悪役令嬢、沼に怒る
グロテスクな表現があります。
苦手な方はお控えください。
「ここがその集落か、、、?」
私の肩に乗ったマイリントアが呟いた。
森の中の一角。集落、と呼んでよいかもわからない、単純な杭で打たれた枠の中にある、崩れ落ちた藁の家が数件と、畑のような盛り上がった土があるだけの場所。
中央に、気持ちばかりの井戸のようなものは見えるが、最後に使われてどのくらいが経つのだろう。
森の開けた土地に、キャンプをした後にテントを回収しただけの場所のような。
すごく寂れた場所だった。
「、、、死臭がするな、、、。リーネ、ここは儲けものかもしれぬぞ」
くすり、とマイリントアは笑いながら私の耳に囁いた。
「どういうこと?」
辺りを調べにいっているベックやフーイに気づかれないように、こそこそと私はマイリントアに尋ねる。白い兜をかぶっているので、口の動きはバレない。
「おいしい場所、ということじゃ」
「意味がわからないわ」
ホッホッとマイリントアは笑うのみ。
「何かあったか?」
手分けして探し、戻ってきたフーイが先に戻っていたベックに声をかける。
「いや、どこにも。本当にマザーが言っていたのはここなのか?」
「畑があるのはこの裏だろう?間違いない」
どうやら、ここに住んでいた人達が、孤児院のマザーが行けない時は畑を管理してくれていたらしい。代わりに、その収穫の数割を集落の人達に提供していた。
集落の人達がいなくなったことで、完全にマザー達が畑を管理しなければならなくなり困っている。かといって孤児院には、王都の外れの安い土地とはいえ、畑を作るためだけに王都の土地を買うお金はない。
「なぜ集落のもの達はおらんくなったのじゃ?」
マイリントアに、フーイが答える。
「火事があったんだ、森に燃え移りそうなくらい大きな火事で。ほら、見た通り、家が藁葺き屋根だから、それはものすごく燃えたらしい」
「残った人達は?」
「殆ど残らなかったようだ。けど、逃げた人はスラム辺りに行ったんじゃないかな。もう何年か前の話だから、俺も詳しくは知らないが」
きょろり、とマイリントアは、辺りを見渡す。
「ここらの他に何かあるか?屋敷でも基地でも。森以外の何かじゃ、滝でも洞窟でも何でもいい。思い出せ」
偉そうな口調のマイリントアに、2人は何も言わない。可愛いは正義なのだろうか。
「他には特に何も、、、あ。沼があったな」
フーイは思い付いたように声をだした。
「沼?そんなものあったか?」
「ほら、あれだ。ものすごく汚い沼。一度、孤児院の小さい子が森に迷って、その沼にはまりかけた」
「あー、あれか。でもあれ、危ないからって埋めなかったか?それこそ、帝国の偉いおっさんが来て、ここは任せろって」
「任せろって言って、そのまま何も報告はなかったろ。したとも、しなかったとも。わざわざ俺達に報告するほどのものでもないから気にもしなかったけど」
「あれだけ大袈裟にお偉いさん達が来たんだぞ。しないわけがないだろ」
「そんなん知るか、ただ、沼があった、というだけだ。俺だってもう埋まってると思ってるよ」
言い合う2人は仲が良いのだろうけど。
それを仲介するように、マイリントアが間に入った。マイリントアは楽しそうに笑っている。
「わかったわかった。そこじゃ。そこに違いあるまい。いくぞ、若者達よ」
マイリントアに圧されて、その『沼』があった場所に案内してもらう。
沼があったという場所に近づくにつれ、酷く臭ってきた。マイリントアのいう死臭というものだろうか。我慢ができない臭い。
そして私はそこに行って、すぐに腰を抜かした。
震えが止まらなかった。
なのに、ベックとフーイは平然としている。
「どうした、リネ」
沼があった場所は、森の中の、集落の更に奥にあった。すでに綺麗に整備されており、まっ平らな地面がそこにあるだけ。
周りには木々が生えており、さっきの集落と同じ雰囲気だ。ただ藁葺き屋根や井戸の残骸がない。
ーーーそう、彼らは言い張る。
「ほら、やっぱり埋められてるじゃないか」
「俺は、沼があったな、って言っただけだろ」
「ホッ。ホっはっはっはー」
今度こそ、マイリントアが狂ったように、楽しそうに大笑いしだした。
ゲラゲラと転げ回ってひとしきり笑う。
さすがにベックもフーイも気を悪くしたらしい。
「なんだよ。何が面白い」
フーイがマイリントアに近づいた。
「ふ、ふふ。いやなに。お主ら、幸せじゃのぉと思ってな」
マイリントアは、震える私の上で、とても楽しそうだった。私はもう泣きそうなのに。
「ワレの主には、あまり幻影は効かんらしい。主だけが怖がるのは可哀想じゃから、おぬしらにも特別に見せてやろうーーー真実をな」
マイリントアが、まじないを唱え、手のひらに何かの複雑な文字を浮かべた。
その文字が大きくなって、沼の方向に広がる。
沼を包むように平らになったあと。
指をパチンと鳴らした。
瞬間、パン、とガラスが割れたような音がした。
「おわっ」
「うわぁぁぁぁあっっ」
びっくりした、というベックに比べ、フーイは飛び上がるように後退りして、絶叫した。
沼はそこにあった。
ドロドロの、汚い沼だ。全然整備などされていない。でもそれだけじゃなかった。
広大な沼の中に、これ以上入らないのではというほど、人間の死体が詰められて山になっている。しかも、そのうち半分ほどは、死んでいるのにモゾモゾと動いている。
「うわ、うわ、うわぁぁああ」
フーイは顔を赤黒くして泣いている。私も兜の中で涙が止まらなかった。
なぜ。
なぜこんなことができる。
こんな非道で、非情なことが。
「高度な魔術で隠されていたようじゃの」
ふむふむとマイリントアは沼を眺める。
「黒魔術の素になる人間と、そのダークエネルギーを集めるにはもってこいの装置じゃ」
「集めるって。まさか」
「そうじゃの。わざと『抜け出せる』ように小さく隙間ができておる。この死体が少しずつ抜け出して、その畑周辺に被害をだしていたのじゃろ。そしてそれを調べるために調査にきた人間がこやつらに捕まるという仕組みじゃ。よくできておる」
「なんでそんなものをこんなところに」
ベックは驚いてはいるが、あまり怖がっていないようだ。今までの人生の経験値が恐怖心を薄れさせているのだろうか。どんな経験をしたかは知らないけど。
「さてのぉ。帝国のお偉いさんが来たと言っておったの。皇帝に関わる人間かもしれんし、もしかしたら、その皇帝に罪を擦り付けるためにそう言っただけの別の組織かもしれん」
「皇帝がこんなのに関わっていると?」
つい、私は声を出してしまった。
マイリントアが私を見る。ベックも。
フーイ、、、は、恐怖でそれどころではなさそうだ。
馬鹿者、とマイリントアが目を細めて私を見る。
ベックは、一瞬、ぽかんとした後、ニッと人好きのする笑顔になった。
「ーーーなんだ、リネ。お前、喋れるのか。もしかしてあれか?いい年なのに、声変わりしていないのが恥ずかしかったとか?まったく、そんなの気にしなくていいのに。ははは。いやぁ、声がでるなら良かった良かった。心配していたんだぞ」
バンバン、と鎧越しに私の背中を強く叩く。
ーーーーなんというか。
ベックで良かったというか。
私を一度、男と認識してしまったから、それを切り替えれなかったようだ。
「単細胞で良かったな」
と、マイリントアは、こそりと耳打ちする。
「こら、そんなことーーー言ったらダメよ」
私はマイリントアを怒るが、否定はできなかった。
「、、、トロフィーの件も、皇帝が関わっているかもしれないの、、、だよね」
女言葉を使わないようにしたら、変な言葉遣いになってしまった。
「そしてこんなことも。もし本当に皇帝が関わっているとしたら、何を企んでいるの、、、だろうかな?」
「リネ。言葉が下手くそすぎるぞぇ」
うるさい。
私はマイリントアを手で持って、首を締めるふりをする。すぐに力を抜いて、目の前にいるマイリントアにそのまま話しかけた。
「本当に皇帝なのかな。誕生祭で会った時は、アラン皇子を皇太子にするって堂々と宣言していたのに」
「リネ、皇帝に会ったことがあるのか?」
いきなり、話を聞いていたベックに突っ込まれる。
やばい、と私は慌ててマイリントアの首を締めた。
「え?いや、ほら、誕生祭の時、沢山警備の人が必要だったから、わたーーー僕も、臨時で働いたんだよねー、その時に皇帝がそんなことを言ってたから」
「そうか。王宮に入れるってことは、リネは余程高いランクか貴族様なんだろうな」
ベックは、少し曇った顔をしてみせた。
「そんなわけじゃないよ。たまたま。たまたまだよ」
まさかベックにそんな顔をさせてしまうなんて。
私は手に力を入れて、ベックの言葉を否定した。
ベックは王宮に入れないのだろうか。見る限りその腕前から、高いランクにいると思うのに。
「ベックだって、王宮が警備を募集してたら、きっと入れるよ。僕だって入れたんだから」
「ぐぇっ、、、リー、、、くる、、、っ」
奇妙な声がぼんやりと耳に届く。
私は警備で王宮に入ったわけではないのに、こんな嘘ついて。本当の事を知ったら、さらにベックを悲しませるだろうか。
私が落ち込んでいると、手元から怒鳴り声が聞こえた。
「っ、リネ!!!苦しいって言っておろうが!!!たわけ者っ!!!化物もすぐそこまで来ておるぞ!」
「え?あっ、ゴメンっ!!!」
慌ててマイリントアの首を締めていた手の力を抜く。
「うっかり死ぬところだったぞよ、この馬鹿力がっ。魔力はないくせに筋肉ばかり育ちおって!!ほら、足元じゃ、フーイが捕まっておるぞ」
「フーイ!!!」
フーイは腐った人間の化物に足を捕まれて、沼に引き摺り込まれようとしていた。ベックが慌ててフーイの腕を握り、それを止めようとする。
フーイは、真っ青な顔のまま、意識を失ってしまっていた。恐怖で失神したのだろうか。
「魂が抜かれようとしておる。リネ!その化物を斬れ。この者達にとってダークエネルギーは毒なのじゃ、このまま先に魂を持っていかれるぞ」
ベックはフーイが連れていかれないように化物と綱引き状態になっている。
私が斬るしかない。
「あぁぁっ!!!」
剣を振り下ろすと、ザシュ、という音がした。
人の形をしたものを斬るのに抵抗はあったが、そんなことを言ってられなかった。
化物が胴体から切れて、フーイが自由になる。
それを確認して、気合いをいれて私は沼の中で蠢く化物の方に駆け出した。
「ーーーーっ?俺は、、、?」
「フーイ!!!戻ったか」
目を覚ましたフーイは、なぜ自分が意識を失ったのかわかっていなかった。そして改めて、化物の沼を視界に入れて、うわぁと叫ぶ。
「ベック、フーイ、お主ら、悪霊を斬るものは持ってきておるか?」
マイリントアの声に、ベックは頷く。腰から太刀を抜いた。
「背中の剣は斬れないが、この太刀は斬れる。フーイは弓使いだから無理だ」
「援護魔法は使えるっ」
恐怖に震えながらもフーイは声をあげた。
意外と負けず嫌いのようだ。
マイリントアはニヤリと笑う。
「そうか。ではリネに続け。化物を殲滅するのじゃ」
「うぉぉおーーーっ!!!」
ベックも沼の方に駆けていく。
フーイはそのままの位置で、防御魔法を唱え始めた。
※※※※※※※※※※※※※※
ーーーーー。
どれほどの時間がかかっただろう。
沼から、人の姿をしたモノが動くことはなくなった。
しかし人の死体がなくなったわけではない。
私達は沼の泥と、死体の出す液体と、腐敗した何かによって汚れまくって、自分が本当にまだ人間なのかもわからなくなる頃に、ようやく剣を地面に置いた。
地面に倒れてはぁはぁと息を切らす。
「ーーーもう、無理」
「化物は、もう、、、いないのか?」
私の横に倒れたベックは私に聞いた。
「ーーーわからない。でも、殆どただの死体に戻ったみたい」
マイリントアが横でそう言っているから、そうなのだろう。
フーイも倒れており、もう喋る元気もないようだ。魔法を使いすぎて魔力切れを起こしている。元々フーイは貴族ではないから、魔法が使えることだけでもすごいことだ。しかも予想より魔法の持続力があり、魔力の高さがうかがえた。
「じゃが、このままにしていたら、また化物は増え続けるだろうがな」
なんてことを。
こんな広大な沼に入った死体。
もうどうしようもない、、、。
「ーーーー焼き払うかの」
にぃ、とマイリントアは、魔物らしく笑った。
「え?」
「アラクルカミヨワレニチカラヲアタエタマエ」
変なまじないを唱えたあと、マイリントアが口を大きく開けた瞬間。
ゴッ、と音がして、黒い炎が火炎放射器のように飛び出した。
沼が。泥が。死体が。
水分を含んでいるはずなのに、一瞬にして灰になった。残ったものは、全て黒くなった砂だけ。
「ーーーーえ?」
私もベックもフーイも。
皆で倒れたまま目を丸くする。
「ふはははは」
マイリントアはとても楽しそうに笑った。
「ほれみたか」
と私達を振り返る。
「ワレが、一生に一回使えるという荒くる神の力を借りて燃やしてやったぞ。感謝せい」
なにその設定。さっきの変なまじない、そういうこと。ただのマイリントアの力のくせに。
マイリントアなりに、私の立場を考えてくれていることがわかって、それを嬉しく思う私も、ちょっとおかしくなっているのかもしれない。
ベックとフーイはしばらく黙ったが、先にベックが口を開いた。
「、、、そうか。そうだよな。一生に一度の。まぁ、魔術師の力で猫が喋るくらいだもんな。そういうこともあるかもしれないな、、、、」
「ーーーそんなバカな」
フーイが否定する。だがそれ以上を考える気力はなかったようだ。
「とにかく、、、助かった、、っ」
誰が先に笑いだしたのかわからない。
誰かが笑いだして、そのあと皆で笑った。
しばらく、森に笑い声が響いていた。
※※※※※※※※※※※※※※
「じゃあな、リネ。今回はお前達がいてくれて本当に助かった。この前も助けられたしな。こんな汚れまくった姿だから今日はちょっと無理だが、今度、ちゃんとお礼をさせてくれ。この前の分も含めて、ご馳走、沢山食わせてやる」
ベックが私にメモ紙を渡してきた。住所が書いてある。
「俺達がいるところだ。俺達の食事は貴族様にはちょっと口が合わないかもしれないが」
「え?」
私はパッと顔を上げる。
「まぁ、肉を焼く程度の店だが、味は保証する」
「焼き鳥ーーーあるの?」
白い兜をつけているのでわからないだろうが、私は瞳をキラキラとさせてベックを見上げた。
「焼き鳥?ステーキじゃなく?そんなものでよければ、吐く程食べさせてやれるぞ」
私は飛び上がった。
「必ず行くっ!必ず行くから、待っててね!」
私のあまりの勢いに、ベックは少し後退る。
「お、おう。そんなに食べたいか。じゃあ、全財産の支払いを覚悟して準備しとくぞ」
に、と親指を上に立てて笑ったので、私も指を立てて笑った。
ベックはとても気持ちの良い人だ。
「焼き鳥くらいで喜ぶ貴族様とかいるか?」
こっそりとベックがフーイに問う。
「あんな防具と武器を持てる人間が貴族じゃないわけないだろ。皇子の誕生祭で王宮の警備もできたんだ、王属の騎士様に違いないだろ」
「こんな小さな少年が?まさか。さすがに試験に受かんねぇよ」
はは、とベックは笑う。
こそこそと話しているが、全て筒抜けだ。
「僕は騎士じゃないよ。僕が騎士になるなんて、無理な話だよ」
箱入り令嬢ですからね。
「そうだよな。ほらフーイ。聞いたか?騎士様じゃないってよ。いやな、俺達、あんまり貴族とか騎士とか好きじゃなくてな。あ、お前は別だぜ?ーーーだから、良かったよ。お前みたいなやつがいるって知れて」
私はそれには何も言わない。
相手には見えない愛想笑いで流してみた。
「ーーじゃあね、今度、絶対ご馳走してね!」
といって、ベックとフーイの2人と別れた。
角を曲がって。
ベックとフーイが見えなくなったのを確認してから、私はマイリントアの身体をがっしりと掴む。
「、、、ちょっと!マイリントア!何よ、あの炎。あんなのできるなら、沼を見つけた時にさっさとやっちゃってよ。死ぬかと思ったじゃない」
マイリントアは、胴体を掴まれているが、強くは握ってないので足をパタパタと楽しそうに動かす。
「阿呆。できるものならしておったわ。あの時はできなかったのじゃ」
つん、とマイリントアは顔を反らす。
「どういうこと?」
「言ったであろ。ダークエネルギーが増えるとレベルがあがる。ソナタのレベルがあがったから、ワレが使える魔力量も増えただけじゃ」
「ーーーどのくらいあがったの?」
確かに沢山、人間の化物は倒した。それこそ沼の中にいた化物の2/3くらいは倒したような。もしかしたらレベル10とかなってたりして。
「レベル4くらいじゃな」
「レベル4?」
たったのレベル4?あんなに倒したのに?
でもレベル4であの威力。
あんまりレベルはあげない方がいいかもしれない。
そう思った私の心を読んだ様子のマイリントアは、
「もう少しレベルをあげたら、そよ風くらいはサービスしてやってもよいぞ。夏の暑さには気持ち良かろう」
と言ってきた。
あんな炎を作る魔力は戻っているくせに。
なんて魔物だ。意地悪ばっかり。
絶対、これ以上はレベルあげてやらないんだからと、私は心に誓った。




