ……、非常に…怒ってらっしゃる……」
藤堂さんに連れられて局長室を訪れた斎藤さんと沖田さんは、既に藤堂さんから話を聞いているのだろう。
それはもう冷たい視線を私へと向けて来ていた──。
針のむしろ。とはこのことか──。
沖田さんと斎藤さんの冷えきった視線に晒されながら、黙って頬を引き攣らせ、頬にこの寒い冬にだらだらと汗を流しながら俯く私の前で、どんどん話が進んでいく。
「僕達は、ローマで同じ主人──ガイウス・アヴィディウス・カッシウス様に仕えた奴隷の同胞同士、という間柄なのですよー」
「……安芸、間違いはないか?」
土方さんの声に、ドキリと肩と心臓が跳ねる。
「あ、はい! ええと、屋敷の奴隷は五百人ほどおりましたので、彼の顔は覚えていないのですが……確かにご主人様の、奴隷の管理名簿にアレスという名はありました!!」
そう答えてしまってから、ふと『知らない者です』と答えた方が良かったか、と思ったり思わなかったり。まあ、後の祭り。
「そうか……。うーむ……お前達は、この安倍氏? についてどう思う?」
近藤さんの至って真面目なその発言に、私は咄嗟に吹き出しかけたのを、拳を握り締め、爪を皮膚に食い込ませながらぐっと堪えた。
「近藤さん、安倍氏じゃなくて、アレスです。ア レ ス!」
一文字ずつ区切って、ゆっくり発音すると、近藤さんは何度か目を瞬かせ──。
「お。すまんな。ええと? あれ…す、アレスか!」
と、私の和名──安芸 里哉の二の舞になる前に、彼の名前の読み方を矯正することに成功する。
近藤さんに話を振られた組長格の中で、アレスについて真っ先に意見を述べたのは土方さんだった。
「ま、安芸の同胞なら、腕前については抜き打ち試験をする間でもねえしな。俺は入隊でいいんじゃないかと思う」
原田さんと藤堂さんは、土方さんがそう言うのなら、と彼に同意し、沖田さんは──、
「ボクは近藤さんの意見に合わせる」
と、局長の判断に一任する。
ちなみに斎藤さんは──、
「アキリアに害が及ばない限りはどうでも良い」
──とのことであった。
今日も実によく出来た忠犬である。
皆の意見を聞き終えた近藤さんは「うむ」と、大きく頷いた。
「じゃあ、やっぱり入隊を認めようか。何、里哉ほど奔放そうでもないしな。手綱捌きにはそう苦労せんだろう」
そう結論付けた近藤さんの言葉に、私はふん、と鼻を鳴らしながらそっぽを向く。
人を暴れ馬と同じ扱いをするなど実に酷い話だ。
「では原田、拾ってきた責任だ。アレスはお前の隊で面倒を見ろ」
土方さんの言葉に、原田さんは「分かりましたよ」と、アレスの受け入れを素直に承諾した──。
そんなこんなで、場が解散となった後、私はつま先立ちでそろりと局長室から逃げ出そうとしたのだが、障子まであと二歩というところで、背後からガッと左肩を掴まれた。
ぎこちない動作で振り返り──、
「ぴえっ──!?」
入隊して初めて見る、斎藤さんの満面の笑顔に、私は血の気が下がっていくのを全身で感じ取る。
素材が素材だけに、傍から見れば、それはそれは美しい笑顔なのだろうが、私にしてみれば、それは土方さんの般若顔よりも恐ろしいもので。
周囲の土方さんや近藤さんも、斎藤さんの笑顔に、危険な何かを嗅ぎ取ったのだろう。そっと局長室を立ち去る。
「アキリア──分かっている、な?」
──はい、覚悟しています。もう逃げません。
大嫌いな『説教』から、逃げられる道はどこにも見当たらなかった。逃げられる道は見当たらないけれど、下手に言い訳をしたり、逃げようとしたり、まあその手の抵抗を見せた日には、その地獄の時間が延びる道なら四方八方に五万と見える。
腹は括ったものの、内心で最後の抵抗で「けっ」と吐き捨てた。
「……一時間、追加だ」
「何で分かったんですかぁ!? 人の機微に気付けるような鋭い性格なんてしていない、ただの唐変木のくせにー! ……あ」
──口が滑った。
「余程、説教が好きなようだな。もう少し追加してやろう」
「アキリア。ボクも逃げるけど、一つだけ教えておいてあげるよ。確かに斎藤くんは人の機微にとことん疎い唐変木だよ。だけど、キミに対してだけはその型に当て嵌めない方が良いよ?」
なんですか、それ。とはもう口に出して言えなかった。何故なら、背後から「まだ時間を追加して欲しいのか?」と言わんばかりの、清冽な笑みがこちらへと向けられているから。
私が幽霊なら、間違いなく視線だけで浄化されているであろう、凶悪なまでに、清く澄み渡った笑顔に、私の喉は勝手に言葉を自重した──。
結局、私はその後、日が暮れても灯りの一つ点けることすら叶わず、闇に沈んだ局長室で丸々四時間、生来寡黙なはずの彼に、ぶっ通しで説教を受ける羽目になったのだった──。
面白い、続きが気になる!
と思ったら星5つ、
つまらない……。
と思ったら星1つ、思ったままでもちろん大丈夫です!
励みになりますので、作品への応援、お願いいたします。
ブックマークもいただけると更に励みになります。
何卒よろしくお願いいたします。




