拠点と裏世界
「お〜い綾、探したぞ〜!!」
「ごめんごめ〜ん。」
姿が見えなかった綾と双葉さんが揃って戻ってきた。
「双葉さん、カルデナ洞窟のニグラムは全て掃討したわ。今度からこまめに手入れして欲しいものね。瑠衣さんに怒られるわよ。」
透子が腕を胸の前に組んで双葉さんに言う。
「もう散々怒られた後なんだよなぁ。何なら瑠衣に小言を言われない日の方が少ない気がするよ。」
双葉さんが少し汚れた白衣を叩きながら言う。
「ダメな大人の典型じゃないですか。俺らと同年代の子に毎日叱られる狂気の39歳児。」
「ふんぬぅっ!」
「ごほっ!」
双葉さんのパンチが俺の腹に炸裂。
「私はアラサーだが三十路終わりではない、30歳だ。」
「ほんとに?」
「一の位切り捨てで。」
「最大9切り捨てじゃねぇか、せめて四捨五入だろ。」
「………………。」
「やぁい双葉さんの繰り上げアラフォ〜。」
「これが根性焼きならぬ根性尻しばきぃ!!」
「ぎゃああああぁ!?」
美奈が双葉さんの燃え盛る手でお尻ぺんぺんをされていた。う〜んこの流れる様にスピーディかつ無意味な会話。
「馬鹿なことしてないで引き上げましょ。これ、研究センターまで運ぶのかしら?」
透子はキャドーコアが詰まった袋の山を見て言う。
「いや、後で瑠衣にトラックを手配させるから大丈夫だ。」
何やかんや細かいところで瑠衣さんを扱き使うらしい双葉さん。
そして俺たちは洞窟の外へと出る。
「もう夕方だけど3日ぶりのお日様だねぇ。じめじめした所にいたからすごく綺麗に見えるよ。」
「おい待て、誰の洞窟がナメクジだって?」
綾が空を見つめて背伸びすると双葉さんが食ってかかる。
「そんなことだれも言ってないナメよ〜。」
直は呆れたように言ってさっさと双葉さんの車に乗り込んでしまった。相変わらず出不精なやつだ。
「透子はどうするんだ? 良かったら一緒に風呂入って行かないか?」
「兄貴、公衆の面前で堂々のセクハラ発言とは失望したっすよ。」
「これはおぼろ豆腐にしなければなりませんねぇ。」
綾が氷剣を俺の首筋にあてる。
「誤解誤解誤解!! 俺と一緒に入ろうって意味じゃない!
一緒に風呂屋行かないかって意味だよっ!」
「お風呂屋さん? 久来、マジで死にたいの?」
綾が絶対零度の視線で氷剣を滑らせ首筋を撫でる。
「待って待って待って!! 銭湯って単語がパッと出てこなかっただけだからっ! いかがわしいいみじゃないからっ!」
「ふふっ、あなたたちは本当に愉快ね。友達ってこう言うものなのかしら。羨ましいわ。」
透子が口に手を当てて上品に笑った。が、すぐに元気溌剌なオーラに戻り、
「せっかくだけれど、もう迎えは呼んであるの。」
透子がパチンと指を鳴らすと、黒塗りの高級車がドリフトしながら透子の前に止まった。
「やべぇ、マジでベタな金持ちキャラなんだけど。」
美奈がリムジンが巻き起こした砂を払いながら言う。
「私は庶民よりも遥かに上等な温泉に浸かってるの。だから若さ、美肌、スタイルも随一なのよっ、ほほほほほほ!!」
透子はそう双葉さん、美奈、綾の順番で指さして言ったあとリムジンに乗り込む。
「ご機嫌よう皆さん。また縁があれば会いましょう。ほほほほほほ!!」
透子はそう言ってドアを閉めた。同時にエンジンが鳴り出す。
「「「……………………。」」」
綾、美奈、双葉さんがそれを見て3人、顔を見合わせる。……まさか。
ブロロロロロン!!
そしてリムジンが走り出した。
次の瞬間、綾が人差し指から小さな尖った氷塊を発射。
プシュゥゥゥ……!!
「ちょっ!? なになになにっ!?」
それによりタイヤがパンクして透子の動揺する声が聞こえる。同時に双葉さんが豆粒くらいの火球を指先から放ち、タイヤに刺さった綾の氷塊を溶かして証拠隠滅。
「だっ、大丈夫か透子っ!? 尖った石を踏んじまったみたいだっ!」
美奈がわざとらしく大声をあげてどこから持ってきたのか尖った石を掲げた。
……………………。
……………。
「帰れなくなったわ………。」
透子は膝を抱えて人差し指で地面をいじいじする。そんな透子の肩に美奈が優しく手をかける。
「透子、アタシたちと一緒に温泉入って帰ろうぜ。」
美奈がニッと白歯を見せながら言う。
「透子ちゃんをこのまま放置して帰れないよっ。私たちもう友達だもんね。」
綾もそう言って透子の手を取り立たせる。
「さぁ乗りたまえ。君にはいつも世話になっているよしみだ。なぁに、仲間なんだし気にすることはない。」
双葉さんが車のエンジンをふかしながら言う。こいつら……。
すると透子がブァッと涙を溢れさせる。
「ありがど〜あなだだぢ〜!! わだじさんざんあなだだぢをみぐだじだのにほんどにいいひどだぢね〜!! どもだぢってざいごうよ〜!!」
透子が泣きながら美奈と綾の元に飛び込む。…2人の口角が悪い意味で上がっているのは気のせいじゃないだろう。
「友達とは何なんですかね。」
直は後部座席から顔を出し呆れたように言う。
「透子も大概だが、うちの連中もアレだからな。透子が今後友達の定義を見失わなきゃいいが。」
俺はある意味純粋な透子を哀れに思いながら運転手に話しかける。
「ほっほっほ、心配には及びませんよ。10分もすれば修理出来ますゆえ。」
老年の執事 (?)さんは朗らかに言う。
「なら、このまま待った方が…。」
「いえいえ、お嬢様をお連れなさってください。お嬢様が交友関係を持つなど生まれてこの方初めてですゆえ。お嬢様があれほど嬉しそうになさっているのは初めてなのです。」
執事さんはそう言って泣きまくる透子を見る。…なんか申し訳なくなってきた。
「やはり、友達ができないというのはご家庭の事情で?」
「いえ、多少はそれもありますが大半はお嬢様のコミュニケーション能力が原因かと。」
執事さんにもぶった斬られる透子。哀れ。
俺たちはそのまま透子を乗せて帰還。近くの銭湯でどんちゃん騒ぎした後に透子と別れ、双葉さんの家に戻った。そして次の日……。
「こんな綺麗な一軒家を複数持っているなんて…研究センターの人間はどれだけ金持ってんだ。」
直は、約束通り俺たちに貸し与えられた双葉さん所有の物件を見上げながら言う。
「どうして双葉さんはこの家に住まないんだろうな。」
「1人で住むには広過ぎるからじゃないかな。2階建だし、何より双葉さん、あんまり掃除とかしなさそうだし。」
綾がそう言うが、まさにその通りか。…誰か一緒に住む人はいないのかな。
俺はその時、双葉さんの部屋に飾ってある写真に写っていたMASAKIと刻印された男性を思い浮かべる。
「……まぁ、事情は人それぞれか。」
敢えて立ち入ることはないだろう。
「早く入ろうぜぇ〜!!」
そうこうしているうちに美奈が玄関ドアを開け放って中へと走っていった。ちなみに、双葉さんは今日普通に出勤で、ここには居合わせていない。
「ばふっ! ソファー気持ちいい〜…!! …………。」
美奈はソファーに飛び乗ると、ものの数秒で寝息を立て始めた。
「少し寝かせてやってくれませんか。」
直が美奈に毛布をかけて言う。美奈と面と向かっている時は絶対に見せない優しさだ。俺と綾は無言で頷く。
「じゃあ、手早く済ませようか。」
そう言って俺たちは打ち合わせ通り家の中で散開。…それから約1時間。
「…どうだ? こっちにはなかった。」
「私の方には窓に一つあったよ。」
「こっちはありませんでした。」
俺、綾、直の3人はこの家の見取り図をテーブルの上に開いて話し合っていた。
「盗聴器は家のどこにもなし。監視カメラはリビングの大窓のカーテン止めに偽装されたものが一つ。そしてこの家の中ではありませんが、玄関口が映るように配置された監視カメラが一つ。」
直がそう言って見取り図に赤マルを付ける。そう、俺たちはこの家がどれほどの監視下にあるかを調べていた。
「リビングのカメラは家の中を映すものじゃなくて、家の庭を映す角度だったよ。」
綾はそう言ってリビングの箇所を指す。もちろん、今打ち合わせしているこの部屋はリビングではない。
「先輩、このカメラの配置、どう思いますか。」
直が聞いてくる。無論、監視カメラがカーテン裏に隠されているのは普通ではないだろう。
「…家の中、私生活まで監視する気はないように思えるな。でも何で窓なんだ?」
「監視カメラが付いている位置は、玄関とリビングの窓…つまり、この家へ出入り可能な場所全てに監視カメラが付いています。この監視カメラの意図は…」
「私たちの所在の有無を確認するため?」
「もしくは、俺たち以外にこの家に侵入してくる奴を監視するため…といった所でしょうか。」
綾に続けて直が言う。となると、この監視カメラを仕掛けたのは双葉さんか否か…。
カルデナ洞窟で見た通り、研究センターには俺たちの身柄を狙う奴が存在する。双葉さんがそいつら対策につけたものか…それとも何者かが侵入して取り付けたものか…。
「まぁ、監視カメラ対策は考えてあるので今はいいでしょう。盗聴器もなし。じゃあ、次に綾先輩が話があるんでしたっけ。」
直が綾に水を向ける。
「うん、実は……。」
綾はカルデナ洞窟で見つけた隠し部屋と双葉さんの反応について話した。
「双葉さん……いったい何を隠しているんだ?」
「昨日研究センターの情報管理サーバーにアクセスしてみましたけど、登録されているカルデナ洞窟の地図上に無いんですよね、その部屋。」
直がいつの間にか用意したレジュメを出す。どうやってそんなものにアクセスしたか、は愚問だ。直はそういうのはお手のものなのだ。
「研究センターの職員は独自の研究を行なってるって言うし、それなんじゃないのか?」
「うぅん。いずれにしても私たちとは関係ないことなのかな。ごめんね、話脱線させて。」
そしてその話題は流れた。
「とりあえず、俺としては金が欲しいんですよ。」
直が出し抜けに言い出した。
「まぁ、いつまでも双葉さんのお世話になるのも悪いしねぇ。」
「それもあるけど、この異世界において、俺たちの安全を確実な物にしたい…だよな。」
俺が言うと直が頷いた。
「そのためには情報収集が必須です。とりあえずノーパソが欲しいです。」
「リビングにあったぞ。」
「あれはトラッキングソフトが入ってます。取り除いてもいいですが、その瞬間仕掛けた相手に伝わると思います。」
すごいな直、短時間でそこまで。
「それ以外にも小道具や生活必需品…あるいは交渉材料、金はあって困ることはありません。」
「でもどうするの? 普通のアルバイトは目立っちゃうよね?」
綾が言うと、直が携帯電話を取り出す。
「透子を頼りたいと思います。研究センター関連以外の仕事を回してもらえるように。」
直が携帯画面を見て顔を顰める。
「どうした?」
「不在着信15件。全部透子です。」
「ホラーじゃん。」
直が携帯を耳に付ける。
プルル…
『小此木直ね! 私と遊びたくて電話してきたのかしら。 しょーがないから友達のよしみで遊んであげるわよっ!』
ワンコールで出た…。直が引いてる。
「透子…実は友達のよしみで頼みたいことがあるんだが…。」