悪役令嬢、悪霊の森に入る
ガシャン、と白い鎧が鳴った。
転移の魔道具によって飛んできたのは、王都外れのスラム街の奥にある森。
昼間にきたので思ったよりは薄気味悪いという印象はなく、むしろ真夏の地獄の暑さが和らいで、木漏れ日が気持ち良いくらいだった。
鳥の声。草木の揺れる音。水分を含んだ土と木々の匂いが、マイナスイオンをいっぱい運んでくれる。
「マイリントア。何よ、涼しくていいところじゃない」
白い鎧を着た私の肩に乗っているマイリントアに声をかけると、マイリントアは肩を竦めた。
「さすが主じゃのう。こんなにダークエネルギーが満ちた場所なのに、全くその気配を感じないとは。ワレもびっくり仰天なのじゃ」
「それはどうもすみませんね」
どうせ魔法不器用ですよ。
魔法の気配なんて一切感じません。
「で?もし悪霊が出たとして、どうやって悪霊を倒せばいいの?私、霊感なんて一切ないんだけど」
「悪霊はワレが見えるようにしてやろう。そして倒すのは、悪霊とはいえ何かに取り憑いたモノじゃから、ソナタの剣でどうにかなるじゃろ。その剣にはそういう物を斬る力も備わっておる。よくできた剣じゃな。くれた人間に感謝せい」
国宝級の剣とは聞いたけど、ただよく斬れる質の良い剣だとばかり思っていた。悪霊も斬れるなんて。
私はアラン皇子に少し感謝する。
すぐ私から目を反らすから嫌われているものとばかり思っていたけど、ちゃんと婚約者としての責務は果たしてくれているのかもしれない。
「ほら、早速お出ましじゃよ」
マイリントアが顎で示す先に、目の赤いキツネが木の陰から現れた。
「人間に無惨に殺されたキツネじゃな。人間に対する憎悪が溢れとる」
「そんなことまでわかるの?」
「ワレを誰と心得る。マイリントア様じゃよ?そのくらい、朝飯前の夕飯後じゃ」
ポコリ、とマイリントアは私の頭を小さな手で叩くが、兜をつけているので全く痛くない。
「ほれ、狩ってみぃ」
言われるまま、私はキツネの悪霊を斬った。
すると、いつもコアが落ちてくるが、落ちたのは小さい小石だった。
「死んだキツネの歯じゃな」
「この石、歯なのね。歯に取り憑くなんて」
「これはだいぶ良い方じゃよ。下手したら、まだ生きているものに取り憑く。動物ならまだ良いが、人間だった場合、リーネにはちょいと難しかろう。道徳というものがあろうからな」
道徳、ですって。
「ほんと、人間のことを良く知ってるわね」
「ちょいと散歩ついでに、幼い子達の学校にいってみたりしてるからな。あそこは皆、ワレに美味しいものをくれる。授業というものもなかなか面白いぞ」
ホッホッとマイリントアは笑う。
マイリントアの行動範囲で行ける学校なんて、公爵領の低学年の学園だろう。あそこは完全に貴族のみが通う学校なので、美味しい料理お菓子をおやつとして持参している子が、マイリントアに餌付けをしているのかもしれない。
「最近、マイリントアが昼間にいないって聞いてたけど、そんなところに行ってたのね」
「屋敷にいても暇じゃからな」
「自由で楽しそうですこと」
まさかマイリントアを羨む日が来ようとは。
「さて、ソナタにダークエネルギーは見えたか?上手く吸収したようじゃが」
「全くわからなかったわ」
「そうじゃろうのぉ。でも間違いなく吸収しておるよ。胸の辺りに漂っておる。それを使うか、経験として取り入れるかは、本来はソナタがえらべるのじゃがな」
「選べないの?」
「見えないのじゃからなぁ。身体に吸収はしとるから、あとは成り行きに任せるしかないの。使うか貯めるか」
「そんなものなのね」
「ーーー普通はな」
マイリントアは、虎のような顔をニヤリとさせる。
「今回はワレのためでもあるからの。ワレが少しだけ手助けしてやろう」
そう言って、マイリントアは私の胸の付近に手を当てた。鎧を着ているからマイリントアの手の感触はない。
マイリントアが胸元に手を当てて何かを呟くと、何故か口の中に苦いものを感じた。
「ほれ、経験値に変えれるようにしてやったぞい」
「なんか口の中が苦いんだけど」
「いわゆる、ダークエネルギーを薬にしたようなものじゃからなぁ。血に混じって体全体に行き渡る。もちろん口にもな。それのせいじゃろうが、まぁ気にしなければ済むことじゃ」
苦いのは私なんだけどね。
「それで、どのくらい倒せばいいの?」
「そうじゃのぉ。、、、リーネのレベルが今、1として」
1なんだ。
「キツネくらいじゃったら、50匹程度でレベル2に上がるじゃろ。レベル2じゃったら、それから3にあがるまでその倍。4なら更に倍、という感じじゃ」
レベル1から2で50匹。
レベル2から3は、50の倍で100匹。
レベル3から4は、100の倍で200匹。
レベル4から5は200の倍で400匹。
つまり、レベル5になるために、750匹のキツネを倒さなければならないと。
ダンジョンとは根本的に違うのは、ダンジョンでは敵の方から次々に来てくれるのに、森では自分が敵を探さないといけないことだ。
気が遠くなる作業になりそうだった。
「で、マイリントアは、私にどれだけのレベルになって欲しいの?」
「最低で10。欲を言えば90。まぁ、ワレの主としては50程度が妥当じゃな」
ふざけるな!と怒鳴りそうになった。
レベル10になるだけで25550匹のキツネを狩る必要がある。そんな数、公爵領どころかリンドウ国内のキツネ全て狩っても足りないかもしれない。その上、悪霊でないとならないなんて。
「無理でしょ」
私が言葉に怒りを含ませると、マイリントアは少し呆れた顔をしてみせた。
「キツネで数えるから莫大な数になっていくんじゃよ。もっと大きいものを狩ればよいだけじゃ」
「もっと大きいもの、、、ねぇ」
お化けの類い、ほんと苦手なんだけど。
とりあえずキツネあたりの悪霊は倒せることがわかったので、森の奥に進むことにした。
それからは、キツネが15匹と犬が3匹出てきた。
実際に生きているものと違うから、思ったより出現しやすいのか。
「こういうのは『場』に集まるからのぉ。『場』さえわかればむしろダンジョンよりも倒しやすいかもしれんぞ」
「なんでこの森が『場』になったのかしら」
「それこそ色々あるのじゃろ。特にここはスラム街の奥にあるからのぉ。仕方ないかもしれんな」
何で仕方ないの、と言おうとした時に、森の奥から人の気配を感じる。
そしてガサガサと枯れ葉を靴で踏む音が聞こえた。
私はマイリントアと一緒に、太い木の上に登って息を潜めた。
来たのは2人。頭にバンダナを巻いて、弓を背にした好青年が、困った顔で頭を搔く。
「こんなところまで来てしまったぞ。本当にやるつもりか」
その男の前を突き進む、背が高くて筋肉質の熊のような男が答えた。こちらは背中に異常なほど長い剣を担いでいる。
「仕方ねぇだろ。孤児院のマザーが困ってるって言うんだからな。俺に拒否権はねぇよ」
「ほんと、ベックはマザーに甘いよ」
ザクザクザクザク、目的地を目指している歩き方で進んでいく。
「お前だってマザーには、お世話になっただろうが」
「もちろんそうだけど。こんな、殆どお金にならない仕事引き受けるなんて」
「じゃあ引き返せばいい。ここは俺だけで充分だ」
ザクザクザクザク。
「お前を一人にはできんだろ。何をするかわからんのに」
「そう言いながら、この前は一人にしたじゃねぇか」
「あれは『イカズチ』の奴らが足引っ張ってたから、お前を解放してやったんだろう」
ははは、とベックと呼ばれた男が笑う。
「そうだったそうだった。あれはお前に感謝しなきゃいかんところだったな」
ちらりと後ろについてくる男をわざとらしい笑顔で見る。
「文句垂れながらも、なんだかんだ俺についてきてくれるしな。フーイには感謝感謝だ」
「なっ。俺は別に」
少し顔を赤くした青年は、すぐに表情を元に戻す。ポリポリと頭を掻いた。彼の癖なのだろう。
「でも、もし俺達があそこを解放させたとしても、スラムが今のままなら、またあそこもすぐに元に戻るぞ。根本的な解決にはならん」
「じゃあ、スラムの方からアタックするか?それこそ解決は目処がたたんだろ。まずは困ったことから解決。それでマザーが少しでも楽になればいいさ」
「、、、ったく、ほんとベックは、楽天的というか」
ザクザクザクザク。
私達は、そんな彼らを木の上から目で追った。2人の姿が見えなくなってから、マイリントアは声を出す。
「奴らも悪霊退治に来たっぽいのぉ。目的地はまだ奥の方みたいじゃが」
「あっちに何かあるのかしら」
「マザーという孤児院の先生が困っておるようじゃから、悪霊によって困ったことになっている場所があるんじゃろなぁ」
「そうなんでしょうね、、、」
悪霊で実害があるなんて、想像するのは墓場とか幽霊屋敷とか、ろくな場所ではない気がする。
私、昔からホラーは苦手なのよね。
時間はかかっても、ここらでコツコツとキツネの悪霊でも狩っていこう。
私がそう思いながら木から降りようとすると、マイリントアは目を輝かせて私を見上げた。
「ノクトが言っていたのも、そこのことかもしれんな。よしリーネ。奴らについていくぞ。そして悪霊を一網打尽。リーネはレベルアップで一石二鳥じゃ!」
「え?いや、私はここで充分、、、」
「善は急げ!行くぞリーネ。奴らについていくのじゃ」
その時、急に、横からものすごく強い風が吹いた。木から降りようとしていた私は、その風に直撃して、数メートルといわず身体が飛ばされる。
「きゃあぁっ」
つむじ風で飛ばされた家のように投げ出されて、着地しても勢いは止まらず、身体は地面を引きずり、ベック達の足元でようやく止まった。
「うおっ!なんだ!?びっくりした」
鎧があるので私は傷1つないが。
あまりの衝撃に私はしばらく動けなかった。
ベック達の足元でただ寝そべる形になっている。
マイリントアめ。何が、自分に風を送るだけの魔力しかない、よ。ただのサボりじゃない。こんな風を出すだけの魔力はあるくせに。
「お。おい、大丈夫か?どうした、悪霊にやられたか?」
「いや待て、ベック。こんなところに騎士が飛んでくるものか。何かの罠かもしれんぞ」
騎士が飛んでくる罠って何よ。
私が兜つきの重い頭をようやく持ち上げた時、ベックと目が合った。
「あれ。お前、もしかして。ダンジョンの8階で会った奴じゃないか?」
私もそんな気はしていました。
「ベック、知り合いか?」
「ほらフーイ。言ったじゃねぇか。ホワイトベアーを倒してくれた、ものすごい強い奴」
「あぁあのダンジョンの。あれはベックの幻影にやられた妄想じゃなかったのか」
「妄想なわけねぇだろ。実際にコアが残ってたんだから」
「ふぅん。それで、なんでそんなすごいやつが、こんなところに」
「誰かから依頼されたんじゃねぇの?ほら、手を貸してやるから起きろよ」
ベックは私に手を差し出してくれる。私はその手を受け取って、ゆっくり起き上がった。
「お前、名前はなんだっけ」
ベックから言われ、私は悩む。
リーネと言っていいのか。もうダンジョンの時と違って、他に人がいるしマイリントアもいるから、女であることがバレても問題は起こらないだろうけど。
私が少し黙ると、ベックははっとして私の肩を強くバンと叩いた。
「悪い悪い。そうだった、お前、喋れないんだったな。フーイ、そういうことだから勘弁してやってくれ。こいつは悪いやつじゃねぇ。俺が保証する」
ふぅん、とフーイと呼ばれる男は私を白い鎧越しに覗いてきた。20台前半くらいだろうか。アラン皇子やジルお兄様とは比べものにならないが、一般人としては綺麗な顔立ちをしている。
男はにこっと笑った。笑うと左の八重歯がちらりと見えて可愛かった。
「ーーーベックがそういうなら間違いないだろ。よろしくな、俺はフーイ。ベックとは腐れ縁だ。何かあれば、ベックじゃなく俺に相談するといい。ベックは頭脳戦は苦手だからな。脳筋なんだ」
「脳筋じゃねぇよ」
不服そうにするベックも、しかし強く否定できなさそうな表情をしていた。脳筋なんだろう。
私はフーイが右手を差し出してきたので、右手でその手を握り、握手した。
その流れを一部始終見ていたマイリントアが、ニヤリと笑った。
ピョコンと私の肩に乗ってきて、口を開く。
「ワレはマイリン。喋れないコヤツの代わりにと、魔術師が喋れるようにしてくれた、無害の可愛い猫じゃ。よろしくな」
「わ?ね、猫が喋ったぞ、フーイ」
ベックは驚き、フーイは呆れた。
「いや、本当に猫か?自分で無害といってくるのも怪しいんだが」
ベックが、訝しむフーイを叱る。
「こんな小さくて可愛いんだぞ。無害じゃないはずないだろ。喋る子猫なんて孤児院の子供達が喜ぶだろうな。一度孤児院にも遊びにきてくれ、えーと、、、白いの」
やっぱり『白いの』扱いか。
「コヤツの名前はリネと言う」
マイリントアがそう説明した。単純すぎる名前。私がマイリントアをマイリンと名付けた腹いせか。
「リネか。よろしくな」
ベックも手を出してきたので、ベックとも握手する。
「それで。お主ら、今からどこに行く気なんじゃ?」
マイリントアが問うと、ベックは森の奥を指差した。
「この先にある集落なんだがな、といっても、もう、人は誰もいない。元々、人が住めるような場所じゃねぇからな。だがそこに悪霊が住み着いたらしい。孤児院が管理する畑が近くにあるのに、最近被害が続出していて危ないってんで、俺が頼まれたんだ」
「ただ同然でな」
フーイは不本意なんだろう。悪霊だとコアも出ないから、本当に収穫は何もない。
しかしベックについてきているということは、お金に文句があるだけで、仕事自体はするつもりなのだろう。
彼ら、ダンジョン8階までいけるということは、ギルドでもそこそこ名のある人達のはずだ。
それが、ただ同然で仕事を引き受けるということは。
余程のお人好しなのか。
「では、ワレ達もそこに連れていってくれんかの」
マイリントアが言うと、ベックは目を見開く。
「別の依頼できたんじゃねぇのか?今フーイが言ったように、俺らの依頼は全く儲かる仕事じゃねぇよ」
「お金は気にしておらん。コヤツは今、修行の身でな。強いやつを探しておるのだよ」
別に強いやつを探しているわけではないんだけどね。
ベックはそれを素直に受け取る。
「へぇ。リネ、あんなに強いのに、まだ強くなりたいのな。あぁ、だから8階でも、倒すだけ倒して、コアを受け取らず帰ったんだな。ようやく理解できた」
よくやく理由がわかってすっきりした、と勝手に解釈するベック。
この人が心配になる。素直過ぎて騙されないといいんだけど。
「そうなのじゃ。では行こうか。悪霊退治」
なぜかマイリントアが仕切りだし。
ーーそして、私の意思には関係なく、集落の悪霊退治をすることになった。




