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──これは…私より手厳しい。
医者の山崎さんには番付はゴミクズ以下のものなのかもしれない。
「オレみたいに発明の類いはからっきしな奴だっているのー。わかりますかー? 山崎ぃー?」
ジト目を向けられた山崎さんは「そうでもないだろう」と思いの外、藤堂さんへと優しい言葉をかけた。……のかと思いきや。
「あんたのように発明がからっきしな奴は掃いて捨てるほどいるが、そいつらはあんたほど人を斬り捨てていない。つまりあんたは発明どころか、発明が出来る脳味噌を持った奴を疫病の元である肉塊に変えるしかできない、希少で不要な生命体だ──」
刹那、額に青筋を浮かべた藤堂さんが山崎さんの胸倉に掴み掛かった。
「山崎ィ……てめえ〜!」
──あ。喧嘩が始まる。
互いに本気で殺し合うことは考え辛いから、傍観すべきか仲裁すべきか、少し考え──
「きゃあ! 見てー! アレ、滅多に表に出てこない山崎様じゃない!?」
「ちょっと、どいてよ! アンタの肩が邪魔で見えないじゃない! あ、藤堂様じゃん。相変わらずカッコいいけど同じくらい可愛いー!」
──これは、放置しとくべきだな、うん。
きゃあきゃあと周囲に人集りを作り、黄色い声を上げる町娘達の姿に、私は仲裁を止めた。
これはもう世の女性への娯楽の無償提供、ということで──。
と、傍観を決めてからの五分──。
「いい加減飽きてきた……」
地面に屈み込んだ私は、未だに終わらない、番付以上に不毛な応酬をジト目で眺めやる。
──町娘はコレの何に黄色い声を上げられるのか。
「てめえみてえな発明馬鹿ばかりだったら百年後は、人間なんざ娯楽も何も要らねえ、ただの絡繰生命体になってるだろうよ!」
「ふん。百年程度で人間がそこに辿り着けると思う、その頭が既にどうかしている。人の斬りすぎで壊れている。重症だ。手遅れだ。もう手の施しようがない」
──惨いよ。山崎さんの言葉が惨いよ。
口は災いの元。彼が暗殺されていたら、まず間違いなく、彼の発言で、相手方の怒りを買ったに違いない。
「はっ! てめえみたい現実主義者気取りなのが、案外一番、コロッと女に転がされて、急に愛だ恋だと抜かし出すんだよ!」
「例えそうでも、食う寝る殺すしかないあんたよりはマシだろう。あんたは最低辺の生命体だが、そんな最低辺でも、あんたの子供は生産性のある行動をしてくれるかもしれん。だから、とっとと子を成して社会に貢献しろ──」
藤堂さんが「ぶっ殺す」と怒り心頭で、山崎さんに殴り掛かり──目の前ですったもんだの乱癡気騒ぎが起きている。
「……ああ、今どっかで鶯が啼いたなぁ」
ホーホケキョ。と遠くから聞こえてくる艶やかな声を聴きながら──
「そろそろ仲裁するか……」
と、ゆっくり立ち上がる。
闘技場でもよくある話なのだが、戦闘という娯楽は果物と一緒なのだ。
だらだらと続けていても飽きられるし、早すぎても不満が出る。
──今が丁度、頃合だろう。
下に山崎さん、上に藤堂さん。上下に重なった二人が互いに殴り掛かろうと腕を引いた瞬間を私は見逃さない。
一足でその間に割入り──振り下ろされた両者の拳を、己の掌に打ち付けさせる形で制止をかけた。
「そこまでです──」
「きゃーっ! 見て見て! 新撰組番付四位の安芸様よ! 一気に二人を止めちゃった!」
──待て。何だその番付は……!?
不穏な番付の存在に顔を顰めていると──
「なんか…アホらしくなってきた……」
「同意……」
小柄な藤堂さんに馬乗りになられていた山崎さんが砂埃にまみれて、むくりと起き上がり──馬乗りになっていた藤堂さんはぼてっと地面に落ちた──。
「すまねえ……六条河原、行こうぜ……」
申し訳なさそうな藤堂さんの羽織る、浅葱色の羽織の背に付いていた砂をはたき落とし──次いで、山崎さんの背中もはたいておく。
自然に左右に割れてゆく人集りの中を進みながら、私はどうしても拭いきれない一つの疑問を口にする。
「新撰組番付って、何デスカ……?」
「ん? ああ、あの酔狂な番付なー」
さすがの藤堂さんでも酔狂だと思うらしいその番付は、聞いたところによると、どうやらそれぞれの隊士ごとに顔、身長、地位、声、筋肉、財力の六項目が設けられており、その項目の統計結果が、番付に反映されるのだとか。
「私…四位らしいんですけど……身長も声も筋肉も最低中の最低な気がするんですが……」
製作者側の不正を見た瞬間。……な気がする。
「あー、嘘か誠か知らねえけどよ、お前の項目な、顔の所だけ、枠を飛び出して評価する者が多かったらしいぞ」
「なるほど……安芸副組長は顔だけの男か……」
納得したような山崎さんの声に、心がいたく傷付いた。
この貧相な身体と身長でその順位にいる以上、正しくその通り、なのだろうが……。
「言葉は…凶器……」
山崎さんはそこを理解した方が良いと思う──。
ちなみに一位は土方さん、とのこと。納得。
狂気の番付の話をしながら、私達は人気の少ない、六条通りの方へと歩いてゆく。
そして、辿り着いた六条河原には、人っ子一人いなかった──。
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