悪役令嬢、アラン皇子とジルの対決を見る
広大な山奥にある、義賊『ピュアカルマ』の基地の中。
牢屋代わりの小部屋に閉じ込められていた私は、扉が開いて、そこから入ってきた男を見据えた。
鮮やかな金髪は緩くカーブをして、その整った顔を華やかに彩っている。
騎士団に入団してから更に凛々しくなったその姿に、頬を染めない女性はいない。
「ジルお兄様」
未だに白鎧を装備している私は、その男の名を呼ぶ。
動揺して声が震える私に気付いて近付き、私の手を握ってくれたアラン皇子を、ジルお兄様は睨み付けた。
「俺はリーネだけをこの部屋に呼んだはずだ。リーネを巻き込まないように。ーーーなぜアランがここにいる」
アラン皇子はその視線を受けて、同じようににらみ返した。
「ジル。それは俺の言葉だろう」
アラン皇子は私と一緒に、ジルお兄様の過去を見てしまった。
アラン皇子はアラン皇子で、考えることもあるだろうし、ジルお兄様に同情する気持ちもあるのだろうが、今からジルお兄様がしようとしていることを考えると、怒りの方が勝るようだ。
ジルお兄様は、私達がジルお兄様の過去を知ったことをまだ知らない。
「……なんのことだ」
ジルお兄様は、首を傾げてみせる。ジルお兄様の普段優しい切れ長の瞳が、厳しくアラン皇子を見つめていた。
「今からどこに行くのか、ということだ」
アラン皇子から言われて、ジルお兄様は、ようやく自分の行動が筒抜けであることを察した。
ジルお兄様は、小さく笑う。
「……なに。俺の家族の周りでチョロチョロと五月蝿い、生意気な猫を駆除しにいこうとしていただけだ」
アラン皇子は苦笑して一歩前に出る。
「ーーーでは、ここで俺を駆除すればいい。王宮に行くまでもない」
「そういうわけにはいかなくてな。アラン以外の奴らは、アランよりもたちの悪い、腐った野ねずみだから」
でも、とジルお兄様は呟いた。
「ここでアランを駆除するというのは、良いアイデアかもしれない。俺の可愛いリーネを不幸にするわけにも、死なせるわけにもいかなくてね」
ジルお兄様は、腰にさしてあった鞘を左手で握りしめ、そこから右手で剣の柄を握る。
勢いよくジルお兄様が剣を抜くと、その剣の軌道と同じ位置の壁に大きく亀裂が入った。
アラン皇子は素早く私の前に立って私を庇ったが、ジルお兄様の放った攻撃は私達に向けたものではなかった。だがその威力は脅しにしては大き過ぎた。
ジルお兄様は、本気なのだと肌で感じる。
ジルお兄様は、鞘から手を離し、その手を私の方に伸ばした。
「さぁリーネ。良い子だから、こっちにおいで。そこにいたら、アランへの攻撃に巻き込まれる」
私は首を振った。
「嫌です。ーーー嫌です、お兄様。アラン殿下とジルお兄様が戦うのも、ジルお兄様が罪人になってしまうのも」
「もう遅いんだ、リーネ。俺はもう、取り返しのつかないところまで来てしまった。今さら俺だけ助かろうなんてことはできないんだよ。俺がいないと王家は潰せない」
私はジルお兄様の後ろに呆然と立っているベックを見る。私しかいないはずの部屋から、私だけでなくアラン皇子まででてきた上、ピュアカルマのボスである人間が私の兄という事実に頭が追い付いていないようだった。
「……ベック」
私はベックに叫んだ。
「ジルお兄様を止めてちょうだい。ジルお兄様は、ちょっと心が傷ついているだけなのよ。ジルお兄様は決して、決して人を無駄に殺める人なんかじゃーーー」
私がベックに大声で言っていると、私の前から爆風が吹いて、私を後ろに飛ばした。
あまりの激しさに私は床に転がる。
「ーーーなっっ???」
爆風を生んだであろうアラン皇子を私が見上げると、アラン皇子はお兄様を見たままの姿で私を振り向くことなく、私に言った。
「リーネ。俺以外の男に頼る必要はない。わからず屋のジルは、俺が徹底的に叩き潰して改心させてやる」
「……嫉妬で好きな子を吹き飛ばすのはどうかと思うぞ、アラン。俺のリーネが傷ついたらどう責任取るつもりだ」
素で呆れた顔のジルお兄様に、アラン皇子は背中で笑った。
「傷つかなくても、リーネに関しては俺が全ての責任とるつもりだ。安心しろ、ジルお義兄様」
アラン皇子の言葉に、ぎり、とジルお兄様は歯を食い縛った。
「ーーーお義兄様と呼ぶな!アラン、お前にだけは言われたくないんだ」
お兄様の剣がアラン皇子だけを狙って振りかぶられる。斬撃がアラン皇子を襲うが、アラン皇子はそれに手を伸ばして、手から放った魔法で相殺した。
斬撃と魔法の衝突で爆発が起こり、洞窟の中に建てられたような基地に振動が伝わる。
地震かと思われるその衝撃に、フロアにいた人達もこちら側に集まり始めた。
剣を抜いたアラン皇子とジルお兄様の打ち合いが始まる。お互い魔法を加えながらの激しい打ち合いで、あちこちに火花や氷の粒が舞い散る。
達人並の剣術だけでも、目にも止まらぬ早さで剣が重なり、周りの男達がその打ち合いの凄さで唸り始めた。
私がいたはずの小部屋の壁は崩れ落ち、廊下を突き抜けてフロアまで達する。
フロアにいた男達も観客に加わって、アラン皇子とジルお兄様の戦いは更に白熱していった。
騎士団で鍛えたジルお兄様の方が剣術で一枚上手かと思えば、アラン皇子がありえないほどの強力な魔法で反撃してくる。
頑丈に作られているはずの基地は、あちこちひび割れ、おかしな地鳴りとともに揺れ始めた。
「な、なに、この音……っ」
私がキョロキョロと辺りを見渡すと、近くにいたベックが私に尋ねる。
「……まさか、この建物ーーーいや、この洞窟、壊れだしているってことーーーないよな?」
私達が話している間だけでも、ぶっ飛んでいきそうな爆発が数回、爆風とともに私達を襲った。
私達の顔から血の気が引く。
「ーーーありえるんじゃないの、それ」
私は大声で2人に叫んだ。
「ちょ、ちょっと貴方達ーーー。アラン、ジルお兄様。もうやめて頂戴。この基地が壊れてしまう」
言ったが、2人はお互いがお互いに倒れないせいで躍起になり、私の声など聞こえないようだった。
洞窟の中だというのに、雷が激しく落ちて広がる。その雷のせいで、洞窟を照らしていた光がいきなり消えた。
「きゃあっ」
明かりが消えた洞窟内は暗いが、アラン皇子とジルお兄様の発する爆発と炎のせいで真っ暗になることはなく、2人の戦いだけがぼんやりと見えていた。
「ーーーー早く倒れろ、アラン」
苦しそうな声でジルお兄様が呟くと、アラン皇子が顔を盛大にしかめて声を出した。
「誰が倒れるか。そもそも、お前が俺に対して怒っていることが間違いだと、なぜ気づかない」
ジルお兄様は顔に怒りを表す。
「お前が俺のーーー」
「俺はスミレに……お前の愛した女には手を出していない。何を勘違いしているかわからんが、お前の怒りを俺にぶつけるのはお門違いだろう」
ぴたり、と攻撃が止んだ。
さっきまでの攻撃で燃えた炎だけがフロアを赤く染め、チリチリと燃える音を鳴らす。
ジルお兄様は地に立ち、アラン皇子に向かったまま、アラン皇子の姿を見ていた。
アラン皇子もまた同じように、ジルお兄様に向かう。
基地にいる大勢の男達が見物に徹するほど、次元の違う壮絶な戦いに、2人が剣を振るのを止めても、誰も動くことはない。
2人の動向をただ見守るだけだ。
気を抜くと巻き添えを食らいそうでもあり、動けないという方が正しいのかもしれない。
「ーーーわかっている」
苦しそうに声を出したのは、ジルお兄様だった。
「ーーー頭では理解しているんだ。目の前のアランは、何も悪くない。リーネをコケにするように婚約破棄したわけでも、毒を飲ませて断罪したわけでも、ーーー彼女を俺から奪ったわけでもーーーない」
ジルお兄様は、剣を握る自分の手に、更に力を込めた。綺麗なジルお兄様の顔が、自分との葛藤で辛そうに歪んでいた。
「……だが、アランを見る度、何度も何度もーーー何度も何度も何度もーーーー繰り返し思い出すんだ。あの光景。ーーーリーネの哀しそうに毒を自分から飲む姿。それを愚かだというように眺めるアランの姿を。当たり前のように我が物顔で、俺の愛しい彼女を自分の横に並べ、俺から奪い、ーーーそして結局、彼女を目の前にして守れず死なせた」
ぎり、とジルお兄様は歯を強く噛みしめ、見たくないとばかりに目を閉じた。
「……あれが、また再び起こる未来のように思えてならない」
チャキ、と剣を鳴らしてジルお兄様は、見惚れるような美しい姿勢で剣を構え、アラン皇子に向かった。
「ーーーあれを二度と繰り返すことがないよう、根源を絶たねばと……いつも、そう思い至るんだ」
フロアと繋がった小部屋の中で、ジルお兄様の持つ剣が明るく光る。ジルお兄様の五大魔法のうち、一番得意な雷魔法が、剣に伝わり輝いていた。
「ーーー剣を構えろ、アラン。お前が勝つか、俺が勝つか。ーーーあの時も、はじめからこうしておけば良かったんだ。彼女が選んだのだからと我慢して受け入れず、最後まで諦めずに粘れば、結果は違っていたのかもしれないと何度も後悔した。もう俺はーーー後悔はしない」
ジルお兄様が口を閉じると、今度はアラン皇子が急に笑い始めた。
「全く俺の言葉が耳に入っていないな。ジルの頑固さは昔からよく知っていたが。過去と未来を一緒にするな、ジル。お前の過去と俺達の未来は違うものだ」
そしてアラン皇子も、剣を構えた。
体躯のバランスのよいアラン皇子が構えると、威厳のような圧を感じて、なぜか私も身震いしてしまう。
にやりとアラン皇子は歯をみせて笑った。
「……まぁいい。いつかジルとは本気で戦ってみたいと思っていた」
アラン皇子が剣に魔力を流すと、アラン皇子の剣が青く燃え上がる。
周りの屈強そうな男達がどよめいた。
「青色の炎……?」
「青など見たことないが」
「赤の炎の方が強いんじゃないのか?」
「いや見ろ、あの剣の周りの鉄が溶けているぞ」
「鉄が溶けるだと?どういうことだ」
ザワザワ、ザワザワと。
私はその青い炎を見ながら、前いた世界の火の知識を思い浮かべる。
普通、炎は赤い。だが青い炎は、不完全燃焼の赤と違い完全燃焼している状態なのだ。その青い炎の温度は、1700度とも1900度とも言われるもので、ーーーその熱さは赤とは桁違いのーーー。
「ちょ、ちょっとアラン。それはダメよ。いくらなんでもそんな温度。ジルお兄様が死んでしまうわ」
叫んだ私の声はアラン皇子に無視された。
そりゃあ、ジルお兄様はアラン皇子を殺そうとしているわけだし、アラン皇子だけ手を抜けば、アラン皇子は倒されてしまうだろう。
でもーーー。
ゲームの中で、ジルだけは、悪役令嬢のリーネをどうにか守ろうとしてくれていた。他のどんな人がリーネを断罪させようとしても、ジルだけはその身を呈して守ろうと、最後まで決して諦めないでくれていた。
この、わけのわからない世界にきて、自分が断罪される存在と知っていて、それでも心が壊れないでいれたのは、毎日声をかけにきてくれたジルお兄様がいたからだ。そしてジルお兄様が、ゲームの中でそれだけリーネを心から愛してくれていたと知っていたから。
決して、ジルお兄様だけは私を見捨てることはないと。
「やめて……っ」
あんなに優しいジルお兄様が、本当にアラン皇子を殺すなんて、そんなこと、あるわけがーーー。
アラン皇子が私を見た瞬間、シュ、とジルお兄様の剣が走った。
それは本当に一瞬の光。
アラン皇子の首から血が大量に流れていた。アラン皇子はその首を自分の手で押さえている。
「アランッッッッ!!!!」
私は悲鳴を上げた。
ジルお兄様は、真面目な顔をして呟く。
「……あと1センチ深ければ頸動脈に届いて、あっさり死ねただろうに。ーーーリーネの言葉なんかを聞くから、隙ができるんだ」
アラン皇子の首の肉がえぐられていた。
致命傷ではなさそうだが、血が止まらず溢れでている。ーーー私がアラン皇子に声をかけたから。ジルお兄様を死なせたくなくて、アランに助けを求めたから。
「アランッッ!!!」
駆け寄ろうとした私の足元に、ジルお兄様の剣筋が走った。私の足のすぐ手前の床が深く切り取られている。
「ーーーっ!!!」
急ブレーキをかけて止まる私を見るジルお兄様の目は、据わっていた。
「リーネ。雷は光。光の速さは何よりも速い。青い炎が俺に届くよりも先に、相手を倒すだけの力がある。ーーーリーネは邪魔だ。あっちに行っていろ」
アラン皇子は、自分の着ている服の中に手を入れ、そこから下に着ていた布を引っ張り出して、長く引きちぎった。それを首に巻き、強く縛る。止血をしたつもりだろうがそう簡単には止血はできず、血はその布に染みて滲んでいく。
アラン皇子は苦笑して、私に向いた。
「気にするな。これくらいのハンデがあった方が、ジルにはちょうどいいだろう」
そして、アラン皇子の剣を燃やす青い炎が、さらに大きくなった。徐々に巨大化していき、背の高いアラン皇子の数倍もの大きさになる。
「ーーー待っていろ。すぐに終わらせる」
アラン皇子がジルお兄様を睨むと、その剣をジルお兄様に払った。
アラン皇子の炎は、ジルお兄様の防御魔法を超えて、その青い炎がジルお兄様の腹部に当たり、身体ごと吹き飛ばした。ジルお兄様は、遠く端にある壁にぶち当たる。
強固にしているはずの壁が壊れ、ジルお兄様の上から崩れ落ちた。
「きゃあっ!ジルお兄様!!!」
しばらくして、ジルお兄様が瓦礫の下から這い上がってきた。アラン皇子に剣をぶつけられた腹部は服が焼けて肌が露出しているが、その皮膚は焦げて皮膚が縮んでいた。焦げた皮膚の中に鮮やかな赤さの肉が見える。
あまりに痛々しくて、私は目を背けてしまう。
ジルお兄様は自分のおなかを支えて、ふらつきながら歩いてくる。その途中で血を口から吐いた。内臓も損傷しているのかもしれなかった。
アラン皇子もジルお兄様も、魔力は国内最強レベルだが、二人とも、自分自身を治癒できる聖魔法は使えない。もちろん私も使えない。
このままでは間違いなくどちらかが死ぬ。
止めて。
アラン皇子は口を押さえたジルお兄様に向けて、容赦なく剣を振り下ろそうと走り出した。瞬間、ジルお兄様はまだ死んでいない瞳を光らせ、口を押さえた反対の手に持った剣を持ち上げた。
ーーーーーー衝突する。
私はもう考えることもできずに、走り出した。
2人の間に。
「止めてっ!!!!」
「「リーネ!!!???」」
2人の男達が驚いて私の名を呼ぶ。
すでに発動していた魔剣が、両方私に当たったーーーかと思ったら、一瞬だけ私の頭を掠り、無理やり方向をねじ曲げた強大な攻撃は、片方は基地の天井を水平に切り取るように切断し、もう片方は基地の入り口側を青い炎で大爆発させた。
周りにいた人達は巻き添えを食らい、慌てふためいている。天井の壁は割れてバラバラに崩れており、逃げ道を塞ぐ。入り口で燃え盛る青い炎は、基地の中にいる人間を決して外に出す気はないとばかりに人の侵入を拒み、人々は立ち往生するしかなかった。
「リーネ!!!」
先に私に駆け寄ったのは、アラン皇子だった。自分の首から血が溢れているのも忘れて、床にしゃがみこんだ私の背中を、白い鎧の上から手で触れる。
「大丈夫か?」
「リーネ」
息をするのも辛そうなジルお兄様もようやく私の傍に来れて、私の生死を確かめるように顔を覗き込んだ。白い兜をかぶっているので見えないはずだが。
攻撃は間違いなく頭に当たった。
即死してもおかしくなかった。
「大丈夫ーーーか?」
私はブルブルと手が震えるのを止めることはなかった。恐怖よりも痛みよりも、怒りが大幅に突き抜けてしまっていた。
「……っ……っ!!!」
呟いた私の言葉を、アラン皇子とジルお兄様は聞き取れず、耳を近づけて聞き返す。
「何だ?何て言ったんだ?」
「どうしたリーネ。お兄ちゃんが必ず助けてやるから、どうあるのか言ってくれ」
ジルお兄様が心配そうに私の兜に触れた時、頭を掠った攻撃でヒビの入っていたらしい兜が割れた。
「……大丈夫なわけーーーあるかぁっ!!!」
私は怒りで、地位の順位とか年とかの年功序列を一切忘れて、怒鳴り上げた。
兜が割れたおかげで、アラン皇子の炎によって灼熱地獄だった兜の中から解放され、息がしやすくなる。
天井はなく青空が頭上に広がっていて、フロアにくすぶっていた煙が薄まり空気が通りやすくなった。
私としっかり目の合ったジルお兄様が、大きく目を見開く。唖然としていると言ってもいい。
私がジルお兄様に怒鳴ることなど、今まで一度もなかったことだ。
「っいい加減になさいませ!ジルお兄様!!ジルお兄様の辛い気持ちは、わたくしには図り知れぬほど大きいものでしょうが、ジルお兄様とあろうお方が、こんなーーーこんな、自らを貶めるような行為をなさるなんて。大馬鹿者にもほどがあります。ええ、お兄様は大馬鹿者ですわ!!」
私はジルお兄様の目をみつめて、哀しく睨み付けた。
「ジルお兄様がいなくなれば、公爵家はどうなるのです。今までわたくしの心を守り続けていてくれたジルお兄様の身に何かあったら、わたくしはどうしたら……っ。自分のことばかりでなく、お父様やわたくしの気持ちも少しはお考えになって」
ポロリと私の目から涙がこぼれ落ちる。
私の前で屈んでいたジルお兄様は、私の声が届いたのか、がくりと膝を床につけた。お兄様の手が震えている。
そして私は、今度はアラン皇子を睨み付けた。
アラン皇子は、しまったという顔で私から目を反らす。その間にも、アランの首から血は流れ続けている。
私は見ているだけで辛いその首に手を伸ばし、せめて圧迫止血でもしなければと首の傷を押さえた。ついでに、アラン皇子の頬を反対の手で支えて、アラン皇子の顔を私の方に向ける。怒られて顔を背けるなど、子供のすることだ。
私はアラン皇子の頬を両手で挟み、ぐっと私の方に方向転換させた。アラン皇子は私に強制的に目を合わされて、ぎょっとしている。
「アラン殿下も大馬鹿者です。貴方はこの国の皇太子なのでしょう。いずれはこの国を牽引する人が、こんな戯れ言に乗るなど……信じられないっ」
アラン皇子も膝から力を抜き、床に崩れ落ちた。
それもそうだろう。こんなに血を流して動き回るなんて、死に急ぐようなもの。
さっきまであんなに死闘を繰り広げていたアラン皇子とジルお兄様が、困惑した顔で視線を合わせた。
何かボソボソと小声で会話している。
【……アラン。こんな時に何だが、あの魅力減退の魔法を早く……】
【ーーーそうしたいのは山々なんだが、実は血を流しすぎて魔力が……。あれには相当魔力を食われる。それだけの魔力はもうーーー】
「何をごちゃごちゃ話しているのですか!!」
私が勢いよく怒鳴ると、二人は叱られた子供のようにビクリと姿勢を正した。
「さっきまでどちらが死ぬかの戦いをしていたのに、仲良くひそひそ話など。そんなに仲がよろしいのならーー」
本当に。
ーー本当は。
二人は仲が良いくせに。
未来で起こった過去なんかに、囚われないで欲しい。
「ーーーもう、こんな戦いは止めてくださいませ」
心から、私は懇願する。
それにアラン皇子とジルお兄様からの返事はない。
二人の視線は私に向いたまま。
だが、動かない二人の行動が、その返事と考えてよさそうだった。
私は一人、立ち上がり、周りでこの私達の様子を凝視するレジスタンスの人達をぐるりと見渡した。
燃え盛る炎。落ちた天井。
そのせいで彼らはここから出ることもできない。
ここにいる全ての人間の視線が、私達に向いていた。
今から王宮に行って、王宮を襲撃しようと意気込む男達だ。血の気の多い彼らが、何もしないままで許してはくれないかもしれないけれど。
私は声を張って大声で伝えた。
「ーーー戦いは終わりです」
低い声で辺りがどよめく。
熱い想いを胸に、王家への怒りをぶつけるためだけに集まった人達。それが、何もしていないまま終わるなんて、許せないだろう。
だがーーー終わらせないといけない。
私がこの人達と戦ってでも。
私は白い鎧を着ているが、兜は壊れ、顔がさらけ出されている。知る人は、この顔に気付くだろう。
私は更に声を張り上げた。
「お聞きなさいーーー。わたくしは、この国のグランドロス公爵家が娘。リーネ・アネット・グランドロス」
私の名を聞いて、更にざわりと空気が揺れた。
悪名高い公爵令嬢。その名は、私の顔よりも知られていることだろう。
「そしてここにおられるお方は、この国の皇太子、アラン・ジータ・リンドウ第一皇子です。ーーー貴方達が倒そうと立ち上がった、その王族の1人」
みんなの視線がアラン皇子に移る。
「貴方達のボスであり、グランドロス公爵が嫡男であるジルお兄様と、アラン殿下との戦いの決着はつきました。2人は共存を選ばれた。ーーー戦いはここで終わりです」
ザワザワ、ザワザワと、ざわめきがどんどん大きくなっていく。
「王宮には、大勢の騎士がいるでしょう。その人達は、王族を守るために死に物狂いで抗ってくるはず。ーーーそのうちの一人、ケリー第二騎士団団長は、さきほどの戦いをした二人よりも容赦ない魔法で貴方達を叩きのめすはず。彼の噂は、皆様もご存知でしょう」
ケリー先生。
魔術師の塔の管理者であり、騎士団団長の一人。
世界にも名が届く彼をこの国で知らない人はいない。
「命を無駄にすることは許しません。ーーーそれは、貴方達も同じです。貴方達にも守りたい人がいるでしょう。その人達は、貴方達の帰りを必ず待っています」
私は息を飲み込んだ。
ーーー覚悟は、できた。
「この戦いは終わりです。ーーーそれでも、どうしても戦いたいというのであれば、この、リーネ・アネット・グランドロスがお相手致します」
私は腰につけた剣の柄を握り、剣を引き抜いて、男達に構えた。
目に力を込めて、できるだけ相手を威圧する。
ここで中途半端に終わらせたら、きっとまたいつか、同じことが繰り返される。
アラン皇子達の異常な戦いをその目で見て、ケリー先生の名を聞いて、それでもまだ戦意喪失しないのであれば。
ーーーーーーー私が。
「アラン殿下やジルお兄様ほどはなくとも、わたくしもそれなりに強いのですよ。さぁ、かかってきなさい」
私が言うと、屈強な男達が後退る。
それでも諦めきれない男もいるようで、奥の方から動いて前に出てくる人の姿が見えた。
「……遠いところから、わざわざこんな土地まで来たんだ。ここでのこのこ帰れるはずが……」
筋肉隆々の恰幅のよい男は、人込みの中から一歩踏みでた瞬間、固まった。
アラン皇子が傷ついた首を押さえながら立ち上がり、私を庇うようにして前に出てきたからだ。
「……アラン……」
アラン皇子は男を睨み付けた。その目には、決して私を傷つけたら許さないという意思が込められ、男は言葉を失った。
さらにジルお兄様も立ち上がり、アラン皇子の横んで、私を男から守ろうとする。
「……ジルお兄様」
「ボスっ!」
男はジルお兄様と、時間をかけて信頼関係を築いてきたのかもしれない。ジルお兄様を見ると表情が変わった。ジルお兄様は、優しい顔に戻り、男に話しかける。
「君も王家が憎かろう。先の戦争で、大切な軍も家族も奪われた」
ジルお兄様の言葉に、男の涙腺が緩む。
「っそうだ。だから俺はっ……っ」
「だが、それと君が俺の可愛い妹を傷つける行為とは別だ。ーーー妹と戦うつもりなら俺が相手になる」
「ジルお兄様」
私は諌めるようにジルお兄様の名を呼んだ。
ジルお兄様の視線が私に移る。
「リーネ?」
「良いのです、ジルお兄様。この人は苦しんでいるのでしょう?納得できないまま押さえつけると、その反動は悪い方に向かいます。ーーー私の心から敬愛するお方のように」
しっかと私はジルお兄様を見据えて話す。
「………そうだな」
ジルお兄様が否定的な返事ではなかったので、私はにっこりとジルお兄様に微笑み、頷いた。
横でなぜかアラン皇子がふらつく。見ると首ではなく顔を手で覆っている。その隙間から見える顔は、血を出しすぎたのか、真っ赤になっていた。血が足りなければ青くなるはずだけど。アラン皇子は血の気が多いから、そうなるのかもしれない。
私はまたジルお兄様に視線を戻す。
「この方は、知り合いであるジルお兄様ではダメですわ。これでも王の血を引く人間であり、か弱い女性でもあるわたくしが、ーーーこの方をこてんぱんに倒して、心をボキボキに折ってさしあげませんと」
「リーネ」
心配そうなジルお兄様は、しかしそれ以上は私を止めなかった。本当は、ジルお兄様も、こうやって私のように、身体を張って誰かに止めて欲しかったのかもしれない。
私は改めて、私の前に出てきた男に剣を構える。
「さて。お待たせ致しましたわね。他にも誰か、我こそはというお方がいらっしゃったら、御一緒にどうぞ。わたくしは構いませんわよ。ーーーさぁ」
周りに声をかけるが、誰一人として動かない。
意外と皆、そんなものなのねと私はまた男に目を戻す。私が一歩前に出ると、男は青白い顔をして一歩下がった。
距離が縮まらない。
私は首を傾げる。
「……なんですの?わたくしと戦うために出てこられたのでしょう?それでは戦えませんよ」
あぁ、と私は考え至って、気がつく。
「間合いがわたくしとは違うのですね。それは失礼致しました。良いのですよ、どのタイミングでも。どの位置からでも。お好きにかかっていらして」
今度は私が立ち止まり男の攻撃を待ってみるが、しばらく待っても男が動く気配はなかった。自分から出てきたくせに、なぜ攻撃してこないのか全くわからない。
元々、私はこの基地に戻ってきた段階で、ここにいる男どもと戦う気はあったのだ。
さすがにここに集まった二千人全員とは厳しいかもしれないなと思いもしたが、ーーー抗ってきたのがたった一人だなんて。
魔法は殆ど使えないけど、剣には自信があった。
たかが10人や100人程度ならーーー負ける気はしない。
「……かかってこないのなら、わたくしから行きますわね」
私はすたすたと男の方に歩いていき、私の持っている剣で、その男の持つ剣に軽く振り降ろして当てた。
パキンと男の持っていた剣が折れる。
え、とその男だけでなく、周りにいる人達まで目を見開いた。
ふふ、と私は笑う。みんなの顔が可笑しかった。
「何を驚くことがあるのでしょう。鉄の扉なら時間が
かかるでしょうが、たかが鉄剣」
小さい頃から、公爵邸にやってきていた家庭教師達。その中には剣術を教えてくれる先生もいた。その先生の剣を、何度も何度もリーネは叩き折った。先生が恐怖でもうやめてくれと泣き出すまで。リーネにできて、私にできないわけがない。
さて。どうしてくれよう。
王宮を襲撃しようとする男どもを、金輪際、絶対にそんな気になることがないよう、完全に反抗の精神を絶つためには。
ーーーそんなことを考えると、少し、楽しくなってきた。




