3-2-1
資料を戻すべく立ち上がると、藤堂さんから「怪談話かよ」と声が上がる。
「かいだん…階段、階段話?」
「何かメチャクチャ勘違いしてそうだから訂正しとくけど、怪談は怖い話、な。百物語って言って、夏の夜に百本の蝋燭を違う部屋に用意して、暗闇の中、一人ずつ話して、話す度に順番に蝋燭の部屋に行って蝋燭を消して、蝋燭の部屋に置いた鏡を覗き込んでいくんだよ」
──ほうほう。百本もの蝋燭……真面目にやる、宴の類いかな?
「怖い話、はローマにもたくさんありましたよ。今度それ、やってみますか? お互いにタメにもなりますし」
「タメになるかぁ……?」
顎に曲げた人差し指を当て、眉根を寄せる藤堂さんに、私は大きく頷いてみせた。
「はい! 私からはローマ帝国の歴史を彩る、それはもう恐ろしい陰謀の数々を──」「──あ、ソレ違うわ」
バッサリと言葉を断ち切られた私は目を瞬かせる。
「アキリア、アレだ。怪談とは、話にお前の苦手な夜の墓地などが出てくる──」
斎藤さんの言葉に、刹那として脳裏に閃くのは、かつて彼を拾った恐怖の場所──夜の墓地。
「無理無理無理! 絶ッッ対無理! 私やめときます!」
ローマにはその手の湿っぽい恐怖がないのだ。
私はその怪談話とやらに耐えられそうにはなかった。
「へえ。これは面白い反応が見られそうだ。……いいじゃん、今度皆でやろっか、百物語」
「私嫌だって言ってるじゃないですか沖田さん!」
何故この人はいつも人を食ったような態度をとるのか。
と──その時だった──。
「済まない。待たせた、安芸副組長──」
そんな堅苦しい言葉とともに資料庫に現れたのは、これから一緒にオランダの商人に会いに行くという約束をしていた山崎さん。
「お。来た来た。んじゃ安芸、そろそろ行くか〜?」
藤堂さんの言葉に反応したのは、いつも変わらぬ、過保護な番犬だった。
「む。山崎殿のことは聞いているが……藤堂殿も行くのか?」
「あー、オレ丁度、非番の日なんだよ。今、京は不穏だろ? 見廻りも兼ねて、ついて行った方が良いかなって思ってさ──」
刹那、斎藤さんの目に剣呑な光が宿る──も、すぐにそれは消え去った。
「む……。確かに普段であれば三番隊組長として、認めないところだが……今の京の状況を鑑みるに、此度ばかりは仕方がない、か──」
「はあ──」
──普段であれば認められないんですか?
私は路傍の石を眺めるような淡泊な目を斎藤さんに向ける。
しばらく何事かを考え込んでいた斎藤さんだったが──
「十六時には帰って来るのだぞ」
と、渋々三人での外出を許可してくれた。
──私は子供か!
釈然としないが、彼が掌を返す前に逃げ出すが吉だろう。
私は顔に憮然とした表情を貼り付けながら、山崎さんと藤堂さんと共に京の町へと繰り出したのだった──。
二
「商人と会うのはいつものところか?」
門を出た私達は、町人の声で賑やかな京の往来をぽてぽてと歩く──途中、山崎さんからそんな声が掛かった。
──いつも、ということは。
「取引している現場を何度も掴まれている、ということですか……」
さすがは、隊士の見張り役、監察方。
おいそれと悪さは出来そうにない──。
藤堂さんが隣で、小声で「監察怖ぇ…」とボヤいている。激しく同意。
「そうです。いつもの六条河原ですよ」
約束の時間もあるため、私は少しだけ足を早める。
「町は今のところ、変わらず……ですね」
私達に向けられる視線はいつも通り、熱烈なものだったり、渋いものだったり、怯えたものだったり、と町人町人によって、それぞれ反応が大きく違う。
「ふむ……」
また一人、己へと飛んできた視線に、その視線を向けてくる町人の男の心情を知る。
──こちらは憎悪、か。
まあ、治安維持の組織なぞやっていれば、当然恨まれることもある。
別にそこは気にしていない。
「これは、多分、大丈夫だな……」
本当に危険なのは、憎悪の目で、ああして遠くから睨んでくる者ではなく、殺意を向けて近寄ってくる者なのだから。
「なあ安芸。江戸に小町番付ってのがあるの知ってるかー?」
後頭部で手を組み、ぶらぶらと身体を揺らしながら歩く藤堂さんの声に、私は素直に「いえ」と答える。
──なんじゃい、その聞くからに不毛な番付は。
小町なんぞ番付にしてどうするというのか。
考えられるのは、美女巡りでもして、目の保養でもする……ことしか思い付かない。
「やっぱり知らねえかー。小町だけじゃなくてよぉ、飯のお供だったり、人気の風呂屋だったりと最近、皆、何でも番付にしたがる風潮があってなー」
「ふんふん、なるほど。不毛。はい、不毛──」
暇なのは良いことだが、もう少し違うことに時間を割いた方が有意義だと思う。
それこそ、勉強とか、仕事の効率化を目指し、何か便利な物を生み出すとか。
「そんな不毛、不毛言うなって!」
面白いんだぞ、と眦を吊り上げる藤堂さん。だが──その言葉は山崎さんに滅多打ちにされた。
「僕も思っていたよ。あれほど不毛散らかした娯楽はないと、ね。そこに優劣を付けたからといって何になる」
「山崎てめえ……! 良いじゃねえか番付! 上位のものに金が流れて、経済が回るんだぞ!」
それっぽい反論をする藤堂さんだったが相手が悪い。
「一時しのぎの経済の活発化だ。それで延々と番付を組んで楽しんでいる間に、時は百年二百年と無意味に流れていくだろうよ。真に経済を活発化させたいなら、何かを生み出せ」
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