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3-4-4

そして資料庫に籠ること十分程──。


「はぁ──!?」


驚愕は今更やってきた。


──おいおい、この時期にとんでもないことをやらかしてくれたな。


「この人、殺ったちゃったかぁ……」


佐久間象山。それは鬼才と評される有名な人物だった。


自称で『国家の財産』を名乗るくらいの変人なのだが、『五月塾』を開き、この動乱の世に数多の傑物達を送り出した、確かな功績がある。──らしい。


書物を開いていると、廊下から己の名を呼びながら、慌ただしく駆け回る隊士の声が聞こえてきた。


「──何?」


ひょい、と資料庫から顔だけを突き出すと、その隊士は「ああ、見つかりました」と、安堵の表情で駆けてくる。


「今すぐ局長室へ。緊急の組長会を行うようです」


この件についてなのは間違いないだろう。


私は即座に局長室へと向かった。





「この時期の暗殺とは……厄介なことになった……」


局長室では険しい顔が並んでいた。


近藤さんの声を聞きながら、私は並んだ顔ぶれの中の斎藤さんの隣──三番隊の並びに腰を下ろす。


「何故、護衛がいなかったのか」


責め立てる、というよりは呆れ、だろうか。


そんな色を含んだ声を上げたのは斎藤さんだった。


「佐久間殿が上洛してきたことは周知の事実だった。新撰組にも報せが来ていたはず。貸し出せた手はいくつもあったはずだ」


──これは、よほど苛立ってるとみた。


彼が近藤さんをここまで問い詰めるのは珍しい。


松代(まつしろ)藩から護衛はつけて上洛するから、要らんと本人に断られていたんだ。それがまさか一人で…しかもこの時期に彷徨いていたとは……」


──それは、何だろう。殺された側にも非がある気がしてきたぞ?


「護衛をつけられなかった、やむにやまれぬ事情があったのでしょうか……」


片腕を組み、頬に手を当てるようにしながら首を捻る。


だが──


「「ただの偏屈だからだ」」


すぐさま飛んできた、土方さんと斎藤さんの言葉に、私はがっくりと項垂れた。


──なんじゃそりゃ。


偏屈で独り歩きして、殺されていれば世話ない話だ。


「里哉は、佐久間殿についてはどこまで知っているんだ?」


「蘭学を修め、五月塾を開き、数々の傑物を世に送り出した鬼才、と──」


書物で見た知識をそのまま伝える、と近藤さんは「偉いじゃないか」と褒めてくれた。


──まあ、せっかく褒められたし、さっき調べたのは黙っておこう。


「そうだ。幕府の高官、勝海舟(かつかいしゅう)殿を世に送り出したのも、尊攘派の巨魁、坂本龍馬(さかもとりょうま)吉田松陰(よしだしょういん)らを世に送り出したのも、全て佐久間殿なのだ──」


──そこまで詳しくは知りませんでした。はい。


何食わぬ顔で頷いておく。


「それだけではないだろう近藤さん。大物で言えば他にも小林虎三郎(こばやしとらさぶろう)とか山本覚馬(やまもとかくま)とか──」「──もう良い、もう良いですッ!」


──土方さんなら本当に全員名前を挙げかねない!


首をブンブンと横に振って、土方さんの声を遮った。


「じゃあ、アレか。違う方面から見るか? 横浜港の開港だがな、アレは他でもない佐久間象山の成したことの一つでな。他にも大砲の鋳造に成功したのも硝子の製造に成功したのも──」「──充分です! もう充分ですから!」


──間違いない。この人、佐久間象山さん大好きだ。


土方さんは志の高い者、よく働く者、その類の人間を気に入る傾向がある。


志高く蘭学を修め、数多の傑物を世に送り出した彼のことが嫌いなはずがないのだ。


近藤さんは語る土方さんを苦笑混じりに引かせ、再び話を戻した。


「佐久間殿のこの度の上洛も、一橋慶喜(ひとつばしよしのぶ)公に招かれた、公武合体論と開国論を唱えるためのものだったと聞く」


「ふぅん……」


──何も今、この緊迫した京に来なくても良かったのに……。


周囲に尊王攘夷を掲げる長州藩が犇いている今、何故乞われたから、と上洛してくるのか。


──いや。きっと。


「乞われた、から、か……」


彼の心情を慮り──何故かストンと腑に落ちた。


乞われれば、何時だろうが何処だろうが、相手の望む知識を与える。それが佐久間象山という人物だったのだろう。


「刀傷からも……恐らく河上彦斎が下手人と見て、間違いないだろう」


近藤さんの隣で、幾分か落ち着いた土方さんが苦々しげに呟いた。


河上彦斎は京で暗躍する尊攘派の人斬り。


新撰組の把握している尊王攘夷派の浪士達を纏めた名簿の中でも『一級危険人物』欄に記されていたその名を思い出し、私は小さく目を伏せた。


「自分で尊王攘夷派の巨魁を育て上げて、その思想を持つ者に襲われても、抵抗せずに殺される、か──」


──教育者の鑑だな。


自分とて、奴隷の仕事の一環として、ローマで教鞭を執っていた身だ。


敵対する思想を持つ者を、理想の思想を持つ者と分け隔てなく、育て上げる。


それがどれだけ難しいことかくらいは理解しているつもりだ。


「勿体ない……」


唇の動きだけで、そうボヤく。


失われた命に気を止めていても始まらないけど──。


「だけど……」


もう少し、彼が世に送り出す新たな傑物達を見てみたかったとは思う──。


「松代藩と幕府の重臣方との日程調整の関係で、恐らく葬儀は明後日くらいになるのでは、と思っている。お前達は……葬儀に全員参列で良いだろう?」


──明後日、とは……。


呑気なものだ、と内心で吐き捨てる。


まだ殺害から二日目くらいなら、現場から見つかるものが多々あるだろうに。


時間が経てば経つほど、現場はその時の状態から変わってゆくのだ──。


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


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