悪役令嬢、夏を嘆く
夏。
私の活躍を讃えるパーティが終わって、ようやく落ち着きを取り戻した。結局、陰謀はあったが、事が起こる前に解決したため、首謀者が誰かと公に追及されることはなく、それからはゆっくりと時間は流れた。
パーティの時はまだ歩くと汗が滲む程度だったのに。
私は開けた窓から外を眺めて、空気が熱で歪む様子を見た。照りつける太陽の陽射しを浴びた肌がジリジリと熱を帯びる。
高く遠く響く虫の音に、目を閉じると思い出す。
小さい頃の想い出。
Tシャツと半ズボンで駆けていったあの頃。近くの公園で網を持って、朝から日が暮れるまで遊んだ記憶。暑いのに楽しくて。
帰ってから扇風機の前でしばらく動かなかった。
冷たい氷を入れた麦茶のカップが、じわりと汗をかく。きゅっとそれを喉に流し込む。
そんなーーー夏、だった。
「って、もう、信じられない」
私がこの世界に来てから、初めての夏。
まさかこちらの夏も、洒落にならないくらい暑いとは思わず。
「なんで?あっちは大気汚染とか自然破壊とかあるから暑いんじゃないの?」
じっとりと汗をかいて、私はフワフワ羽を生やした団扇で顔を扇いだ。
体感温度は40度くらい。
うっかりすると死にそうなレベル。
こんなに異世界の夏が暑いなんて、聞いたことがない。なのに、こちらの世界には扇風機もクーラーもないのだ。
どうやって快適に生きろと言うのか。
「それでなんでマイリントアはそんなに涼しげなの?」
私の部屋のベッドの上で寝転ぶマイリントアは、気持ち良さそうにウトウトとしている。私に声をかけられて、少し迷惑そうにしてみせた。
「、、、ワレは魔法で風を自分に送っておるからな。細かい氷の粒をその中に混ぜると、風が冷たくなって気持ちいいぞ」
「なにそれ。ズルい。私にもその魔法をかけてよ」
「残念じゃの。そうさせてやりたいのはヤマヤマじゃが、主の魔力量が少ないせいで、1人分しか魔法を使えんのじゃ。あー、残念。残念じゃのぉ」
く、悔しい!!!
「魔力が低いことが問題なのね。あのマイリントアのいたダンジョン以外で、魔力上げる方法はないの?」
マイリントアは気だるそうに答える。
「低いレベルのダンジョンでコツコツ頑張るしかないのぉ。ワレはでっかいのを一気にグワッといく方が好みじゃがの」
ホホッと笑う。
そのせいであそこに飛ばされたのか。
「ダンジョン以外じゃダメなの?ほら、未開拓の土地とか人のあんまり入らない山や森とかあるじゃない」
「別にそれでもよかろうが。そういうところは普通の動物の方が多いからのぉ。まず魔力に関わるコアは手に入らんし、魔物と違って普通に動物の死体がでるぞ?人間はそういうものを放置しておかない生き物なんじゃろ?墓とか死体を焼くとか、そういうのは面倒くさいと聞くが」
何よ、意外と人間文化に詳しいじゃない。
本当は人間のことに興味がでだしてたりして。
「そうでもないわよ。墓は、人間だったり一緒に暮らした動物とかには作ることが多いけど、すべての生き物に作るわけじゃないわ。ただ、死体が腐って悪いものが生まれたり、悪霊が憑いたりしないように焼いたりはするわね。絶対じゃないけど」
「悪霊が憑く、か。なるほどのぉ」
マイリントアがふむふむと何か考えている。
「どうかしたの?」
「なに、ちょっと思い出しただけじゃよ。昔、悪霊の軍隊と戦ったことをな。ダンジョンで残された人間全員が悪霊になったことがあった。ダンジョンに放置されたからと思っておったが、ダンジョンで死ぬ人達全てが悪霊になるわけではない。あれは何故だったのかのぉと思ってな」
軍隊全員が悪霊になるとか、そんなホラー、関わりたくないわね。
「ま。いいんじゃないかの、それで」
「え?何が?」
急な承諾に、私は首を傾げる。
「悪霊でコアは得られんが、あいつらはダークエネルギーで動いておる。ソナタなら、そのダークエネルギーを自分のものにできるかもしれんな、と思ってな」
「え。いや、私はダンジョンでコツコツ頑張るわよ」
悪霊とか冗談じゃない。
「ソナタはコアから魔力を得るのは向いておらんぞ。魔法に対して極端に不器用じゃからな。コアの中の魔力を吸収しやすいようにしたようなものがダークエネルギーじゃ。他の人間にはただの毒じゃがな。食べ物のような固形のものより、潰して流動食にした方が吸収しやすいのと一緒じゃ」
「そんなこと言われても」
「涼しくて居心地の良い夏を過ごしたいんじゃろ。ワレも早く普通に魔法を使いたいぞ。利が一致したな。さぁ行こうか」
何をいきなり勝手に気合い入れてるの。
「いやいや、ほら、もうジルお兄様も、私に転移魔法は使ってくれないと思うわよ?マイリントアにだって警戒してるだろうし。そもそも何処に行こうってのよ。あてはあるの?あては」
ホッホッっとまた笑う。
「この前、ノクトとやらと一緒に祭りに行ったじゃろ。その時に有力な情報を手に入れてやったぞよ。王都外れにあるスラム街の奥に、悪霊らしきものが湧いて困っているらしい。ワレには関係ないことと無視していたがな。こんなところで役に立つとは」
ノクトめ、余計な事を。
マイリントアにそんなことを話す必要がどこにある。
「い、移動手段がないわ。私は外出を簡単にはさせてもらえないもの。そんな悪霊とかの問題より、危険なスラム街なんてとても」
「ホッホッホッホッ」
「もう、やめてよ、その笑い方。絶対なんか悪いこと企んでるでしょう?」
マイリントアは私の言葉を無視する。
「この前、祭りに行った時、道具屋に寄ったのじゃよ。そしたら、大量に売っておったわ。転移の魔道具」
どこからともなく、地図を丸めたものを大量に取り出す。
「魔道具?それってもしかして」
「地図に書かれたところに印をつけて念じたら、そこに行ける便利な道具じゃ。これがあればジルを使う必要もない」
マイリントアはすごくドヤッてくるけど。
「ちょっと待ってちょっと待って。その移動魔道具、1枚でめちゃくちゃ高いんだけど、それを購入したお金。どこから出したの?」
嫌な予感しかしない。
「そこの棚に大量に入っておったよ。小石のようなコアが。1つじゃ些細な金額にしかならんがな。さすがに何千もあればそこそこの金になりおったわ」
私の部屋の隠し棚を指差して、ホッホッホと笑うマイリントア。
私の、焼き鳥食べ歩きのための資金じゃないの!!!
「な、な、な、な、ななななーーー」
なんてことを。
あんなにジルお兄様に頭を下げてお願いして、ようやく連れていってもらったダンジョンの。
この前のマイリントアとの事で、ダンジョンに連れていってもらうことができなくなったのに。
焼き鳥食べる機会ができた時、お金をどこから出したらいいのよ。いくら家が金持ちでも、許可がないと使えないお金なんて、ないも一緒なのに。
泣きそうになる私を、マイリントアは前向きに解釈する。
「そんなに嬉しいか。買った甲斐があったというものよの。では善は急げじゃ」
マイリントアは地図1枚に自分の力を注ぐ。
「ワレほどになれば、こんな大雑把な地図でも細かく指定できるのじゃよ」
ぴょん、と手のひらサイズの体で私の肩に乗り、その地図を破った。
破ることで魔道具が発動する。
「ちょっと待って、私、まだパジャマ、、、」
その言葉と共に、地図が光って飛ばされた。
現れた場所は、公爵の屋敷の部屋の1つ。芸術の間。様々な芸術品がところ狭しと並ぶ場所で、そこに私の白い鎧も飾られている。
「この前、リーネをネグリジェでダンジョンに連れていって、ジルにしこたま怒られたからな。今回はちゃんと防具をつけさせてやろう。親切じゃろ?」
とマイリントアは自慢げに言うが、ただ単にジルお兄様が怖いだけだと思う。
「ここって私の家じゃない。こんなところ、歩いても数分で着くのに、ここにくるのにわざわざ転移魔道具を使う必要は」
「さぁ、今度こそ悪霊の森まで飛ぶぞ。ちゃんと掴まっておくのだぞ」
マイリントアは私の肩に乗っているだけだから掴まるも何も。
っていうか。
「高価なんだから転移魔道具の無駄遣いしないでよぉっ!」
私が叫ぶと同時に、光が私達を包む。
マイリントアは私の従のはずなのに、全く私の言うことを聞いてはくれる気配はなかった。




