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悪役令嬢、洞窟で成敗する

「娘、、、だと?」

 髭を生やした厳ついドワーフの姿に、アラン皇子も思わず声に出して驚いていた。あのドワーフが女性とは。


 アラン皇子は何があったのかボロボロの姿になっており、近くにいるはずの3人の黒鎧の姿も見当たらなかった。

 ここにくるまでの間に色々なトラップに引っ掛かったのかもしれない。


「アラン」

 私がアラン皇子に声をかけて、近付く。

「一体、どうなっているの?」

 アラン皇子は、あぁ、と声を低くして私に話す。

「あの大男のドワーフ。ハンスというらしいが、ザンドウをこき使うために娘を人質にして、ザンドウに返す気はなかったらしい。あれが娘かどうか怪しいが、本当に娘ならハンスという男の狙いは外れたな」

 トラップで落ちた牢屋にいたドワーフを、気まぐれに連れてきただけだったんだけど。

「私もまさかあの人がミミールだとは、、、」

 アラン皇子は少し驚く。

「知らなかったのか。だがとりあえずお手柄だな」

 兜の上とはいえ、頭にポンとアラン皇子の左手を置かれる。そしてアランが微笑みを浮かべるものだから、また胸が強く飛び上がった。間近でその顔はやめていただきたい。


「ところでアラン、、、何故そんな姿に、、、」

 私が誤魔化すように言うと、アラン皇子から一気に笑顔が消えた。

「ーーーリネがトラップで落ちてからがトラップの本番だったんだ、、、思い出すだけでも腹が立つ」

 なるほど。やはりトラップのせいか。

 では、ここにいない黒鎧達は、アラン皇子を庇って代わりにトラップに引っ掛かったのかもしれない。無事に生きているといいけど、、、。


「娘が帰ってきたのだから、わしにはもうここに用はない。帰るぞ、ミミール」

「は、はい。お父さん」

 ザンドウとミミールは、ハンス達に背を向けて歩いていき始める。ハンスの顔が怒りで般若のように変化した。

「ただで返すと思っているのか、ザンドウ。お前は勝手にここを出ていって、ここに恩返しもせず。故郷の窮地は自分の窮地。ドワーフとしての誇りを忘れてしまったのか」


 私は呆れる。

 何を言ってるんだ、この大男は。

 いくらザンドウ達が自分から出ていったとしても、そうせざるを得なくさせた方も悪い。何が故郷。何が窮地。

 なのに。

「うぅ、、、」

と、苦しげにザンドウは足を止める。

 あの言葉のどれに後ろ髪ひかせるものがあったのだろうか。


「ザンドウさん、そんな言葉に惑わされないで」

「うるさい。外野は黙っとけ」

 ハンスは私達の方に、巨大な棍棒を投げつけてきた。イラッとしてストレスゲージが溜まる。


 ハンスは続けた。

「俺が言っていることはわかるだろう?お前が建築家として稼いだ金は、本当はドワーフ全員で分けるものだ。皆で平等。そうやって今までもやってきた。それがどうだ、今はお前は自分達のことしか考えちゃいねぇ。自分達が楽しければいいのか。自分達だけで楽できればそれでいいってのか。お前のドワーフの血は、地上にいって腐ってしまったんじゃねぇのか?まるで自分勝手な人間のようだ。そう思わないのか」

「、、、くっ」


 く、じゃないよ、ザンドウさん。

 あの人、言ってることが滅茶苦茶だよ。


「な。ザンドウ。お前が取引している人間を紹介してくれればいいんだ。そしてお前はここに戻ってこい。もうあれから何十年経ったと思ってる。俺達がずっとあの頃のままだと本当に思うのか?これからは仲良くしようや。そしてお前だけじゃなく皆が自分の稼いだものを皆で共有すれば、平等で平和なドワーフの国が作れる。お前の夢は平和なドワーフの国だっただろう。だから戻ってこい、ザンドウ」

「ーーーくぅ」


 ザンドウは苦しげにまた声を出した。すごく葛藤しているようだ。

 いやいやいやいや。

 私はたまらず声を張り上げた。

「騙されたらダメだよ、ザンドウさん。この人、言ってることとやってることが違うでしょう。人を脅してあの酒場も滅茶苦茶にして。娘を人質にとって。そして財産は共有?自分も働くとか言ってないんだよ。ザンドウさんだけが働いて、財産だけ奪っていかれるかもしれないのに」

 私が叫ぶとハンスは怒りを顕にして怒鳴り上げた。

「ってめぇ、部外者は黙ってろって言ってるだろうが!うぉい!お前ら、こいつをやってしまえ」

「「イエス、ボス!!!」」

 ハンスの声を皮切りに、周りにいたドワーフ数十人が一斉に私達の方に押し寄せてきた。


「ま、まて。こいつらは何も関係が」

「お父さん、あの人、私の恩人なんだ。自分も戦うっ、、、あぁっ」

 大勢で攻めいれられて、ミミールは参加しようとしたが多勢に無勢で跳ね返された。

 ザンドウの足元にミミールが転がって、ザンドウは慌ててミミールの前に膝をつく。

「ミミール」

「お父さんっ」

 ミミールの腕にかかった手錠の鎖がジャラリと鳴った。


 ちょっとした茶番劇を横目で見ながら、私はまだ何も動かないアラン皇子に声をかけた。

「アランーーーアラン殿下。私、行ってもいいですか」

「いいわけあるか」

 ドドドドと地響きのように聞こえる足音が聞こえる。

 私は苦笑するしかない。

「ーーーそう言うと思いましたが」

 アラン皇子が、ずっと剣の鞘を握りしめていたのは気がついていた。


 この場所に着いてから。ここまでくる道中も含めて。いや、酒場からかも。もっと前の、スタジアムの再建の話を持ち出されてからかもしれない。


 アラン皇子のストレスは、溜まりに溜まって爆発寸前だったのだろう。

 皇子としての立場。建築家を雇うための立場。

 その他諸々。


 アラン皇子は心底悪い顔で、にやりと笑った。

「こいつら全員、俺のストレス発散にさせてもらう」

 

 どこから現れたのか、大量のドワーフ達がすぐ目の前まで来ていた。アラン皇子は、左腕をすぅっと前に伸ばし、何かを呟いた。


 瞬間、最前列にいたドワーフ達が弾き飛ばされるように後ろへ倒れる。


 固まって走っていたものだから、後続のドワーフ達は前方で倒れたドワーフに足を絡ませられ体勢を崩す。

 そこにアラン皇子が勢いつけて走り込み、鞘をつけた剣でドワーフ達を次々と叩きつけていった。面白いくらいにドワーフ達は次々と弾かれて倒れていく。


 マイリントアが私の横でほうほうと笑った。

「なんじゃあいつ。なかなかやるではないか」

 見直したぞ、とマイリントアは何故か嬉しそうだ。

「アラン殿下は、我が国でも最強の一角なんだって。ジルお兄様が言ってたから間違いないわ。剣もできるけど、魔力が尋常じゃないって」

「魔法を使ったのははじめの一回だけみたいじゃが」

「魔法でやっつけたらストレス発散にならないからじゃないの?ボッコボコにしたいんでしょ、誰かさんが虐めるから」

 私がマイリントアを見ると、マイリントアはホッホッと笑った。

「虐めるとは人聞きが悪いのぉ。可愛がっておるのじゃよ。我が主の未来の旦那となれば、愛着も涌くというもの」

 そのわりには本気で文句言い合ってたように思えるけど。


「ほれみろ。可愛いではないか。あんなにストレス発散といいながら、皇子として雇う建築家の立場を守るため、すべてのドワーフを当て身だけで済ませておる。あれだけの強さがあれば、全員叩き殺す方が簡単じゃろうに」

「もう、そんな物騒なことを言わない」

「事実を言っておるだけじゃし」

 怒られて、マイリントアはツンと拗ねる。そして、はたと動きを止めた。

「あ、、、リーネ」

 マイリントアが拗ねた先に見えたものに気付き、私に声をかける。

「まずいのじゃ」

 

 マイリントアが促す方を見ると、ハンスがザンドウとミミールの方へ、巨大な棍棒を振り上げているところだった。樹齢百年と言わんばかりの太さの鉄の棍棒だ。あれを頭から下ろしたら、ザンドウもミミールも即死するだろう。

 私からザンドウ達までの距離は5メートルほど。

 

 アラン皇子の攻撃に自分達が不利だと察知したハンスは、ザンドウを殺すことにしたようだ。

 結局、ザンドウに対するただの妬みだったのだろう。

「わあぁーー。ミミール!!!」

 ザンドウがミミールを庇いながら棍棒の動きに叫ぶ。


 このままでは間に合わない。


 私は肩に乗った小さなモンスターを、慌てて掴んでハンスに向かってぶん投げた。モンスターはハンスに当たってハンスの身体をぐらつかせる。


 その隙に私はダッシュしてハンスに近付いた。

 ハンスの前で飛び上がり、アラン皇子からもらった国宝級の剣を鞘から抜き、振り上げる。


 奇しくも、さっきのハンスとザンドウの体勢と同じ状態になった。

 ハンスは私の振り上げた剣を見ながら、悲鳴が声にもならず、ただ目を強く瞑った。丸太のように太い腕を顔の前でクロスさせながら。

「覚悟っ!!!」

 私の声の後、ザン、と鈍い音が響いた。


 そして、2つの轟音とも聞こえる落下音が、地面を揺るがせる。


 しばらく静寂が訪れた。


 目の前で尻餅をついていたザンドウとミミールは震えていたが、彼らが見ていたのはハンスではなく、私の方だった。


 ついでに、ハンスも顔面蒼白にして、全身の震えを止めようと自分の身体を抱き締めていた。巨体の股の間から、チロチロと温かい水が流れ出す。


 真っ二つに斬れていたのは、ハンスの持った棍棒だった。幅50センチ以上はあろう鉄の長い塊。まさか斬られるとは思っていなかったようだ。

 私が剣を鞘に直した後も、ハンスは震えている。


「人を斬るくせに、自分が斬られるとは思っていないなんて。滑稽極まりないね」

 私が言うと、ハンスはブルブル震えながらも口を開いた。

「な、な、な、なんで、、、、これは鍛冶の達人ドワーフが造った、、、代々ドワーフに受け継がれる最高級の、、、、な、なんで、、、これを斬れ、、、」

「対抗する剣の品質が、こっちの方が上だっただけでしょ。強い方が勝つ。当たり前のことだ」

 私が再度、腰にさした剣を抜くと、まさかのザンドウとミミールがその剣に飛び付いてきた。

「な、なんじゃこの剣は」

「この打ち方。一体どなたのっ、、、」

 目をこれ以上ないほど輝かせて、2人で私の剣を取り合いしては眺めていた。


 そうこうしているうちに、ハンス以外を全て倒したらしいアラン皇子が傍にやってきて、少し首を傾げる。

「手を出すなと言ったはずだが?」

 言われて私は眉を下げてみせた。

「緊急事態だったから仕方ないんです。ザンドウさん達に何かあったら本末転倒でしょう」

「まぁな」

 アラン皇子は不意に優しく笑う。

 また頭に手をポンポンと置かれて、私はじんわりと頬に熱さを感じてしまった。

 アラン皇子のこういうところ、ズルいと思う。

 

「アランとやら」

 後ろからザンドウが話しかけてきた。

 アラン皇子はザンドウを振り返る。

 ザンドウは、ポリポリと首を掻きながら、少しだけ言い澱む。表情はとても穏やかだった。

「、、、お主がどこの誰かはわからんが、とにかく助かった。人間は好かんが、お主には本当に感謝している。この前の酒場での事も謝罪させてもらいたい。お主のことを何も知らんのに、人間だからと話さえ聞きもしなかった。お礼とお詫びと言っては何だが、あの時の話を聞かせてもらえないだろうか」


 聞いて、私とアラン皇子は顔を見合わせた。

 2人で小さくガッツポーズをとる。


 アラン皇子は、かいつまんでスタジアムの話をザンドウに説明した。


「ーーーなるほど。3ヶ月でスタジアムを再建とは。それは難問だな」


 ふぅむ、とザンドウは唸る。

「、、、やはり、難しいーーか」

 アラン皇子が少し悄気ると、ザンドウは、にやりと笑った。

「わし以外、ならな」

 

 その言葉に、アラン皇子はパッと顔を上げる。

「では、何か良い案が」

「案と言うかな。スタジアムは元々形が決まっておろう。わしは、スタジアムに使う材料を安く仕入れる場所を知っておる。材料費はそれで問題なかろう」

「あとは人材か」

「ミミール。ちょっと来い」

「はい」

 呼ばれてミミールがザンドウに並んだ。親子で豊かな髭がフサフサと揺れる。

 ザンドウはミミールの肩を軽く叩いた。

「実は我が娘ミミールは、地上のドワーフの長をやっておる。正確にはミミールとその恋人2人で、じゃがな」

「ほぅ、すごいな、まだ若いのに」

 アラン皇子は心からそう言ったようだ。多分、アラン皇子も私と同じで、背が低いから子供と思ってしまっているのだろう。

 しかしザンドウとミミールはそこには触れない。触れる必要はないし、本当に自分は若いと思っているのかもしれなかった。


「ミミールの命の恩人でもあるんじゃ、地上のドワーフは、ミミールが望めば喜んでお主達の力になるじゃろう。そしてここの連中も、、、」

 ちらりとザンドウは地面を見る。

 アラン皇子に、列になり土下座の体勢のままキープさせられている洞窟のドワーフ達は、まだ小さく震えていた。

「ーーーこの調子ならお主の指示には従うだろうて」

 ザンドウは髭を動かして笑う。

「そういうことで、人員の確保もできた。ーーー問題はただ1つ、だ」

「材料費と人員の確保以外に、まだ問題があるのか?」

 アラン皇子が問うと、ザンドウは「深刻な問題だ」と答えた。


「ドワーフは、リンドウ国の内側に入ることが許されておらん。それが解消されないことには、材料を入れることもドワーフがスタジアム再建のために働くこともできん。それを解決できたら、我らドワーフはお主のために誠心誠意協力するだろう」


※※※※※※※※※※※※


 ドワーフの洞窟からダイナ1までの帰り道。


 ザンドウとミミールは、今後の計画のために洞窟に残った。トラップから救出された黒鎧の1人をザンドウの護衛に残し、私とアラン皇子は歩いてダイナ1まで戻っていく。

 日が暮れかけているため、行きとは違い、急いで道を進む必要はない。暑さが昼と夕方とではまるで違う。私とアラン皇子は、ボチボチ歩いて帰った。マイリントアは私の肩の上で器用に寝ている。投げられた事を怒りまくって、疲れてしまったようだ。疲れて寝るなんて子供みたいで微笑ましい。黒鎧の2人は、いつものように離れて私達から歩いていた。アラン皇子とはそういう関係ではないのだから、一緒に歩けばいいのにと思う。


「アラン殿下。ーーーでは、これから、獣人の住処を管理している人を探すのですか?」

 私が話しかけると、アラン皇子は不思議そうに私を見た。

「なぜ口調を元に戻すんだ。リーネは堅い喋り方しかできないと思っていたが、普通に話せるならそちらの方がいい」

 公爵令嬢は、堅い話し方が普通のはずなんだけど。


「ーーー別にアラン殿下がそれでよろしければそう致しますが、さすがに公の場では戻しますわよ?わたくしの立場もありますので」

「それで構わない」

「ではそう致します」

 ふふ、と私は笑う。

「何が可笑しい?」

「だってアランは皇子なのに、くだけた方がいいなんて。なんか可笑しくて」

 くすくすと私は笑う。ゲームのアラン皇子は、情熱家で、ぐいぐい行動してくる俺様皇子だった。

 ここでは、アラン皇子は俺様には違いないけど、ひねくれ者だしすぐ拗ねるし、短気でおっちょこちょいで。

 ーーー少し可愛い。


 アラン皇子は、私が何がおかしいのかわからないので、僅かに困った顔をしてみせた。私は笑いを堪えて話を元に戻す。

「で、どうするの?獣人や他種族の話なんて、私は聞いたことなかったわ。アランは知ってた?」

「俺も全く知らなかった。皇族やそれに次ぐ公爵の令嬢が知らないって、よっぽどだと思うが」

「そうよね。ここまで彼らを隠す理由もよくわからないし、こんなにばれないように管理できるものなのかしら」

「実際できているからな。力を持っている貴族あたりが管理しているものと俺は思っているが、、、」

「有力者ねぇ。そうなるとだいぶ限られてはくるだろうけど、、、」


 ううん、と私が考えながら唸ると、アラン皇子が少し斜めに空を見上げて、目を細めた。

「ーーーどうかした?」

 アランは振り返る。


「ーーー少し、座って話さないか?」


 え。と私は狼狽えた。

 道中、話をするだけならともかく、なぜ休憩などしなければならないのだろう。

 正直、ゆっくり歩いているけど、行きのように走って帰っても全く構わないのだ。そもそも一緒に帰る必要さえないくらいなのに。


 しかしアラン皇子の目がいつもより優しかったので、私は素直に頷いた。

 空は夕日で紅く染まっている。王都や公爵領と違って、ここは地平線を遮るものは何もない。


 夕日に向かって、アラン皇子は2つ並んだ小さな岩の上に私を促した。岩は座りやすい形をしており、岩の上にはすでにハンカチが乗っている。そこに座るのがフル装備の鎧だと思うとまた可笑しさが込み上げた。

「どうぞ、お姫様」

「ーーーうむ苦しゅうない」

 私が促されて座ると、アラン皇子は憮然として顔をしかめた。

「そんなお姫様がいるか」

 ふふ、と私はつい笑ってしまう。

 私の横の岩にアランも座った。


 アラン皇子はしばらく黙って空を見ていた。目の前の夕日が、じわじわと地平線に近付いていくのを、私もぼんやりと眺める。

「ーーージルのことなんだが」

 

 急に、アラン皇子がジルお兄様のことを話し出した。

「ジルお兄様の?」


「前グランドロス公爵は先代皇帝の弟で親戚に当たるから、学園に入る以前からジルとは交流があった。親しく遊ぶほどでもないが、パーティーでは必ず会うし、狩りや乗馬会などでも大抵会うから、いつの間にか仲良くなってな」


 仲が良いことは知っている。リーネは部屋に閉じ込められていたから外でジルお兄様が何をしていたのかは全く知らないけど、ゲームの説明ではアラン皇子とジル公爵子息は仲が良いと書いてあったし、リーネの記憶でジルお兄様が話すアラン皇子の話は、比較的好感度の高いものだった。


「あいつは飄々としてるし、いつも笑顔で何でもこなすから心の底では何を考えているのか全くわからないんだが、悪いやつではない」

「当たり前よ。ジルお兄様が悪い人のはずがないのは、私が絶対に保証する」


 ゲームで、他の恋愛対象者が極悪のリーネを最後に国外追放にしたり処刑したりするのに対し、ジルお兄様だけはどんなにリーネが最低最悪の女であっても、リーネを妹として心から愛し、庇い続けてくれていた。そんなジルお兄様が悪い人のはずがない。


 私が必死でジルお兄様を庇うと、アラン皇子は小さく笑った。

「、、、ほんと、お前達は仲が良い兄妹だな。妹馬鹿で、兄馬鹿で。羨ましいくらいだ」


 アラン皇子は、弟とは確か仲はあまりよくなかったのだったか。アラン皇子から羨ましいという言葉が出たことには驚くけど。


「、、、俺に対するジルの態度がおかしくなったのは、去年の春くらいからなんだ。一時的な感情によるものだと思っていたんだが、半年以上経ってもまだ元に戻らない」


 去年の冬。

 何か家であっただろうかと考える。

 私がこの世界にきてリーネに入ったのが去年の冬。わかるはずもない。

 

 ジルお兄様が、人に対して効果的に感情を見せることはあっても、私的な理由で感情を顕にすることは殆どない。それこそ、私が見る限りでもアラン皇子にだけだ。

 私も最近のジルお兄様のアラン皇子に対する態度には疑問を抱いていた。


 アラン皇子は赤い夕焼けを見ていたが、その瞳を、ゆるりと私の方に向けた。

「ジルは、俺がスタジアムのことで相談した時、ここの場所を教えてくれた。ザンドウという男のこともだ。王族さえ知らない、地図にもないこの見捨てられた場所のことを。あいつの情報網は、皇子である俺よりも上ということだ」


 いくら国内屈指の資産家とはいえ。

 ジルお兄様は、この情報をどこから手に入れたのか。

 しかも、アラン皇子から相談されてこの場所を探したわけではなく、『すでに知っていた』という事実が、そら恐ろしい。


「ーーー多分、ジルなら、このダイナ1を管理しているのがどこの人間なのか、知っているはずだ」

 

 私はハッとする。

 確かにここまで詳しい情報を知っている人が、管理している人を知らないという方がおかしい。


「じゃあ、ジルお兄様に聞いてみたらいいわね」

 私がナイスアイデアとばかりに声を高く言うと、アラン皇子は首を振る。

「ジルにはザンドウの情報で世話になった。これ以上は自分で調べてみるつもりだ。ーーーただ、ジルの態度といい、情報を異常に集めているところといい、少し、、、気になってな。リーネもジルの様子を見ていてくれ」

 しかし、あぁ違うんだ、と言ってアラン皇子はジルお兄様をフォローする。

「ダイナ1を教えてくれたのはジルだ。ここを黙秘に管理しているのがジルとは思っていないから、そこは勘違いするなよ」

「わかってます」

 笑ってはみたが、心から笑顔は作れなかった。

 

 ジルお兄様がおかしい。

 それは確かに私も感じていたことに、改めて気づく。


 子供の頃、聖女のためにお兄様が作った指輪。

 ゲームではちゃんとジルは想い出の指輪を、大きくなっても左手の小指につけていたはずなのに。

 

 私はこの世界にきて一度も、お兄様の指にあの歪んだ指輪を見たことがない。


 私が来たからだけではない。

 何か、この世界の何かに理由があって、それのせいで変わっているのだとしたら?


 その何かによって、私がーーーリーネが入れ変わるきっかけになったのだとしたら?


 いや、と私は首を振る。

 さすがにそれは考えすぎだろう。

 

 アラン皇子は声を低くして続ける。

「父もーーー現皇帝も、最近は変わり果てた。その理由も、これから調べていくつもりだ。、、、俺の回りは何やら落ち着かないことばかりだ」

 アラン皇子は自嘲して口端を上げる。

「アラン、、、」

 アラン皇子は、首を傾げ、私の方を眺める。

「その点、リーネからは助けてもらってばかりだな。マイリントアといい、今回といい。だが何故かな、リーネには『してもらった感』がないんだ」

 え、と私は眉根を寄せる。兜をつけているので見えないはずだが、察知したのだろう、アラン皇子はそれまで寂しそうだったが、私の様子に、ぶっと吹き出して笑った。

「そう怒るな。悪い意味じゃないんだ。リーネが女だからかもしれないが、こう、男同士のプライドっていうのか、恩を受けたら次は自分が返さねばというような圧迫感を、リーネには感じないなと思ってな」

 私は目を見開く。

「アラン殿下がそんな、受けた恩を返さないとという殊勝なことを考えていたなんて」

「どういう意味だ」

 睨まれて、私は笑って誤魔化す。

「いや、ははは。アランはゴーイングマイウェイの気がしてたから」

「全くフォローになってないな」

 ため息をつかれて、私はごめんごめんと謝った。

「、、、まぁ、そういうところか。俺がリーネに気を遣わなくていいのは」


 太陽が、地平線に近づいた。

 太陽がとても大きく見えて、地平線が真っ赤に染まる。太陽と地平線の他には何もない。


 それはとてもーーー静かな時間だった。


「、、、この景色を、リーネと見たいと思ったんだ」


 ポツリと、アラン皇子が呟いた。

 アラン皇子の顔は、夕焼けのせいか紅に染まっている。それがすごく綺麗で。

 私は思わず、じわりと涙が滲んだ。

 人間、あまりに素晴らしい芸術品を見ると心が動かされて涙を流してしまう生き物だ。まさにそれなのだろう。


 兜をかぶっているのでアラン皇子には見られないが、こぼれた涙を拭くこともできない。

 どうしようか悩んでいると、急にアラン皇子がためらいがちに言った。

「、、、こんな時に兜を被っているのもなんだろう。その兜、とってもいいか」

「ーーーえ?」


 いきなり言われて、しかも私の了解の返事も聞かず。

 兜を持ち上げて外された。

 兜にしまっていた髪がハラリと広がり。


 タイミング悪く、涙が一筋。

 私の目から流れ落ちた。

 アラン皇子は顔を硬直させて、絶句する。


 そのまま兜を静かに元に戻されて、アラン皇子は顔を背けた。そして俯いて顔を手で覆う。

「ーーー無理だ、、、」

 両手で覆われた顔の方から、アラン皇子の声が聞こえた。


 小さい声だったが。 

 私はショックを隠せなかった。

 勝手に兜を外そうとしたくせに。

 

 ーーー無理とは一体!?



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