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『志が高いのは良いことだがな、敢えて其処に挑む意味がねえんだよ。手ぇ貸す時は土壇場で貸しゃあ良い。そうすりゃもっと利口に俺達の強さを理解させられる──』
──どうしよう。
白熱していく口論を止めることすらできず、自室の壁の前で立ち尽くす。
大切なものが、一つ、また一つと欠けてゆく音がする。そんな気がした。
「何で……」
──そう、何で。
「何で、長州藩に睨まれている時に…内部でまで、喧嘩するの……」
──これじゃあ内憂外患、そのものだ。
これ以上その口論を聞いていたくなくて、私は屯所を飛び出した──。
雑念を掻き消すように五条大橋まで全力で走った私は、大橋の上から川を覗き込む。
「ふん……良いですよね、あなた達はただ水の中でヒラヒラとヒレを振っていれば良いんだから……」
川を泳ぐ魚に文句を言っても始まらないし、現状が変わるわけでもない。
精々、不審者扱いされるのが関の山である。
「その小さな頭にも脳ミソってあるんでしょう? ねえ、あなた達も悩んだりするの? それとも、あなた達と同じ程度の脳ミソなら、悩みなんてどこにもないの?」
こちらの悩みなど我関せずといった体で優雅にはためく尾ヒレに苛立ちが募った。
「私が泳げるのなら、あなた達なんて今すぐに塩焼きにしてやるのに……」
忌々しげにそう吐き捨てる──と、ふいに背後から低い、穏やかな声が上がる。
「ならば、捕って来てしんぜようか──」
その、温かみのある声に、私はぐっと唇を噛んだ──。
──私は知っている。
この声の主は──。
「まだ……そんな格好で京にいたのですか……」
私は変わらず、五条大橋から煌めく水面の──その下で鱗を輝かせる魚の方へと顔を向けながら、視線だけを斜め後ろに立つ、旅装束の男に向ける。
「……まだ此処で、やらねばならぬことがある故、な」
声の主──桂小五郎はそう呟きながら、一歩踏み出し、私の隣に立った。
尊攘派の浪士達を取り纏める首魁の一人である彼は「どうする」と、私の横で水面を見下ろす。
「今ならば凍死することもあるまい。あの魚が欲しいのなら捕って来るが?」
「……今、目の前であなたが水に飛び込めば、私はあなたを水中に棒で突き込むしかありません」
「それは…少し困るな……」
桂さんは整った顔に苦笑を浮かべているようで。
「今日──六月二十四日。同志の者が嘆願書を朝廷に奉った」
「長州藩の入京許可……ですか」
私の声に、桂さんは目を丸くする。
「これは驚いた。もうそこまで、嘆願書の内容が伝わってきているのか」
「いえ。とある天才の──妄想ですよ」
それだけの言葉に、桂さんは腑に落ちたような表情で「斎藤一か」と呟く。
どうやら敵方の間でも、斎藤さんは天才として認定されているらしい。
「嘆願が認められれば良いのだが……」
くるりと身体を半回転させ、橋の欄干に背を持たせかける桂さんに、苛立っていた私は「ふざけないで下さい」と、冷えた声音で告げる。
「そもそもの発端は、どこぞの藩が……担ぎ上げている天皇の意向とは大逸れに逸れたことをしているから、京から追い出されたんじゃないですか」
誰だって問題児を懐に置いておきたくはないだろう。
よくよく考えると、その問題児に朝廷は、今、徒党を組んで「許しやがれ」と来られているワケで。
「あなた達は伏見の長州藩屋敷に兵を数多、潜めていると聞きます。兵で京を脅かして、どの口が嘆願などと言うのですか……!」
それは、嘆願などではない、脅迫だ。
「あなたはその尊王攘夷派の者達の頭領。ねえ……何で、京内で争おうとするんですか! なんで町が、民がどうなっても良いと思えるのですか!」
気付けば隣に立つ優男の胸ぐらに掴みかかっていた。
胸の内に渦巻く、どす黒い感情を全てぶつけてしまおうとして──目の前の男の、その顔に浮かんでいる、苦渋の色に気付いてしまった。
「何で。何であなたがそんな顔をするのですか!」
辛くて苦しいのはこちら側だ。
護るべき民が戦火に晒されようとしているのだから。
──そう思っていたのだが。
「京の民を憂う気持ちならば、長州藩とて負けぬさ。民達は我々、尊皇攘夷派に好意的な立場でいてくれるワケだからな」
「え……?」
私は鼻先で蜜柑の皮を潰されたような気分で、たじろぎ、一歩身を引く。
──どういうことか。
「新撰組としてではない、お前達、個人を気に入り、受け入れる民は大勢いよう。だが、京の民は朝廷の謳う公武合体を良しとはしていない。……お前達、民から中々尊王攘夷派の志士の情報を得られんだろう? それは、民の多くが我々を庇うからだ」
落ち着き払った──穏やかな桂さんの声に頭痛がした。
「幕府の勝手な、外国との条約の締結後、民衆は急激な物価高騰に喘いでいる。外国と関わりを持って、こうなったのだから、その手を断ち切りたいと思うのは当然のことだろう?」
だから、と続ける言葉は、私が耳にしたくない現実を突きつけてくるばかりで──。
「民衆にとっては尊皇攘夷派である長州藩は善で、公武合体派の会津藩は悪なのだ。……勿論これは私の勝手な思い込みなどではない。客観的な事実だ」
「ッ──!!」
おかしな話だった。
そもそも、幕府が朝廷の意向を無視した、不平等条約を外国と結ばざるを得なかった元凶は、それこそ長州藩。と、後は薩摩藩にある。
幕府は彼らが勝手に始めて敗戦した、外国との戦争『下関戦争』や『薩英戦争』の尻拭いをさせられているだけなのだ。
なのに、民衆の批判は不平等条約を結んだ幕府に向いている──。
その事実が、ただただ理不尽で、腹立たしかった。
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