3-2-6
庭に出た私は丁度、回縁を土方さんを連れて歩いていた近藤さんを見かけた。
「ん? 平助に里哉。何をしているんだ?」
何のことはない、ただの興味からの問いかけなのだろう。近藤さんのその問いに、私は「実験です」と小瓶を掲げてみせる。
「ほう?」
食い付いたのは近藤さん──の後ろにいた土方さんで。
「えっ……まさかとは思いますが、見に来ちゃうのですか? 何か、観客が増えると、本当に上手く作れているのか不安になるんですけど……」
実験の内容が気になるのだろう。増えた観客を前に、私は緊張に、小瓶をぎゅっと握りしめる。
──どうか上手く効果が出ますように!
私は観客を引き連れ、鯉の泳ぐ池に近付くと──
「では、瓶の中身を池に落としまーす」
と、景気よく小瓶をひっくり返し、無色透明の中身を池にぶち撒けた。
刹那──池が、水が、轟音と共に稲妻を撒き散らし、大量の煙を吐き出しながら燃え上がる。
──よし! 成功だ!
くるりと振り返った先では、当然ながら、観客の顔には驚愕が浮かんでおり──
「お、おい! 安芸、水が何で雷を撒き散らしながら燃えてるんだよ!?」
興奮気味に後ろから、藤堂さんが私の肩を揺する。
「これが失われた技術、というものですよ。水上でも燃え広がる炎。動く城。船を掴む巨大な鉄の腕。色々な失われたものがありますが、まあこれは松脂や硝石、他色々な物が必要ですが、再現が比較的簡単なものです」
問題は──。
「これは、実戦には使えません」
「何故だ。この技術ならば、海戦に強く出られるはずだ」
土方さんの怜悧な瞳が、少しだけ斜め上を見やっている。
──頭で算盤弾いてるな、こりゃ。
早速実戦に登用しようとする土方さんに私は人差し指を左右に振った。
「土方さん。こんなの使ったら、国土が本当に焦土と化しますよ──?」
何故なら──
「水の上でも燃え広がっていくということは、火ですが、水では消えないということ。これの消し方を私は知っていますが、もちろんですが、あなた達もそれは知らない」
それだけの説明なのだが、頭の切れる土方さんは私の言わんとしているところを理解したようで。
「一旦燃え広がったら、例え消し方を俺達が知っていたとしても、敵方が知らない以上、俺達の手だけでは消火が間に合わなくなる、と──」
「そういうことです」
でも、まあ。と私は付け加えておく。
「個人的な御用があればお貸ししますよ。『ギリシア火』の厄介さは折り紙付きです。水辺で誰かを殺めたい時などには、相手に液体を掛けるだけで発火し、火だるまになってくれますからね」
くつくつ、と喉の奥で笑う──間にも池の炎は燃え広がっていた。
「借りる借りないは後回しだ! 安芸、とっとと後ろの火ィ消せ!」
土方さんの怒声に私はくるりと池を振り返る。
──仕方ないなあ。
「じゃあちょっとだけお手伝いしてくれますかー?」
「何だ、火が広がる前に何でもとっとと言え!」
広がる炎に、こちらを急かす土方さん。そんな彼に、私は笑顔で告げた。
「お話が早い! じゃあ土方さん、あの火にちょっと尿、掛けてくださいな──」
刹那──周囲の時間が止まった。気がした──。
ギリシア火を消す、一番手っ取り早い方法は尿を掛けることだった。
尿に含まれる何らかの成分が、火を消すのに役立っていることは理解している。だが、その成分がまだ何なのかまでは掴めていない。
尿の独特の臭いの元。アレが怪しいのでは、とは踏んでいるのだが──まあ、これからも研究あるのみ、だ──。
とかとか、考えていたら、脳天にかなり強く拳が落ちてきた──。
「ふざけてる場合か安芸──!」
泣く子も黙る鬼の副長。
麗しき顏を般若の顔へと変貌させたその顔を見上げ、私は頭を押さえながら喚く。
「ほ、本当なんですって! あの火を消すのに一番良いのは尿なんですってば!」
「──ッッ!?」
その瞬間、土方さんは言葉通り、頭を抱えた──。
──あ。般若が頭抱えてる。
「ふ…副局長、頑張れー」
引き攣った顔で藤堂さんが土方さんを応援し始めた。が──。
「よし、藤堂。命令だ。お前がやれ──」
土方さんはそれはもう、作り物のにこやかな笑みで全てを藤堂さんに押し付けた。
「ええっ!? 副局長、運良く! ホントに運良くオレ、少し前に厠行ったばかりなんですよ──!!」
出ないものは出ない。仕方ない。
私はうんうんと頷いた。
そんな頃──土方さんは絶望に近い眼で傾いでいた。
──おんや? そんなにイヤだった?
彼にはやたらと面倒な矜恃があるのか。
その、究極を突き付けられた末の、絶望の瞳に、そんなことを思う。
絶望する彼の表情に何かを汲んだのは近藤さんだった。
「と……歳三、ワシがやろう! な?」
有り難いはずのその申し出は、土方さんに更に究極の選択を突き付ける。
己の恥か、近藤さんの面子か。
──あの、さすがにそろそろ消火しないと鯉達が……。
初期の反応が収まり、稲妻が走らなくなっている池をチラリと見やり、口をへの字に曲げる。
このまま鯉達が湯立つのはさすがに可哀想だった。
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