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良く言えば、面倒見が良い。悪く言えば一言で──変人。
私は茂みに屈み込んだまま背後の地面に手を突き──二、三歩後ろへとずり下がった。
「待て。貴殿、何かものすごく不躾なことを考えていないか。私を見る目が何かこう……花街辺りにたまに出没する性癖のねじ曲がった男を見る周囲の目に似ているのだが……」
──全くもってその通りですハイ。
などとは思いつつも、それはそこ。私も他人に対する最低限の礼儀くらいは知っている……つもりなので、すっと視線を逸らしながら誤魔化す。
「気……のせいじゃないですかねー……?」
「ならばせめて此方を見て言ったらどうだ!」
「だって…ねえ……?」
──目は口ほどに物を言う。ならば目さえ合わさなければ、黙っていられる。
しれっとした顔をしているつもりなのだが、今傍から見たら、私はどんな顔をしているのだろうか。
少なくとも目が半ば三白眼なのは間違いないが……それ以上の変化が顔に出ていなければ良いのだが。
そんなことを思っていると、桂さんは鼻から息を吐き出すような、ふっというような音を立てて、小さく吹き出した。
「ああ。やはりアレス殿の言っていた通りの御仁のようだな……」
──だから、つまり、どういう人なんですか私は。
「アレス、私のことを何て言いふらし──」
「──なまじ悪知恵を沢山持っているために殺めることすら困難な、甚だしいほどに凶悪な性格の、傾国の魔性女狐」
額に青筋を浮かべた私は、歯を噛み鳴らしながら、拳で大地を殴りつけた。
──ふざけるなよ、あの傍迷惑男!
八割強、事実無根の噂ばかり流しやがって。と内心で雄叫ぶ。
というか──。
「勧誘したい要素あったか……?」
普通ならばカネを積んででも、お引き取り願いたい疫病神のような内容だと思う。
「いや、むしろ私、疫病神そのものじゃ……」
「疫病神などではないさ。国を変えるのは、案外、荒唐無稽なコトを宣う、狂人ばかりなのだからな」
変人に狂人と言われてしまった私はガックリと肩を落とした。
桂さんは驚いたような顔で此方へと駆け寄ってくると腰を屈め、私の顔面に触れるか触れないかのところへと、オロオロとした彷徨う手つきで手を伸ばす。
「そ…そう気落ちされるな。此方へ来れば、アレス殿との仲も少しは改善され──」
──余計なお世話だ!
「私は老人ではありますが、狂人ではありませんので、これで!」
ばっと礼をすると見せかけて、私は優男の顎に頭突きをかました。
尊攘派の側についたところで、アレスと私の仲は永遠の平行線で──互いに会えば殺し合うしかない怨敵なのだ。
それで良い。いや、それしかない。
アレスは私を殺める。ただそれだけの願いのために、かつて自ら命を絶った程なのだ。
そして──
「私も、自分が野に放ってしまった、皇帝様の敵くらいは、自身の手で始末をつけたい──」
ローマ帝国の未来には干渉しないつもりだ。
ただ、本来『無かった』ものを『無かった』状態に戻すだけ。
ローマの法に則って裁かれなかった、あの奴隷の命は本来であれば『無かった』もの。
私が自分の我儘で、望んでもいない彼を生き長らえさせ、ただ憎しみに塗れる彼を、その憎悪に気付かず放置してしまった。
「私達は…水と油。決して交わらぬ、永遠の平行線──」
事ここに極まった以上、最早どちらかが死ぬことだけが、私達双方にとって救いとなるのだから──。
桂さんの顎に一撃を入れた私はその場から逃げるように、スタコラと下山し、京へと戻り──屯所へと駆けた。
一応自分が連れ出した責任を感じていたのだろうか。桂さんは私が屯所の近くへと近付くまで、付かず離れずの距離で、背後からこちらを追ってきていた。
屯所の門が見える最後の角で、私は立ち止まり、背後を振り返って小さく手を振る。
尾行がバレていないと思っていたのだろうか。
桂さんは少しだけ驚いていたような様子だったが、すぐに柔和な微笑みで、小さく手を振り返して──そろそろ夜が明け始める、ほんの微量だけ白の混じり始めた町並みの中に消えていったのだった──。
四
一八六四年 七月十一日──。
その日は、よく晴れた日だった──。
「何でこんな暑い日に限って見廻組の管轄まで、見廻りしなきゃなんないんですかねえ……」
時刻は午後一時頃──。
私は三番隊の隊士達を半分引き連れ、御所の近くの通りを見廻っていた。
今は京が大変ピリついている。
だからこそ、より頻回に多くの隊が見廻りに駆り出されているというのに。
「まあ、お互いに見廻りが出来ない時は助け合うって約束だし、仕方ないワケですけどぉ……」
見廻組の管轄範囲を巡回しながら、私は一人でボヤく。
いつもなら斎藤さんが先頭を行ってくれるのだが、今日は隊を割っているため、私が先頭を行くしかない。
「あー、やだやだ。私はただ強者と真正面から仕合いたいだけであって、こんな責任まで負いたいワケじゃないっていうのに……」
見廻りは好きだ。
思わぬ強者と出会えたら、局中法度に抵触してしまうという気兼ねもなく、思う存分戦うことができるから。
それが楽しくて見廻りと死番をいつも引き受けているのに。
思いっきり戦えなくなる引率なんて面倒なこと、ゴメンだった──。
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