暗殺者、村の有名人になってしまう
「えーと」
まずい。どうやら普通だと倒せないレベルのものを倒してしまったらしい。
そして、それは俺の生き方として問題だ。
俺はもう隠居の身。そもそも脚光を浴びたくない。おまけに貴族の身分を隠すアイリーンと暮らしている。目立つのはよくない。
……隠さなければ……。
「おそらく寿命だな。弱っていたんだろう、言うほど強くなかった」
「……この角は、お前が斬ったんじゃないのか?」
こんこんとダグラス父が角の角質を叩く。
とても刃物で斬れるような厚みではないが――
「戦っている最中にぽろっと落ちたんだ。鹿の角って取れるだろ? それも寿命のせいだろう。ぽろっといきなり取れて驚いたよ」
俺はひとつの焦りもなく淡々と嘘を並べた。
スキル『偽証』。
要所に潜入することが暗殺者の仕事。そして、そういう場所には厳しい監視がある。それをすり抜けるための必須スキルだ。
……焦らずに嘘を並べるだけで嘘の品質は保証しない。
今回は急造なのでさすがに説得力に欠けるか。だが、嘘とは態度で決まる。焦らずに堂々と言えば意外と通るものなのだ。
ダグラス父は首をひねったが、それ以上は追求せず別のことを口にした。
「いったん村に戻るぞ」
「回収しないのか?」
俺の言葉にダグラス父がこう返した。
「回収するためだよ。このデカいのを俺たちだけでどうこうしてたら夜明けになっても終わらなねえ! 村に戻って男どもを集める。肉は腐るほどある! 腐っちまう前に明日は肉祭りだ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ぞろぞろと村の男たちがやってくる。
男たちは大鹿――森の主の死体を見るなり「マジかよ……」と絶句していた。
……どうやら、この森の主とやらはそれほどフィレオ村の住人には恐れられていたらしい。
とはいえ、死んでしまえばただの肉のかたまり。
村の狩人をしている男が中心となって解体作業が進んでいく。
「くそ、肉が固い!」
「骨が太い!」
「皮がぶ厚い!」
そんな声が聞こえるので――
「斬ればいいのか?」
俺は近づくと短剣で次々とばらばらに切り離す。肉、皮、骨。必要ならば、さらに細切れに。
そう、斬るのは俺の得意技だ。
村人がぼそっとつぶやく。
「すげえ……」
しまった。うっかり技を出してしまった。
「あんた、すごい剣士か何かなのか……?」
「……いや、単にこの短剣がすごいんだ。代々伝わっている業物でね」
「すごいな。俺でも斬れるのかな。貸してもらっていいか……?」
「……悪いな。他人には貸すなと言われている」
嘘だが。スキル『偽証』だ。
業物なんてとんでもない。俺は武器の善し悪しにはこだわらないので、そこら辺の武器屋で売っている量産品と変わらない。
いつでもどこでも与えられた武器で戦うのが暗殺者だ。必要であれば武器を捨てて逃げることもある。
こだわりの武器など邪魔以外の何物でもない。
夜を徹して作業はおこなわれ、おかげで森の主はきれいに解体されて肉と肉以外のものになった。
そして――
ダグラス父が言っていたとおり、翌日の夜、本当に肉祭りが村中の人間を集めておこなわれた。
村の広場の中央に夜を照らすかのような大きなたき火が燃え上がっていて、その手前に森の主の巨大な2本の角が飾られている。
広場のあちこちに掲げられた松明が村を赤く照らしていた。
おそらくは広場近くの家を借りて料理を作っているのだろう、集まった村人たちは供された肉料理をうまそうに食べながら知り合いたちと立ち話をしている。
「リルトさん、もらってきたよー!」
中央の真っ赤なたき火を背にアイリーンが走ってくる。
その両手には、いくつもの大きな肉のかたまりを突き刺した2本の大串を握りしめていた。
たき火の周辺には肉を串刺しにした肉が地面に突き刺さっていて、次々と焼き上げられている。
「ああ」
俺は受け取った。
……ダグラス父は鹿じゃないと言い張っていたが、食べても大丈夫なんだろうか。
俺は肉をかじり取り――スキルを発動する。
スキル『毒味』。
毒は暗殺者の友達だ。……俺は取り扱いが面倒なのと刃物で確殺できる強さがあるので任務上の必要性がなければ使っていなかったが、毒に関する知識と訓練は叩き込まれている。
おかげで俺はほんの少しの毒でも検知できるのだ。
……ふむ。毒はないな。
普通に塩味がきいていてうまい。味は鹿肉だな。やっぱりただの鹿なんじゃないか、あいつは。
「アイリーン、うまいぞ――」
俺が目を向けると、アイリーンは串焼きを持ったまままごまごしていた。
目はじっと串を見ている。でも、かじろうとする口がうまく開かない――そんな感じだ。
「……どうしたんだ?」
「あ、あのね、あのね、リルトさん……」
顔を真っ赤にしたアイリーンが小声でぼそぼそとつぶやく。
「こういう食べ方を、したことがなくて……」
……なるほど……。マナー至上主義の世界で大切に育てられた貴族の子女が串にかぶりつくという荒っぽい食べ方をするはずがない。
「無理はしなくていい。皿とフォークをもらってこよう。串を外して――」
「そそそ、そうじゃないの!」
アイリーンが大声を出した。
「そうじゃなくて、嫌とかじゃなくて! ただ、その……慣れてないだけで! 慣れなきゃとも思っていて!」
ふふっと俺は内心で笑ってしまう。
アイリーンの言わんとしていることを俺は理解した。アイリーンはアイリーンなりに平民の流儀になじもうとしているのだ。
だけど、そこは上品な貴族社会とは別の世界で。
ときにはアイリーンが築き上げてきた13年間の常識と葛藤することもあるのだ。
俺はアイリーンの肩に手を置いた。
「ゆっくりでいいから。焦らずに頑張れ」
俺が1本の串を平らげた頃だった。
アイリーンは串に口を近づけて肉を噛みちぎった。それは、かぷ、という感じの優しさに満ちた食べ方で、本当に本当に少しだけ肉は噛みちぎられていた。
だけど、食べることができた。
「……どう、アイリーン?」
「うん、おいしいね」
にこにこと応じると、アイリーンはまたおずおずという感じで串焼きを、かぷ、という感じで食べた。
さっきよりも少しだけ大きく噛みちぎっている。
できたことが嬉しいのか、味に満足しているのか――よくわからないけれど、アイリーンが俺に笑みを向けてくれる。
「よかったな」
そんな話をしていると――
「失礼、あなたがリルトどのか?」
そう言って、茶色い髪を短く切ったメガネの男が話しかけてきた。年の頃は二〇半ばくらいか。着ている服が役人の制服なので、領主のもとで働く人間なのだろう。
「そうですが、あなたは?」
「私は領主さまの補佐を務めるサルファスだ。今は領主さまが王都に出張されているので代行をしている」




