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「八貫ねえ……着込みなんて可愛いもの、か」
「ですねえ。鎖帷子なんて軽い話ではありませんよ。この重い円盾で己の左半身を守り、隣の兵の円盾の半分に、己の右半身を守ってもらう。もし前列の兵が倒れたら、後列から補充の兵が前列へと進み出る。そうやって長槍で敵を圧砕してゆくのです」
疲れきった前の兵を倒しても、奥から元気な次の兵が出てくる。
それが、兵が一列尽きるまで、ずっと続くのだ。
「なるほどね……」
「む? でもこれでは右端の者は盾が半分しかないのでは?」
納得したように頷く沖田さん──とは対照的に、斎藤さんには疑問があったようで。
──察しが良いなぁ。
まず気付くまいと思っていただけに、いかに真剣に彼が私の話を聞いていたかが分かるというもので。
そこまで真剣に聞いてくれているのなら、はぐらかすのは失礼というものだろう。
「ええ、そうですよ。確かに右端には盾が半分しかない。だから右端には最強部隊が並ぶのです。……まあ敵も同じ思考なので、次に強い部隊が、自陣の左端に並び、敵方の最強部隊を受け止める、ということになります」
「なるほど。確かにそれなら一番強固な陣が敷ける」
納得したらしい斎藤さんの声に「でしょう?」と我がことでもないのに、少し誇らしい私。何となくだが、自分が認められたような気になったのだ。
この手の話になると、どうしても徐々に気持ちが昂って、饒舌になってしまうのを私は止められなかった。
「特にテルモピュライの戦いなどは、学んだ中でも一番心躍る戦と言いましょうか……。ペルシア軍十五万とギリシア連合軍七千の戦いです」
「は? さすがに、それ、無理がねーか?」
誇張だのなんだのと、やいやい騒ぐ藤堂さん。
──やかましい。
今から誇張でないことを説明するから──
「若輩者は黙っとれ」
と、私はジジ臭く、騒ぐ彼を一喝する。
「何だよ若輩者って! オレら全員そんな年齢変わんねーじゃん!」
「うっさい! 私は最年長ですぅ! なんなら長老ですぅー! こちとら一五〇〇歳を優に超える年齢ですのでー!」
肉体が稼働している期間は確かに彼らとは、変わらないかもしれない。だが、この身体は確かに一五〇〇年以上、昔のものなのだから。
「アキリア、話を戻せ。俺は気になる、その戦」
机の前にいる斎藤さんにくいくいと指で袖を引かれ──咳払いとともに、私は話を戻した。
「その戦力差で戦い抜くのがスパルタなのですよ。……時のスパルタ王、レオニダス一世はテルモピュライでペルシア軍を迎撃しました。両側が海と山地に挟まれていた上、砦もあった。そんな地の利を生かすために、その地を選んだのです」
「なるほどな。砦があればまだマシってか!」
手槌を打つ藤堂さん。
「いえいえ。スパルタは防壁を使わず隘路に蓋をする形で軍を展開したのですよ」
新たな紙を手に取り、私は地形と、展開した軍の簡易な図を描く。
「砦あるのに何で!? ただでさえ兵士が少ないのに……すぱるたの王様、兵の命を何だと思ってやがんだ!?」
理解不能、といった感じの藤堂さんの声に、私はスパルタ王が非難されたような気がして、ついつい半眼になってしまう。
どうも私は皇帝様やご主人様──は勿論だが、人として敬愛して止まないアレキサンダー大王やレオニダス一世。そんな偉人達までも気に入ってしまった以上は、彼らが非難、侮辱されるのは許せないタチらしい。
彼らへの非難には、一生懸命磨き上げた床に、磨き上げてすぐに泥を撥ねられたような、そんなムッとする不快を覚えてしまうのだ。
「あ。藤堂さん。スパルタ王を悪く言ってはいけませんよ。王は常にファランクスの右端。しかも最前線。誰よりも危険な場所で常に戦っていたのですから──」
「は──?」
王自らが、一番の危険な最前線で指揮を執る。
別に、かの王は兵の命を軽々しく扱っていたワケではないのだ。
「スパルタ部隊はその時、宗教的なワケがあって軍が動かせず、何とか出陣できたのは王の親衛隊、三百名程でしたが、勿論王は最前線にいました」
「へえっ! 一体どんな奇策を思い付いたんだ王様!?」
王が最前線にいると聞くや否や、コロりと掌を返したように、わくわくと話を聞き始めた藤堂さんには悪いが、スパルタとはそういう国ではない。
「スパルタには戦術や奇策、保身などは一切不要なのです。ギリシア最強のファランクスは列を成して、ただ敵を圧砕しながら、粛々と前進するのみ。そんな最強国家のファランクスの前に、ペルシア軍はお得意の不死隊も溶かされ、一時撤退を余儀なくされたのです」
「もしかして、それ、ホントに勝っちゃったとか?」
沖田さんは話の流れに、驚いたように目を丸くする。
そうだったのなら、私はかつて文献を読んでいた時に、興奮に奇声を上げていただろう。
「……いえ、そこは多勢に無勢と言いましょうか。しかも、ギリシアの平民が、ペルシア軍に山地の抜け道を内通したこともあり、ギリシア連合軍は数で勝るペルシア軍に挟み撃ちにされることになったのです」
「王は……撤退に追い込まれたのかよ?」
世の常とは言え、少しだけ腹立たしそうな表情の藤堂さん。
「いえ。退くことはスパルタにとっては死よりもあってはならないこと。でもそれは、スパルタだけの話ですからね。……スパルタ王は連合の他国軍だけは退かせ、自身の親衛隊と、彼の勇姿に心打たれた他国の有志四百名。計七百名だけで背水の陣を敷いたのです」
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