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何がいけなかったんだろう?
洗濯物をたたみながらわたしはぼんやり考えた。
あれから数日。
怖くて王城には行っていない。
過去の因縁で、コンラッド様の口利きがなければわたしはお城にはいれてもらえないのはわかりきっていた。
だから、もし出向いて門前払いを食わされたりなんかしたら……
完全にコンラッド様の機嫌を損ねてしまったことの証明のようなもので、もしそうなったら立ち直れないかも知れない。
そこまで考えてわたしの手が止まる。
立ち直れないってどういうことだろう?
だって知れば知るほど遠目に見ていた王子様とかけ離れすぎていて、その気迫に気圧されっぱなしで正直怖い。
それ以外の何者でもなかったはずなのに……
だから嫌われてもどうってことない筈。
……何をわたしは血迷ったことを考えているんだろう。
頭の片隅に浮かんだ妙な思考を振り払うように首を振って再び洗濯物をたたみに掛かる。
その耳もとで何かが窓ガラスを叩く小さな音がした。
音に促されて手を止め窓を開けると、若葉色の小鳥が飛び込んでくる。
「ぴっちぃ、オサンポ。
オカエリ、ドコイク、ハツでーと! 」
相変わらず妙な言葉で囀りながら開けてあった鳥かごの中に自分で入り羽を休める。
「おかえり、今日はどこまで行ってきたの?
オカエリじゃなくてタダイマでしょ? 」
声を掛けて留め金を掛ける。
「おい、リシェ、時間いいのか?
今日茶会だろ? 」
不意に顔を出した父さんが聞いてくる。
「いっけない! もうそんな時間? 」
たたみみ掛けの洗濯物をそのままに、わたしは慌てて自室に駆け込み着替えをはじめた。
カイベル伯爵邸の庭園は今花の真っ盛りだった。
栽培種の花でなく、野の花を集めて作ったカントリーガーデンと呼ばれているその様式の庭園はまるでピクニックにきたみたい。
庭を見渡せる心地のいいテラスに用意されたテーブルを取り囲むのは年の近い女の子ばかり。
その顔を目にわたしはほっと息をついた。
伯爵邸のお茶会なんていったら当然のようにきっと身分の高い人とか集まっていそうだったから。
公爵令嬢とか伯爵夫人とかそういう人ばかりだったらどうしようかって、正直内心びくびく物だった。
確かに若いってだけでそういう身分の人も混ざってはいそうだけど、知った顔もいくつかある。
隣に座ったミアンにどんなに安心したかわからない。
あでやかな花模様に金彩の施されたティーセットに同じ意匠で作られたと思われる焼き菓子、フルーツ。
異国の物と思われる見たことのないお菓子も並ぶ。
どれも贅を尽くしたものなのは明らかで、伯爵家の財力がしのばれる。
「それでね、わたし妙な話を聞いたんだけど…… 」
カップを傾けながらミアンが困ったように眉根を寄せた顔をわたしに向ける。
「妙な? 何? 」
そんな表情を向けられ思わずわたしはたじろぐ。
「リシェ、最近王城に出入りしているってホント? 」
「え? あ、うん。
この間まで、でももう行っていないのよ」
別に隠すことでもないので正直に答える。
「おばあ様の代から出禁のはずなのに、どうして? 」
「うん、ちょっと口を利いてくれる人がいたから…… 」
まさか王子様とはいえず、もちろんコンラッド様だなんて口が裂けてもいえなくてわたしは曖昧に誤魔化す。
「気をつけたほうが良いわよ」
眉根を寄せていたミアンの顔が今度は心配そうに歪んだ。
「何? 何かあるの? 」
めったに見ないミアンの表情に嫌なものを感じてわたしは慌ててお茶を飲み下した。
「その、ね。
コンラッド様なんだけど…… 」
ミアンはいかにも話にくそうに言葉を濁す。
「コンラッド様がどうかした? 」
「実はね行儀見習いで集まっている女の子の間で妙な噂があるの。
女の子を、中にはその…… 商売にしている人なんかを、とっかえひっかえ寝室に連れ込んでいるんですって」
周囲を見渡し、ミアンは声を潜める。
「王子様と見分けがつかないのをいいことにやりたい放題やっているって。
皆が口を揃えて言っているわ」
「コンラッド様が? 」
思わずその名を聞き返す。
「それは、多分、ない、んじゃ、ない、か、な」
絶対とは言い切れないけど、あの男がそんなに器用とは思えない。
数日あっただけだけど、もう王子様の物まねするだけで手一杯って感じだった。
「それでね、その中にリシェがいたって言う子がいて…… 」
「わたし!? 」
ミアンの言葉に思わずわたしの声がひっくり返る。
「どうしてそうなるわけ? 」
「なんか門番に赤毛の女の子がきたら通すようにって便宜を図っていたとか……
殿下とコンラッド様と一緒に歩いていたのを見たって人もいて」
「誰かの間違えじゃない?
ほら、赤毛なんて別に珍しくもなんともないし」
時に黒髪のや金髪の人もいるけど、栗色、茶色、枯葉色。この国の人間はその系統の頭髪の人が多い。
赤毛だって十人に一人くらいの割合でざらにいる。
「でも、リシェのその赤毛は特別だから目立つのよ」
隠したって無駄だとばかりにミアンがあからさまに息を吐いた。
そう赤毛は赤毛でもわたしの髪はチェリーレッド。
普通の人の赤毛が栗色に赤みが増した物なのに対し僅かに紫がかっている。
魔女の家系特有の色。
そういえば、あの日。ティーガーデンで初めて言葉を交わした日。
誰からも「変わった色」と微妙な誉め言葉しかもらえないわたしの髪色をあの人は誉めてくれたっけ。
その言葉を思い出した途端、心臓の鼓動が高まった。
「見間違えじゃない、他の魔女さんとかの」
ぶんぶんと我ながら大げさに思える程に大きく首を振ってその場を誤魔化す。
とりあえずコンラッド様に便宜を払ってもらったのはホントだけど、そう言った浮いた状況になったことはない。
だから、本当に誰かと間違えているんだと思うんだけど。
「だったらいいんだけど。
本当に気をつけてね。
王子様だからってだまされちゃ駄目よ。
何かあったら泣くのはリシェなんだから」
ミアンが心配そうに言ってくれる。
妙なことを聞いたせいか、お茶会のその後のことは全く憶えていない。
伯爵家のお茶だもの茶葉だってお菓子だって絶品のはずだった。
現に帰りがけにご一緒した女の子たちが口をそろえてそう言っていたのに、その味も香りも何にも記憶が飛んでいた。
着ていったドレスにブラシを掛けクローゼットに戻しながらミアンに言われたことをもう一度整理する。
それってどこか違うような気がする。
何日も一緒にいたわけじゃないけど、お城の図書室でわたしに付き合っていてくれたのはコンラッド様で、皆が勘ぐるような仲どころかそんな雰囲気にさえかけらもならなかった。
むしろ怒鳴られ、脅されしてわたしは縮みあがっていたわけで……
その時王子様の方が来客中。
って、ことはもしかして?
いや、それは間違ってもないか。
あんなに上品で優雅な王子様に限って……
限って……
だからそれがコンラッド様のせいになる。
お互いがお互いどちらがどちらかわからないように振舞っているのだから、ぱっと見見分けがつかなくて、そしたら品のない行為は王子様じゃないほうの行いにされてしまうってこと、なのかも知れない。
先日わたしを前に見せた王子様の姿はどこか砕けて色っぽかった。
まさか、とは思うけど、そういうこと?
だからコンラッド様はわたしをお城から遠ざけたってことなんだろうか?
そう考えるとなんとなくつじつまが合う。
ま、単なるわたしの一方的な妄想にしか過ぎないけど。
どっちにしろ今のわたしはレシピ本探しを中止しなくちゃならなくなっていて、このままでいったら一生独身は確定。
王子様の慰み者になって変な噂が立ってもたいして変わりはない。
……なんて、ね。
何故だろう?
さっきからわたしの頭の中にはコンラッド様の面影ばかりが浮かび上がっている。
頭ごなしのぶっきらぼうな物言いが、今思い起こすと何だか心地いい。
もう、あえないのかも知れない。
そう思うと何だか寂しい。
でも、それは仕方のないことで……
元々住む世界が全く違う。
これっきり顔を合わせることがなくても当然だ。
自分にそう言い聞かせながらわたしは晴れ着をしまったクローゼットのドアを閉めた。




