ドワーフとの戦いが終わって
ドワーフの洞窟からダイナ1までの帰り道。
ザンドウとミミールは、今後の計画のために洞窟に残った。
トラップから救出された黒鎧の1人をザンドウの護衛に残し、私とアラン皇子は歩いてダイナ1まで戻っていく。
日が暮れかけているため、行きとは違い、急いで道を進む必要はない。暑さが昼と夕方とではまるで違う。
私とアラン皇子は、ボチボチ歩いて帰った。 マイリントアは私の肩の上で器用に寝ている。
私に投げられた事を怒りまくって、疲れてしまったようだ。
疲れて寝るなんて子供みたいで微笑ましい。
黒鎧の2人は、いつものように私達から離れて歩いていた。アラン皇子とはそういう関係ではないのだから、一緒に歩けばいいのにと思う。
「アラン殿下。ーーーでは、これから、獣人の住処を管理している人を探すのですか?」
私が話しかけると、アラン皇子は不思議そうに私を見た。
「なぜ口調を元に戻すんだ。リーネは堅い喋り方しかできないと思っていたが、普通に話せるならそちらの方がいい」
公爵令嬢は、堅い話し方が普通のはずなんだけど。
「ーーー別にアラン殿下がそれでよろしければそう致しますが、さすがに公の場では戻しますわよ?わたくしの立場もありますので」
「それで構わない」
「ではそう致します」
ふふ、と私は笑う。
「何が可笑しい?」
「だってアランは皇子様なのに、くだけた方がいいなんて。なんか可笑しくて」
ゲームのアラン皇子は、情熱家で、ぐいぐい行動してくる俺様皇子だった。
ここでも、アラン皇子は俺様には違いないけど、ひねくれ者だしすぐ拗ねるし、短気でおっちょこちょいで。
ーーー少し可愛い。
アラン皇子は、何がおかしいのかわからないので、僅かに困った顔をしてみせた。
私は笑いを堪えて話を元に戻す。
「で、どうするの?獣人や他種族の話なんて、私は聞いたことなかったわ。アランは知っていた?」
「俺も全く知らなかった。皇族やそれに次ぐ公爵の令嬢が知らないというのは、よっぽどだと思うが」
「そうよね。ここまで彼らを隠す理由もよくわからないし、こんなにばれないように管理できるものなのかしら」
「実際できているからな。力を持っている貴族あたりが管理しているものと俺は思っているが」
「有力者ねぇ。そうなるとだいぶ限られてはくるだろうけど…」
ううん、と私が考えながら唸ると、アラン皇子が少し斜めに空を見上げて、目を細めた。
「ーーーどうかした?」
アランは振り返る。
「ーーー少し、座って話さないか?」
え。と私は狼狽えた。
道中、話をするだけならともかく、なぜ休憩などしなければならないのだろう。
正直、ゆっくり歩いているけど、行きのように走って帰っても全く構わないのだ。
そもそも一緒に帰る必要さえないくらいなのに。
しかしアラン皇子の目がいつもより優しかったので、私は素直に頷いた。
空は夕日で紅く染まっている。王都や公爵領と違って、ここは地平線を遮るものは何もない。
夕日に向かって、アラン皇子は2つ並んだ小さな岩の上に私を促した。岩は座りやすい形をしており、岩の上にはすでにハンカチが乗っている。
そこに座るのがフル装備の鎧だと思うとまた可笑しさが込み上げた。
「どうぞ、お姫様」
「ーーーうむ苦しゅうない」
私が促されて座ると、アラン皇子は憮然として顔をしかめた。
「そんなお姫様がいるか」
ふふ、と私はつい笑ってしまう。
私の横の岩にアランも座った。
アラン皇子はしばらく黙って空を見ていた。
目の前の夕日が、じわじわと地平線に近付いていくのを、私もぼんやりと眺める。
「ーーージルのことなんだが」
急に、アラン皇子がジルお兄様のことを話し出した。
「ジルお兄様の?」
「前グランドロス公爵は先代皇帝の弟で親戚に当たるから、学園に入る以前からジルとは交流があった。親しく遊ぶほどでもないが、パーティーでは必ず会うし、狩りや乗馬会などでも大抵会うから、いつの間にか仲良くなってな」
2人の仲が良いことは知っている。
リーネは部屋に閉じ込められていたから外でジルお兄様が何をしていたのかは全く知らないけれど、ゲームの説明ではアラン皇子とジル公爵子息は仲が良いと書いてあったし、リーネの記憶でジルお兄様が話すアラン皇子の話は、比較的好感度の高いものだった。
「あいつは飄々としてるし、いつも笑顔で何でもこなすから心の底では何を考えているのか全くわからないんだが、悪いやつではない」
「当たり前よ。ジルお兄様が悪い人のはずがないのは、私が絶対に保証する」
ゲームで、他の恋愛対象者が極悪のリーネを最後に国外追放にしたり処刑したりするのに対し、ジルお兄様だけはどんなにリーネが最低最悪の女であっても、リーネを妹として心から愛し、庇い続けてくれていた。
そんなジルお兄様が悪い人のはずがない。
私が必死でジルお兄様を庇うと、アラン皇子は小さく笑った。
「…ほんと、お前達は仲が良い兄妹だな。妹馬鹿で、兄馬鹿で。羨ましいくらいだ」
アラン皇子は、弟とは確か仲はあまりよくなかったのだったか。アラン皇子から羨ましいという言葉が出たことには驚くけど。
「…俺に対するジルの態度がおかしくなったのは、去年の秋くらいからなんだ。一時的な感情によるものだと思っていたんだが、半年以上経ってもまだ元に戻らない」
去年の秋。 何か家であっただろうかと考える。 私がこの世界にきてリーネに入ったのが去年の冬。わかるはずもない。 ジルお兄様が、人に対して効果的に感情を見せることはあっても、私的な理由で感情を顕にすることは殆どない。
それこそ、私が見る限りでもアラン皇子にだけだ。
私も最近のジルお兄様のアラン皇子に対する態度には疑問を抱いていた。
アラン皇子は赤い夕焼けを見ていたが、その瞳を、ゆるりと私の方に向けた。
「ジルは、俺がスタジアムのことで相談した時、ここの場所を教えてくれた。ザンドウという男のこともだ。王族さえ知らない、地図にもないこの見捨てられた場所のことを。あいつの情報網は、皇子である俺よりも上ということだ」
いくら国内屈指の資産家とはいえ。
ジルお兄様は、この情報をどこから手に入れたのか。
しかも、アラン皇子から相談されてこの場所を探したわけではなく、『すでに知っていた』という事実が、そら恐ろしい。
「ーーー多分、ジルなら、このダイナ1を管理しているのがどこの人間なのか、知っているはずだ」
私はハッとする。
確かにここまで詳しい情報を知っている人が、管理している者を知らないという方がおかしい。
「じゃあ、ジルお兄様に聞いてみたらいいわね」
私がナイスアイデアとばかりに声を高く言うと、アラン皇子は首を振る。
「ジルにはザンドウの情報で世話になった。これ以上は自分で調べてみるつもりだ。ーーーただ、ジルの態度といい、情報を異常に集めているところといい、少し…気になってな。リーネもジルの様子を見ていてくれ」
しかしすぐに「あぁ違うんだ」と言って、アラン皇子はジルお兄様をフォローする。
「ダイナ1を教えてくれたのはジルだ。ここを黙秘に管理しているのがジルとは思っていないから、そこは勘違いするなよ」
「わかってるわ」
笑ってはみたが、心から笑顔は作れなかった。
ジルお兄様がおかしい。
それは確かに私も感じていたことに、改めて気づく。 子供の頃、聖女のためにお兄様が作った指輪。 ゲームではちゃんとジルは想い出の指輪を、大きくなっても左手の小指につけていたはずなのに。
私はこの世界にきて一度も、お兄様の指にあの歪んだ指輪を見たことがない。
私が来たからだけではない。
何か、この世界の何かに理由があって、それのせいで未来が変わっているのだとしたら?
その何かによって、私がーーーリーネが入れ変わるきっかけになったのだとしたら?
いや、と私は首を振る。
さすがにそれは考えすぎだろう。 アラン皇子は声を低くして続ける。
「父もーーー現皇帝も、最近は変わり果てた。その理由も、これから調べていくつもりだ。俺の回りは何やら落ち着かないことばかりだ」
アラン皇子は自嘲して口端を上げる。
「アラン…」
皇子として。
アラン皇子がずっと努力してきたことを、私はゲームで繰り返し見てきて、よく知っている。
アラン皇子の葛藤も、苦しみも。
努力しても報われないこともあって、そういう時は夜、自分への不甲斐なさに眠れなくなることも。
ーーーだけど、今の私が、そんなことを知っているはずがない。
私は殆どアラン皇子と関わったことがない『悪役公爵令嬢リーネ』なのだから。
アラン皇子の横顔を見ながら、私が今、アラン皇子に言えることはないか考えてみた。
ーーだけど何もなかった。
何を言っても、全部、上っ面を撫でているだけになるような気がして。
私はただ、アラン皇子が眺める景色を、一緒に見ることしか、できなかった。
そして、どのくらい時間が経っただろうか。
太陽が、地平線に近づいた。
太陽がとても大きく見えて、地平線が真っ赤に染まる。
太陽と地平線の他には何もない。
それはとてもーーー静かな時間だった。
「…この景色を、リーネと見たいと思ったんだ」
ポツリと、アラン皇子が呟いた。
アラン皇子の顔は、夕焼けのせいか紅に染まっている。
それがすごく綺麗で。 私は思わず、じわりと涙が滲んだ。
人間、あまりに素晴らしい芸術品を見ると心が動かされて涙を流してしまう生き物だ。
今、まさにそれなのだろう。
兜をかぶっているのでアラン皇子には見られないが、こぼれた涙を拭くこともできない。
どうしようか悩んでいると、急にアラン皇子がためらいがちに言った。
「…こんな時に兜を被っているのもなんだろう。その兜、とってもいいか」
「ーーーえ?」
いきなり言われて、しかも私の了解の返事も聞かず。
勝手に 兜を持ち上げて外された。
兜にしまっていた髪がハラリと広がり。
タイミング悪く、涙が一筋。
私の目から流れ落ちた。
それを見たアラン皇子は顔を硬直させて、絶句する。
そのまま兜を静かに元に戻されて、アラン皇子は顔を背けた。
そして俯いて顔を手で覆う。
「ーーー無理だ…」
両手で覆われた顔の方から、アラン皇子の声が聞こえた。
小さい声だったが。 私はショックを隠せなかった。
勝手に兜を外したくせに。
ーーー無理とは一体!?




