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「まさか、まさかまさかまさか! 全部手に入るとは!」
ルーカスさんが帰った後、私はルンルンで河原に投げ散らされた購入品を拾って回る。
藤堂さんは少し離れた所で屈み込み、私が買った最後の目玉商品と向かい合っていた。
「安芸……お前、どうすんだよコレ……」
「ええと、思い付きませんねえ……トウドウくんとかどうでしょう?」
「名前の話じゃねえよ! しかも勝手にオレの名前を付けるな!」
──じゃあ良いよ。サイトウくんにするから。
彼の視線の先──私が最後に買ったのは、瓶に詰められた、エジプト辺りに生息する蛇──アスプコブラの幼蛇。
幼蛇ながらも立派に鎌首をもたげて威嚇する、暗色の斑紋が入った、褐色の身体を見つめる山崎さんの背がぴくりと震え──。
──次の瞬間。
「おおお、これは、なんと…なんと美しいのだ……! その長く艶やかな身体はまるで羽衣伝説の天女が羽衣の如く、背徳の艶を凡夫の前に煌めかせ、まだ幼きその成熟しておらぬ瑞々しさは濡れたその冷たき眼と相俟っ──」「──るせえぞ山崎ッッ!」
藤堂さんの後ろに立ち、サイトウくんを見下ろす山崎さんの捲し立てるような早口の言葉は、藤堂さんによって「るせえ」の一言で片付けられる。
──タイヘンだ。山崎さんが壊れた。
私は、藤堂さんほど状況適応能力が高くないのだろう。急にサイトウくんに興奮して天を仰ぎ始める山崎さんに引くことしかできなかった。
「オレにしてみりゃ、こんなモン、安くても買うのが信じらんねーし、それが全部纏めて二十両もするなら尚更だ──」
藤堂さんは瓶から顔を上げてこちらを振り返る。
「こんな毒ばっかり……誰か毒殺でもすんのかよ?」
「まっさかー」
藤堂さんは単純だなあ、と、内心そんなことを思いながら、へらりと笑う。
ちなみに山崎さんの顔は「誰だお前は」と問いたくなるくらいには、サイトウくんの前で蕩けていた。
毒を見ても引かない──どころか、興奮すらする彼は、どうやらかなりの医学馬鹿らしい。
「はっ! こうしてはおられぬ! 早く屯所に帰ろう! あんたの部屋に行こう!」
山崎さんは、ふいに我に返ると、買ったものを早速使え、と私を急き立てる。
どうやら知的好奇心を満たしたくて、うずうずしているようだ。
藤堂さんはコブラと山崎さんを何度か見返し──
「コイツ、こんな明るい奴だったっけか? ……気色悪いし、とっとと帰ろうぜ、安芸──」
と、渋い表情で立ち上がったのだった──。
屯所の自室に荷物を運び込んだ私は、文机の上にサイトウくんの入った瓶を置く。
「邪魔するぜー……って、相変わらず何もねえ部屋だなぁ……」
私のすることに興味があったのか、部屋まで付いてきた藤堂さんは、私の部屋をぐるりと見回し、そう零す。
「まあ、変わらず調度品は最低限にしてますからねえ」
いつローマに帰るか分からないのだ。
大きなものは買わない持たない貰わない。
「でも、細々としたものは増えてるんですよ? あ、藤堂さん、そこの箪笥の三段目の引き出しから本、取ってもらえますかー?」
私の声に、藤堂さんは箪笥から分厚い三冊の本を取り出し──文机まで運んでくれた。
山崎さんは、藤堂さんが引き出しを引いた拍子に、その中に入っていたものが気になったのだろう。あろうことか人様の部屋の箪笥を盛大に荒らし始めた。
──まあ、大丈夫、だよね?
彼には医者としての知識と分別はある。
ならば、如何に興奮しているとはいえ、一般人のようにワケも分からず、箪笥を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、集めた素材をぐちゃぐちゃにする。なんてことはしないはずだ。
「何かめちゃくちゃ汚ねぇ本なんだけど、なんだこりゃ」
私は町娘からもらった、栞として挟んでいた押し花の頁を開き、そこに並んだ文字の羅列へと目を落とす。
「だって、とんでもなく古い文献ですからね」
気の遠くなるような遠い過去だが──
「例え、どんなに長い時が流れようと、確かにローマ帝国はどこかにはあったはず。……そう思って、私はずっと、ローマがどこにあったのか、調べていたのです」
そうして、分かったことは──
「ローマ帝国は地中海沿岸の全域が国土で……今は、もうないということでした……」
私の声に、藤堂さんは「あ……」と気まずそうな顔をする。
「栄枯盛衰。って言うんですかね……あの、五千万の人口を抱えた、華やかな帝国が、もうこの世界にはないのだと思うと不思議でなりません」
私が落ち込んでいると取ったのだろう。藤堂さんは作ったような明るい声で、一つの提案を切り出す。
「あ! ほ、ほらお前さ、こっちの世界で色々知識、仕入れてるんだろ? それをろうまに戻って駆使すれば、ろうまは滅びなくても良いかもしれねえじゃん!」
藤堂さんは「そうだ、そうしろよ」と一人頷いている。
過去の知識を今に生かし、逆に今の知識に過去を救ってもらう。
相互扶助、というやつだろうか。案としては確かに悪くはないのだろう。けど──。
「そうですね……。ココへ来た頃は、本当に私はココの知識をローマに持ち帰り、皇帝様の許で生かす気でした」
「でし、た……?」
私の言葉が過去形であることに気付いたのだろう。藤堂さんがどこか不安気な顔で首を捻る。
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