第14話
第14話になります。
第14話は「越後」でのお話?がメインです。
上杉家の方以外に、ある人が・・・
最近この時間あたりによく、目が覚めるんですよね~
年かな・・・?
天正6年【1578年】9月
「何で俺は今……、珠ちゃんとの結婚早々、越後にまで来てるんだ。元を正せば約半年前に届いた、あの書状が原因なんだけどな……」
その書状とは、半年前の3月に俺宛に届いた物だ。内容と言うと……
「織田右府殿に、淡津殿を通じて御伝えいただければと思い、書状として認めた。加賀国の手取川以北を、上杉の領土と認めて戴ければ、其処から西には行かぬと。」
と言った内容で、これを義父上と義兄上に見てもらい、判断して貰ったところ……
「内容が内容でしたので、内密に此方でも調べてから真偽を判断して貰おうと、今になりました」
「して、結果は?」
「はい、義父上。越後御館で起こっている相続争いは、景勝殿が優勢、越後国主と周りからも半数以上に認められそうです。水無月には、武田との和睦も成され介入を防ぐ一手を打ったそうです。」
「それは厄介だな。西に目を向けてくる事も視野に入れねば……」
不安になるのは分かるけど、事前に俺宛に書状でアノ内容の物を送ってくるような人だよ?
「義父上、義兄上、実際にお会いした私と致しましても、彼の方は実直な方と見受けられました。この書状内容は信じてよいかと、あと情報に間違いがなければ、西ではなく米沢と酒田港を視野に入れているようですよ」
そこまで聞いて、黙っていた義兄上が漸く発言をしたのだが。
「義弟よ?何時、上杉の者と会ったのだ?それはどこでだ……?」
あぁ、やっぱり聞かれるよね~、何処であったのかって。素直にその時の状況説明と誓約書を見せるか。
「信じられぬのも確かでしょうし、此方の誓紙をご覧下さい」
と言って出した物は、お得意様である女性方と共に書かせた『誓いの誓約書』だった。それの内容を見た二人は、目を向き、驚愕していたが「「あぁ、義弟【婿殿】ならこのぐらいなら、やりそうだ」」という目を向け、「「そんな商文を出したお主が悪い。自業自得だ」」と言われた。
心外な!これだって淡津屋を大きくし守るための、苦肉の策だったんだぞ!
「普段は専属の使いの者が買いに来るのですが、この時ばかりは……刻を同じくして、ほぼ同じ日に訪れられまして」
「まあ、義弟がそういうのなら信じてもよかろう。ただし、認められるのは越中と能登までだ、加賀はこちらが貰う。那谷、お主がそう伝えてこい!」
「あ、やっぱりそうなるんですね……」
「婿殿、ついでと言ってはなんだが、『能登』『越中』『越後』の詳細地図でも作ってきてはどうだね?」
そう、ニコニコ顔で言ってくるものだから……
「それって、後々攻め込む気満々ってことですよね?」
と返したのだが、
「流石に、此れだけでは認めることは出来ん。警戒のためにも必要なことだ。那谷、当主だけではなく、家臣の分も含めた連判の誓詞も取ってこい。それが嫌なら、滅ぼすまでよ!」
そんな、秘密会談を行って直ぐ、こうして越後に向かう羽目になった。珠ちゃんの説得は行ったんだけど、義父上にも出張って貰い、説得して貰うことになった。あぁ新年は越後で越すことになりそうだな~トホホ。
これだけ待たせちゃった言い訳、……どうしようかなぁ~。
護身用に小太刀を持っていこう。
天正6年【1578年】10月
上杉謙信が卒去して、約半年後の10月……まあ今月になるんだがな、そこで起きる越中『月岡野の戦い』は、まだ起きてはいない。
本来なら、これを気に飛弾方面から斎藤利治に命じて、越中西部を制圧に、義兄上が乗り出すのだが、俺を越後に使者として送り出した事で、月岡野で起きる戦が無くなると言うことだ。
これで戦なんぞ仕様ものなら、頸獲りに戻ったるわ!
その10月中頃に漸く、春日山城の麓である直江津に付いた。
賑やかな湊だ、念のため直江津の顔役に会って、行商の許可を貰っておくとするかw
10月も終わりに近付いて来た頃、景勝殿からの使者が直江津にやって来た。うん、会うことを思いっきり忘れてたんだけどな。
使者として訪れたのは、樋口兼続……後の直江兼続殿だった。仲良くはして置くとして、直江家の相続は乱の後のはずだし。でも仲良くなりすぎるのは危険だ、ほどほどの線引きでいいだろう。
越後に到着した頃、加賀の国では北陸方面軍が動いていたのを、俺は知らずにいた。
天正6年【1578年】11月
越後の冬は思っていたよりも早かった。11月も10日を過ぎた頃、朝起きて戸を開けると、一面雪化粧だった。深さは……膝元辺りか、樏や、雪避けの羽織り等を用意しておくべきだったな。
『白兎の毛皮羽織り』や『鹿毛の毛皮羽織り』、『熊毛の毛皮羽織り【頭部付】』を数着用意して、景勝殿の屋敷へと向かうことにした。鞣した毛皮敷きと一緒にね。
滞在している家の家人に、先触れを出して貰って置いたので、すんなり会う事ができた。
案内された部屋で、白湯を飲みながら待つこと十数分……、俺は『関川』、『矢代川』、『保倉川』、『飯田川』、『櫛池川』、南越後の主要河川の位置を、赤墨と黒墨を地図の横に置いて自作の地図を見ていた。
天の声【当時は違った名前の河川だったかもしれませんが、現在の名前の方が分かり易いよねw】
そこに都合良く部屋に現れる、景勝殿と御家来衆の方達……、広げている地図を見て、かなり詳しく描かれていた為、『内政事に使いやすいな』と一時的におかしな考えをしてしまうほどだった。
何故ならそこには、『直江津から春日山までの町や街道の配置』、『河川の護岸工事等による堤防の設置を行っておくべき場所』、『五河川の水源地の探索』、『東側の大半を大規模開墾を行い米の生産量を増やす』、などと赤墨で小さく書かれていた。
漸く景勝殿や御家来衆の方々に気づき、筆や墨を片付けて、挨拶を行うのだった。
「お久し振りで御座います、景勝殿。御健康そうで何よりです」
「淡津殿、貴方も御健康らしく何より。して、此度の御用件は?」
あ、向こうから切り出してくれたか、幸運だ、……ただその家臣衆の中に、見覚えのあるここに居てはならない人物がいた。
「……?!、な……何で此処にいるんですが、慶次郎殿!?」
と居て良いはずの無い、その本人に指を指し尋ねた。
「なぁに、あんたの行く処に騒動有りだwそれに、戦の匂いを感じるんでね~。客将として、あんたの護衛も含めて雇って貰ったのよ!」
淡津屋謹製の徳利を片手に、にこやかな顔でこちらに言ってきた。
天の声【実はその徳利、前田慶次郎利益用に、主人公改の手によって改造された徳利である】
【『状態保持』『酒質保持』『酒味保存』】
「勝手にそんなことして、利家殿や松の方にお説教食らっても、助ける事は出来ませんからね!巻き添えは嫌ですよ!それに私は戦事に関わるつもりは一切無いんですからね」
松の方の名前が出た時、僅かに身体をビクッとさせ顔を引く着かせたが、何食わぬ顔で、
「だ、大丈夫だwちょっと護衛に行ってくる、と言っておいたからな」
「上様の許可も無しで……でしょ?」
「そこは仕方ないと、思って貰うさw何故って、俺だからさ!」
なんて、お馬鹿なことを言っているが、実力は確かだから、周りも強くは言えないんだよな。そんな珍事も合った中、上杉の方々に義兄上、織田右府の言葉をそのまま伝えたのだが……
「例の書状での件です。アレが本当なのか、偽りなのかで議論になり、その上……西側で謀反が起きたりと、このような時期に、返答の使者として参りました次第です」
「……結果は、どうだったのだ?」
「加賀は認めないが、越中と能登は認める、その上で景勝殿本人と主要家臣の連判誓詞も取ってこい、それが嫌なら……と言うのが、織田右府の出した返答です」
それを聞き深く息を吐き、悲嘆も合っただろうが景勝殿は腹に納めたようだ。
「加賀の領有は認められない、……そう言われるか」
「直江殿、私としても手取川より北、犀川より南を、互いの緩衝地帯にすれば良いのでは、とも進言はしたのですが認めては貰えず、能登、越中の領有は認めるとの事だけでした。」
「此方が領有した土地を捨て、無償で渡せと言うのか!?」
「まあ、向こうに戻って『認めなければ全力を持って武威を示す』とでも、言っておく事もできますが、樋口殿?」
「だがそれを、淡津殿から伝えられても、考えは変わらないのではないかな?」
「え~、確か……」
「斎藤朝信と申す」
「斎藤殿、多分変わることはないでしょう。右府様は一度決めてしまえば、余程の想定外な事が、身の回りで起こらない限りは……」
うん、確実に変わらないだろうね~。そういう所はワンマンな上で頑固だし、ブラックな企業のトップと同じだし……仕方無い!
「そうですね……、もし右府様の出した、その条件を呑んでくださるのなら、先程の地図をお渡ししましょう。抜けていると思われる箇所は、そちらで追加してください」
この時代に置いて、戦略上機密扱いの物だ。それを明け透けと「欲しければ上げますよ」と言っているのだがら、始末が悪い!その始末の悪さを僅かながら信長は気に入っていた。
『あの義兄上の事だから、俺が越後に向かうと同時に今頃、北陸方面軍に指示を出して実効支配してるかも……』
と密かに脳裏に言葉を浮かべるのだった。
そうして暫くした後、会談は終わり土産物の毛皮三点と先ほどの地図を進呈し、景勝殿の屋敷から退去した。
地図には南越後のそれなりに詳しい地形や河川、城の配置が書かれていた為、上杉の者達は織田家に対し恐怖を感じるのだった。
天正6年【1578年】12月
摂津では、『第二次木津川口の海戦』、本願寺補給阻止が先月の頭に行われたはずだ。流石に越後に居ると、向こうの情勢が聞こえないのは辛いの一言だ。
荒木の伯父上の離反も、この時期だったよな?頼むから、俺が戻るまで早まった真似と、無謀なことはしていないでくれよ!?
そして、雪深い越後の冬、特にやることもなく、滞在先の部屋でのんびり過ごすしかなかった。まあ、監視要員は数名居るんだけどね。
そんな監視もある中、あまりにも暇な時間が多かったので、『かまくら』を作ったり、固めた雪で『西洋風城壁』を作ってみたり、『雪像』を作って遊んだりもした、『西洋風城壁』に『撞関』って雪で作った看板付けた……んだけど後々物議を醸し出すことはまだ知らないのだった。『雪像』にも題材名も入れ込んで合ったからかな?
景勝殿と景虎殿との争いに巻き込まれない内に、越後から退去しないとな……、装備整えて強行軍でもするしかないかな?
そんなことを考えながら、『油淋鶏丼』と下ろしタレをかけた『豚丼』を、部屋で雪見をしながら食べるのだった。
でも退去するその前に、越後の北にある佐渡島に渡って、佐渡国人衆の本間一族郎党やその他郎党を、暗殺しておく方が良いか?
義兄上には、手取川以北まで認めさせる条件として、『越後国佐渡島譲渡』を上杉・長尾家から認めさせる事が出来れば、佐渡金山は此方の物だw
後は『近未来兵器召喚』で移動専用の転移装置が実装されていれば良いんだけど……
天の声【そう都合良く、実装させるとでも?】
【えっ?実装して欲しいって?しょうが無いな~、の◯太君はw】
【でも実装はしない!】
翌一月、何故か佐渡島に行くのではなく、北信濃の川中島近く……善光寺で行動を取る、那谷右衛門が居るのであった。
天の声【ちなみに作られた『雪像』は以下の物だ】
【『上杉謙信の雪像』、『春日山城』、『信玄と謙信・竜虎相討つ』】
活動報告で何故かあげるさいに、
「このブラウザーは現在サポートされていません」表示が出るんだよね~
おい!それだったら、そのブラウザーで上げている、
このお話はどうなるですよwww
まあ、Twitter側に「あげましたよ~」ってあげれなくなっただけなんですけどね




