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取り巻きCと異国の姫君 中

取り巻きC・エリアル視点

エリアル高等部二年六月

 

 

 

 起きて、状況を認識して、頭を抱える。


「やらかした……」


 寝落ち、約束破り、筆頭宮廷魔導師に寝台まで運ばせた。

 やらかしが多過ぎて、まずどこから悔いたら良いのかわからない。


 取り巻きC、ただいま猛省中です……。




 絶望の淵からこんにちは。あなたの寝坊はどこから?わたしは騙し討ちから。な取り巻きC、エリアル・サヴァンでございます。


 現在地は見覚えのある部屋。王宮のわんちゃんの仮眠室、とは名ばかりのわたしの宿泊用の部屋だ。昨日、約束のお菓子作りをした記憶は、ない……。


 この記憶が正しくて、漏れた邪竜が巧いことどうにかしてくれたとかでない限り、調理室の長椅子で寝て、起きずにわんちゃんこと筆頭宮廷魔導師ヴァンデルシュナイツ・グローデウロウスにここまで運ばれ、朝までぐっすりだったってことだ。

 たまに漏れる邪竜こと黒竜トリシアは、警戒心が強くてわんちゃんの近くでは気配を消しているので、わんちゃんのお膝元であるこの場所で漏れて見せるとは思えない。


 つまり、昨日きっと調理室を訪れたであろう国賓は、わたしが寝ているからを理由に追い返されたと言うことに。


 子爵令嬢ごときが国賓との約束を破るなど、首と胴がさよならしても文句を言えない大失態だ。しかもそれで迷惑をこうむるのが、この春までは破落戸ゴロツキの街と名高いルシフェル領を、実力で取り仕切っていたジャック・フリージンガー子爵だと言うのだから、より恐ろしい。


 なんて言い訳をしようと、頭を抱えているわけですが。




「お、起きてるな」


 起き上がったそのまま寝台から出ることもせず頭を抱えていたところに、扉の開く音とそんな声。

 お盆片手に歩み寄って来るわんちゃんに、なんで起こしてくれなかったのかなんて、訊くのはお門違いだ。


 やるべきことをやりとげたかったならば、自分自身でちゃんと起きられるようにするか、寝ないで待っているかすれば良かったのだ。それをわんちゃんに甘えて寝た以上、起こして貰えなかったとしても自業自得である。


 だって、わんちゃんが起こさなかったのは。


「……おはようございます」

「おはよう。爽やかな目覚めにはなんなかったみてぇだが、ほら、食え」


 言ってわんちゃんが差し出すのは、蓋付きの小さな両手鍋とパンの入ったカゴ、それからマグカップが四つ乗ったお盆。マグカップのうち二つは伏せられていて、残り二つはふんわりと湯気をくゆらせている。


「用意させてしまって、すみません」

「こんくらい大したことねぇから、本調子じゃねぇのに無理すんな」


 これだ。

 封印の更新後、眠気をおして料理をしようとしていたと、気付かれたのだろう。そして、眠くない状態のわたしであれば気付く罠を張ったのだ。起こしてやるから少し眠れと。


 それにかかった時点で、わんちゃんがわたしを起こしてくれることはない。


「いつも言ってるが、休息が必要だから眠くなるんだ。あらがうな」

「う、でも、」


 言い訳しようとして、わんちゃんが寝台へ椅子を寄せようとしていることに気付く。

 さすがにそこまでの体調じゃない。ぐっすり眠って、まだ眠いけれど、覚醒はしている。


「あ、お、起きます!寝台は出ます」

「……」

「大丈夫、です。起きられます」


 寝台を降りて、机ヘ向かう。無言で溜め息を吐いたわんちゃんが、机にお盆を置く。両手鍋の中身は、具沢山のトマトスープだった。蓋を取ったわんちゃんが、おたまですくってマグカップに注ぐ。


「ありがとうございます」

「いいだけ食え。足りなきゃ追加で作る」

「そんなには食べませんよ」


 野菜がとろとろに煮込まれたスープにはお米入り。飲み物はほかほかのエッグノッグ。パンは焼きたての白パン。わたしの好きなものが集められた朝食だ。


「いただきます」


 言ってスプーンを手に取る。わんちゃんはパンの真ん中を割ってバターを乗せて、


「ほら」


 パンと一緒にカゴに入っていたお皿に乗せて、わたしの前に置いた。据え膳にも程がある。


「そ、」


 そこまでお世話されなくても大丈夫ですよ。と言う言葉は、ん?と向けられた笑みに完封された。下手に口ごたえをすると、たぶんスプーンすら持たせて貰えなくなる。


「わんちゃんも、一緒に食べて、くれるのですよね?」


 方向性を変更した言葉が正解で、ああ、と頷いたわんちゃんが対面に座る。

 ほっとして、スープを口に運んだ。野菜の甘味と、トマトの酸味、お米の食感と、じんわり染みる温かさ。


 美味しい、と呟く代わりに、ほうと息を吐く。

 バターがとろけた白パンも、柔らかくて美味しかった。


「パンは今朝、国賓の食事に出たやつだ」


 椅子に座ったもののまだ食べ始めていなかったわんちゃんが、白パンをもぐもぐしていたわたしに言う。いつの間にか、わたしのお皿にバタ付きパンが追加されている。いつの間に。わんこパンか。


「お前が、柔らかいパンが良いって言ったんだろ」


 わんちゃんの言葉に頷いた。


「朝食はパンとコーンスープ。それから温野菜だそうだ」


 ああ、それならきっと祥子さまたちも食べられただろう。良かった。


「あちらには、体調が芳しくないから休ませたと言ってある。感染性の病気じゃねぇとも伝えてあるから、心配すんな。あとはブルーノがどうにかすんだろ」


 まさかの、るーちゃんことブルーノ・メーベルト先輩に丸投げ。るーちゃん、知らないうちにそんなにわんちゃんの信頼を勝ち取っていたのだね。


いやきっとどうにかしてくれるだろうけれど!でも、それでよしとするのは寝覚めが悪いし無責任だよ!


「……まあ怒ってたから覚悟はしとけ」

「!?、フ、」


 フリージンガー子爵が!?とぎょっとしたわたしを、睨んで黙らせる行儀にうるさいわんちゃん。はい。黙って食べます。


「上司の方じゃなくてブルーノ本人がな」


 るーちゃんが?


「無理はしないよう言ったはず、だそうだ」


 言わ、れた。確かに言われていた。でも眠いのを我慢するくらい、いつものことだし無理と言うほどの無理はしていない。


「あー、まあ、言うほど無理してたわけじゃねぇと、伝えてはある」


 わたしの不服に気付いたらしいわんちゃんがとりなす言葉を口にしてから、ただ、と続けた。


「自分じゃなく、俺に頼ったのが気に食わねぇんだろ。ああ、」


 わたしから頼ったわけでは、


「言ってもどうせ聞かねぇから俺が無理矢理寝かし付けたことも伝えてあるから、お前から頼ったわけじゃねぇのも理解してる。が、それはそれで気に食わねぇんだろ」


 息を吐いたわんちゃんが首を振る。


「どっちかってぇと、自分に頼らねぇお前に、って言うより、そばにいたのに気付けなかったり、頼って貰えなかった自分にいらだってんだろうから、お前に文句言っては来ないかもな」


 るーちゃんが頼りないから頼らなかったわけではない。ほんとうに、許容を超えた無理ではなかったから、自分でも気にしていなかっただけなのに。


「お前、自分の不調には鈍感だからな」


 苦笑したわんちゃんが、わたしのマグカップを取り、スープのおかわりを注ぐ。やっぱり、わんこ形式なのだろうか。バタ付きパンも一個食べ終えると、また一個出て来るし。


「食って寝て、回復しろ。それでブルーノも文句なくなるだろ。他人の世話は、それからだ」

「でも」

「作りたいなら菓子は作って良い。ただ、監視は無しだ。他人に見られ続けんのも疲れるだろ」


 わんちゃんが虚空を指差す。


「どうせ見てる」


 姿はないが、常にいる監視用の蝙蝠を。


 それは、そうなのだけれども。


「そもそも、だ」


 エッグノッグを一口飲んだわんちゃんが、バタ付きパンをまたわたしのお皿に乗せる。


「国として優先すんのは、今まで関わりもなかった遠い他国の王族より、今まさに国防の要を担ってるエリアルだからな。そこ勘違いすんなよ」


 国防の要。いつかリリアにも言われた通り、西の帝国ラドゥニアがバルキア王国を攻めないのは、国殺しの化け物がいるからと言うのが大きい。今では邪竜も抱えていると来れば、より重要度は高いだろう。


 対する瑞穂国みずほのくには、新しい利権ではあるものの、東の帝国の東の国々の、さらに東の海を渡った先にある、遥か遠い国。今まで他国との関わりが少なかったために、軍事同盟を結んでいるような国もない。たとえ訣別しても、すぐ脅威になるとは考えづらい。

 フリージンガー子爵も言っていたくらいだ。駄目で元々の賭けだと。


「国賓の件に関して、お前はあくまで善意の協力者だ。そこに責任も義務もねぇ」


 それはそう、かもしれないけれど。


 もぐうとパンを大きく頬張る。


「が」


 そんなわたしを見て、わんちゃんは言葉を継ぐ。


「まあ約束を破りたくねぇっつう気持ちも、報酬が欲しいっつう気持ちも、単純に困ってるなら放って置けねぇっつう気持ちも、あんだろうなってのはわかる。無理と危険のねぇ範囲なら、やりたいようにやりゃあ良い」


 ただし、と強調してから、わたしを睨む。


「眠いときは寝ろ。寝惚けて料理して事故起こしたらどうすんだ。料理は刃物も火もつかうんだぞ」


 ごもっともです。


 ぐうの音も出ない正論をぶつけられて、しゅーんとスープに視線を落とす。


 わたしが怪我する程度なら良い。問題は異物混入や手順間違いだ。なにか硬いものや鋭利なものの混入を見落とせば、食べた相手を怪我させてしまうかもしれないし、加熱の不足などで食中毒を起こすかもしれない。そもそも、美味しいものを食べさせたいのに、手順が違えば美味しくなくなってしまう。


「相手の気持ちも考えろ。お前が無理押して作りましたなんて聞いて、気兼ねなく食える相手か。違ぇだろ」


 そうですね。


 わたしが具合が悪いと聞いたなら、祥子さまは気に病むだろう。料理の上手い、えりさん、は身体が弱いと言う話だったから。


 飲み干したスープのおかわりは、今度は注がれなかった。バタ付きパンも増えない。お皿とスープのマグを空にして、エッグノッグのマグを両手で持つ。


「つぅわけだから、食ったらまた寝ろ。んで、起きてっから大丈夫そうだったら、菓子でもなんでも作りゃあ良い」

「はい」

「おう。良い子だ」


 頷いて目を細めたわんちゃんが、手を伸ばしてわたしの頭をなでる。それから、自分の朝食を食べ始めた。もりもりと食べる姿をながめながらエッグノッグをちびちび飲んでいると、ふくれて温まったお腹が、眠気を呼び込んで来る。

 あんなに眠ったのに、寝穢いぎたない身体だ。


 エッグノッグを飲み終えて、ほ、と息を吐く。ふわりとわんちゃんの魔力を感じた。おそらく身体を清めてくれたのだろう。たぶん昨日わたしが寝落ちたあとも、同じように清めてくれていたはずだ。

 朝食を食べ終えたわんちゃんが立ち上がり、椅子でとろとろしていたわたしの身体を持ち上げた。その細腕のどこにそんな力がと思うほど軽々と。そのまま布団のあいだにしまわれて、額におやすみのキスが降る。


「おやすみ、エリアル」

「おやすみなさい」


 おとなしく目を閉じれば、優しく頭をなでられた。幼い頃からずっと、わたしの頭をなでてくれる手。そこまでされれば抗う間もなく、わたしはコトリと意識を手放した。




 前世、よく布団の中にいた。

 生まれつき心疾患持ちだったわたしは、幼い頃から入退院を繰り返していて。病院には顔馴染みが大勢。逆に学校は半分近く遠隔授業だった。ただでさえ治療代で金喰い虫だったのに、両親は入院児にも手厚く対応してくれる学校を探して入学させてくれて。

 姉も弟も、特別扱いされるわたしに、嫌な顔ひとつ見せなかった。友人たちもみんな、仲良く親切にしてくれて。


 だからわたしは、病気の自分を不幸だと思っていなかった。


 誰からも愛され、守られる。前世のわたしは、そう言う人間だった。




 ふ、と、陽射しの中で目が覚める。ぱちりとまばたけば、つ、とひとすじ滴がつたった。

 身を起こし、寝台横に用意されていた水差しの水を飲む。


 いま、何時だろうか。


 ぐし、と顔をこすって考える。眠気はだいぶ落ち着いていた。布団にお別れを告げると、顔を洗って身仕度を調える。そう言えば着替えもわんちゃんにやらせたんだなと気付くが、それはもう今さらだ。


 時間はもう、昼過ぎだった。


 とりあえずなにか食べようと、調理室ヘ向かう。昨日の残りごはんがあったので、おにぎりを握って、味噌だれの焼きおにぎりにすることにした。おかずは蜥蜴肉の照り焼きと茄子田楽、ちぎりレタスに、キャベツのお味噌汁。あったかい麦茶も煎れよう。

 あとはおにぎりを焼くだけ、となったところで、コンコン、と扉を叩く音。


「?」


 お昼には少し遅い時間だけれど、わんちゃんだろうか。


「どうぞ」


 多めに作っていたので、わんちゃんと一緒に食べられる。振り向いて扉に声を掛けて、そのまま顔を戻してフライパンに味噌だれを付けたおにぎりを乗せる。ジューッと言う音と、立ち昇る薫りが食欲を刺激する。


 味噌の焼ける音に混じって、キィ、と扉の開く音。わんちゃんにしては控えめな開け方だ。


〔あの〕


 聞こえた声と言葉に、え?と思って振り返る。

 そこにいたのはわんちゃんではなく、鮮やかな緋の衣の。


〔え、あ、ええと、火を使っているので、少し待って頂けますか?〕

〔え、ええ。ごめんなさい、邪魔して〕

〔とんでもないことです。これだけすぐ焼いてしまいますので〕


 おにぎりを焼きながら、迷う。

 前述の通り、ひとりぶんなら分けられる量を作っている。来たのはまた単独行動したらしい、祥子さまだけだ。


 物理的には可能だけれど、立場的にどうか、と言う話。


─すみません、るーちゃん、今少し良いですか?

─もしかして、ショーシ皇女行っているかなぁ?


 話が早い。


─はい。それでその、今、おひるごはんを作っていたところで

─エリアルが良かったらだけど、食べさせてあげてくれるぅ?昼餐会で、ろくに食べられていなかったから

─わかりました


 焼き上げたおにぎりも、作ってあったおかずも、半分ずつ分けてよそう。

 国賓を迎えるにはそぐわない机に並べて、扉の前で所在なさげにしていた祥子さまへ目を向ける。


〔申し訳ありません、椅子も勧めずに。よろしければ、一緒に食べませんか?〕

〔良いの?〕

〔はい。誰かと食べた方が、美味しいですから。自分で食べる用に作ったので、豪華でなくて申し訳ありませんが〕


 彩りもなにもない、茶色と緑に占拠された食卓だ。


〔そんなこと!とても、美味しそう〕

〔それでしたら、是非一緒に〕


 椅子を引いて示せば、おずおずと座る。


〔なら、お言葉に甘えるわ。ありがとう〕

〔こちらこそ〕


 笑みで答えて、対面に座る。


〔いただきます〕

〔どうぞお召し上がり下さい。いただきます〕


 毒味も気にせず、祥子さまは焼きおにぎりを手に取って大きく頬張る。思いがけず、庶民的な食べ方だ。


〔美味しい〕

〔それは良かった〕


 微笑んで、自分も焼きおにぎりに手を伸ばしたところで、ぐすり、とはなをすする音。


 えっと思って目を向ければ、祥子さまは大粒の涙をこぼしながら、おにぎりを頬張っていた。


〔おい、しい、すごく、おいしい……っ!〕


 ボタボタと涙をこぼし、しゃくりあげながらも、祥子さまはおにぎりを口にする。おにぎりをひとつ食べきると、お箸を手に取りほかの料理にも手を伸ばす。

 とりあえず、食べることに集中させてあげるべきとき、だろうか。うん。たぶん。


 そう判断し、自分の食事を進める。


 おにぎりをひとくち。なんの変哲もない、味噌焼きおにぎりだ。みりんで伸ばした合わせ味噌を塗って、こんがり焼いた焼きおにぎり。


 でも、これをなんの変哲もないと思うのは、わたしだけと言うのは理解している。この国に、味噌焼きおにぎりなんてあるのは、異質なのだ。

 蜥蜴の照り焼きも、茄子田楽も、キャベツのお味噌汁も、異質。

 異質の最たるものは、生まれてこの方一歩たりともバルキア王国を出たことなどないのに、こんな料理たちを作り上げるわたしだろう。誰もそれについて、問い詰めない、けれど。


 時折しゃくりあげ、洟をすすり、時間をかけながらも、祥子さまは昼食を平らげた。昼餐では本当に、ろくに食べられなかったのだろう。先に食べ終えて待っていたわたしは、立ち上がり、柔らかいタオルを濡らしてしぼる。


〔どうぞ〕

〔ありがとう〕


 濡れタオルで顔を覆った祥子さまが、タオル越しのくぐもった声で言う。


〔ごめんなさい。みっともないところを見せたわ〕

〔いいえ〕


 兄君や付き人がいるとしても、少ない供で、遥か遠い国へ。耳慣れない言葉と、口に合わない食事に囲まれて。前世のように、飛行機で一日で行き来出来るわけでもない。帰りたいと思っても、何日も、否、何ヵ月もかかる道のりを。恐らくまだ十代であろう女の子が。もしかしたら、親や親族より頼れる相手であるかもしれない、乳母子の幼馴染みを国に残して。

 どれほど心細いことだろう。どんなに寂しいことだろう。どれだけ心許ない気持ちだろう。


 それでも前を向いて立っていた方の、緊張の糸が不意に切れて決壊してしまったことが、どうしてみっともないなんて言えるだろう。


 頑張って頑張って頑張って、それでもこぼれてしまった弱音を、誰が責めて良いだろう。


 祥子さまが座る椅子の横の床へ膝を突いて、華奢な膝へと手を触れる。ひとりではない。ここにいると。


〔祥子さまは立派で、美しいです。少しもみっともなくなんてありませんよ〕

〔そんなこと。こんな、醜態をさらして〕

〔いいえ〕


 そっと膝をなでながら告げる。


〔国を離れてこんなに遠くまで旅をするなんて、屈強なつわものでも恐ろしいことですよ。それをかほどに若く小柄な女性がはるばると。簡単に出来ることではありません。どれほどの勇気と、覚悟が必要だったことでしょう〕


 他国の皇族に、下級貴族の娘に過ぎないわたしが、おこがましく無礼な言葉かもしれないけれど。


〔よくぞ頑張っていらっしゃいます。決して、楽な道行きではなかったでしょう。辛いことも多かったでしょう〕

〔それは、わらわが、やりたいと言った、ことだから。みなを巻き込んで〕


 なにかを語りたい気持ちを感じて、口を閉ざした。無粋な横槍で、祥子さまの言葉を妨げてしまわぬように。


 タオルを顔から外し、泣き腫らした顔を見せると、迷い、ためらい、言葉を探しながら、祥子さまが語り出した。


 瑞穂国は海に囲まれた島国で、山地が多く、山間や海沿いのわずかにある平らな土地にひとが身を寄せ合って暮らしていること。基本的に温暖湿潤な気候だが、季節や地域によって大きく雨量や気温が異なること。主食は米だけれど、地域やその年の気候によっては美味しく育たなかったり、不作になる年もあり、米が育ちにくい土地や、雨量や気温の不足する年に、米に代わって主食に出来る作物を探していること。長く他国との交流を避けて来たことで、技術の進歩が遅れているのではないか、数少ない交易先の国に良いように騙されているのではないかと、危ぶむ識者が増えていること。

 そんな現状を、父である帝が憂いており、それならばと祥子さまが、新たに信頼出来る交易先を探して来ると申し出たこと。


〔わらわはみそっかすの皇女で、姉さまたちのような才女ではないし、兄さまたちのように帝の位を継ぐこともないけれど、それでもすめらぎの血を確かに引いていて、外交的価値はあるから。官吏だけで訪問するより、他国で重要視されると考えたの〕


 通訳なしに外交の場に立てるほどエスパルミナ語が話せる祥子さまを、才女でないなんて思わないけれど、公家の価値観は庶民と異なる。こうして海を渡ってしまう祥子さまは、馴染まないのかもしれない。


〔実際、どの国も歓待してくれたわ。お姫さまとして、ね〕


 祥子さまの顔に、自嘲の笑みが浮かぶ。


〔考えが甘かったわ。確かにわらわには血に支えられた地位がある。でも、裏を返せばそれしかないの。そもそも瑞穂国はろくに外交をしていない。そんな国の、能力で得たわけでもない地位しか持たない女なんて、まともに話を聞いて貰えるわけがなかった〕


 そんなことはない、とは、言えなかった。事実バルキアでも、瑞穂国のことは国交を結べたら儲けものくらいの、軽い扱いしかしていないのだから。


〔しかもわらわは異国の食事が合わず、昼餐も晩餐もまともにこなせない〕


 目に涙をためて。それでも祥子さまは今度は涙をこぼさなかった。


〔悔しい。不甲斐ない。情けない。あなたならきっと出来ると、信じて送り出して貰ったのに……!〕


 また、タオルで顔を隠す祥子さまの手には、血の気が失せるほどの力が込められていた。


〔兄さまに着いて来て貰って。あなたにも、迷惑を、かけて〕


 はっとタオルを机に置き、祥子さまがわたしの両肩を掴む。


〔そうだわあなた具合が悪いって!起きていて大丈夫なの!?〕


 猪突猛進なところはあれど、気遣いの出来る方だ。きっと暗澹とした自国の空気も感じ取って、ならば自分がと、勇気を振り絞ったのだろう。


〔大丈夫です。身体が弱いわけではなくて〕


 前世とは違う。祥子さまの大事な"えり"さんとも。


〔体質的に、長く寝る必要があるときがあるのです。たまたま昨日今日が、そんな日に当たってしまって。ご心配をお掛けし申し訳ありません〕

〔申し訳ないことなんてないわ。万全の体調でないのに、わらわのわがままで無理をさせて、こちらこそ、なんとお詫びをして良いか〕

〔わたしがお伝えしなかったのですから、祥子さまは悪くありませんよ〕


 立ち上がり、食べ終えた食器を手に取る。


〔手伝うわ〕

〔お客さまにそんなことさせられませんよ。お茶を煎れますから、座って、〕

〔やりたいの。と言っても、お皿を拭くくらいしか出来ないのだけれど〕


 あとでどこかからお叱りを受けるかもしれないなと思いながら、わかりましたと祥子さまに布巾を手渡し、手早く食器を洗う。


〔よく、えりが作ってくれたの〕


 丁寧に食器を拭きながら、祥子さまがぽつりと言う。


〔味噌を塗った、焼きおにぎり。内緒ですよって。こっそり食べて。すごく、美味しかった〕


 本来、皇女である祥子さまが、くりやに出入りするなど、あり得ないことのはずだ。でもきっと、祥子さまは乳母子めのとごのえりさんを訪ねて、厨に顔を出していたのだ。そんな祥子さまを、えりさんも追い返すことはせず、冷ごはんで焼きおにぎりを作ってあげて。


 きっと、暖かい記憶なのだろう。


〔それと、おんなじ味だったから、びっくりして〕


 ああ、それで、あの涙に繋がったのか。


〔ずっと、また食べたいって、思っていたの〕


 前世でも、移動の事故はあった。電車の脱線、車の横転、船の沈没に、飛行機の墜落。けれど、それはニュースになるような稀なことで、たいていは、なんの不安もなく、長くても一日やそこらで、目的地に着いた。

 それに比べて、科学の技術発展が進んでいない現世では、世界がとても広い。空路はなく、海路と陸路のみで、航海技術も陸の走行速度も、未熟で未発展だ。瑞穂国から大陸を目指して出港した船が無事に着くかも、陸路を無事に進めるかも運次第で、旅路に費やす時間も気が遠くなるほどに長い。


 また、国に戻れると言う、保障はない。祥子さまはそれも覚悟の上で、ここにいるのだろう。


〔ありがとう、えり〕


 こちらを向いた祥子さまが笑う。美しい方だ。必死に、強く在ろうとしている方。


 わたしから、どんな言葉が掛けられるだろうか。


〔少しでも、あなたのお心を慰められたなら、それで〕


 食器を洗い終え、祥子さまが拭いてくれた食器を片付ける。


〔お茶を煎れましょうね。煎茶、番茶、焙じ茶、麦茶、玄米茶、どれにしましょうか〕

〔そんなにあるの?〕

〔恩人の知り合いが、瑞穂国の方で、送ってくださるのです〕

〔それでえりは、瑞穂の料理が出来るのね〕

〔ええ〕


 材料がなければ和食は作れないから、わんちゃんのお知り合いさんのお陰で瑞穂国の料理が出来ると言うのは嘘ではない。祥子さまが想定した意味ではない、と言うだけで。


〔どれも良いものですし、新茶ではありませんが、保存状態も悪くありません〕

〔飲んだからわかるわ。内裏で飲むような質の茶葉だった〕


 ソンナキハシテタ……。

 散々タダで貰っているけれど。やっぱり高い茶葉なのか……そうか……。


 遠い目をしたわたしをよそに、食器を拭き終えて席に戻った祥子さまが、迷ったように言いよどんでから、告げる。


〔でも、もし良ければ、紅茶を、貰えるかしら?〕

〔よろしいのですか?〕

〔歩み寄りたいの。いつまでも、苦手ではいられないわ〕

〔それなら、利き茶、なんて良いかもしれませんね〕


 言いながら、わたしの好きな紅茶葉を選ぶ。


〔利き茶?でも、わらわは、紅茶に詳しくは〕

〔そうですよね。ですから、緑茶も〕


 微笑んで、言う。


〔いろいろな茶葉を集めて、飲み比べてみてはいかがでしょう。緑茶と同じく、紅茶も、産地や製法でさまざまな個性があります。瑞穂国の方の口に合うものも、きっとありますよ。そして、バルキア王国の者にとっては、緑茶が目新しいですから、美味しい緑茶を紹介出来れば、交流のきっかけになるでしょう〕


 昼餐や夜会でなくても、交流は深められる。交流の主体は若い世代、ヴィクトリカ殿下やローデシア殿下のようだから、柔軟性も気遣いもある。提案すれば、乗ってくれるはずだ。


〔それは〕

〔歩み寄るためには、確かに我慢も必要です。ですが〕


 国と国との交流なのだ。利権も絡むし、甘ったれたことは言っていられない。それはわかっている。けれど。


〔我慢ばかりでは長続きしません〕


 紅茶と一緒に、お茶菓子を置く。綺麗な黄色い生地の、上下に茶色く焼き色が付いて、四角く切られた焼き菓子。生地の下側には、たっぷりとザラメが敷き詰められている。


〔交流と言うのは、相手に興味を持つからこそ進むものです。そして、好きなものには興味が湧くもの。祥子さま、どうか〕


 祥子さまの対面に座って、しっかりと視線を合わせた。


〔バルキア王国を、好きになって下さい。美しいものも、美味しいものも、たくさんある国ですから〕

〔ばるきあ、王国を、好きに〕

〔はい。難しいことは少し忘れて、好きになれるかどうかを、考えてみませんか?"好きこそものの上手なれ"。好きなひとと仲良くなりたい、好きなものをよく知りたい、そう言う気持ちが、いちばん大きな原動力になりますから〕


 前世の病院仲間に、外国語はからっきしのくせに、化学式と化学物質の名前はすらすら書ける子がいた。化学が好きなのだと言う彼は、薬の成分表時を見ては、化学式を書いて、それがどう言う種類の物質なのか、わたしに語ってくれた。残念ながらわたしには彼の話はちんぷんかんぷんで、話していた内容はあまり思い出せないけれど、楽しそうに化学物質について語る彼が、輝く表情だったことは良く覚えている。


〔えりは〕


 咀嚼するような間のあと、祥子さまがそっと問う。


〔この国が好き?〕


 わからない。

 大切なひとたちのいる国だ。けれど、とりさんを邪竜として監禁している国で、過去にはサヴァンの祖父も飼い殺しにした国。そして、いずれツェリを、命に代えても守りたい、わたしの大切なお嬢さまを、傷付けるかもしれない国。


 それでもそんな気持ちおくびにも出さず、にっこりと微笑んで見せた。


〔ええ。好きですよ〕

〔どんなところが?〕

〔そうですね〕


 どんなところなら、祥子さまに好きになって貰えるだろうか。


〔したたかさ、でしょうか〕


 好印象をと思って頭を巡らせていたのに、不意に口を突いたのはそんな言葉だった。


〔え?〕


 戸惑った顔をされるのも無理はない。どうしてそんな、印象を下げるようなことを口にしてしまったのか。


 けれども口にしてみれば、それはわたしの偽らざる本音で。


 そうか、だから、わたしはこの国から、ツェリを無理に連れ出そうと思わないのか。


 納得し、開き直った。対外的に装った姿ではなく、本質の良さを認めて貰えた方が、お互いにとって良いではないかと。


〔すみません、俗物なので、綺麗なことが言えなくて〕

〔いえ、そんな〕


 なにをどう、話せば良いだろうか。


〔冷める前に、お茶を飲んでみてください。お菓子も、乾いてしまう前にどうぞ〕

〔あっ、そうね。いただきます〕


 紅茶をひとくち飲んで、祥子さまが目を和ませる。


〔これ、飲みやすいわ〕

〔ええ。あまり主張が強くないので、なにも入れずに美味しく飲めます。牛乳を入れた飲み物は、馴染みがないでしょう?〕

〔そうね。匂いが、気になってしまって〕


 やはり、瑞穂の国では牛乳は一般的でないようだ。乳牛もいないのだろう。頷いて、苦笑する。


〔こちらでは、お茶には牛乳やレモンを混ぜて飲むことが一般的なのです。その上で、砂糖や蜂蜜、ジャムで甘みも足します。香辛料や果物で風味を付けたりもしますね〕

〔そうなの?じゃむって、ぱんやお菓子に付ける甘いたれよね?それを、お茶に?〕

〔ええ。緑茶や抹茶はそのまま飲みますから、驚きますよね〕

〔そうね。ああ、だからわらわが、牛乳や砂糖を入れずに紅茶を飲んだら驚かれたのね〕


 ああ、そんなことがあったのか。


〔それは、バルキアで?〕

〔いいえ。ばるきあ王国に来る前よ。そう言えば、ばるきあ王国に来てからは、そんなことなかったわ。牛乳は添えられていないお茶が出ることが多かった〕


 さすが、フリージンガー子爵。抜かりない。


〔紅茶ではなく香草茶だと、牛乳は入れないことが多いですからね。それでも砂糖や蜂蜜は入れるのが主流ですが。基本的に、苦味や渋味があるお茶が多いのですよね。だから牛乳を入れても味が負けないのですが、なにも入れないままだと飲みにくい〕

〔確かに、癖が強いお茶だと感じるものばかりだったわ〕

〔でも、種類や入れ方によっては紅茶でも、そのまま楽しめるものもあるのです〕


 と言うかわたしは味に慣れているので、なんでも素のままで飲んでしまう。


〔苦味で言えば、抹茶や珈琲の方が強かったりしますし〕

〔抹茶も種類や入れ方次第よ〕

〔ええ。つまり、紅茶も緑茶や抹茶と同じ。種類や入れ方次第なのです。紅茶だけではなく、牛乳も〕

〔牛乳も?〕


 きょとん、としながら祥子さまがお茶菓子に手を伸ばす。添えたのはフォークではなく菓子切りだったので、思わず見入ってしまうほど、美しく自然な所作だった。小さく切ったお茶菓子を、一片口にいれ、目を見開く。


〔美味しい〕


 その反応が嬉しくて、目を細めた。


〔ありがとうございます〕

〔これも、えりが作ったの?すごい、いろいろ作れるのね〕

〔どれも趣味程度ですけれどね。それなら、緑茶や抹茶にも合うと思いませんか?〕

〔そうね。きっと合うわ。お茶会で出したら、大人気よ〕


 頷いて紅茶を口にする。


〔それに、紅茶にも合うのね。不思議。見た目は、けーきや、くっきーのようなのに、緑茶にも抹茶にも合いそうな味で、紅茶のお供にもなるなんて〕

〔作り方は、ケーキとほとんど一緒なのですが、バターや牛乳の代わりに、水飴を使っているのです〕

〔水飴?〕

〔はい。卵と小麦粉、それから、砂糖と、水飴です〕

〔あら、ふくらし粉は入れないの?〕


 意外そうに訊く祥子さまは、"えり"さんの影響か料理の知識があるのだろう。


〔ええ。卵の力で膨らませているのです〕

〔卵で。そう言えば、昨日の夕食にも、卵の料理を出していたわね。ばるきあ王国では、卵や牛乳がひろく流通しているの?〕

〔そうですね。農家ですと、卵鶏を飼っている家が多いようです。余裕がある家なら乳牛も自宅で。農家でない家だと、多少高価ではありますが市場に出回っているので、手に入らないものではありませんね〕

〔卵も牛乳も、滋養に良いと聞くわ。瑞穂でも、普及出来ないかしら〕


 思い浮かべたのは、身体の弱い"えり"さんだろうか。前世の祖国で同じ時代なら、卵は手に入れるのも難しいもの。重病人のために、最後の頼みで買い求める、半ば薬のようなものではないだろうか。


 前世の養鶏や酪農を思い出して、苦い気持ちになる。


 あれは、他国から押し付けられた部分のある産業で、わたしの生きた時代には、破綻しかけていた。


 同じ形は、取って欲しくない。だからこそ、この時代に、興味を持って取り入れようとしてくれるなら。


〔気候や植生が異なりますから、簡単ではない、と思います。ただ、羊を普及させるよりは楽でしょうね〕

〔あら、羊は難しいの?〕

〔羊は、乾燥した土地でないとすぐ死んでしまうので。湿気にとても弱いのです〕


 実際、前世の祖国では複数回導入を試みて失敗していたはずだ。湿気が原因の病気で死ぬので、大量の予防薬投与をすればどうにか生かすことは出来るが、産業とするにはお金が掛かり過ぎてしまうとかで。


〔それでは、瑞穂で育てるのは難しそうね。それなら、いちばん現実的なのは、現時点で瑞穂国に生きている鶏や牛を繁殖させることかしら。それなら、土地が合わないと言うこともないでしょう?〕

〔そうですね。ただ〕


 前世の祖国では、畜産のための飼料の大部分を輸入に頼っていた。大量のトウモロコシと牧草を、他国から輸入していたのだ。

 おそらく前世の祖国と似た気候であろう瑞穂国も、ぶち当たる問題。

 瑞穂国は大々的に畜産をするには、農地が少な過ぎ、かつ、植物の育成に適した気候過ぎるのだ。


〔増やした分の鶏や牛が食べる餌の問題を、解決する必要があります。特に乳牛は、大量の餌と水が必要です。当然、大量の糞尿も出ますし、廃用としたときの処理法方も、〕


 待て。待て待て待て。

 皇族のお姫さまに話す内容じゃ、ない。いや、必要な情報ではあるけれど、だからと言って、茶請け話には不適切過ぎる。


 ばし、と口を押さえ、祥子さまを見ればぽかんと目を見開いている。


〔も、うし訳ありません、お茶を飲みながらするような話では、〕

〔いいえ〕


 ふるふると首を振って、祥子さまは輝く目をわたしに向けた。


〔夢物語ではいけないもの。真剣に考えてくれてありがたいわ。そうね。田畑を増やすにもいろいろと考えることがあるのだもの、生きものを増やすことだって、簡単に出来ることではないわよね〕


 うん。と頷いて、祥子さまがわたしを見る。


〔ばるきあ王国と瑞穂国では、気候も大きく異なるものね。同じ植物や動物でも、同じように育てられるとは限らない〕

〔そうですね。もちろん、すべてが役立たない、と言うことはないと思います。役立つこと、役立たないこと、見極めと試行錯誤が大切です。なので、〕


 ああ、これを言えば、彼女を傷付けるだろうか。


〔農作業や動植物、瑞穂国の植生や気候に詳しい方が、実際に見て話を聞く必要があるでしょう。バルキア側の協力者も、きちんと瑞穂国についても知らなければ、適切な助言も出来ません〕


 蚊が恐ろしい病気の媒介者である地域で、水稲栽培をすすめれば、繁殖地を得た蚊が増殖して感染を拡大させる。自分たちにとって良いものが、別の誰かにとっても良いものとは限らないのだ。ところやヒトが変われば、最適解も変わる。


 だからこそ、知識や情報は力なのだ。


 けれど、この言葉は、勇気を出して国を出た彼女を否定するようなもの。


〔真実を見極められる知識と目を持たなければ、自分が騙されていることにも気付かない〕


 開国直後の、祖国がそうだった。

 いくつもいくつも結ばれた条約。それはすべて、未開の小国を見下し搾取しようとするもの。


 騙すのは、悪いこと。けれど、騙される側に非がないわけではない。知識を、知恵を、力を持てば、騙されることはなかったかもしれないのだから。


 息を吐いて、祥子さまを見る。


〔バルキア王国は、したたかです。でなければ、東西を巨大な帝国に挟まれて、独立を保てはしません。だからこそ、迂闊に関われば喰いものにされます〕


 祖父がされたように。そして、わたしやツェリがされているように。良いように転がして、利用される。


〔ですが適切に関わるならば、ずる賢い協力者は心強い仲間にもなりましょう〕


 無能な味方は有能な敵よりタチが悪い。そう、だから。

 この、優しくない世界を生きる道連れは、善良な主人公ヒロインより、狡猾な悪役ヴィランが良い。


〔祥子さま、どうぞよく見て、聞いて、学んで下さい。それはきっと、故郷を守る力になります。その上で、共に立つ友として、バルキア王国を選んで頂けるなら、この国の貴族の末端として、とても嬉しく思います〕


 心からの笑みは、もしかしたら、悪役そのものの顔になっていたかもしれない。




拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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