泣き虫の君へ-4
皆が寝静まると、昼間の喧騒は何処へ行ったのか、静寂が訪れる。それはこの店でも例外ではない。眠りを必要とするものばかりではないが、皆自然と人間の習慣に同調していた。
しかし、中には眠りを必要としないモノもいる。
「お嬢」
声の主は振り向かずとも分かっている。
「ガブ、どうした」
店の扉の前で胡坐を掻いた私の背後に、ガブリエルが立った気配がした。
「泣いたのか」
予想はついていたが、あまりにも直球で来られたので振り向く気はなかったのに体を捻ってしまった。ガブリエルは私の視線に気付くと、横に並んで同じように胡坐を掻いた。
「……泣いたよ。誰から聞いた」
「皆から。慰めろと言われたが、話くらいなら聞こう」
「横柄な態度だな。それが慰める態度なのか」
笑って言ってやると、ガブリエルは肩を竦めた。
「お嬢こそどこが泣いていた、だ。元気じゃないか。心配して損をしたぞ」
二人だからなのか、口調が少し砕けている。そういえばこうやって話をするのは久しぶりのような気がする。
私は真面目に返すべきかと数拍悩んだ。その間にガブリエルの方が言葉を見つけたらしい。
「プラチナクォーツを作ると言った主のことを覚えているか」
「覚えている」
私を拾った主の孫がそう言った。なんて奇妙な考え方をする主なのだろうと、ガブリエルと散々笑いあったことも覚えている。
やさしい、人間だった。人間はもちろん、モノにもやさしかった。
「モノたちの暮らせる場所があればいいと言っていたな。まさか本当にやってのけるとは思わなかった。実は今でも驚いている」
「確かに。見えない人間たちにはまったく意味不明な行動だったはずだからな。それでも大切にしてくれたことは嬉しかったな」
「ああ、そうだな」
ガブリエルが昔を思い出すように目を細めた。出会った頃とは異なり、皺の寄った彼の目尻や口許。それを見る度に時が確実に流れていることを実感する。
「お嬢」
顔を上げようとして、頭に手が置かれた。その手にも皺が刻まれている。それは彼が時を刻んできた証だ。
「この店はお嬢の店だ」
私が店主の店ということだろうか。そんな分かりきったことを今更何故言うのだろう。私は不思議に思いながらも先を待った。
「主がお嬢を思って作ったんだ。お嬢は知らないだろう」
「……知らない」
言葉の予測が出来ないまま、私は素直に答えた。ずっとモノたちの場所だと思っていたし、そう聞かされていた。
「店の名前の『プラチナクォーツ』はお嬢のことだよ。主が願いを込めてつけた名だ。愛されているなあ、お嬢」
ガブリエルが私をしっかりと目に捉える。それはとてもやさしい。思わず泣いてしまいそうなほどやさしい。
「あの主に答えたことがある。プラチナクォーツは多くの別れを経験するだろう。プラチナクォーツはいつか皆に置いていかれるかもしれない。そう言ったら、まだ幼かったあの主は泣いていたよ。主の中でもとびきり素直な子だったな」
「……ああ」
彼の微笑に同意する。
思い出すのは、いつも私に笑顔を見せてくれた少年のことだ。主になる人間は皆いつもやさしい。ひたむきで素直で、笑ってくれた。
「なあ、お嬢」
ガブリエルの手が私の頭に置かれる。そのままわしゃわしゃと髪をかき回される。睨みつけると深い皺が更に深く刻まれた。
「いつかガブも私を置いていってしまうのだろう」
言って自分で哀しくなった。だがガブリエルは表情を変えない。
「その可能性が高い」
「……こういう時は嘘でも置いていかないと言うべきではないのか」
「ぬか喜びさせると後が余計につらいものだ。永遠になど無理なことだよ。だが、そうと知っていてもお嬢と別れるのは……つらいな」
ダグラスのせいだ。今までこのようなことはなかったのに、あの新参者が真っ直ぐに私の心を抉るから。だから今日はこんなに脆くなってしまっているのだ。そうに違いない。
だから、ガブリエルもいつもよりやさしいのだ。
きっと――
ガブリエルが私の目をその掌で豪快に擦った。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
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古い作品なので稚拙なままの文章で恥ずかしく思うところもありますが、こうして読んで頂けたことに心からお礼申し上げます。
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