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3-2-5

「私はあなた達と一緒。……ココより先を知らない。だからこそ、今、ローマで得た、あなた達の知らない知識を生かして、あなた達と共に歩んでゆける。けど……過去はどうでしょうか」


藤堂さんは私の言葉の意味が分からないのだろう。難しい顔で、ただこちらの顔を覗き込むようにするばかりで──


「私は知ってしまった。この世界を。この時代を。この結末(げんざい)を──。私はこの世界が気に入っています。故郷であるローマ帝国と同じくらいに……」


だからこそ。なればこそ──。


「私が過去を改編すれば、この結末(げんざい)は約束されなくなる。ローマは国土を失わず、“今”を迎えられるかもしれないけれど、その“今”は、こうして私達が向かい合っている“今”ではなくなるかもしれない──」


ローマは強大な国家だった。もし、あの黎明の時代に──、時代に先走って、銃などという武器を、かの大国が手に入れてしまおうものなら、今、この世界はローマ帝国で統一されていてもおかしくはないのだ。


藤堂さんはようやく私の言っていることを理解したようで。


彼は表情を曇らせると、黙って俯いた。


「だから、あちらに戻っても、私はきっと、皇帝様をお守りこそすれ、……歴史に働きかけることはないでしょう。結末を知った上で、ローマ帝国の滅亡を、ただ受け入れることとします──」


私の夢は皇帝様にお仕えすること。それは変わらない。


けれど、それは本当に、己の最期まで、剣一本で彼の身を護るというだけだ。


「でもさ……それって、つらく…ないのか……?」


俯いた藤堂さんから、喘ぐような、苦しそうな声が上がる。


私よりも、幾分か藤堂さんの方が苦しそうな顔をしている。そんなふうに私には見えた。


「オレがお前なら、未来で日本がなくなっているのを知ったらさ、何としてでも過去で故郷を……日本を滅びから守りたいと思うぞ」


「それは、藤堂さんが、未来で新撰組のような、自身が命を賭けるに足る、大切な者を見つけてしまっていたとしてもですか?」


普通に。平静を装って聞いたつもりだったのだが、文机の上に置いた、鶏冠石の結晶に映る自身の顔には、やるせない笑みが浮かんでいた。そして、そんな私の表情を見たからだろうか。藤堂さんは「あ…」と、目に見えて怯んだ。


「知らない、とは良いことですよ本当に。僅かの迷いもなく、未来へと進んでゆくことができるのですから──」


──もし、これより先の未来を知っていたら、そこに大切な人が出来てしまっていたら、私はきっとこの世界の行く末を知っていても、こうも必死に足掻くことはしなかったのだろう。全ては、来るべき未来を改編してしまわないように。


「自分で言うのも何ですけど、酷いヤツですよね、全く……」


私は自身に呆れのため息を一つ吐くと、開いた本へと再び目を落とす。


藤堂さんが「そんなことは」と言いかけたのを遮るように私は再び口を開いた。


それはもちろん、彼が「そんなことはない」などと、無意味な慰めを口走るのを止めるためである。


「これはルーカスさんに掻き集めてもらった、他国にある、『読み取れないこと』を条件とした、古い古い書物達です。読み取れない──失われてしまった過去の言語であれば、私がいた頃の書物が見つかると思っていたのですが……見事に当たりましたね」


勿論、過去の者である私には、文字さえ掠れたり消えたりしていなければ、それは読解可能で。


遠い昔に、奴隷の教養として周辺地域のエジプトやギリシャの言語も叩き込まれていて、本当に良かった、と心から思った。


「お前……コレ読めるの? つか、文字なの? このあっさりした落書きの羅列……」


「それは古代エジプトの象形文字──ヒエログリフです。決して落書きではありません」


──かの偉大な文明の生み出した文字に対して何と失礼なことを言うのか。


「ぐ……ぐりぐり?」


「ヒエログリフです。ぐりぐりって何ですか、ぐりぐりって」


藤堂さんは「あー、そうだよなー、いやあ、やっと今分かった」などと明後日の方角を見ながら呟いている。


──絶対分かってないな、こやつ。


「まあ良いです。……私、今どうしても研究したいものがありまして──」


「研究?」


「はい。その為にはこのサイトウくん達が必要なのです」


危険はなさそうだと思ったのか。文机の上の瓶の中でとぐろを巻いたサイトウくんは私を威嚇しなくなっていた。


「サイトウくん……」


藤堂さんは、決定した蛇の名がサイトウくんであることを知ると、非常に渋い顔をした──。


「名前…ぐりぐりじゃダメか?」


「ダメです、サイトウくんです。だってほら、本人に似てるじゃないですか」


何を考えているのかよく分からないところも、細っこいくせに厄介な強さを持っているところも、非常にそっくりである──。


「じゃあもう良いよ。サイトウ…くん、で良いよ……。あのさぁ、この、その、サイトウ…くん、毒蛇なんだろ? 毒なんて、危険なモノをなんでわざわざ……」


当然のことを尋ねられ、私は藤堂さんへと「今更何を」と肩を竦める。


「薬とはこれ即ち、毒ですよ」


毒を以て毒を制す。改め、毒を転じて薬と成す。


ローマで奴隷として、医学の勉強をしていた時に習ったことだ。


「ココの世界は確かに発展しています。それは、間違いのないこと。だけど、ココに至るまでに、失われた技術もたくさんある」


「そう、なのか?」


半信半疑な表情の藤堂さん。


──あ。これは信じてないな。


「例えば、ですよ」


私は立ち上がり、山崎さんを押し退けると、箪笥から一つの小瓶を取り出した。


中に入っているのは少しプルプルとした薄黄色の液体だ。


「山崎さん。山崎さんは──」「──今忙しいッッ! 話なら後にしてくれ!」


──どうやら、相当にお取り込み中のようだ。


主に、人様の箪笥をしっちゃかめっちゃかにすることに。


「じゃ、藤堂さん、庭へ──」


私は小瓶を手に握ると、藤堂さんだけを庭へと誘った──。


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


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