呼び寄せられたモノたち
前回の後日談みたいなものです。
「いいか、此処での法はわたしだ。余計なことをしたら本当に追い出すぞ」
うんざりしたように言いながら、店主は黒い卓の上に私を置いた。店主であるプラチナクォーツは先刻まで主だったヨランを家の傍まで送っていってくれたらしい。おかげで先程から文句を言われ続けているのだが、それは仕方がない。元々の火種は私が持ってきてしまったのだから。
「あ、そうだ」
一度置かれた私を店主は再び持ち上げる。
「モノである以上、食事を必要とはしないが食べたいなら勝手に取っていい。飲み物もある程度は揃っている」
とは言われても私は箱なのだが、これでは移動もままならない身だ。その旨を告げると、店主は僅かに相好を崩す。どうしたというのだろう。
「知らなかったのか。この店内では人の形を取ることが出来る。わたしとて原型は石だ。プラチナクォーツとは人間たちの間で使われるわたしの通称だよ」
「クォーツってば、もうちょっとかわいい名前にしなさいよ」
と、私の頭上から軽やかな声が落ちてくる。
「スプーンか」
「違いますー。あたしはリーリアなの。前々からリーリアって名前はあたしのためにあるものだと思ってたのよ。クォーツだってそうねぇ、……ミーシャなんてどう?」
どうやら卓の上に置かれていた銀のスプーンらしい。フリルとリボンのたくさんついたふわふわの服を身に着けた少女が私に顔を向けた。文句を言いたそうな店主を背後に、スカートをちょっぴり持ち上げて優雅な礼をとる。
「ねえ、貴方もそう思わない? 人間のつけた呼称なんかじゃなくって、あたしたちが自分で名前をつけたっていいと思うの。貴方も『箱』なんて無粋な枠じゃなくって名前を持つといいわ。そうね、……ダグラスなんてどうかしら。似合いの名前よ?」
「……はあ」
どうしたものかと返事に困っていると店主が口を挟む。
「そいつの話は聞かなくてもいいぞ。見目の悪い主人に嫌気が差した単なる我儘な面食い娘だ」
「クォーツ!」
「ね、ね、それより君の姿を見せてよ」
箱の蓋を撫で付ける手に気がついた。スプーンと店主が言い合っているのはどうやら日常らしい。今度は少年が目の前で笑っている。
「ボクはポプリ。香炉だよ」
「どうやって人の形をとればいいんですか?」
「自分の姿を思い描けばすぐに出来るよ。自分が人であったならと思ってみるんだ。ほら、君になってきた」
心なしか視界が広くなって、視線も高い位置になってきた。地に足が着いて、傍と自分の姿を眺める。ポプリが鏡を私に手渡した。
「カッコイイね、お兄ちゃん」
黒い髪が背中まで伸び、銀のリボンで括られていた。服装もこれまた黒。袖口に銀の刺繍が施されている。胸元には白い薔薇が添えられていた。そういえば箱の底の部分には小さく薔薇の刻印が押されていた。
「二十代後半くらいかな。長く生きてきたんだね。ボクはまだ七十年くらいしか生きてないんだ」
「きゃー! 貴方、格好いいじゃない。ね、ダグラスにしましょうよ、名前」
「こら!」
先程のスプーンが私の姿に嬌声を上げる。自分では何がよいのかわからない。店主に視線を移すと、彼女もまた微笑した。
「らしい姿だな。様になっているじゃないか」
「ねえ、ダグラスにしましょう! いいでしょ!」
「……わかりました。ダグラスで構いませんよ。えっと、リーリア、さん?」
リーリアが突然私の胴回りに抱きついてきた。ぎゅぎゅぎゅっと力いっぱい抱きつかれて身動きがとれない。戸惑いを浮かべていると、リーリアがさらにぎゅむっと力を込める。
「もう貴方最高にいいわ。格好いいのに擦れてないところがますますあたしの好みよ。しかもやさしいなんて、ここの奴らにはない要素よ」
「リーリア、ずるいー。ボクもダグラスに引っ付くー」
今度は背後からポプリが抱きついてくる。私はあわあわと手を中空に泳がせる。店主は疲れた様子で溜息を吐いただけで助けてはくれそうにない。
「お前たち、彼が困っているよ。離れなさい」
しわがれた声が店主の更に背後からかかった。
「ガブ」
老齢の男性が姿を見せると、私に抱きついていた二人がやっと離れてくれた。
「初めまして、ガブリエルと申します。ここでは古株にあたりましてな。何かあれば気軽に聞いてください。お嬢の弱みもご要望とあればお教え致しますぞ」
「ガブ! そういう話は当事者がいないところでしてもらえないか」
どうやら古株というのは事実らしい。お嬢というのは店主のことだと、彼女の態度からわかった。しかもなにやら一筋縄ではいかないモノのようだ。
「ダグラス、でいいんだな。彼は蜀台だよ。ガブリエルとわたしは人間と共にあった時からの知り合いでね。何かあれば力になってくれるさ」
「ええ、ええ。力になりますよ。ところで他のモノたちは紹介しなくてよいのかな」
まだいるのか。いや、いるだろうな。ざっと見ただけで五十以上のモノがいる。
「今紹介したところで覚えられやしない。追々でよいだろう。な?」
「ええ。構いません」
足元に纏わりつくポプリとリーリアを宥めながら、私は答える。店主の言うようにすぐに覚えるのは難しそうだ。
「ああ、でもチェスには会ったほうがいいな。チェス」
店主が手を掲げると、その手を白い別の手が掴んだ。視線を動かすと女性が立っていた。おそらく私と同じくらいの年齢だ。
「初めまして、ではないわね。ようこそ」
亜麻色の髪に泣きボクロが目を引く。店主がその絡みついた手に口づけをした。
「ハイ、チェス。ダグラス、彼女はあんたが――というか当主が――座っていた椅子だよ」
「こんにちは」
艶めかしくチェスが笑みを湛える。が、手を絡みつけたまま店主を抱き寄せた。どうやら威嚇されているみたいだ。
「クォーツに手を出しちゃ駄目よ。この子はあたしのものなんだから」
「チェス……」
「ちょっとオバサン! ダグラスに変な色気出さないでよ!」
呆然としているところに、リーリアがにゅっと目の前に飛び出した。
「オバサンですって? クォーツ、この小娘いい加減追い出して頂戴」
どうやらリーリアはジャンプしたらしい。どうりで急に目の前に現れたわけだ。
「そっちが出ていきなさいよ。このオ・バ・サ・ン」
「その口、紐で括って喋れなくしてあげるわ」
「出来るならやってみなさいよ」
「ええ、やってあげるわよ」
面前で繰り広げられる光景を私は呆然と眺めていた。止めようにもどうやって止めればいいのか、わからない。腰に手を当ててリボンを揺らしながら高い声で叫ぶリーリア。店主に絡みついたまま先程までの妖艶な微笑をやや崩して低く唸るチェス。彼女たちを止めるにはどうしたらいいのだろう。
「お前たち!」
突然チェスがよろけた。店主が彼女を力任せに自身から剥がしたのだ。こうやって止めればよかったのか、と不謹慎にも私は納得してしまった。
「ここではわたしが法だと知っているはずだ。文句があるなら二人とも出て行ってしまえ」
「ちょっ、クォーツ。そんなこと言わないでよ」
「あ、あたしこのオバサン好きじゃないけど、仲良くするよ。ね、オバ……チェス」
手をギュッと握って仲良しをアピールする彼女たちが白々しい。しかしその彼女たちの手はどちらも妙に力が入っているようだ。
「もうそれで勘弁してあげては?」
不憫に思えて、つい私は店主と彼女たちの間に割って入る。ポプリももういいんじゃない、と後押ししてくれた。互いに力を込めて手を握り合っているリーリアたちも店主に懇願する。
「追い出すのだけはやめて頂戴よ」
演技だとしても涙を浮かべているチェスとリーリアに店主が眉を顰める。腕を組んで、ガブリエルに視線を動かした。
「次の機会に追い出してもよろしいかと」
ガブリエルの空とぼけた回答に店主がにやにやと口元を歪ませた。
「それもそうだな。というわけで次はない。と、それからダグラス。後の面々は勝手に名乗るだろう。適当に覚えてやってくれ」
へたり込むリーリアたちと、彼女たちに笑う皆に私も微笑を浮かべた。
「はい」
今は何時なのだろう。大騒ぎの紹介を終えて、皆が眠りにつきはじめた頃、私は疑問に思った。
「今の時刻を言うならば夜だ。日付が変わった頃だな。窓の外を見ろ。暗いだろう?」
小さな天窓の向こうは真っ暗の闇が広がっていた。来た時は夢中で気付かなかったが、店内はどこか外と空気が違った。
私は思い出す。金庫の中に収められていた私はいつしか主の元から逃げたいと思っていた。逃げるならプラチナクォーツしかないと思っていた。
「貴方はどうしてこのような店を営んでいるのですか」
皆が各々寝息を立てる中、私は店主に訊ねた。
「それは理由か、起源か?」
「どちらもです。それに此処に客は訪れるのでしょうか。人間には目に触れにくい場所にあると思いますが」
透明なケースに収められていた私が其処から逃げ出すには、誰かの体を借りなければならなかった。運良く当主のヨランが私を磨くため手を触れたので、その中に入り込んだのだ。けれど逃げることとプラチナクォーツに行くことしか考えてなかった私は、此処に着いた時私が箱そのものであることを忘れていた。おそらく、ヨランの思考と混じったのだ。彼が考えていた疑問と私の執念がせめぎ合い、中途半端な記憶喪失に陥ってしまった。
「わたしとガブリエルも人間と共にあったことは昼の出来事で知れたはずだ。この店はその時の主が作った」
食を必要としないながら、店主は好んで口にするようだ。温めたミルクをコポコポとカップに注いだ。
「人間の客は時々来るよ。何も知らずにモノに呼ばれて来る者がいる。モノが此処に来ることを望んで引っ張られてくることもある。あとはこの店の所有者である人間が、滅多に来ないが現れる」
ミルクにほうっと熱い息を零し、私に笑い掛けた。モノに戻ったチェスに腰を下ろし、足を組んだ。
「所有者の人間が居るのですか」
「いるよ。わたしとガブの主人の血筋の人間が引き継いでいる。あの血筋はどうもわたしたちモノの気持ちがわかるらしい。人間たちの間では超能力とか霊能力とか言うんだろう? それの持ち主だよ」
「理由は何なのでしょう」
「それもだったな。捨てられるモノの居場所を作ってくれたんだ。自分から逃げて来るモノもいるが、わたしたちモノを大事にしてくれる人間でね。壊されたり、捨てられたり、そんなモノたちを悼んでくれた」
私もモノとしては大事にされてきた方だと思う。しかしそういう人間がいるとは初めて知った。モノの気持ちを考える人間がいるなんて、不思議な気分になる。
「貴方が店主というのは?」
数度、目を瞬かせた店主が声を上げて笑う。何が可笑しいのだろうか。変なこと言っただろうかと、不安になる。
「大した理由じゃない。わたしの本質は石だよ。プラチナクォーツと呼ばれる石。疑問に思わなかったか? あんたや他のモノたちはその年数に応じた姿で人の形を取っている。でもその考えからすればわたしは老婆だ」
そういえば店主と同じ主人に仕えていたというガブリエルは老齢の男性だった。さぞ長いこと生きているのだろうと思っていたが、店主は私と変わらない年齢に見える。
「確かに……」
「だろう。加工されたモノと天然のモノの差、らしいよ。ダグラス、あんたのようなモノは大事に扱われれば何年でも生きていけるだろうが、壊れて分解されてしまえばもう生きているとは言えない。残念なことだがな。その点、わたしは異なる」
分解という言葉にぞっとした。だが家宝にされていなければ私は此処に来る事などなく、その役目も生も終えていたのだ。そう考えると複雑である。
「わたしは多少形を変えられてはいるが、落とされても削られても、粉々にされて燃やされたりしない限り生き続ける。この姿が少々ぶれるくらいで済むからな。石とは削られるものなのだ」
店主の言わんとすることはおぼろげだが理解した。幾つかの部品が組み合わさって出来たわけではなく、店主自身は一つの物体で構成されているのだ。だから多少身が削られたところでモノとしての機能を失うわけではないということだろう。
「ほら、飲むといい」
店主が何処からかカップを取り出して、ホットミルクを注ぐ。私にも店主にも必要としないものなのだが、あたたかい湯気が私を誘惑した。
「あったまる。人間ではないが、何かを食べるという行為がわたしは好きなんだ。何故かホッとする」
「……ええ、わかる気がします」
口に含むと広がるあたたかさ。けして必要ではないのに心が安心させられる。人間の中には食に対して執着を持つ者もいると聞いたことがある。エネルギーであるだけの行為にどうして執着するのか疑問だったが、少しだけわかったような気分になった。
「さあ、これを飲んだら眠るか」
「はい」
モノたちの居る場所、モノたちの憧れる場所、モノたちに手を差し伸べるモノ――プラチナクォーツ。
「クォーツ」
呼びかけると彼女の目とかち合った。僅かに目を丸くしている様子が何だかおかしい。
「これから、宜しくお願いします」
言葉に出して改めて感謝を伝えた。これからもずっと、モノたちの力になってほしい。私たちの大切な居場所。
彼女は私に顔を向けると、やさしい笑みを浮かべた。
「漸くわたしの名を呼んだな」




