3-4-2
文句をボヤきつつ、三条通りへと差し掛かった時──。
「あ、安芸さん! 前方から馬が走って来ましたよ!?」
隊士の一人に、羽織の背をグイグイと引かれ、私は素っ頓狂な声を上げる。
「うまぁ? ……って、うえぇっ!?」
──本当に馬だ!?
もうもうと砂埃を巻き上げながら、誰も乗っていない鹿毛の馬が此方へと真っ直ぐ突っ込んで来ていた。
興奮して走って来る馬を前に、私は咄嗟に隊と周囲の町人を左右に割らせる。
彼らを避けさせたのは、馬に顔面を蹴られるのはさすがに可哀想である、との判断からで。
「安芸さん! 馬はさすがに木刀無理ですって! 刀! はい刀!」
逃げた先で刀を貸してくれようとしているのだろう。腰から引き抜いた刀を頭上でチャカチャカと振る隊士にチラリと視線を向けるも──
──受け取りに行く時間はないな。
投げてもらえば良いだけの話かもしれないが、出来ることならば、馬は殺さず、生け捕りたかった。
暴れ馬の扱いは苦手ではない。
目と鼻の先まで近付いてきた馬を正面に、吠える。
「剣闘士、舐めるな──!」
騎馬闘士──エクエス。
それは闘技場で馬に乗って戦う剣闘士──。試合が膠着すると馬から下ろされたり、また面白みがなくなると、同じ試合でも、闘技場を興奮のままに駆け回る馬をとっ捕まえて再び乗らなくてはならなかったり、と馬を扱うことも多い剣闘士の型だ。
私は一応、筆頭剣闘士として色々な型を修めて来ている。
故に、騎馬闘士として戦うこともあったため、今ほど飼い慣らされていない、野生馬に近い馬を大人しくさせてきた身にとっては、飼い慣らされた馬一頭を止めることなど、比較的簡単なことではあったのだ。
物凄い速度で駆けてくる馬をギリギリで躱す──とともに、その鬣を引っつかみ、鞍に飛び乗った。
「痛い! 鐙痛い!」
騎馬闘士の乗る馬には鐙はない。鐙のある馬というものには乗ったことがなかったため、飛び乗ろうとした拍子に、無いと思い込んでいた、その重厚な鉄と革の鐙で肋あたりを強打し、口からくぐもった悲鳴が漏れた。
「ほら、落ち着け! 落ち着きなさい──!」
何とか馬の背によじ登り、手綱を左右に引いて、馬を落ち着かせる。
馬は嘶き、何度か首を横に振って嫌がったが、徐々に大人しくなっていった。
「安芸さん──!!」
だっと駆け寄ってくる隊士達へと視線を向けながら、私はすぐに彼らに指示を出す。
「斎藤さんに報せを。何やら嫌な……血の臭いがします──」
戦人の嗅覚とでも言うのだろうか。
馬の鞍からは鉄錆た血の臭いがする。そんな気がした──。
──こういう嗅覚だけは、悲しいかな常に正確なのだ。
「はい! では俺と、えーと……」
「全員で行きなさい! 人斬りが周囲にいるとするなら、ただでさえ隊を割って五人しか隊士がいないのです。相手の腕次第では皆殺しにされる可能性すらある──!」
互いに困ったように顔を見合わせる隊士達の背を私は突き飛ばした。
「早く行きなさい! あなた達の護衛が必要なほど、まだ老いぼれてはいませんから!」
「分かり…ました……!」
走り去っていく隊士達を少しだけ視線で見送り──
「よしよし。良い子。……随分毛並みも綺麗にしてもらっているし、あなた、ご主人様に大切にされてきたのでしょうね」
一人になった私は聡明そうな顔つきの馬の頬を撫でる。
──馬は人が思っているよりも、かなり頭が良い。
しかも、それが大切に大切に育てられてきた馬ならば尚更、である。
「さあ、ご主人様は何処ですか?」
勿論言葉などは通じない。
だが、主人に懐いた馬ならば、興奮が冷めやれば、主の元へと帰ろうとすることは充分に考えられた。
ポクポクと蹄を鳴らして歩き始めた馬の手綱を握って、横を並走し始める。
馬が向かったのは三条通りから少し入った、路地裏だった──。
「──ッッ!」
路地裏は飛び散る血飛沫で赤く地が染まっていた。
血溜まりの中に転がる五十歳になるかならないか、といった歳の男が倒れているのを見つけ、私はそちらへと駆け寄ると、その身を抱えるようにして抱き起こした。
「生きて……! ます、か……」
男はまだ辛うじて息があったが、首から骨盤にかけて、大きな刀傷があり、もう長くないことは火を見るより明らかだった。
──トドメをさすべきか。
出来ることならば、犯人などの情報が欲しい。
だが、あまりにも酷いその傷に、これ以上苦痛を長引かせるのも哀れだと思った。
その時だった──。
「あぁ、コレが極楽浄土からの迎え…かな……」
男は私の顔をじっと見つめた──かと思うと震える手で、私の頬を、その指に付いた血で赤く汚した。
「何、中々、良い処……そうじゃあ、ない…か……」
男は五尺七寸ほどの筋骨逞しい色黒な肌の持ち主で──窪んだ大きな目が梟のようだと思った。
「答えられ、ますか……? あなたを襲った下手人は、どんな者でしたか?」
私の問いに、男は──
「河上彦斎、さ」
と、下手人そのものの名を答えた。──何故か、人の尻を撫でながら。
──この手は……人の尻を愛馬か何かと錯覚しているのだろう、うん。
「河上彦斎……尊攘派の悪名高い人斬りではないですか。何故、あなたは刀すら抜いていないのです。抜く間すらなかったと、そう言うのですか?」
重ねて問うと、男は痛みに顔を引き攣らせながら、仕方がない、といった体で笑う。
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