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 翌朝、目覚めると窓の外ではしとしとと雨が降っていた。

 雨の日、特にこんな降り方の日にはお客さんが多い。

 お天気のいい空の下で仕事に精を出していた人々が、雨休みと称して後回しにしていた雑用を片付けに次々とやってくる。


「リンダおばあちゃん、探している宝石箱の鍵はベッドのマットの下よ。足元のほう。

 それからこれ、マティスおじいちゃんの神経痛の薬ね。いつものとおり煎じて」

 干してあった薬草を小袋に少量移し、口を止めると待っていた老婆に手渡した。

「お大事にしてくださいね」

 老婆を送り出した後、わたしは部屋の中を見渡す。

「あとは…… 」

 気配のなさに振り返ると、さっきまで玄関にあったいくつかの人影が消えていた。

 ようやく一息ついてわたしは玄関のドアを開け、庭を見渡した。

 よし、家の中に入りきれないで外で待っているお客さんもなしっと。

 確認するとかけていたエプロンを外し、側にあった椅子の背にかける。

 

「オカケデ、オデカケ? 」

 窓際に吊るした鳥かごの中から小鳥が訊いてくる。

「そうよ、いい子でお留守番しててね。ピッチィ」

「ぴっちぃ、イイコ。

 トーサン、サミシイ。

 オカエリ、ハヤクタダイマ」

 声を掛けると妙な言葉を口走る小鳥を残して、わたしは家を出た。

 

 何時の間にか雨が上がり代わりに照りだしたお日様はもう頭上の真上を通り越し僅かに傾いていた。

 占いに、探し物、それから持病の薬の処方。

 そんなのを目当てに雨の日のわたしの家にはお客さんが絶えない。

 おばあちゃんから受け継いだわたしの仕事。

 もちろん雨が降ってない時にもそこそこお客さんはあるけど、皆それぞれに忙しいから、急ぎでない用件はこうして雨の日に集まってくる。

 

 今日は本当なら朝からでもあの本のこと調べたかったんだけど、すっかり遅くなってしまった。

 お城に入れなくなっていなければいいんだけど…… 

 一抹の不安を抱えながらわたしは足を急がせた。

 

「やぁ、待っていたんだよ? 」

 抱えていた不安をよそにお城の城門からエントランスまですんなり通してもらえると、昨日のあの男の顔がある。

 髪の色からして絶対コンラッド様の方。

 気持ち悪いくらいに満面の笑みを浮かべて穏かな口調で迎え入れてくれるけど、目が笑ってない。

 それを目にわたしは思わず顔を引きつらせた。

 

 

「遅いっ! どれだけ、待たせれば気が済むんだよ? 」

 図書室のドアを閉め二人っきりになると同時に男の顔に張り付いていた笑みが消え、予想通りの言葉が飛んでくる。

「別に待っていてくれなんてお願いもしなかったし、待ち合わせの約束だってしていなかった筈だけど」

 平然と言ってのけわたしは身振りで昨日の本を要求した。

「それにしたって、お前時間はともかく今日も来るって言ってたよな? 」

「仕方がないでしょ。

 雨の日はお客さんが多いんだもん」

「お前、客と俺とどっちが大事なんだよ? 」

「もちろん、お客さん」

 にっこりと笑みを浮かべてわたしは当然とばかりに答える。

「ってか、おまえ何やって…… 

 すまん、訊いた俺が莫迦だった。

 おまえ魔女だったっけな」

「そうよ、持病の痛み止めに外傷の傷薬。

 うせモノ探しに天気予報。何でもするわよ」

 言いながら持ってきた水晶球を取り出した。

「そういう殿下こそ、アルマンド殿下についてなくて良いの? 」

 殿下と殿下じゃややこしいけど、はっきり名前を呼んだらまた昨日のように脅されそうだ。

 そう思って適当に呼ぶ。

「あいつは…… 

 今来客中なんだよ」

 そう言った男の視線が何故か落ち着きなく泳いだ。

 

 差し出された本を手に、わたしは部屋の中央に置かれたテーブルの前に腰を下ろす。

 そして広げた本の頁の上に持ってきた水晶球をかざし、球越しに紙面を覗きこむ。

 だけど、やっぱり…… 

 予見したようにどの頁にも一行だって文字は浮かんでこなかった。

 思わずため息が漏れる。

「で? どうだ? 」

 その様子を黙ってみていてくれたのだろう。

 今までひと言も喋らないで気配を消していた男が突然肩越しにわたしの手元を覗き込んで訊いてきた。

「全然駄目…… 」

 肩の後ろに迫った男の顔に視線を向けわたしは答える。

 こうなってしまっては八方塞だ。

 何かほかに手がかりを探さないといけないのかもしれない。

 

「殿下、もうすぐ晩餐のお時間になりますが…… 」

 先日の少年が顔を出すと、恐る恐る声を掛けてきた。

 ここでは王子様もコンラッド様も両方同じ扱いなのか、それとも見分けがつかないのかごく当たり前のようにこの男のことも殿下と呼ぶ。

「ああ、ありがとう。

 すぐに行くよ」

 相変わらす、男は向き直ると同時に極上の笑みを浮かべ柔らかな声で答える。

 ……なんかわたしに対する態度と全く違うんですけど? 

 これってどういうこと? 

 首を傾げながらわたしは閉じた本の表紙の上に水晶球を重ねた。

 

 多分今日はここまで。

 これ以上ここにいてはこの男の邪魔になる。

 ま、ここまで横柄な態度とられちゃそんなに気にする必要はないとは思うけど、今この王宮に入るにはこの男の手助けは必要不可欠。

 機嫌を損ねるような行為は控えておいたほうがいいよね。

 

 カツン…… 

 

 諦めて帰り支度をはじめたわたしの耳に、何か留め金でも外れるようなかすかな音が響く。

「何? 」

 呟いてもう一度、水晶球の下にある本を取り上げた。

 同時に何か小さなかけらが本のどこからか零れ、床に落ちる。

 側にいた男もそれを見逃さなかったようだ。

 わたしの手が床に伸びる前にすばやい身のこなしで拾われてしまった。

「何だ? これ」

 目の高さまで持ち上げて返す返す眺めた後男は呟いた。

「さぁ? わたしにもさっぱり…… 」

 小さな薄い木の板がまるでパズルのピースのように微妙な形に切り出されたそれを目にわたしも首を傾げる。

「でも、ここから出てきたものみたいだから…… 」

 手にしていたおばあちゃんの本をもう一度眺める。

 昨日も今日も穴があく程眺めたけど、頁の間にそんなもの一片だって挟まってはいなかった筈。

 と…… 

 指の当たっている場所に何か違和感がある。

 そっと持ち上げてみると表紙の側面に小さな細い穴があいていた。

「もしかして表紙の厚みの中に仕込んであったってことか? 」

 わたしの視線に誘導され同じ穴を目にした男が感心したように呟いた。

 伸びた爪の先ほどの表紙の厚みの中に仕込まれていた小さなピース。

 しかも表紙の上にこの水晶球をのせると留めが外れて零れ落ちてくるような仕掛けがなされていたなんて誰が考えるだろう。

 それに…… 

 出てきたピースときたら本当にただの木片で、やっぱり文字の一字も書いていない。

 この本から出てきたってことは絶対何かの手がかりなんだと思うけど、その用途がさっぱりわからない。

「う~ン」

 思わずわたしはうめき声を上げる。

「ちょっと待てよ…… 

 この形どこかで…… 」

 そんなわたしを横目に、男が首を傾げた。

「殿下? もうお時間になりますが? 」

 先ほど呼びに来た少年がもう一度声を掛けてくる。

「ああ、済まないね。

 お客様をお送りしたらすぐに行くから、皆には先にはじめるように言ってくれるかな? 」

 やっぱり極上の笑顔に戻るとそう言って男は少年を追い出した。

「ごめんなさい、長居してしまって」

 こうなるとさすがに引き上げなくちゃ申し訳ない。

 わたしは慌てて水晶球をしまい込む。

「これ、借りていて良いか? 」

「良いかも何も、どうせ本の中から出てきたんだからこっちの物だって主張するんでしょ? 

 良いわ。

 どうせそれだって、魔力は感じられないから」

 これ以上待たせたら申し訳ないからわたしは慌てて図書室を出た。

 

 

 城門を出て暫く歩いていると、突然小鳥が飛びついてくる。

「うっわっ! 」

 思わず顔面にぶち当たりそうになった若葉色の小鳥の翼を交わす。

「ジャガイノ、イモ、ジャガ、オカイモノ! 」

 わたしの周囲を羽ばたきながら小鳥は片言の人の言葉で喋る。

「もぅ…… 父さんったら」

 空に手を上げ舞う小鳥を止らせるとマーケットに向かった。

 数年前巣から落ちたのを保護した小鳥が今のわたしの使い魔。

 とは言っても使い魔の系統じゃない種類の鳥では、おおよそ伝言くらいにしか使えない。

 それをいいことに父さんは時々出先のわたしへのメッセンジャーに使う。

 今日のはジャガイモを買って来いってことだ。

 

「小父さん、まだいい? 」

 ほとんどが店じまいをはじめたマーケットの一角でわたしはなじみの八百屋さんに声をかけた。

「や、リシェちゃん。なんだい? 」

「ジャガイモ、ある? 」

 肩に小鳥を乗せたままわたしは店先を覗きこむ。

「イモ、イノ、ジャガ! オカイノモ! オカイモノ! 」

 黙っているのに飽きたのか、目的の物を見つけて興奮したのか、わたしの肩で小鳥がけたたましく口走る。

「なんだい、そりゃ? 

 生きてんのかい? 」

 袋の中にジャガイモを詰めながらおじさんの視線がわたしの肩に向かう。

「うん、本物よ。

 どうして? 」

「いや、ほら。

 リシェちゃんの爺さん。

 そういうおもちゃ作るの好きだっただろう? 

 囀る剥製の小鳥とかシャボン玉を吹く犬のぬいぐるみとか。

 てっきりそういう奴かと…… 

 親父さんは作らないのか? 」

「残念だけど、父さんはすっごく不器用なの」

 そういえば昔おじいちゃんが生きていた頃、よくそう言ったおもちゃを作ってもらった。

 おじいちゃんはそういう細工物が得意でいろんな仕掛けを作っていた…… 

 

「って、待って…… 

 細工物、仕掛け? 」

 思わずわたしは口走る。

「はいよ、リシェちゃん二セリンだ。

 どうかしたかい? 」

「ううん、なんでもないの」

 ポケットからセリン銅貨を二枚出し、替わりにジャガイモの袋を受け取りながらとりあえず答える。

 

 ……どうしてそこに考えが行かなかったんだろう? 

 木のピースがこぼれ出た本の仕掛け。

 似たような物を以前みた気がする。

 アレは間違えなくおじいちゃんの細工物だ。

 水晶球と同じ大きさで同じ重みのものが本の一定の場所に一定時間掛かるとロックが外れるようにできていた。

 どうりで魔法の形跡がない筈。

 そうなると、一つの可能性が浮かぶ。

 こぼれ出た木片は明らかにパズルのピースのような形をしていた。

 つまりは同じようなものがまだある可能性がある。

 全部見つけてつなぎ合わせるとメッセージが出てくる? 

 自分の細工物で人を楽しませるのが大好きだったおじいちゃんなら、やりかねない。

 その隠し場所が同じく本の表紙の中だとすれば、王城の図書室より家の本の方が可能性が高い。

 何しろアレだけの細かくて精密な細工だ。

 いくらおじいちゃんの腕をもってしても時間が掛かっただろう。

 だとすれば、仕掛けるのは人の本より自分の本のはず! 

 

「ありがとう、小父さん。またね! 」

 挨拶もそこそこにわたしは駆け出していた。

 

 

 家に跳び帰るとわたしはとりあえず小鳥を籠に入れる。

「帰ったのかぁ? ジャガイモは? 」

 キッチンからは待ちかねたような父の声が響いた。

「もう、やめてよね、父さん。

 ピッチィをお使いに出すの」

 買ってきたジャガイモを作業台の上に置きながらとりあえず釘を刺す。

「そのための使い魔だろうが? 」

「父さんの使い魔じゃないわよ」

 ため息混じりに言うと、ジャガイモの袋を置いた隣に見慣れない白い封筒が置いてあるのが目に留まる。

「そういや、オデットから手紙が来てたぞ」

 その封筒がわたしの物であることを示唆するように父さんが言う。

 伯爵家の紋が押された少し明るめな錆色の封蝋に指を掛け封を切る。

 封筒と揃いの蔦模様のエンボスの施されたカードには来る日に伯爵家で行われるお茶会への招待が綴られていた。

「何だって? 」

 内容が気になったのか父さんが訊いてくる。

「ん、お茶会の招待状…… 

 先日の結婚式のお礼だって」

「そうか、楽しんでこいよ。

 オデットによろしくな。それと伯爵様のご迷惑にならないようにな」

 こっちが何にも言わないうちに行くと決め付けて父さんは言う。

 ま、うちとは全く格が違う伯爵家からのご招待、よっぽどの事がなければ断るなんて失礼になるから当たり前だ。

 いつもなら先にはじめていた父さんを手伝うところなんだけど、今日はそんなことしていられないからそれだけ言ってキッチンを出る。

「おい? 夕食は? 」

「いらない! 」

 声を張り上げて、わたしは屋根裏に上った。

 

 屋根裏にしまったままになっていた本の中からいくつかのめぼしい物を引っ張り出し、わたしは部屋に戻る。

 水晶球をのせたり透かして見たりして、その中から数枚のピースを見つけ出した頃には既に窓の外が明るくなり始めていた。

「五枚かぁ…… 」

 机の上に散らばる発見したピースを前にわたしはため息をついた。

 王城から見つかったあの男の手の中にあるものを入れても六枚。

 しかもそれは明らかにパズルのピースの形をしているのに全く繋がらない。

 つまりは圧倒的に枚数が足りないってことだ。

 

「ぴっちぃ、オサンポ。

 ハツでーと! 」

 差し込む朝日を受けて小鳥が囀る。

 

 妙なことを吹き込むのは父さんだけじゃない。

 喋る小鳥が珍しいのか、お客さんが面白がって教える。

「ほら、行ってらっしゃい」

 小鳥を鳥かごから出し、窓を開けると送り出す。

 完全に使い魔にしちゃってあるから、気が済めば戻ってくる。

 だから安心してわたしはベッドに潜り込んだ。

 

 

 なんとなく理不尽な思いを抱えながらわたしは王城の塔を見上げた。

 ……結局今日も来てしまった。

 そんな自分が情けないやら悔しいやら。

 だけど、発見したピースは六枚。

 完全な形に仕上げるとしたら最低でもまだ数十枚のピースが必要になる。

 家にある本は全部調べてしまったから、残りは多分ここ。

 アレだけの蔵書があれば隠すのも容易ないだろう。

 問題は探すこっちの身だけどね。

 全部探し出すまでにいったい何年掛かるんだろう? 

 探しているうちに適齢期なんかあっと言うまに過ぎ去って、おばあちゃんになってしまいそうだ。

 それじゃ、遅いんだけどな。

 

「いつも、ご苦労様…… 」

 そんなわたしの耳に衛兵に掛ける優しい声が飛び込んでくる。

 でたなっ! 

 思わずわたしは身構えた。

 

 ホント、これがなければ王城だってもう少し足の運びやすいところなんだけど。

 何だってこの男はわたしの周りをうろつくんだろう。

 もっともうろついてもらえなければわたしはここに入れない。

 そのジレンマにわたしは地団太を踏みたい気分だ。

 

「待っていたんだよ、お嬢さん」

 男はわたしの姿を見ると嬉しそうな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。

 あれ? この顔は…… 

 それを目に違和感を抱いてわたしは首を傾げる。

「えっと…… 」

 こういう場合は初対面の挨拶をしたほうがいいんだろうか? 

 それともいつもと同じように振舞うべき? 

 戸惑いながらとりあえず愛想笑いを浮かべる。

「ここは人目につくからね、行こう」

 男はわたしの手を取るとものすごくスマートに王城の中にエスコートしてくれる。

 見た目や言葉遣いはおんなじでも、やっぱりこの二人違いすぎる。

 今日のこの男は間違えなく王子様の方だ。

 でも、なんだって王子様が直々にわたしを出迎えてなんかくれるんだろう? 

 この人とわたしはほとんど面識がなくて、待っているのはもう一人の方の筈。

 

「殿下、お客様ですか? 」

 首を傾げられるだけ傾げたい思いにかられていると、もう一つの同じ声が話し掛けてくる。

「そう、私を毎日訪ねてきてくれる娘ですよ、殿下。

 可愛い人だと思いませんか? 」

 満面の笑みを浮かべてわたしの手を取る男は応えた。

 さらりと言われた社交辞令より、もう一つの言葉のほうが気になった。

 どうして、王子様が自分の替え玉に殿下の呼称をつけるのか? 

「ああ、いつも図書室で調べ物をしている方ですね。

 ご一緒してもよろしいですか? 」

 僅かに張り付いたような笑みを浮かべて後から現れたほうの殿下が私たちを図書室へ誘導した。

 

「……何を考えているんですか? 」

 ドアを閉めると同時にコンラッド様がわたしの腕を取る男を睨みつける。

「何って、ほら。

 君の所に毎日通ってくる女の子がいるって聞いたからね。

 一度ご挨拶をと思っただけなんだけど、いけなかったかな? 」

 コンラッド様とは反対に今までの穏かで優雅な物言いを全く崩さずに本物の王子様が首を傾げた。

「来客はどうしたんですか? 

 コンスタンス嬢は? 」

「それならお引取りしてもらったよ。

 正直もう飽きていたんだ。

 そしたら君が可愛い女の子と毎日会っているって言うから…… 」

 少し怒りを含んだコンラッド様の声に優雅な王子様の声が重なる。

 ただ、優雅なんだけど…… 

 初めて間近でみる本物の王子様の雰囲気はいつも遠目で見ている普段のものとは違っていた。

 なんていうか…… 

 コンラッド様みたいに怖くはないんだけど、いつもの完璧な優雅さじゃなくてどこかしどけなくて色っぽい。

 

「こいつは駄目ですよ。

 殿下の遊び相手には向きませんから」

 不意に伸びたコンラッド様の手がわたしの腕を掴むと引き寄せる。

「ふぅん…… 随分入れ込んでいるんだね」

 アルマンド王子が不思議そうに首を傾げた。

「でも、君のものってことは私の物でもあるってことだよね」

 ついで妙な意味深の笑みを浮かべた。

「そういうのじゃありませんから…… 」

 わたしを見つめる殿下の目から隠すようにコンラッド様はわたしを背後に押しやった。

「こいつはそういうのとは関係ないんで」

「なんだ、つまらないね」

 そっけなく言ってアルマンド殿下はようやくわたしから視線を逸らせた。

「そういう訳ですので…… 

 お暇でしたら別の女性をお呼びしますが? 」

「いいよ、呼びつけても来るまで待つのも面倒だし。

 それより、君。

 コンラッドとそういう関係じゃないってことは、ここまで来て何をしているわけ? 」

 アルマンド王子がわたしに向き直った。

「ただの調べ物ですよ。

 ここほど蔵書の数のある場所はほかにないって頼まれたので、開放しただけです」

 わたしに答える間も与えずにコンラッド様が言う。

「探し物、ね。

 何を探しているんだい? なんなら私も手伝うけど? 」

「い、いえ。

 結構ですっ! 」

 いつかと全く同じ言葉がわたしの口から飛び出した。

 だって、やっぱり言えないよぉ。

 コンラッド様にはばれちゃったんだけど、自分の口からなんて、あの恥ずかしいタイトルとてもとても…… 

 それに本自体はもう見つかっているし。

 探すって、何を探すのかもよくわからない。

 とりあえず今日はあの何だかわからないピースをもう少し探してみたい。

 だけど、この場に流れる何だかわからないけど緊張したこの空気に、それが言い出せない。

「殿下、ご来客中申し訳ございません。

 コンスタンス嬢がお忘れ物をしたとかで戻ってまいりましたが…… 」

 申し訳なさそうに若い従者が顔を出した。

「忘れ物? 」

 従者に背を向けたままのコンラッド様の片眉が気に入らなさそうに上がる。

「ああ、アレだな。

 いいよ、私が行く」

 それに対して動いたのは王子さまの方だった。

「こちらのレディは、殿下にお願いしますよ」

 すらりとした肢体を優雅に動かし、王子様は出て行った。

「はぁ…… 」

 その後ろ姿がドアの向こうに消えるとコンラッド様があからさまにため息をつく。

 先ほどまで二人の間に漂っていた緊張した空気が緩んだようだ。

「おまえ、今日はもう帰れ」

 そう思った途端に突然言われる。

「あのっ、ね」

 夕べの成果を報告したくて声をあげる。

「いいから、帰れよ」

 つっけんどんに言い放つと、コンラッド様はあの本を取り出した。

 そして昨日その本から出てきた木のピースを添えてわたしに差し出す。

「これ、持っていっていいから。

 今後ここには近寄るな」

「え? 」

 言われていることがわからずにわたしは睫を瞬かせた。

 何故か目の前のコンラッド様は今まで見たことがないほどの険しい表情をしていた。

 もしかして完全に怒っている? 

 そこまではわかるんだけど、どうして怒らせてしまったのかの理由が全くわからない。

 通常に考えると、お互いが一個人だと思っているそっくりな双子を見間違えたとかなわらかる。

 だけどこの二人の場合、どちらかと言うとどっちがどっちか故意にわからないようにしている節がある。

 だからわたしも、わざと曖昧に接していたんだけど…… 

「何でもいいから、とにかく帰れ! 」

 ほとんど叫ぶように言って男は乱暴にわたしの腕を掴むとその部屋から引き出した。

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